ルシファーというモンスター
超久しぶりの投稿です。遅れてしまいました。
再び本を選ぶ作業に入り、俺は大量の本の中から1冊を取ってはタイトルを眺める動作を繰り返す。この状況において有意義な情報を得るために、出来るだけ早く全ての本のチェックを済ませてしまいたかった。
しかし、その意志とは裏腹に1冊1冊にかかる時間は長くなっている。タイトルを読み取るまでに数秒、そこから本のジャンルを読み取るまでに十数秒、それが手掛かりになるか判断するのにまた十数秒かかってしまっている。
こうも俺の思考が鈍っている原因は分かっていた。先程手にした“郊外のアニー&クラウス”がこの世界に存在しているという事実を受け止めきれず、そのことばかり考えてしまっているのだ。
(別世界の物品は別世界の人物が持ち込むしかない……あの本がレムルの書斎にあったということは、平森やアイツのカウンセラーがレムルの書斎に置いたってことになる……)
学者で好奇心が強いレムルなら、別世界からの転生者に興味が湧いて平森達と交流していそうだし、別世界の本を譲ってもらったなんてこともあり得る。無論その影響で“書き換え”が発生するが、平森のカウンセラーならお構いなしだろう。魔界に振り撒かれたトラブルで間接的に関わって来たためにそう確信する。
だがそうなるとレムルの行動について色々と疑問が生じる。何故レムルがそれを本の山の中に忍ばせて俺に渡したのだろうか。
動機としては、俺が見たこと無い言語の本を目にして、どんな反応をするか検証するため、つまりは研究の為に本を渡したというのが一番妥当だろう。
しかしそれなら人界の別の言語の本を見せても良いはずなのに、別世界の存在を認知していない(と誤解している)相手にわざわざ別世界の本を見せてどうするのだという謎が生まれる。故郷らしき国名を出したのも不自然だ。
それに、俺が本のタイトルを読んだ時の反応が妙に薄かった気がする。知るはずの無い言語を読めたんだからもう少し驚いても良いはずなのだが、あの冷めた反応は不可解だ。俺が読めると少しでも考えていなければあんな反応は出来ないだろう。
(何を根拠にそう考えたんだってなるよな……平森達が俺のことについて話したんだったらおかしくない、か……?)
平森以外にも転生者がいる、あるいは転生という概念があるとでも伝えれば、別世界の言語を読むモンスターがいてもおかしくないという思考の基盤ができ、あのような反応をしてもおかしくない。
その場合俺が転生者であることが発覚し、今後転生のスペシャリストたる平森のカウンセラーがこの建物に招集されるかもしれない。大量虐殺を起こしている相手なだけに、出来れば天寿を全うするまで会わずに済ませたいのだが。
(いや、平森達と交流があるって前提で考えているが、そもそもレムルが──)
『随分と手が止まってるけど、分からない単語でもあった?』
更に思考を巡らせようとすると、レムルからの確認が飛んでくる。どうやら動きが緩慢になっていた時間がそこそこ長くなっていた様だ。
「……いや、大丈夫だ。少し考え事をしながら読んでたために手間取っていただけで、助けはまだ要らない」
『そう? なら良いんだけど。まあタイトルくらい助けが無くても読めるわよね』
咄嗟の出任せを聞いてレムルが勝手に納得したのを確認して、俺は妄想の範疇を超えない思考を止めてタイトルの解読を行う。レムルと平森達との関係についての考察は後回しにしても大丈夫だろう。
『それにしても地理とか情勢とか、手元にキープしているのはほとんど手掛かり探しのための本ね。他の本は読まなくて良いの?』
「僕が手掛かり探しに何を読んでもお前には関係無いだろ。それとも僕の選び方に文句でもあるのか?」
『いや、せっかく人界の本を読む機会が出来たんだからもっと色んな本を読んでも良いんじゃないと思っただけよ。人界にしか無い知識や技術について知ることが出来るチャンスなんだし』
「時間が無限にあるならそういった本も読むさ。まともに動けず魔法も使えないこの部屋の中で、使えるかも分からない技術について学ぶのは時間を潰すリスクが大きすぎる。数冊は読むつもりだけどな」
選書に口出しをされて少し不満げになりながら、横に置いた複数の本の中から理系の学術書を手に取り、レムルに見せつける様に顔の前に持ち上げて揺らす。
それに続いてのレムルの反応は無く、俺を訝しみながら右手を元の位置に戻した。それから30分程で全ての本の表紙を見終えて声を掛けるまで、レムルの声が聞こえることは無かった。
「本を選び終わったぞ。他の本はここに置いておけば良いのか?」
『そうね。台車近くに置いておけばロボットが持っていくわ。それにしても随分キープしたわね?』
「手がかりがありそうな本は取り敢えず全て取ったからな。ていうか途中から監視してなかったのか?」
『アイツが突然連絡をしてきて、モニターを見ていられなかったのよ。全く、用事を伝えるのがホント突然なんだから……』
俺の身体の横に置かれた本の量を見て驚いた声を挙げるレムル。しばらく声が聞こえなかったのは“外交官”が寄越した用事のせいだった様だ。
『助言した通りちゃんと科学系の書籍も取っているのは感心するけど、それでもやっぱり選定に偏りがあるわね。数学書に至っては1冊も入ってないけど、数学は嫌いなの?』
「嫌いではないが、今読む必要は無いと思っている。どれも今の僕では理解し切れない様な内容ばかりだしな」
『あら、そうなの? でもそういえばアイツが魔界の学校は進みが遅いって言ってたっけ……』
「“外交官”はそんなことも調べているのか?」
『上から頼まれたら何でも調べるのがアイツの仕事だからね。頼まれてなさそうなどうでもいいことも結構調べてくるんだけど』
やれやれ、と呟きそうなレムルの呆れ声を聞き、外交官ってそんな仕事だったっけと思い返す。外国との交渉をしたり情報を発信したりする役職に就いている人物が、何故魔王軍の密偵隊みたいなことを行っているのだろうか。
「奴は僕が知っている外交官と全然違うな……奴の役職はスパイが正しいんじゃないか?」
『元々情報収集を任されてたんだけど、上からの要求がどんどん増えてきてね。それに対応してより多く良質な情報を得られる様にした結果、ああやって各国へ忍び込む様になったのよ。国所属のスパイってのは言い得て妙かもね』
「他国へ忍び込む時は必ずそこの人間の身体を乗っ取っているのか?」
『基本は変装か“変化魔法”による変身を、時と場所によって使い分けているわね。他人に憑依しての潜入は自分の正体が割れるのを特に避けたい時は必ず行ってるけど、頻度は稀な方かしら』
他人の姿に変貌する“変化魔法”は習得する難易度が高く、対策魔法があるため変身相手として自然な立ち振る舞いをこなさなければ疑いからすぐに解除されて別人だとバレてしまうと授業で聞いたことがある。そんな魔法を諜報活動で多用しているという事実だけで“外交官”がベテランの魔術師であり、凄腕のスパイでもあることが分かる。
“憑依魔法”の詳細は不明だが、自らの意識を他人の身体に入れて操るというものである以上“変化魔法”よりも更に習得が難しいのだろう。“変化魔法”ではあった敵地のど真ん中で素顔を晒すリスクが無くなるのだから、諜報活動を行う者からしたら喉から手が出る程欲しいところだが。
そう“外交官”の分析を行っていると、今まさに“憑依魔法”の餌食となっているカウンセラーさんの顔が浮かんだ。そして俺はまた質問攻めを窘められないか不安になりながら、そういえばとレムルに問い掛けた。
「“外交官”はまだルシアさんの身体を操っているのか?」
『ルシア……ってあのメイドのこと? さっきの連絡の声は変わっていなかったから、多分そうね』
「やはりか。もう人界に戻ったのだから、モンスターの身体に取り憑く必要は無いだろ。いい加減ルシアさんの身柄を解放してくれ」
『彼女も人質の一人としてアイツは見ているだろうから、私から頼んでも解放なんてしてくれないんじゃないかしら』
「彼女はただの雇われ従者だ。“帝国”に狙われる筋合いなんて無い」
『別に彼女がどんな人物かは関係ないわよ。貴方に近付くのに丁度良いモンスターが彼女だっただけで、他のモンスターにも憑依の対象となる可能性はあったわ』
「だからって彼女も人界に連れて行く必要はあったのか?」
『アイツが貴方を人界に連れて来るには、貴方を運ぶための身体が必要だったのよ。だから彼女に憑依したまま帰ってきたってわけ』
無駄に連れて来た訳じゃないのよ、とレムルがこれ以上カウンセラーさんが魔界に連れて来られたことに反論出来ない様にまとめる。だからって今も取り憑く必要があるのかと聞こうとした途端、丁度良い回答がレムルから発せられる。
『でも、確かに今も憑依している必要は無いわね。幾らでも閉じ込められる手段はあるのにそれをしないなんて、普段のアイツからしたら到底ありえないわ』
「そうなのか?」
『目的を果たすために出来る事があるなら試さないでいられない性分なのよ。更に全ての行動に意味を持たせようとするから、基本的に無駄な事はしないのよね』
「つまり“外交官”がルシアさんに憑依したままなのは、奴に別の目的があるからなのか?」
『まあそうなるわね。もっとも、その目的が何なのかは不明なのだけれど。一応それとなく理由を聞いてみるけど、彼女をすぐに解放出来るかは期待しないことね』
ただでさえ俺を人界に連れて来た理由も分からないのに、更に他の目的まで奴にはあると言うのか。“外交官”が考えていることの底知れなさに俺は恐怖する。
『さてとそろそろ昼食の時間ね……そうそう、言っておくけど食事中の読書は禁止よ」
「僕がそんな行儀悪そうに見えるのか? そんなことはしない」
『それなら良いんだけど。自分の本を汚されるなんて我慢ならないからね。それさえ守ってくれれば拷問はキツくしないであげるわ』
「……強弱関係無く拷問はするのか?」
『当たり前じゃない。モンスター達の情報を本人達から聞き出す絶好の好機だと言うのに、みすみす逃す科学者なんていないわよ』
「それを聞いて僕が情報を漏らすとでも思っているのか?」
『拷問を受ける前はみんなそう言うのよ。いつまで我慢出来るか見物ね。じゃあ私はランチに行ってくるわ』
こちらが何か言い返そうとする前にレムルは通信を切る。続く通信は待てど暮らせど聞こえてこず、本当にランチに行ったということが分かる。
程なくして、ロボットが2体部屋に入ってきた。片方が俺の周囲に積まれていた本をまとめて部屋の端に運び、もう一方が俺の太腿の上に昼食のお膳を置くと、皮肉めいた挨拶を2体でハモらせながら選んでない本の乗った台車を押して戻って行く。その妙な雰囲気に何か脱力感を覚え、コンクリートの壁にもたれ溜め息をついた。
拷問なんて人質という立場に関連したワードを聞いてしまうと不安が込み上げてくる。交換条件がある以上最低限の安全は保障されるだろうが、それでも心身を痛めつけられるのは確実だ。
これから自身が受ける拷問によって、“帝国”に有益な情報を渡すことがあってはならない。それを強く念じながら、俺は目の前の魚フライにフォークを突き刺した。
レムルが戻って来るよりも先に昼食を終え、ロボットに食器の回収をさせる。普段よりも朝食と昼食の間隔が普段よりも短かったためにあまり腹は減ってなかったが、残したら拷問が厳しくなるなんてこともありそうだったので無理やり完食した。
一時的に拘束を解いて運動させてくれないか、とキツくなった腹に手を添えながらロボットに言うが、後片付けを終えたロボットは何も言わずに本の山を抱えて俺の脇に置いてくる。やはりまだ自由にさせてはくれない様だ。
指に汚れが無いか確認し、俺は一冊のソフトカバーの本を取り出す。そして「新装版モンスター百科」と書かれた表紙を確認し、ひっくり返して後ろ側から十数ページ捲る。
数多のモンスターが記載されている図鑑の最後の最後に描かれていたのは、片面1ページを塗り潰す黒のインクと、その中央にでかでかと記される白いクエスチョンマークだった。不思議に思い隣のページの説明文を読むと、そこにはこう記されていた。
──“魔王種”ルシファーは全てのモンスターの始祖と言うべき存在、すなわち魔王一族の属する種族である。その生態には未だに謎が多く、数多くの科学者達を悩ませている。その個体数の少なさとデータ収集の難しさが研究を停滞させているというのもあるが、個体毎に固有の特徴を持つというルシファーの特徴は、種の特性を把握するには非常に厄介である。
これまでに数多くの魔王が生まれ、数多の勇者がその首を刎ね人界へ凱旋したが、同一の特徴を持つ個体の組み合わせは存在しない。今のところ判明しているルシファーの全個体の共通点は、尖った耳や角など一般的な人型モンスターに多数見られる“人間態”時の外見特徴、次にオスのみが確認されているという偏った性比、そして“マンドル遺伝子”の3つのみである。
マンドル遺伝子はルシファーの生殖細胞にのみ確認されている遺伝子で、聖暦1548年に帝国生物学研究所のマンドル博士らのチームが発見した。この遺伝子は他のモンスターの生殖細胞との受精を可能としており、オスしかいないルシファーが種を残すためには必要不可欠なものである。
更に興味深いことに、マンドル遺伝子には遺伝情報を選択する機能があることが近年の研究で明らかとなっている。歴代の魔王の姿形が異なるのは、父親であるルシファーの基本的な特徴を基盤として、つがいとなったモンスターの遺伝情報を子に伝える自然の遺伝子操作が起きているからである──
(なるほど、“帝国”は魔王について少なくともこれくらい分かっているのか……)
見開きもう片方のページに書かれている文を読み、ルシファー種についての知識を自分の記憶と照らし合わせる。歴代の魔王の姿が全く違うというのはマリッサ先生から教わっていたし、それが魔王の種属であるルシファーの性質だというのは勘付いていたが、仕組みが遺伝子レベルのものだったということは初耳だった。
俺の身体にはお袋からの遺伝でインキュバスの特性が備わっているが、親父含め歴代の魔王の特性は発現していない。それは単純に表層に出てきていないだけだと思っていたが、どうやら俺の身体が形成される時に不必要な情報として遺伝子から除外されているらしい。過去の魔王の遺伝子を失ってメリットがあるのかと疑問が浮かぶが、そうすることで何か得られるものもあるのだろうと適当に解釈した。
(それにしても……)
自分の種族の知識から脱出に繋がらないかとこの本を手に取ったわけだが、序文を読み始めてからどうも悪寒がする。まるでこの項目を読み進めることで、俺の近い将来──この部屋に運命が決まってしまうのではないかという不安がよぎった。
しかし続きを見なければ何も始まらない、と急いでページをめくり、先程のラストより少し飛んだところから読み始める。だがそこからは歴代の魔王を何人か例としてマンドル遺伝子がルシファーにもたらした多様性について数ページに渡り説明するばかりで、懸念していた様なことは記されていなかった。
(いや、まだだ)
嫌な予感にある種の自信を持っている俺は、そこで安心せずに次のページを捲る。そしてすぐに後悔した。
──長年に及ぶ魔王種ルシファーの生態を紐解く過程で多くのモンスターの生態が解明されたことから、モンスター生物学の本流はルシファー研究にあるとも言えます。しかし他のモンスターと比べ魔王の研究資料は不足しており、ルシファーの研究自体は長年に及ぶ停滞状態に陥っています。慢性的な資料不足を打開するには現在存在が確認されているルシファー2体、現魔王とその息子を捕獲するというのが最も実現性があると考えていますが、“境界”が崩壊しない限りありえませんね。<帝国生物研究所・魔王種研究室副室長(何故かここだけ黒く塗りつぶされている)氏談>──
後書き直前の見開き1ページには、著者が取材を行った帝国生物研究所の学者のコメントが書かれていた。それ自体が魔王の捕獲を仄めかす内容で、現状とのリンクで恐怖心を煽られるが、問題なのはその横の余白に『実現可能』と記されていることだ。
(書いたのはレムルか“外交官”か、あるいは平森のカウンセラーか……これが書いてあるってことは俺を捕まえた目的の一つは──)
『もう昼食は摂ったかしら? アイツの到着次第拷問を始めるから、早めに済ませておきなさい』
この落書きがここに書かれている意味を知ろうとした途端レムルの通信が部屋に響く。どうやらモニターを覗いている訳ではない様で、俺が本を読んでいたことに気付いていないらしい。
すぐにモンスター図鑑を元の位置に戻し、他の本を手に取り読んでいる振りをする。特にコソコソする必要は無いが、見てはいけない物を見てしまった様な思いからなんとなく動きがそうなってしまう。
(“外交官”の行う拷問……例えどんなものであっても耐えなければならないな……!)
親父との交渉に聖剣と息子の二択を選ばせる卑劣な奴だ。恐らく拷問の仕方も酷いものを仕掛けてくるだろうが、それで“帝国”に有利な情報を与えてはならない。
開放されるまでの2週間弱、魔界の為にも俺は耐えてみせる。本を強く握りながら俺はそう決心した。
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