92話 闇
──サエ達が戦っていた洞窟から、少し離れた場所には、小さく簡単に造られている小屋があった。
その小屋は、周囲が魔法陣に囲まれていて、その効果で魔物にも人にも認識されていなかった。
室内には、今までその小屋は使われなかったことを示すように埃が積もっていた。
当然だ、小屋が使われるということは小屋の持ち主が“避難”したということなのだから……
突然、小屋から青い光が溢れ出した。
やがて、光が収まると小屋に人が現れた。
「やれやれ、もう少し発動が遅れていたらワシも危ない所じゃった」
光から現れたその人は、頭が青い仮面に覆われていた。
「あの状態なら、さすがにすぐにワシの生死も分かるまい」
ふう、と一息つく青仮面。
「だが、あれ(スピリット)の登場には予想外で驚いたのう。まさか、あんな低級な存在に自爆用の魔力を抑えられるとは。緊急避難用の魔法陣に回していた魔力も抑えられるかと、焦ったわ」
「次はその事も考慮して……」
トントン。
小屋の扉を叩く音が室内に響く。
青仮面はその音に驚いた。
「は?ワシの耳がおかしくなったのか?ここは、外からは認識されるはずはないから、誰も来ないはずじゃが?」
トントン、トントン。
同じ音が再び扉から響く。
「バカな!ここが知られるはず──」
ガンガン!ガンガン!
扉から響く音がノックのように叩く音から、扉を激しく叩く音に変わる。
小屋自体は、防衛の事など考えて造られていないので、耐久性が低い。
鍵も一応掛かっているが、このままではすぐに扉が壊れて、扉を叩いている何者かは侵入してくるだろう。
青仮面はそう考えて、扉から離れて魔力を溜める。
このまま何者かに殺られる位なら、せめて自爆をして巻き込んでやる!
だが──
青仮面の予想に反して、扉を叩く音は急に無くなる。
──静寂。
今度は世界から音が消えたように静まり返った。
何者かは、去ったのだろうか?
青仮面は油断せず、ゆっくりと扉に近づいた。
やがて扉に手が届く距離になった時──
キイィ──
扉がゆっくりと開いた。
その瞬間、全てが闇に包まれた。
「こ、これは一体なにが?」
全てが真っ暗になり、青仮面は自分の手足でさえも見えなかった。
そればかりか、床に立っていた感覚も上下の感覚もなくなっていた。
「やあ、はじめまして」
突然、少年のような不思議な声が聞こえて来る。
青仮面は慌てて声の方に視線を向ける。
そこには──
真っ赤な瞳が2つ、青仮面をジッと見つめていた。
「ヒィッ!おまえはなんだ!ここはどこじゃ!ワシをどうする気じゃ!」
青仮面は突然現れた赤い瞳に恐怖した。恐怖する中で必死に言葉を絞り出し、質問を口にする青仮面。
「君は質問する側じゃないよ?解るでしょ?尋問されるのは君だよ」
「それは──」
「まず、君にその仮面を渡したのは誰?」
「……」
「君の研究の目的は?」
「……」
「君は何故魂を操れた?」
「……」
「うん、これで我の知りたい事は全部分かったよ」
「は?ワシは一言も話してないぞ!」
「別に話さないでも我には分かるよ。“この中”ならね」
「は?」
「もう君に用事はないよ。じゃあね、永遠に」
その言葉が切っ掛けになり、青仮面の体が次第に闇へと呑まれていく。
「この闇を操る邪法……それに赤い瞳……はっ!まさか貴様は!魔王──」
やがて闇は完全に青仮面を呑み込み、青仮面の言葉は最後まで声にする事が出来ずに途中で途切れた。
「懐かしいね。でもその名前はもう使ってないよ。今はただの魔王……ってもう聞こえないか。さて、サエの所に戻ろう」
その言葉と共に闇が消えた。
後には、誰もいない小屋だけが残った。




