第一話
女子高生「繭谷純」1
「頭……痛い……」
独り言とも寝言とも言えるような呟きであたしは目が覚めた。
自宅の部屋のベッド。十二月のとある日、朝六時過ぎ。学校行かなくちゃ……
意識が朦朧としている。もしかしてて昨日また「入れ替わった?」のか?
「あああ、痛ったああああ」
頭以外の激痛に気づく。右足の太ももが火を噴いたように熱い。転げまわる位の痛みだ。慌てて自分の目で部位を確かめる。みればもともと色白で、ひょろひょろとなまっちろいはずのあたしの脚は真っ赤に腫れている。そして巻かれた薄汚い包帯は、間違いなく自分の血痕で赤黒く汚れている。恐る恐る、血まみれの包帯を解いていく。無造作に絆創膏を貼られた脱脂綿を引っぺがす。
内腿には、明らかに鋭利な刃物で切り裂いたような生々しい傷跡が約四㎝、それの処置として何針かで無理やりふさがれて、その部位からガンガン音がしてくるかのように痛みが襲ってくる。
頭の痛みは間違いなくアルコールのせい。多分猛烈な痛みを誤魔化すため、相当量が飲まれてるみたい。勿論そんなアルコールが女子高生のあたしの身体にあうはずもなく、猛然と吐き気が襲う。
昨日のあたしの記憶は、学校帰りの下北沢駅前の雑貨屋でシュシュを選んでた時点で終わっている。それ以降の記憶は見事に跳んでいた。
またあいつが現れたのだ。あの殺し屋が、あたしの中で目が覚めて暴れたのだ。
痛い足を引きずりながら、部屋の端のタンスに身体を進める。一段下の段には色々な物が隠されている。あたしにも意味がわからないガラクタとか、武器だとか。そこから取り出したのは小さなアルミのケース。中には硝子製の注射器とアンプル。
本当に痛さが我慢できない時に打てと奴に指示された痛み止めのアンプル剤。その効果は絶大で、痛みを一瞬で消し去る以上に、一瞬にして天国に行ったような、びっくりするぐらいの幸福感を同時に与えてくれる代物。どう考えても薬屋さんや、病院で、ホイホイ手に入るようなものでは絶対ないはず。
駄目だ癖になる! と思いながら腕をゴムで縛り、自己注射。ほんの数十秒で、あの燃え上がる足の痛みが、冷たくなったみたいに反応が静かになる。鏡のなかに、ニヤニヤ笑いながら涎をすこし垂らしてる自分を見つける。明らかに何かの中毒患者だ。目をそらして、化膿止めの抗生物質の錠剤を飲む。
鏡の前に立つ。
キャミソールと下着一枚のあたしが映った。
身体中、傷跡やアザだらけ。かろうじて顔には傷らしきものは見受けられないが、目の下には大きなクマ。
ちょっと癖っ毛気味な背中にかかった黒い髪。まっすぐに切った前髪がそのクマに妙にマッチして、まるでこの部屋に何十年も前から現れるいわく付きの地縛霊の女の子のようだ。
元々なんの魅力的なでっぱりも絞りもない、手足だけが妙にひょろ長い、色白だけが取り柄かな? 位に思っていた、十七歳のあたしの身体は、まるで相当量の酷い苛めを受けたかのような、打ち身、切り傷、火傷の痕跡のオンパレードだ。
かろうじて、跡が残りにくい体質らしく、更には人よりかなり治りがはやい。それは多分やはり、奴の霊に憑依されているという理由も大きいのだろうか。
実際あたしは、なかなか同じ世代の人間とは話も合わず、自分から合わそうともせず、すぐに想像の世界に逃げ込んだり、不思議なものや現象へ同調して、小学生の頃から、友達らしい友達も作らず、一人でいる事になんの苦痛も感じなかった。
そのおかげで、苛めに近い感覚の仲間はずれになったりはしたが、身体的な暴力はほぼ受けた事はない。
このおびただしい傷跡はこの数ヶ月、つまり奴が勝手にあたしの身体をのっとり、好き放題暴れたおかげで出来たものだ。
右肩に鈍痛。またこんなヘナチョコの身体で拳銃を乱射したんだ。手首も痺れる。
どろどろの体調、どろどろの気分を、なんとか痛み止めで誤魔化して、お風呂場でシャワーをあびる。普通に女子高生をしている以上、簡単に学校を休む訳にもいかない。
新しい下着に着替えて制服を着込む。
「う、うーん、純起きたあ?大丈夫なのからだわぁ」
声に振り返ると、同室のかやが、自分より大きいいのではないかと思われる抱き枕を抱え、まるで小学生の着るような、アニメプリントのパジャマの肩をはだけた状態で、眠たそうに目をこすりながらこちらを見ていた。
半分好き好んで着ているのだとも思うのだが、基本的に身長が百四十センチにも満たないさやに、大人のサイズの合う服は無い。薄茶色のストレートヘアはいつも髪の上で二つ結びにされ、子供ブランド服に身を包むさやは女子高生どころか、どうがんばっても小学校高学年にしか見えない。
制服ですら合うサイズは無く、彼女が着ているものは、学校指定の服に模して作った、全くのフルオーダーメードだ。
色々とめんどくさい体躯の彼女だが、しかしその美少女っぷりはちょっと呆れるほどで、黒目勝ちのその目はびっくりするほど大きくて、そしてびっくりするほど端正に、まるで、アンティークのビスクドールのように整えられている。
アルバイトと称してして年齢不詳の雑誌モデルをしていて、それは勿論絶大な人気を誇っているが、残念ながらと言っていいのかはわからないが、間違いなく全国の女子小学生の憧れの的であって同世代的の代表的な感覚で憧れられているのだろうが、まさかさやが十七歳の女子高生であろうなんて想像は誰もしていない。
「かや起きた?早く着替えなさいよ。朝ごはん食べられなくなっちゃうよ」
色々な事情があって、あたたしたち二人は、東京の片隅、下北沢駅の駅前からすこし外れた路地にひっそりと佇む、戦前から建つと言われている蔦の絡まった古びたアパートメントの一室に住んでいる。
太ももの傷に消毒液をつけ、新しい包帯を巻く。ギリギリスカートで隠れるようだ。
トーストが焼け、酒臭い息をなんとかコーヒーで誤魔化そうとがぶ飲みしてみる。
猫舌のかやには温めのホットミルク。
「昨日夕方消えて、帰ってきたのは深夜二時ぐらいかなー。もうボロボロな状態でベッドに倒れこんだので、とりあえず服だけ脱がして身体ふいたんだよー」
昨夜の状況を説明してくれる。もちろんあたしには記憶が無い。なんせ入れ替わっているのだから。
「それでねー。ハイドさんからの伝言ー」
「何?」
「色々すまん。だってー」
かやがあどけない声で告げる。
何がすまんだ!乙女の柔肌を肉体をこき使うにもほどがある。あたしの知らないところであたしの身体は多分、絶対的に、絶体絶命のピンチを何度も経験しているはず。なんたって、もうひとりの魂の宿り主は「殺し屋」なんだもの。
「先に出てエンジン温めてくるね」
あたしは、いつもの軍用のフード付きコートを羽織る。USARMYのM51という古いジャケット、俗にモッズコートと言われるコットン製の分厚い服だ。
それはハイドの私服。この身体を半分こづつ使うための約束の一つ。出かける時に必ず身につける上着。
なにやら内側に色々縫い付けられているみたいだけど、一番重要なのは、腰の部分から鎖で繋がれポケットにしまわれた鍵束みたい。車の鍵、貸金庫の鍵?なにやら古くてよくわからない鍵たち、この部屋の鍵もこの中にあった。ハイドによるとこの鍵束は『命の綱』というものらしい。
ベッドサイドに置いてあった『交換日記』と表題されたノートを慌しく開き、最後のページに、
「バカ!死ね!」
と大きく書き込む。ただ奴が死んだらもちろんあたしも死ぬ事になるんだけど。
日記をかばんにしまいこみ、肩にかける。ドアをあけ、庭に置いてある古びたスクーターの元へ向かう。
「べスパラリー200」というらしいスクーターは、元はハイドの物。なぜか私自身もオートバイにあこがれて、十六歳になったと同時に免許を取った。結果的にはこんなおんぼろスクーターに乗る羽目になってしまった。
スタンドを立てた状態でべスパにまたがり、キックスターターを一気に踏みおろす。
もうもうとした煙を噴出しながら、のんびりとした外見に似合わない甲高い音が庭に響く。何回かアクセルを捻る、「かぶらすな!」という訳のわからない注意事項をいただいてはあるが知ったことではない。
制服に着替えたさやが、重そうに学生かばんを背負ってヘルメットを被っている。
「じゃ、いこっか」
ちょこんという擬音が聞こえるのではないかという雰囲気でかやがべスパの後ろに座る。
「もう前タイヤ上げて発進するのやめてねえ、こあいもん」
さやがあたしの体にしがみつく。いやなんかこのバイク変に力があって、走る度に前輪が持ち上がるんだからそれは仕方ないよ。などと思いながらスタートする。べスパラリーはフロントタイヤを高々と上げて猛スピードで発進した。
ガンマン「犬飼ハイド」1
自己暗示によって夕方五時に目が覚めた。
辺りを見回して場所を確認する。どうやら下北沢駅南口付近の商店街らしい。
手には髪留めらしいゴムが入った布のわっかが握り締めてあった。
入れ替わった直後は記憶が混濁して、一瞬感覚が朦朧とする。
「どうしたのー純?? ってもしかしてハイドさん?」
「おう、かや嬢ちゃんか。久しぶり、予定だと一週間経ったはずだがどうだ?」
「そうだねえ、その通り、よく自分でおきられるねえ」
「まあ、仕事だからな」
今五時十分か。予定の十時までまだ間があるか。準備を含めても充分時間があるが、この新しい身体になって、まだ数ヶ月。しかも三十年以上も仕事から離れていた。ここは慎重を重ねるのはありだ。
「じゃあかや嬢。俺は今から仕事だ。純にはまた宜しく言っておいてくれよ。べスパは乗っていくから今日は歩いて帰ってくれ。夕食はいらない。帰宅時間はわからない」
「うんわかった。ハイドさんも本当はおじいさんだったんだから気をつけてね」
かや嬢が大きく手を振る。少し気恥ずかしいが、実際の自分の見た目も若い娘なのだから周りに違和感はないだろう、小さく手を上げてそれに応える。
駅前に置いていたべスパラリーに火を入れる。七十年代のスクーターだが、ポリーニ社製のチューニングキットを中心に、これ以上手を入れようがないほど改造されている。現役引退のあの三十年前から、例の下北沢のアジトにほおりこんで置いたのに、オイルとガソリンを入れただけであっさりと火がついた。三十馬力近いじゃじゃ馬なのに、何故純が、あんなにあっさりと乗りこなすのかが疑問だ。
まったく訓練もされてないたかだか十七歳の小娘の身体など、俺にとって使い物になるはずもないと思っていたけれど、元々の反射神経は良いものがあったのだろうか?
なんとか新しく請け負った仕事をこなしていける。純には申し訳なく思うが、命の恩人でもある俺の死を引き換えに一命を取り留めたのだから、俺の最後の引導を渡すまで、暫くは付き合ってもらわなければならない。
べスパは甲州街道を抜け新宿へと向かい、歌舞伎町の外れにあるお化け屋敷の縮小版のような古ぼけた煙草屋の前で止まった。
薄暗い煙草屋の奥を覗き込むように見ると、数十年も前は看板娘だったはずの老婆が俺を見返した。
「ロングピースとマッチくれ」
日本が誇る名煙草であるロングピースは、世界的有名な煙草コンクールで大賞をとったこともある素晴らしい味の紙巻煙草だ。しかもフィルター付きシガレットとしては、世界最強のニコチンとタールの量を誇っている。
「なんらいお嬢ちゃん、お父さんのおつかいかい?」
舌足らずの老婆はいかがわしそうな目線で、制服を着込んだ女子高生の姿を舐めるようにみる。
そんな視線も気にせず、ポケットの中から鍵束を取り出し、その中の一本を掲げ老婆にみせる。
「そんなこたあどうでもいいぜ。京さん、荷物を出してくれ!」
こちらの想像以上に仰天とした表情となった老婆は、しばらく口をふがふがさせていたが、あわてて手元にあったらしい入れ歯を嵌めて、裏返った声で叫んだ。
「あんた! ハイドさんのなんなのさ!」
「説明するのはまた今度、ゆっくり渋茶にでも付き合ってやるからさ、すまん今夜は仕事だ京さん。まさかこの鍵束の持ち主がちょっと見た目が変わったからって、ブツを渡さねえってルールはなかったよな。こっちはそれ相当のショバ代は落としてる筈だぜ」
老婆は唖然とした表情のまま、煙草の小さな売り場に置いてあるボタン式チャイムを、ある一定のリズムで数回叩いた。
数分の間にサングラスをかけた若い男が革製のスーツケースを持ち出してきた。かび臭い匂いがする。無理もない、これが日の目を見たのはやはり三十年ぶりなのだから。
表向きは古臭い街角の煙草屋にすぎないのだが、新宿という土地柄でもあり、ここは誰も生身を見られない、色々やばいブツの預かり所なのだ。実は都内にこういう闇金庫みたいな場所が数点あって、裏稼業の者達の隠れ蓑のような役割を果たしている。俺も仕事道具をこうやって分散して隠してある。
復帰して今までに三回の仕事をこなした。初めは肩慣らしのつもりもあって得物は最小限の物、下北沢のアジトに常備しておいたもので済ました。しかし今回は初めての通常営業、俺のガンマンとして復帰第一弾ともいえる仕事だ。色々な場所に隠してあるスーツケース、、これは最小の通称「乙」。しかしこれが一番出番がある。色々な現場のケースを想定した必要かつ最小限の道具が入っているだ。
スーツケースが手渡された途端にズンという音を立てて地面に突き刺さった。
重い……
忘れていた。自分の気分に全く付いてこない、女子高生の身体だった。仕方がないので両腕で全身の力をこめて引きずっていく。もしかして俺は格好悪いのか?
「ちょ、ちょっとあんた大丈夫なの?」
京婆さんが心配そうに尋ねてくる。
「お、おう。問題ねえよ。あ、それと言いたい事があったぜ」
「なんだい、お嬢ちゃん」
「今日から俺が二代目犬飼ハイドだ。またちょくちょく世話になるぜ」
「何?あんた」
「どうした?」
「あんたその細腕で昭和の拳銃王『ナンブのハイド』を名乗る気かい?」
俺は小さく口笛を吹いて投げキッスを送った。あれも戦後の混乱期にはローズのお京と呼ばれた女博徒だった。一時期ねんごろな仲だった頃もある。あいつもあんな婆ァになったんだったら俺もじじいになる筈だ。いや今は女子高生だ俺ゃ。
スーツケースをなんとか引きずって、ベスパの荷台にくくり付けて、俺はさっき買った煙草にマッチで火を点した。深く煙を吸い込み、ゆっくりと空に線を引くように吐きだす。最良の煙草はやはり最良に美味い。
途端に意識が遠のく。その場にしゃがみこむ。猛烈な吐き気と眩暈が襲ってくる。
俺は自分自身がすっかり健康な肺を持つ事を忘れていた。その場にしゃがみこんで三十分動けなかった。
「おう、オールドクロウバーボンをロックでくれ」
「何言ってんだよ、昔のハイドさんならいざ知らず、こんなか弱い女の子に飲ます酒なんかここには売ってねえよ」
そういってマサはタンブラー一杯の牛乳を俺に差し出した。
新宿ゴールデン街のはずれに、戦後のどさくさから開店した「スナック水底」。俺は先代からの常連客という事になる。もちろん今の店主であるマサもその暦は長く、初老の白髪をオールバックにして、ひげを生やしたその姿は、見た目の通りに良い仕事をこなす、素晴らしいバーテンダーだ。
そしてこの拳銃稼業の裏の斡旋所でもある。
数十年ぶりに、女子高生の格好で
「俺だ犬飼ハイドだ」
と常人では考えられないような呼びかけにもさして動じず、
「ハイドさんならあり得ない事はない」
と簡単に自分の存在を受け入れてくれた。
そして、単に老人に過ぎなかった頃の、どうしても捨てきれない拘りの為だけに、またこうしてガンマンを復活させてくれた。
俺はなみなみと注がれた牛乳を飲み干した。うん、美味い? 成長期の身体がカルシウムとかそんな物をを欲しがっているって奴か。
「ちょっとちょっと、口の周り拭いて。仮にもハイドさん女の子なんだからさ。それとここは一応バーなんだから、そんな制服姿でカウンターで偉そうにふんぞりかえられても困るんだよね。色々準備あるんでしょ? もう奥の部屋に引っ込んでよ」
怪訝そうな口調でマサは俺に言った。
バーの奥には小さな個室がある。普段は客室として使っているが、仕事が入った時の俺の新宿の拠点として使わせてもらっている。
ドアをロックして、持ち込んだスーツケースを開ける。
三十年の年月が無かったかのように、黒々とした武器達が、店内の赤い照明に艶かしく照らしだされている。
俺はその中から、俺の分身ともいえる、二丁の拳銃を取り出した。
「南部十四年式拳銃」
俺が「ナンブのハイド」と異名を頂いている所以がこの拳銃だ。先の戦争で、日本軍が正式採用した軍用銃。親父が従軍して狙撃兵をやっていた頃にいつも手元にあった銃そのものだ。戦後のどさくさで南洋から日本に持ち帰った親父の形見とも言えるこの拳銃は、本来親父のような下っ端の雑兵がもつような銃ではないが、南方で戦死した上官の更に形見でもある。
終戦後仕事にあぶれ、ヤクザ稼業に落ちた親父だったが、戦中母を亡くし、孤児となっていた俺を探し出し育て上げた。抗争に巻き込まれておっ死んだその日にもこの拳銃は手に握られていた。気づけば俺も親父のように裏稼業を進むようになったが、それからこの仕事で常にメインに使うのがコイツだ。
現在の銃器に性能は比べよう無く劣っている。しかもこれに込める弾丸八mm弾ですら、今の世の中では存在しない。普及している九mm弾の薬きょうの先を絞って、特注の弾丸を圧入する。長年使い続け、壊れるたびに、大阪の闇職人が営む旋盤屋で部品の作成、改良を行って、気づけば元の部品は殆ど無くなってしまっている。しかしその結果、世界一性能の良い十四年式拳銃になったと言えるだろう。元々あったこの銃の弱点(スライドストップしない等)も全て克服している。完成形となった際にまったく同じ物をもう一丁作らせた。ニッケルでメッキをかけた、シルバーに輝くそれを「銀」、昔から使い続けてるほうを「黒」と呼んで二丁拳銃として使っている。
何故そんな古い性能の低い銃にこだわり続けるのかと言われると、それが道具として使い良いからと答えるしかない。武士は代々何百年も継いできた刀を使うのと同じ、大工だって簡単に愛用の金槌やノミを手放しはしないだろう。
スーツケースの中にはそんな理由で長年手入れをしながら使ってきた道具が詰まっている。置き場所を分散させているのも、それを全て失いたくはないからだ。
俺は今回の仕事の為にやはり二丁の南部を選んだ。ブラウスに二丁用のショルダーフォルスターを着ける。拳銃、予備マガジン、飛び出しナイフなどを仕込んでいく。
ブレザーを着てコートを羽織る。
個室から出てカウンターのマサに挨拶する。数人の常連客が飲んだくれていた。
「じゃあいってくるぜ」
「なんだよ、この可愛い女子高生は? まさかマスターの彼女?!」
「俺もよくわかんないんだよ」
マサはやれやれといったポーズをとってみせる。
「何か口調がハイドさんに似ていたな? お孫さんかなんかか?」
客の野次を尻目に俺は水底のドアを背にした。
ベスパの振動に身をゆだねて、十二月の寒風に頬を凍らせながら、ちょっと前の出来事を思い出していた。
あれは秋だとはいえまだ暑い日差しを感じる九月中頃の事だった。
俺は長年やっていた拳銃家業、ガンマンとして成功し得た巨額の報酬を隠して、武器屋道具を隠れ家や預かり屋に分散し、たんまり前払いでそこの維持費を払ってこの業界を去った。失くしたモノへの大きい罪の意識でこの仕事が出来ない精神状態に陥いってしまったことと、その原因に対する復讐心が混沌として一向に前に進まなくなった。
裏仕事から離れカタギの仕事に付くが上手く行かず、結局ホームレスとなり、何年もの年月を送ってしまった。そして気づけば七十を過ぎて代々木の公園でテント生活を送っていた。結局復讐心は癒えぬまま身体だけが年老い、最終的にはこのまま死ぬことしか出来なくなったのだ。
その日、公園を抜ける井の頭通をとぼとぼ歩く少女に目が釘付けになった。理由はわからない。だが何故か目が離せない。
その少女は急にまるで取り憑かれるように車の通りが多いその通りを信号のない場所で横断しだした。それは何か大事なものを落としてそれを追いかけるようにも見えた。急なその行動でぼんやり運転していたのであろうその目の前のトラックは全く減速する素振りは無かった。間違いなく少女は車に轢かれ事故、即死も間逃れない。
何故俺が、見知らぬ少女のため車道に飛び出し、三文ドラマのように彼女を押しよけ、自分が身代わりに車とぶつかるような真似をしたのかはわからない。
ただ気づけば病室で目覚め、自分の意識が少女の身体の中に割り込んでいた事を知った。しかも共同するのではなく交代で意識が身体を占領することもその後わかった。
俺自身の肉体はあっけなく死にいたり身寄りもわからないまま焼かれ埋葬されたらしい。
それからだ。命の恩人である俺はそれを免罪符にして、彼女の身体を利用して諦めていた問題を解決するためまた動き出した。多分そんな心の奥にくすぶっていた執念がさせた奇跡なのだと思うし、もしそれが解決すれば、この少女の身体から離れて彼女の平穏も取り戻せるのではないかとも思ったのだ。




