69話 黒犬
二回目の波は一回目よりも魔物が多く、さらに明らかにボスであろう巨大な個体がいた。
ここからずいぶん離れているが、それでもはっきり分かる。
周囲の魔物と大きさが全然違い、全身が真っ黒だ。大きな赤い目が四つ付いていて、足元に黒い靄が漂っている。
あの靄から、凄いイヤな気配がした。
アイツを速く倒した方がいいと俺の勘がいっているが、道切を守りながらあそこに向かうのは無理だ。
移動しながら『風壁』を張り続けるのはちょっと難しい。
出来なくはないが、MPが足りるか不安だ。
なので、俺は動けずにその場で戦っていた。
セアも突っ込まず俺の周囲で戦っている。
道切というかウトとナルンをチラチラ見ては、何気ない動作で隠しながら手助けしている。
恥ずかしいのか、本人は手助けしてると認めないようだけど……
ラズは俺達の視界を、常に確保出来るようにしながら魔物を倒していた。
おかげで魔物に対しての攻撃と防御が、かなり楽になっていた。
ヤムは俺達の周囲の魔物を轢きながら、走り回っている。
風魔法との相性もバッチリだな。
ちょっと元気過ぎる気もするけど……
俺達じゃあボスに近寄れないな、他の冒険者はどうだろうか?
そう思って周囲を見回すと、剣の少年が見えた。
剣の少年はボスに向かって特攻したが、ボスとの間にいた魔物の量がいきなり増えて、ボスに近寄れないように邪魔をしていた。
他には大きな斧を持った男はボスに目もくれずに討伐数を稼いでいる。
あとの冒険者は、自分達のパーティーを守るのに必死でボスに向かう余裕は無さそうだ。
そういえば、さっきから魔物を倒しているが、一向に減らない気がする。
黒い靄もだんだん広がっている気がするが?
よく黒い靄を観察して見る。
倒された魔物が黒い靄に取り込まれて消えた。
その後、ボスの近くある黒い靄から魔物が現れていた。
あの黒い靄は魔物を再生するのか?厄介だな。
ボスを倒さないと終わらないって事か?
でも、倒す手段が……
その時、俺達の近くに剣の少年がやってきた。
「これは、マズいな。きりがない」
それは、見ていれば分かるが、この少年は何をしに来たのだろう?
俺が疑問に思っていると、さらに少年が話し始めた。
「あなたなら、アイツを倒せるだろう?」
それは、出来るが、そうすると道切のメンバーは……
「無理だな」
「嘘だ!だってその魔法なら──」
「無理だ」
「そんな奴らは見捨てれば────」
「ふざけるな!」
誰が見捨てるか!
「そいつ等は只のお荷物だろ、見捨てれば全員助け────」
「五月蝿い」
何で助ける人を決められないといけないんだ?しかも、他人に。
「お前が倒せばいいだろう?他人に頼んな」
「もういい、頼まない」
少年は怒って行ってしまった。
少しイラッとしたが、確かにこのままではジリ貧だ。
「サエ様、ボクに任せて!」
ヤム?正直ヤムには、まだ荷が重いと思うが、ヤムは自信ありそうだ。
心配だけど、俺達の中で今一番自由に動けるのはヤムだ。
俺はヤムをじっと見る。
ヤムもじっと見つめ返す。
よし。
「任せた、頑張れ」
「うん」
千切れんばかりに尻尾を振って、凄く嬉しそうだ。
「そうだ!ボクにサエ様の『風刃』を頂戴!」
?
「『風刃』を?」
「うん、ボクに向かって放って」
「分かった」
俺はヤムに向かって『風刃』を放った。
普通なら、真っ二つだろうが、ヤムは大丈夫な気がした。
そして、予想通りにヤムは無事で、それどころか『風刃』を吸収していた。
「やっぱりサエ様の風は優しくて良い風だなあ」
風に優しさや良し悪しがあるのか?
「獣如きに何が出来る」
ふと、呟いた人を見れば、さっきの少年が近くにいた。
何が出来るか?お前に出来なかった事だよ。
「ヤム、プレゼントだ」
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◆ヤム視点
サエ様がプレゼントと言って、地面にナイフを突き立てる。
その瞬間、土龍が現れてボスに向かって行く。
サエ様の意図を察して、土龍に乗り、土龍の上を走る。やっぱりサエ様は凄い。
土龍はボスに向かってその口を開くが、避けられる。
だけど、それでいい。
ボスを倒すのを任せられたのは、ボクだ。
この土龍はサエ様がくれた、ボスへの一本道だ。
やがて、ボスの目の前までたどり着くと、ボクはボスに飛びかかって爪を振るう、だが、ボスは俊敏な動きで避ける。
こうして対峙すると、大きさがはっきり分かる。
ボクの四倍くらいかな?
コイツは獣では、決してない。ただ、似ているだけだ。
黒い犬だ。狼のような気高さや誇りを持っていない、ただ暴れるだけの存在。
黒犬は辺りの黒い靄から魔物を出して、ボクにぶつけてくる。
が、風を纏っているボクには、効かない。
ボクにぶつかる魔物は自分から風に切り刻まれていった。
「お返しだ!」
ボクは黒犬にさっきと同じように爪を振るう。
また、黒犬は後ろに下がって避けた。
でも、遅い。
ギイアアーー!
黒犬が悲鳴を上げる。
黒犬の左足が一本なくなっていた。
ボクが爪を風で伸ばして切り裂いたからだ。
黒犬は憎しみのこもった四つの目をボクに向けると、今までに無いほど沢山の黒い靄が集まってきた。
いくら魔物が出てきても、風で切り刻んでやる。
そう思って構えていたが、違った。
黒い靄は風を強引に破って迫って来た。マズい、逃げ場が……ない。
黒い靄はやがてボクの全身にまとわりつき、取り込もうとする。
不味い、マズイ、マズい─────。
取り込まれて、意識が……
助けてサエ様!
その瞬間、ボクの腕輪が光った。
これは、『風刃』?
サエ様の魔法?
『風刃』は黒い靄を切り裂いた。
これは、行ける。
ボクは黒い靄から飛び出した。
再び、黒犬と対峙する。
ワオオオオーーン!
黒犬が叫ぶと、また黒い靄が集まり、ボクを取り込もうとする。
だが、もう大丈夫だ!
ボクは“『風塵』”を使う。
黒い靄が風の刃に次々と切り刻んでいく。
黒い靄が消滅して、黒犬は怒っているようだ。
ワオオオオ!
飛びかかって来た所を『風刃』で真っ二つにする。
それで、黒犬は完全に動かなくなる。
さあ、サエ様の所に戻らなきゃ。
アレ?眠い?体が……
「良くやったな、ヤム」
意識が無くなる直前に、誰かに撫でられながら、そう言われた気がした。




