前編
夢を見ていた。
いや、正確には過去の出来事だ。
六年前。
高校を卒業した駿介が警察官となり、交番勤務をしていた頃の話。
その夜。
自転車に乗ってパトロールをしていた駿介は、電柱の灯りの下、揉み合う男女の姿を発見した。
男性が金属バットのようなもので女性を殴り、女性が持っていたバックを持ち去ったのだ。
駿介は男を追い掛けた。男は一軒家へと逃げ込む。幸いというべきか、そこは空き家だった。
男を追って空き家に入った駿介は、男からの不意打ちを喰らった。金属バットで殴られたのだ。男も錯乱状態にあったのだろう。
「う……」
そのまま駿介は意識を失った。
「……?」
どの位経ったのだろうか。駿介が意識を取り戻すと、そこには異様な光景が広がっていた。
まず目に入ったのは幾つものガラス張りのケースだ。その中には人間と思われる眼球や内蔵。そして人間の形をそのまま残したものーー。
最初は作り物かと思った。しかし、違う。これは本物だ。
駿介がそう思った理由は、部屋の中央にある手術台の上で、喉を切り裂かれて死んでいる先程の男の死体があったからだ。
「うっ……げぇえっ!!」
頭を殴られたのとあまりにも衝撃的過ぎる光景に、駿介は胃の中のものを吐き出した。
「ああ、起きたんだ」
背後からの声に駿介が振り向くと、手に手術用のメスを持っている男がいた。
赤いーー。血のように真っ赤な髪と瞳。
「お前が……これは、お前がやったのか?」
「……そうだよ。お巡りさん」
ゆっくりと赤い男は駿介に近付いていく。
「助けてあげたんだから、見逃して欲しいな」
「ふざ、けるな」
駿介の意識はまだ朦朧としていた。しかし、最後の力を振り絞ってメスを弾き飛ばすと、赤い男の右手首に手錠をかけた。もう片方は自らの手首に。
そこで、駿介の意識は途切れた。
後から来た警察官の話によると、赤い男は手錠の鍵を探すことなくそのまま過ごしていたらしい。
その後、赤い男の身元が分かった。白田雪明。18歳。心理学部に通う大学生だった。
「……私が白田の取調べを?」
後日。
回復した駿介は白田を逮捕したことにより捜査一課へと異動することとなった。
そして上層部から呼び出され、白田の取調べをするように命じられたのだ。
「ああ。『あのお巡りさんになら全部話す』の一点張りでな。病み上がりで悪いが頼んだぞ」
「……分かりました」
正直、もう二度と会いたくないのが本音なのだが。
取調べ室に入ると、白田は口元に笑みを浮かべて言った。
「やあ。お巡りさん。傷の具合はどうだい?」
これが、二人の出会いであり、奇妙な関係の始まりであるーー。