時計塔子ちゃん
──ゴーンゴーンゴーン。
私は今日も鐘を鳴らすの。勉強しているお兄さん達やお姉さん達のために。
毎日毎日欠かさずに。
時計塔の中は暗いけど、上から入ってくる少しの明かりがあれば大丈夫。
……あれ? 急に真っ暗になっちゃったよ? おかしいな? なんで鐘が鳴らないの?
これじゃあ、お兄さん達とお姉さん達が困っちゃうよ。
真っ暗の中、一人でいるのは寂しいよ。
ねぇ、誰か一緒に私と居てよ。
○ ○ ○
学校には必ずしも“七不思議”というものが存在すると思う。
だけど、学校によって“七不思議”というものはいろんな内容があると思う。
全国的に有名なものでいうと女子トイレには、おかっぱ頭の子がいるとかいないとか。
そんな私、波内雅美の通う高校にも“七不思議”がある。
その一つは──。
「時計塔?」
私が首を傾げると、私の前の席に座っている友達兼幼なじみの鶴山久弥が「あぁ」と言い中庭を見た。
「あそこにある時計塔って昔はチャイム代わりに使われていたらしい。外見からすると普通の時計塔だけど、中に鐘が入ってたらしくてな、まぁ今は鐘も入ってないし、時計も動いてないけどな」
「まぁ、少し不気味は悪いかもしれないけど普通の時計塔でしょ?」
久弥は、それが違うんだなー、という顔……いわゆるドヤ顔をした。
「あの時計塔で亡くなった人がいるらしい」
「はぁ?」
「それで鐘も入ってないし、時計も使ってないらしいんだ」
「じゃあ、もしその人が亡くなってなかったら、未だにあの時計塔でチャイム代わりに使われてかもしれないの?」
「いや時代の変化で、それはないだろう」
カァカァ──とカラスの鳴き声が聞こえた。なんとタイミングが良いだろうか。
「で、話はそれだけでおしまい? 私、先生に日誌出して帰りたいんだけど」
窓からは夕日に輝いている時計塔が映し出されていた。
「また時計塔の話は詳しくわかったら雅美に話すよ。今日はもう帰るか」
「そっちが勝手に時計塔の話持ち出したんでしょ? まぁ、そういう話嫌いではないから、別にいいけど」
私と久弥は窓がちゃんと鍵をかかってるか確認をした。
「よし、鍵もかかってるし、先生に日誌出して帰るか!」
「日誌出すのは私だけどね」
不意に私は夕日に輝いている時計塔を見た。
──カチッ。
「え?」
「どうしたー?」
「あ、ううん。なんでもない」
「早く帰ろうぜ〜」
「そうだね」
動かないはずの時計塔の針が動いて見えたのはきっと気のせいだろう。
○ ○ ○
それから数日経ったある日の事だった。
「雅美! 時計塔の新情報を入手したぞ!」
「あんたって、そんな情報どこから仕入れてくるのさ」
昼休みを告げるチャイムと同時に久弥は後ろを向き、堂々と私の机に焼きそばパンとメロンパンとあんぱんと紙パックのコーヒーを置いた。
「……私の席でお昼食べるの? しかもどんだけ食べるのさ」
「え、ダメか?」
「いいよー、うちは大歓迎や♪」
「璃音……」
「人数が多いほど、ご飯は美味くなるもんよ。」
璃音こと香野璃音は関西人で私の友人だ。いつも私と二人でお昼を食べている。どうやら璃音は私が久弥を好きだと勘違いしてるらしいが私は久弥の事を好きではない。
「それにその時計塔だっけ? 中庭にあるやつやろ? うちも気になっててさー、あの不気味な雰囲気とか!」
「だよな!」
璃音は隣の席の椅子を私の机に持ってきて、私と久弥の間に座った。つまり璃音の向かいは、ちょうど中庭にある時計塔という事になる。
「香野はどこまで時計塔のことを知ってるんだ?」
久弥は焼きそばパンを頬張りながら璃音に尋ねた。
「昔、チャイムで使われてたことと人が亡くなってそれ以来使われてないってことやな」
璃音は器用に箸で焼売の上に乗ってるグリンピースだけ摘み食べていた。
「それが亡くなったのが小さな女の子だったらしい」
「え、なんで小さな女の子なん?」
「それは私も気になる」
私はタコさんウインナーを一口で食べた。
「時計塔の下の方に小さな扉あるよな?」
「あるね」
「あそこって扉狭かったから、鐘鳴らすのは、亡くなった子の仕事だったらしい」
「そんな小さい女の子がまたなんで仕事をしてたんやろ?」
「昔は貧乏でお金のない家庭は小さい時から働かされてたからな」
「そっか」
久弥は食べているパンが、いつの間にか、焼きそばパンからメロンパンに変わっていた。
「それで、ここから本題だ」
久弥の表情が真剣になったがメロンパンを頬張ってるせいか、いろいろと台無しだ。
「鳴るんだよ」
「なにが?」「なにがや?」と私と璃音は声を揃えた。
「鐘が」
「はぁ? だって、鐘は入ってないんでしょ?」
「それが夜中の二時四十九分にあの時計塔の鐘が鳴るらしいんだよ」
「そんなバカな」と璃音は笑いながら卵焼きを食べていた。
「でもなんで鐘鳴るのがわかるの? ただの噂じゃない?」
私はお弁当に入っている一口サンドイッチを食べながら問いかけた。
「どうやら、ここの卒業生──と言っても学校の近くに住んでいる俺の兄ちゃんの友達なんだけど夜中に起きてた時に聞いたらしいんだ」
「ほんま?」
「本当らしい……だから俺たちで、調べてみねぇか?」
「は?」「なにそれ、楽しそうや!」とまた私と璃音は声を揃えた。
「聞いたとか言ってるけど、果たして本当なのかは、やっぱり自分達で確かめないと気が済まない。それに本当に鳴ったとしても鐘が鳴るだけでそれ以外の被害はないんだ。肝試しのようなもんだよ」
久弥が食べているパンが、いつの間にか、メロンパンからアンパン変わっていた。よく食べながら三つも食べれるな、と思った。
「賛成、賛成! うちと雅美はオッケーや!」
「え、私も!?」
「せや! もっと、いろんな人誘って青春の一ページを増やそうや!」
璃音はピンクのキレイな箸を私に向けた。
「人に箸を向けない!」
「めずらしく、久弥が注意してる……いつもされる側なのに」
「明日は大雨で雷やな!」
「俺って、そんな馬鹿に見られてんの!?」
いつの間にか三人は昼食を食べ終わっていた。
○ ○ ○
「え、僕もいいんですか?」
「ああ、鈴斗も時計塔のこと、気になってただろう?」
「うちも雅美も神田くんなら大歓迎や!」
放課後、私と璃音と久弥は隣のクラスに行き、神田鈴斗くんを、夜中の時計塔に行かないか、と誘った。
神田くんとは、あまり話したことはないけど学校一のイケメンだと有名だから顔だけは知っていた。まさか久弥と仲がいいなんて思わなかったから、正直驚いている。
「僕も案外そういうの好きなんです! 迷惑でなければ、ぜひ、ご一緒させてほしいです」
「じゃあ、決まりだな。他に誰誘う?」
久弥の問に璃音が「はい!」と元気良く、 手を挙げた。
「神田くんと同じクラスの花野さんは、どうや!」
「あの美人で物静かな子?」
私の問いに璃音は「そうや!」と声をあげた。
花野さんこと花野怜子さんも隣のクラスで学校一の美人だ。あまり話しているイメージはなく、いつも本を読んでるイメージがある。
「あの子な、うちが一年の時、同じクラスだったんやけど、七不思議とかホラー小説を読んでたから、いいかもしれんよ!」
璃音はドヤ顔をした。
「でも、花野さん来てくれるかな?」
「それなら大丈夫ですよ」と神田くんが言った。
「怜子って少し人間づきあいが苦手なんですけど、人からお誘いされると喜びますし、それに僕と同じで七不思議やホラーが好きですから」
私と璃音と久弥は、キョトンと顔をした。
「え、鈴斗なんで花野さんのそんなところまで知ってんの? それになんで呼び捨て?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」と神田くんはフワフワした口調で言った。周りには、お花が咲いているようだ。
「僕と怜子は、従兄妹なんですよ」
「え?」「ほんま?」「マジ!?」と私と璃音と久弥は声を揃えた。それに対し、神田くんは「三人とも声が揃いましたね」と笑っていた。
「なんなら僕が怜子に、この時計塔のこと話しましょうか?」
「あ、ああ鈴斗、お願いな」
「はい」とフワフワした口調で神田くんは返事をした。
そして、三人の心は一つになっていた。
(((美男美女の血筋かよ)))
○ ○ ○
次の日の昼休み、私たち時計塔に行く五人は図書室に集まっていた。
長机があり、パイプ椅子が六脚ある席に座っていた。
左から、私、璃音、花野さん。そして私の向かいに久弥、璃音の向かいには神田くんが座っている。
「えっと、花野さんは鈴斗から話聞いてるよね?」
久弥の問いに花野さんは、小さく「うん」と頷いた。今にも消えそうな声だ。
「じゃあ、話を進めよう」
「話って……夜中に鐘が鳴ることを確かめるだけやろ?」
「そうだけど……、うちの学校の図書室には学校の歴史の資料がある」
「時計塔のことをもう少し詳しく調べるってことですか?」
「さすが、鈴斗!」
久弥が大声を出したせいで図書委員の人が「ゴホン!」とわざとらしい大きな咳払いをした。
「まぁ、知識つけといた方がいろいろ楽しめるだろ?」
「余計、怖くなるじゃん」
「でも万が一ってこともあるんちゃう?」
「そうだけど……」
「なんだ、雅美怖いのか?」
久弥はニヤニヤした顔で私を見てきた。
「怖いよ、そりゃあ」
「あぁ、そう」と久弥は少しショボンとしていた。きっと「別に怖くないし!」って強がってる私を煽りたかったのだろう。
「じゃあ早速、資料を探してみましょうか! 僕、ワクワクします!」
やっぱり神田くんの周りにはお花が咲いているように見えた。
そんなワクワクしている神田くんが急に「怜子?」と呟いた。それを聞いた私と璃音と久弥は花野さんに目を向けた。花野さんは腕をまっすぐ伸ばして人差し指で、私たちから言うと前の方で久弥と神田くんの位置から言うと後ろの方を指していた。
「……こっち側に学校の歴史の本ある。私、一回見たことある。確か『誕生記』っていううちの学校独自の本に載ってた気がする」
花野さんが、そう言うと、すぐに下を向いてしまった。
「じゃあ、それ見てみるか! ありがとう花野さん!」
久弥がお礼を言うと耳まで真っ赤にしていた。なんとも可愛らしい子だ。
○ ○ ○
放課後、私たち五人は久弥の家に居た。
「じゃあ、今日わかったことのまとめな。まず時計塔が設立された年。学校が設立された年と同じらしい」
「それで設立された十年後に女の子が亡くなって使わなくなったんやな?」
「そうだな、あの本には十年後に学校内にチャイムが導入されたって書いてたからな」
花野さんが教えてくれた本は貸し出しできない本だったので久弥がリングノートにメモをしてきた。
「なんで女の子が亡くなったか、一番気になりますよね」
「私も気になる」
「でも、そんな昔の事、知ってる奴いるかな〜?」
久弥が、そう言った瞬間。ドアの方から──ドタドタッと足音が聞こえてきた。その足音はドンドン近くなり、ついには「久弥!」と言う声と同時に久弥の部屋のドアが勢い良く開いた。
「俺のベットの下に隠してあったDVD知らねぇか!? 入手困難のやつで結構、激しいや──」
「兄ちゃん!! 女子の前でそれはダメだ!」
久弥のお兄ちゃんは私たち女子の顔を見るなり「俺は健全ですよ!」とキメ顔をした。神田くんは「同じ男子としてなにかフォローしてあげないと!」と顔に書いてあり焦っていた。そして、なにか思いついたのか、手をあわせた。
「大丈夫ですよ、イマドキの男子は普通に見ますからね! 久弥のお兄さん、心配しないでください! ベットの下にあるDVDの一つや二つなんて当たり前です!」
花野さんもフォローしなきゃと思ったのか「うんうん」と小さく、そして素早く頷いていた。
「うわあああ! イケメンと美女にフォローされたああああ!」
久弥のお兄さんは勢い良く隣の部屋に入っていった。おそらく久弥のお兄さんの部屋だろう。
そして神田くん、花野さん、フォローになってないよ……。
「あ、そうだ! 兄ちゃんの友達から時計塔のこと聞いたから、詳しいこと知ってるかも!」
「でも、勢い良く部屋に入ってたばっかりだよ? 話聞いてくれるかな?」
「そうやね……」
「大丈夫大丈夫。うちの兄ちゃん単純だからさ!」
久弥は立ち上がり、久弥のお兄さんを呼びに隣の部屋のドアの前に立った。私と璃音は久弥の部屋から顔を出し、様子を伺う。
久弥は隣の部屋のドアを二回ノックした。
「兄ちゃん、時計塔のことについて教えて欲しいんだけど」
『時計塔……んなの知るかよー』
少し鼻声だ。
「この前、教えてくれただろ!? なぁ、お願いだよ。女子達の頼みなんだよ」
『わかった、いま行く』
今度は凛とした声になった。本当に単純だ。
ガチャっと素早く久弥のお兄さんは出てきた。そして、久弥と久弥のお兄さんが部屋に入ってきた。
「さぁ、この弘志お兄さんが、なんでも答えよう!」
久弥のお兄さんはドヤ顔をした。
「じゃあ、なんで女の子が亡くなったんですか?」
「え、知らない!」
「…………もうやだ、こんな兄を持つのは」
「ひどいな、けど俺の友達で古寺キリって奴なんだけど、そいつはいろいろ知ってるぞ? なんなら、今度家に呼んでやるか?」
「本当ですか!?」
「それは頼もしい! 兄ちゃんお願いな」
「ああ、なるべく近い日にしとくな」
「じゃあ今日は、これにて解散や!」
璃音の声でみんな帰る準備を始めた。
○ ○ ○
久弥の家に集まってから早数日が過ぎた。毎日、時計塔のメンバーは集まるものの手がかりや情報が集まらないため、久弥のお兄さんの友達の古寺キリさんに頼るしかなかった。
「今日やね、久弥の兄さんの友達来るの」
「そうだね」
私と璃音は夕日に輝いている時計塔を見た。
「遅いね、久弥」
「そうやね〜先生に呼び出されて、もう一時間や」
「掃除道具で遊んで窓割ったから自業自得だよ」
「ところで神田くんと花野さんはどうしたんや?」
「一旦、家に帰ってから久弥の家に行くって。久弥も家に着いたら連絡するって言ってたよ」
「じゃあ、神田くんは連絡待ってるんやな」
「もう、早く戻ってきてほしいよー。あのバカめ!」
「誰がバカだって?」
「あ、おかえり〜久弥。どうやった?」
「誰がバカだって?」
「久弥、早くしないと神田くんと花野さんに失礼だよ」
「誰がバカだって?」
「「久弥」」と私と璃音は声を揃えた。
「俺はバカじゃねーよ!」
「ってか、早く行かなきゃ神田くんと花野さんに失礼ちゃうん?」
「そうだな、行くか」
二人はドアに向かい歩き始める。
私は不意に中庭の時計塔を見た。
──カチッ。
──『ふふふっ』
「!?」
「雅美、どうしたんやー?」
「早く行こうぜ」
「あ、うん」
気のせいだ。時計が、また動いたのも。女の子の笑い声が聴こえたのも。きっと気のせいだ。
私は自分に、気のせいだ、と言い聞かせていた。
○ ○ ○
久弥の家に行き、その後、神田くんと花野さんが来た。そして久弥の部屋には、久弥のお兄さんの弘志さんと、久弥のお兄さんの友達の古寺キリさんの計七名で話を進めていた。
「こいつが古寺キリ」
「はじめまして」
古寺キリさんは見た目は知的な男の人に見える。言い方は悪いが久弥のお兄さんとは、正反対だ。
「で、時計塔のことだっけ?」
「そうなんだ、キリ兄。時計塔のこと、俺にも話してくれただろ? もっと詳しく知りたいんだ」
「じゃあ、女の子がなんで亡くなったか、知ってる?」
「いや、知らない」
「むしろ、それが一番知りたいやつや!」
璃音は目を輝かせた。が、次の言葉で、その場が戦慄した。
「鐘が落下して女の子が亡くなったんだ」
時が止まったみたいに、みんなの動きが止まった。もちろん、私もだ。
そして最初に口を開いたのは花野さんだった。
「どうして……?」
今にも消えそうな言葉で呟いた。
「時計塔を設立すると決めたのが少し遅かったらしくてね、普通に作ってると学校設立の時に間に合わなかったらしいんだ。そして何十年も使うものだと思って、職人さんは音を重視に作ってしまってね。取り付ける部分の強化を見落としてしまったらしいんだ。そして、ほぼ毎日使われていたものだから、脆くなるのも早かったらしい」
「でも鐘ってお椀型になってますよね? それで真ん中は空洞になってるわけですから、本当に亡くなったのかはわからないんじゃないですか?」
神田くんの言葉に古寺キリさんは首を横に振った。
「鐘は、結構高い位置にあったからね、それに鐘の中に入ってる“舌”というモノがあるからね」
「舌?」
古寺キリさん以外の人が舌というの言葉に首を傾げた。
「鐘って、お椀型の内側になにか物が当たって鳴るようになってるだろ? それをのことを舌と言うんだ」
「なるほど、では女の子は舌に当たって亡くなったとも考えられるかもしれませんね」
「そうだね、俺が知ってるのはここまでだ。後は詳しい経緯を知ってる人がいるんだけど……」
「キリ兄、それは誰なんだ?」
「俺のじいちゃん」
後日、私達七人は古寺キリさんのおじいちゃんの家に行く約束をした。
○ ○ ○
次の休日、私達七人は古寺キリさんのおじいちゃんの家に居た。
「やっぱり人数が多いと、賑やかじゃのう」
古寺キリさんのおじいちゃんは微笑んだ。すごく優しそうなおじいちゃんだ。
「じいちゃん、あそこの高校の卒業生だろ?」
「あぁ、そうじゃよ。まだ時計塔が使われてた頃のな」
「俺たち、その時計塔の事を聞きに来たんです」
「亡くなった女の子のことを教えて欲しいんです」
久弥の言葉に古寺キリさんのおじいちゃんは目を見開いた。
「塔子ちゃんのことかい……?」
「塔子ちゃん? もしかして亡くなった女の子、名前なんか?」
「あ、あぁ。あれは酷かった。」
「キリ兄のおじいちゃんは、どこまでその塔子ちゃんって知ってるんですか?」
「わしが知ってる範囲では──」
塔子ちゃんの本名は鐘田塔子と言うらしい。家は貧しく、母親は病弱だったらしい。そして弟妹も多く、毎日学校で鐘を鳴らす仕事をしていたらしい。歳は小学生くらいだったせいか、高校の生徒からはチヤホヤされて可愛がられていたらしい。
「そして、事件は起こったんじゃ……」
ある日、鐘を鳴らした時に違う音が響いたらしい。
「鈍い音だった……みんながビックリして、時計塔の扉まで見に行ったんだ。開いた時には辺り一面に血が飛び散っていた」
古寺キリさんのおじいちゃんの言葉にみんなかける言葉も、なかった。
「その弟妹さんは、今どうしてるかわかりますか?」
「……いや、知らないな。」
「わかりました、今日は、ありがとうございます」
私達七人は古寺キリさんのおじいちゃんの家を後にした。
○ ○ ○
月曜日の昼休み、私達五人は図書室にいた。座り方は前と同じだ。
「今週の土曜日、確かめる」
久弥は真面目な顔だった。
「ねぇ、本当に確かめるの? あんな話まで聞いて、失礼だと思わない?」
「雅美どうしたんや、急に」
「だってさ、亡くなった塔子ちゃんに失礼だよ」
「でも鐘の音が鳴るのかを調べるだけですから、大丈夫ですよ」
花野さんは「同意」と小さく呟いた。
「そうだけど……」
「じゃあ、いいだろ? 別に悪さをするわけでもないし、鳴るか調べたら、すぐに帰るし」
「時間も遅いもんなー」と璃音は一言加えた。
○ ○ ○
土曜日の午前二時。私達五人は学校の前に集まっていた。
「やっぱり不気味悪いな、夜の学校は」
「久弥、うち思ったんだけど、どうやって中庭に入るんや? うちの学校って校舎で中庭に囲まれてるやろ?」
「あぁ、それなら」
久弥はポケットから鍵を出した。
「それは、なんですか?」
神田くんの問いに久弥はドヤ顔をして「玄関の鍵!」と声を上げた。
「は!? どうして持ってるの!?」
「一回持ち出して、合鍵作ってもらったのさ!」
久弥は「ハハハ!」と笑うが、シャレにならない。
「まぁ、それはいいとして、とりあえず、今から言う事を守ってくれ」
久弥は真面目な顔になった。
「一つは一人で行動しない。必ず誰かと行動すること。そして、すぐに連絡を取れるようにしておくこと」
「はーい!」と璃音は返事をした。
「そしてもう一つは必ず、このことは誰にも言わないこと。俺も今日は兄ちゃんとキリ兄には内緒で来てるからな。」
「そうですね、みんながこんな時間に集まったのも内緒ですしね」
「……それじゃあ、行くか」
私達五人は学校に向かって歩き始めた。
○ ○ ○
「こんなに暗い教室は初めてやな!」
私達五人は学校に入り、最初に向かったのは私と璃音と久弥の教室だ。
「っにしても、うちの学校は防犯が行き届いてないな……俺が言うのも、なんだけど」
「なんにもありませんもんね、普通の学校なら防犯用に廊下や教室に、いろいろ付いてるはず、なんですけどね」
「私達が住んでる場所が田舎だからね」
不意に花野さんを見ると中庭見ていた。
「月に輝いている、時計塔は綺麗ね」と花野さんは呟いた。
「……二時四十分か。そろそろ中庭に行くぞ」
私達は中庭まで歩き始めた。
○ ○ ○
「近くで見ると迫力が違うな」
「そうやね」
「不気味悪いですね」
私達は中庭の、ど真ん中に立っている、時計塔の前にいた。
私は時計塔の小さな扉の前に一輪の花を置いて、手を合わせた。
(ごめんなさい、こんな事して。みんなに悪気はないんです。許してください。)
「雅美、こっちに来ーい。そろそろ時間になる」
久弥の言葉で、みんなの表情が強ばった。
久弥の携帯の時計には『02:48』と表示されている。私達五人は、その数字を変わるのを待っていた。
そして、ついに──『02:49』と表示された。
みんなが息を呑んだ──が。
「……鳴らないな」
「鳴りませんね」
「やっぱりデマなんちゃう?」
「そうかもな」
みんなが安堵して、笑いあっていた時だった。
──ゴーンゴーンゴーン。
「……な、鳴った」
花野さんは小さく呟いた。
その直後、──ビュウッ! と大きな風が吹いた。
「なんで、こんな強い風が吹くの!? 周りは校舎だけなのに……!」
私が叫んだのと同時に──カチッ。と音が響いた。
みんなは、まさか、と思い、上を見上げた。
「と、時計が動いてる……!?」
「さっきまで動いてなかったですよね!?」
「もう嫌や! 帰ろうや!」
「璃音、落ち着け!」
私達五人は、急いで来た道を返す。──が。
「なんでドアが開かないんだ!?」
「鍵は、かけてないんですか!?」
「かけてねぇよ!!」
みんなは予想外の出来事に、焦っていた。あの花野さんでさえ、今にも泣きそうな顔をしていた。
「くそっ! 他の出られる場所を探せ! 窓でもいいから!」
久弥の言葉に、みんなが帰れる場所を探し始めた。
違うところのドアや運良く鍵をかけ忘れられている窓がないか探すが一つもなかった。
「そうだ! みんな携帯は!?」
「だめや! 画面が真っ暗になって電源が付かへん!」
「僕のもです! 家で充電してきたのに……」
「私のもダメ!」
「わ、私も……」
「くそっ! どうなってるんだ……!」
「しかも、時計の進み方が、なんか早くないですか?」
神田くんがそう言うと、みんな時計塔の時計を見た。
「鈴斗の言う通り、早い……。なんで?」
花野さんが呟いた時だった。
──『ふふふっ!』
知らない女の子の笑い声が聞こえた。
「いやー!」
「璃音!?」
「もう嫌や!! うちに帰ろうや!!」
「そんなこと言ったって帰れる道がないんだぞ!?」
「そもそも久弥が、こんなこと言い出しから、こんなことになったんやろ!?」
「なっ……璃音だって、ノリノリだったじゃねぇか!」
「こんな時に喧嘩なんかダメだよ!!」
とうとう花野さんが叫んだ。
「は、花野さん……」
「とにかく、帰り道を探そう!!」
──『お姉さん、帰っちゃ、やだ』
また女の子の声が聞こえた。
でもみんな動揺をしていない。
──『お姉さんだけしか聞こえてないよ?』
「え、いや……」
「雅美?」
──『お姉さん、優しいから大好き! 私のために、お花まで用意してくれたもんね!』
「いやあああああああああああああああああああ!!」
「雅美!? どうした!」
──『お姉さん、どうして叫んでいるの?』
「お、女の子の声が聞こえる……!」
「え? うちには聞こえてないけど……」
──『あのね、時計塔の目の前にある窓は鍵が緩くなってるから、外から大きな衝動を与えれば開くよ』
時計塔の目の前の窓……?
ちょうど私達の教室の真下だ。
「久弥! 私達の教室の真下にある窓は鍵が緩くなってるから、外から大きな衝動を与えれば開くかもしれない……!」
「本当か!?」
「うん!」
「よし! 試してみよう!」
四人は、すぐに窓に向かった。私も向かおうとした時だった。
(足が動かない……!)
──『ねぇ、お姉さん。さっき私のために花を置いてくれたでしょ? それ鍵にしたから、時計塔に入ってきてよ』
(え?)
私は時計塔の小さな扉の方に目を向けた。その前には、キラリと何かが光っていた。
「雅美! 手伝ってくれ!」
久弥は一人だけ行動していない私に気がついた。
私だって、すぐにそっちに行きたい! ……けど、足が動かない!
「あ……足捻って動けないの!」
私は咄嗟に嘘をついた。
「えぇ!? じゃあ、そこで待ってろ! ここが開いたら運んでやるから!」
「うん!」
──『お姉さん、早く来てよ。来てくれないと、みーんな殺しちゃうよ?』
背筋に悪寒が走った。命令に従わないと、まずい、と思った。
(わかった、すぐに行くから……)
──『やったー♪』
私の足は震えながらも時計塔の方に進み始めた。先程まで足が動かなかったのに……何故、足が動くのか、わからない。この瞬間に四人の所に行こうとも思ったけど、逆らったら、まずい、と私は思った。
私は女の子の言われたとおり、鍵を取った。
そして、時計塔の小さな扉のドアを開けた。
──『お姉さん、入ってきて入ってきて♪』
(入るの怖い……)
──『入らないと、みんな殺しちゃうよ♪』
どうやら四人は、こちらに気づいていない様子だった。
私は意を消して、時計塔の中に入った。上から入ってくる月の光が少しだけ辺りを照らした。
(血の跡がある……亡くなった女の子のかな……)
──『お姉さん、来てくれたね! 私、嬉しいよ!』
女の子は喜んでいた。
──『私、一人でいるの寂しかったんだ!』
(私も怖いよ、ここにいるの……早く出たい!)
「……ぅう…………ひっく……」
いつの間にか、怖くて涙が出ていた。
──『私もね、ずっと一人で泣いてたんだ。一人で寂しくて。毎日、弟妹が心配で。でもね、日が経つにつれて、みーんな私の事を忘れちゃうの。だから毎日、鐘を鳴らしてたの。でもね、今日は、やっと私のことに気づいてくれたの! 嬉しくて時計も動かしちゃった! それにお姉さんは私のために花までくれた……嬉しかったよ。だから、お姉さん。これからは、ずーっと私と一緒に居ようね!』
「え?」
上から少しだけ入ってくる月の光が、無くなった。真っ暗でなんにも見えない。
そして、私の上からは、何か黒い大きな物体が落ちてきた。
──『塔子もね、この瞬間が一番怖かった』
あぁ、この女の子は塔子ちゃんだったんだね。
私も、この瞬間が、すごく怖いよ。
○ ○ ○
あれから十年の月日が流れた。
俺達は卒業した高校の跡地の所に花を添えた。
「あれから十年になるんやな」
「あぁ、早いもんだな」
「僕達も年をとったわけですからね」
「波内さん、本当にごめんなさい……」
俺達は、あの後、時計塔から鈍い音がしたので時計塔に見に行ったら、雅美が鐘の下敷きになり血を流して死亡していた。なぜ時計塔の小さな扉が開いたのか、なぜ入ってないはずの鐘が、そこにあったのかは、今でもわからない。
その後、すぐに携帯が繋がり警察を呼んだりと大騒動になってしまった。それもそうだ、人が亡くなってるしまったのだから。そして、俺達四人は停学処分をくらった。退学にならないだけでも、まだマシだった。
その後も、いろいろと噂は広まり、うちの高校は年々、人が減少し、三年前に閉校し、建物も壊されてしまった。
そして、ここには近年、老人ホームが建つらしい。
「雅美の分まで俺達四人は頑張って生きるから」
「静かに眠っていてや」
そして俺達四人は、それぞれの道へ歩き始めた。四人で揃うのも、この日だけと決めてある。
みんな、それぞれの生きている道を歩いている──。
end……
「ひどいよぉ、私だけ死ぬなんて。私も、まだ生きていたかったよ……四人だけ、ずるいよぉ。塔子ちゃんと一緒で一人よりは寂しくないけど、やっぱり私だけ死ぬなんて、おかしいよぉ。……そうだ、四人とも、ここに連れて来ちゃえばいいんだ! 時計塔は亡くなったけど、違うやり方も沢山あるもんね」
『お姉さん、もっと、ここ賑やかになる?』
「うん、賑やかになるよ! 私が四人を連れてきてあげる……。私だけ死ぬなんて不公平だよ。だって、私達五人、時計塔のメンバーは怖い思いも一緒にしなきゃ、おかしいもんね? 今から迎えに行ってあげるよ、花野さん……神田くん……璃音……そして、久弥」
end