中編
その場所は警察内の人間でも一部しか知らない。刑務所の地下に存在するはずのない部屋が存在する。
その部屋は、白で覆いつくされていた。
壁も、ベッドも、ソファーも、机も、全てが白だった。
「……白田」
その部屋に足を踏み入れた駿介は、ソファーで文庫本を読んでいる男に声をかけた。
彼こそがこの部屋の主、白田 雪明である。
身長は駿介より少し低い。体型は細く、その中性的で整った顔立ちは思わず見惚れてしまうだろう。
しかし、彼を表現する言葉で一番ふさわしいのは、『赤』。
白田の髪と瞳は、まるで血のように真っ赤なのである。染めているわけでも、カラーコンタクトを付けているわけでもなく。先天性の色素異常らしい。
「……やあ、駿介。また困っているのかい?」
白田は文庫本を閉じ、芝居がかったゆったりとした口調で言い、口元に笑みを浮かべた。
「……ああ。今回の事件の資料だ」
駿介は資料の入ったファイルを白田に渡す。白田はそれを受け取ると目を通していく。
駿介は内心憤りと情けなさを感じていた。刑務所にいることから分かるように、白田は犯罪者だ。罪名はーー殺人。罪に問われた件だけでも13人。本人の供述によれば更に多くの殺人を起こした殺人鬼だ。当然のことながら死刑囚。
某国では捜査に協力する代わりに刑が軽くなる司法取引という制度があるが、この国では認められていない。いないはずなのに、何故白田だけこんな特別な部屋に入り、捜査に協力しているのか。一介の刑事である駿介には分からなかった。