本当はあったかも知れない日常②
マリアの話で笑い、少しだけでもスッキリしたようで、エリザの目から涙は消え、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
「ごめんなさい。ありがとう、マリア。これから昼食だったのよね。」
エリザがマリアの腕の中に納まった箱を指差し、ベンチから立ち上がった。
「まだ休み時間はたっぷりあるから、ゆっくりしていって。」
そう言って、庭園の中へ向かい、帰ろうとするエリザ。
マリアは思わず、そんなエリザの腕を引き、驚いて振り返ったエリザに箱を掲げて「一緒に食べましょう」と誘いかけた。
「えっ?」
「実は、ついつい作り過ぎちゃって。昨日、イザークにそんなに食べると豚になるよって言われたから少なめにしようと思ったんですけど、ついつい何時も通りに作っちゃって。」
確かに、エリザの目線に持ち上げられた箱は一人分にしては大きな箱だった。
「失礼なことを言った責任を持てってイザークに押し付けようと思ったんですけど、姉を泣かすような弟に私特製のサンドイッチは食べさせる訳には行きませんよね。」
「い、イザークがゴメンなさいね。えぇっと、でも…いいのかしら?」
「いいんです、いいんです。むしろ、お願いします。」
戸惑うエリザの腕を引きベンチに座らせれると、マリアはエリザの横に箱を広げ、箱の横に腰を下ろした。開かれた箱の中には、野菜やハムを挟んだサンドイッチが敷き詰められている。
「…じゃあ、ご好意に甘えるわね。いただきます。」
「はい。どうぞ、つまらないものですがお召し上がり下さい。」
二人はサンドイッチを一つ取り出し、口に運んだ。
「って事で、エリザさんと仲良くご飯しちゃった!」
その日の放課後、オレンジ色の陽の光が差し込む滅多に人が来ない第四図書室で、本を読むイザークの前に仁王立ちしたマリアがフフンッと自慢げに説明を終わらせた。
机の上に広げた本に顔を落としているように見せかけて、上目使いに睨みつけるイザークなんてマリアには怖くも無かった。
「痛い目、みたいの?」
「やれるものなら、やってみなさい。エリザさんに言いつけてやる!」
声変わりも終わっていない声を低め静かに恫喝するイザークに、マリアは舌を出して挑発する。こんな会話は出会ってから何度もしているので、本気ではないことをちゃんと理解している。大好きなエリザが関わっている今回は、もしかしたら半分くらいは本気だったかも知れないが。
エリザの名前を言われ、次に出そうとしていた言葉を飲み込んだイザーク。
その姿に、マリアは噴出しそうになった。
でも、それをすると本当に怒り出すのは目に見えている。マリアは必死に我慢した。
「大体ね。エリザさんの事が心配なら、素直にはっきりとそう言えばいいのよ。」
「ッ!べ、別に心配とはしてないから。」
「だって、後宮騎士になるなっていうのも、訓練なんか参加するなってのは危ないから心配だって事でしょ?周囲に迷惑だってのは、もしかして苛められるんじゃって心配してるんでしょ。」
「違う!…そんな事思ってないよ。」
マリアの言葉を否定したイザークだったが、その顔は夕日を浴びていても分かるくらいに真っ赤に染まっていたし、その声は段々と小さくなっていく。
ほんの少しだけ、イザークを可愛いといってはしゃいでいる一部女生徒たちの気持ちがマリアは分かりかけた。
「後宮騎士なんてエリザみたいな鈍くさい奴が勤めるような仕事じゃないし、周囲が迷惑してサルドの家名に響くと思っただけで。バッカスとの婚約は、王家の意思によるもので、エリザとあんな軟派なマーク・バッカスじゃ結婚しても上手くいくわけないと思ったからで。」
面倒くさい。
マリアが、真っ赤になってボソボソと言い訳をしているイザークを見て思った言葉だった。多分、顔が令嬢がしてはいけない顔になっている気もするが、そんな事を気に留めることが出来ない程、面倒くさかった。
「あれ?もしかして、本題はバッカス先輩だったの?」
イザークの言い訳を聞いていて、前の二つは言っていることはいつもと同じだなぁと感じたが、エリザの婚約者であるマーク・ナゥ・バッカスについては初耳だった気がした。イザークは、むしろマークとの婚約は賛成よりだった筈。長ったらしい言い分をマリアが解析した所、軍属の家で王太子の乳兄弟として近衛に入ることが決まっているマークは、軍部で王と同等の権力を有するサルド家には逆らえない、そして幼馴染として弱みから弱点まで知り尽くしているから安心出来る、というのがイザークの主張だった。
「……あの男、エリザと婚約の儀を済ませたばかりだというのに、複数の女を侍らせてイチャイチャと。しかも、それをエリザに見つかるなんて低脳な事を…。あんな低脳と縁続きになるなんて僕は反対しただけだよ。」
つまり、それがエリザさんがああなっていた理由なのか、とマリアは納得した。マークのそういう噂は有名だったが、エリザと婚約すれば成りを潜めるだろうと言われていた。それなのに、数十日前に正式に婚約したと指輪を嵌めているにも関わらず、女生徒たちと仲良く遊んでいたわけか。
マリアは頭を抱えた。
幽霊騒動の時の様子を見る限り、マークはちゃんと、それがどんな種類かはさて置き、エリザに好意はあると思ったのだが、迂闊過ぎるというか、馬鹿というか。
「もう、いいから。エリザさんに謝ってきなよ。ご飯食べてる時、八つ当たりをしてしまったって悩んでたんだよ?ちゃっちゃと謝って、バッカス先輩にはイザークが影で一発お見舞いすればいいんだよ。」
頭の中でマークへと罵声を吐き捨て、マリアはイザークの腕を両手で掴んで立ち上がらせると、その背中を入り口に向かって押し出した。
「さっきから聞いていれば、一発お見舞いだと殴るだの、少しは貴族の娘らしくお淑やかにしたら?っていうか、君すでに当主になったじゃないか!?」
「当主じゃないわ。弟が成人するまでの代行よ。それに、田舎でお淑やかに育つなんて無理よ、無理無理。」
昨年、両親が事故によって亡くなり、今年9歳になるマリアの弟が最低でも15歳になるまでの間だけ、マリアはテレース家の当主の役割を果たす事になっている。その為、貴族子女なら入る事が当たり前になっている学園に入ることを諦め小さな領地を守ろうと奮闘していた。他国に赴いていた父の友人がマリアの事を聞きつけ、信頼出来る人間を送りマリアを説得した事で、マリアは一年遅れとはいえ学園に入学することが出来た。
「だったら、そう見えるように振舞うくらいしなよ。困るのは弟だよ。エリザに苦労させられてる僕みたいにね。」
「弟は、姉様凄いって褒めてくれているもの」
マリアに押されるがまま第四図書室から追い出されていったイザーク。
マリアに対して悪態をつきながらも、その顔は真っ赤になったままで、廊下を歩き出した後ろ姿から、空耳かと間違えるくらいに小さな「ありがとう」と聞こえてきたので、素直にエリザの元に謝りに行くのだろう。その言葉を聞き逃さなかったマリアは、窓から僅かに見える夕暮れの空を見上げて、何も堕ちてこないことを確認したのは、イザークにはバレていないだろう。
イザークが出したままにしていった本を棚に片付けながら、マリアは無性に故郷に残してきた弟に会いたくなった。
「手紙でも書こうかな」
第四図書室を出たマリアは、まだ閉店まで時間が残っている売店に立ち寄り、封筒を買おうと足を早めた。
『ありのままの貴方を見せて』
マリア・テレースが、貴族として必要な知識や義務を学び、貴族の誇りとは何かを見つめ直す傍ら、立場故の悩みを抱える攻略キャラたちと交流を深め、一緒に学園や王都、国で起こる事件や騒動を解決していく物語。
マリア・テレース(16)
貴族の子女が何の問題もなければ全員15歳から入学する学園に一年遅れで入学してきた話題の少女。何か問題を抱えているのではと遠巻きにされながらも、彼女は勉学に打ち込み真面目に学園生活を送っていく。そして、そんな彼女に自分たちが持つ悩みやコンプレックスを刺激され、興味を持っていく学園でも人気を博す生徒たちがいた。
学園入学まで後少しという時に両親を事故で亡くした子爵家の娘マリア。跡継ぎである弟はまだ7歳。国王の許しを得て、学園には行かず、小さいとはいえ預かる領地の運営、貴族としての役割を果たそうと使用人たちや領地の人々の協力を得て頑張っていた。けれど、それを邪魔する怪しい笑いを浮かべる親戚や近隣の貴族たち。疲れ涙を流すマリアの前に現れたのは、亡き父の友人。何度かマリアも会った事がある彼は、仕事によって国外に出ており友人夫妻の死を知ったのは帰国した昨日のことだった。慌てて駆けつけた彼はマリアの様子を見て、学園に行くよう説得した。学園には学ぶ事がたくさんあり、無二の友人を作る事も出来る。そして、学園に行かなくてはマリアの将来に関わる。そう言ってマリアだけではなく周囲の人間も説得した彼と、弟に背中を押された事で、マリアは一年遅れで学園の門を潜ることになった。
※イザークルート 重要分岐点『幽霊騒動』
学園に幽霊が現れるようになり、学園中が被害を受けるようになった。
その中で只一人被害を受けないエリザ。元々エリザを好ましく思っていなかったり、サルド家に反発している家から来た一部の生徒たちは、ここぞとばかりに「犯人はエリザだ」と風潮し、過激な嫌がらせを始めた。マリアは、エリザを嫌がらせから守り、エリザが被害に合わない理由を突き止め、そして幽霊を退治しなければならない。その選択肢によってイザークの好感度が大方決定する。