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?日目:囚われのフォルト

 ──ピチョン。

 夢の中で水滴の落ちる音──夢と言うには妙にリアルな、たった一回鳴っただけの音が酷く脳内で反響した。

 水という物質は非常に身近な存在で生活の至るところに存在するが、一粒だけの水滴という現象は、日常においては数える程にまで減少する。それでは今降って来た水滴の正体は何なのだろうか。

(蛇口の閉め損ない、あるいは雨漏りか……朝露という線もあるか……?)

 目を閉じて空間の中で横になり、水滴の正体を推理する。あの妙なリアルさから、あの水滴は恐らく現実で垂れている物なのだろう。

(入院した時の点滴……アホ犬の涎……水責め……)

 なんだっけ、一定感覚で落ちる水滴を額に落とし続けると精神崩壊するって奴。確か古代中国の拷問であった様な……

(……何で水責め!? 拷問のある日常ってどんな修羅の国だよ!)

 脳内に素早く突っ込みを入れる自分のアニメーションを描きながら、それでも答え合わせはまだ早いと推理を再開する。ここまで来ると答えを導きたいという意地に後押しされていた。

 そんなことを考えていると、先程と同じ水滴の澄んだ音が、先程より更に鮮明に反響した。

(冷たっ……)

 落ちた水滴は右の頬で静かに弾んだ。鍾乳石から零れ落ちた様なひんやりとした感触に驚きながら、好奇心旺盛な俺は推理の幅が広がると笑みを浮かべた。

 ここまで冷たい水滴であるということは動物の体液ではないだろうし、直に顔に当たるということは点滴ではないはずだ。頬に落ちただけでそう推理出来るのだから、更に手で触ればもう一つ手掛かりが掴めるかもしれない。

 そう思った俺は雫に触れようと腕を動かす。しかしその腕は、ガシャリという重い音と共に動きを制限されてしまった。

(なんだこれ……まさか鎖!?)

 非現実的な物音から学級長のお父さんに監禁されかけた経験が回帰し、一気に意識を覚醒させた俺は目を開いた。そしてその瞬間、自分の状態の全てを理解した。

 武闘祭での装備を着けたまま仰向けの状態で横たわった俺の手足はアルファベットのXの様に広げられ、手首と足首には金属製の輪が取り付けられている。それが地面に固定されている様だがほとんどの動きが奪われている辺り、鎖と言うよりは金属製のリング1つで繋げられているのだろう。

 視界には打ち放しのコンクリートの壁と天井が広がっていて、俺の真上には小さなひびが入っており、そこから時折水滴が落ちて来ている。広さは10畳程で、壁の所々にこれから窓枠でも嵌めると言わんばかりの四角い大穴が空いていることから、ここは建築途中、あるいは未完成で放棄された建造物の内部であることが分かる。天井の端に吊るされた白熱電球が放つ弱々しい光だけが、俺にそれだけの情報を伝えてくれた。

 あまりにも不自然な目覚めと異様な光景、住み慣れた魔界とは全く違う空気に、俺は自分のいる場所を知るために記憶を遡った。

(思い出してきたぞ……! 確か俺はジョーとの試合の後、カウンセラーさんの身体を乗っ取った“外交官”とかいう奴に昏倒させられて……じゃあここはあの“外交官”のいる場所……!?)

 何ということだ、俺の予想が正しければここは人界、それも奴の言うところのデストラーン帝国の中ということになる。夢の中で水滴の正体を推理している場合では無かった。

 俺がこの地にいるということは、俺が気を失ってからの間に魔界で何かあったに違いない。あの冷酷な人間は俺を捕える為に魔界の住人を傷付けることも厭わない性格をしてそうだから、何も無かったということは絶対に無いだろう。

 現状にようやく不安が募り始め、何とか外せないものかとリングを動かす。ガチャガチャと虚しく音を立てていると、突然カウンセラーさんの声が響いた。

『ようやく目覚めたか……魔界の王子フォルトよ』

「ルシ……いや、“外交官”……! やはりお前が“帝国”に連れてきたんだな……!」

『どうやら自分の所在は把握している様だな。貴様の思う通り、ここは“人界”だ』

「僕を攫ってどうするつもりだ! この拘束を解いて魔界に戻せ!」

 コンクリートにこだまする“外交官”の声に、俺は反抗の意志を見せる様に虚空へ叫んだ。“外交官”の声が冷ややかに返ってくる。

『その要望には答えん。我らがデストラーン帝国の人質だからな……貴様にはこれから12日間、魔王ヴィンセントの答えが出るまでここで過ごしてもらう』

「答えだと……!? 一体父上と何を話したんだ!」

『簡単な選択問題だ……貴様の命と魔を討つ聖剣、そのどちらかを選ぶ問いのな』

「なっ、なんだと……聖剣!?」

 聖剣という単語に聞き覚えは無かったが、俺はその物体に1つ心当たりがあった。

 魔界に勇者のパーティーが襲撃した時、勇者達は魔王城にて全滅した。原因は非常に危険な罠に掛かって殺されたからであるが、その罠が仕掛けられていた部屋には魔王討伐を手助けするアイテムが隠されているとカウンセラーさんに聞かされた。

 国家機密なのかカウンセラーさんは詳しく教えてくれなかったが、そのアイテムが奴の言う聖剣なのだろう。つまりデストラーン帝国は親父を倒すアイテムを手に入れるために、俺を人質にするという卑劣な手段に出たのだ。

『魔を討つ聖剣、ヴァリアンツフラッシャーは魔界にとっては失いたくはない秘宝……それを人界に渡せば息子を返すと交渉すると、魔王ヴィンセントは酷く苦悩し始めた』

「当然だこの卑怯共め! あれは簡単に渡して良い代物ではないんだぞ!」

『そんなことは承知だ。故に私は魔王へ2週間の猶予を与えた。それでも躊躇があるのならば息子を殺すと付け加えると、魔王は渋々とだが了承した』

「くっ、卑怯な真似を……!」

 苦悩の末に不当な交渉を受けた親父を思い、俺はどこかで観察しているだろう“外交官”へ睨みを向けた。相手に反論させる前に不利な条件を突き付けて、その上で関係者の殺害を脅迫するという奴の交渉術に怒りを覚えていた。

「お前はこれから何をするつもりなんだ? 僕を実験台にでもするのか?」

『それも予定に存在したが、魔王のお陰で中止となった。命拾いしたな小僧』

「どういう事だ?」

『私の提示した交渉条件を飲む代わりにと、魔王も私へ条件を提示したのだ。貴様の身体に傷が付いた時、この世界全てを終わらせるとな』

「なっ……!?」

 世界を終わらせるって、魔王軍にそんなこと出来る手段があったのか!? 親父のハッタリとも取れるが、それだと“外交官”にはすぐにバレそうだが……

『その驚き様、箱入り息子の貴様は知らぬことが多い様だな……まあいい。ともかく貴様の命は少なくとも2週間後まで伸びたということだ』

「ま、待て! 父上が言ったことは本当なのか!? それならばこの様な鎖に繋いでいたらまずいんじゃないか!?」

『貴様のその質問は杞憂だ。その鎖には嵌められた者の傷を癒やす効果が付与されているからな……貴様の身体には傷一つ付いていないという証拠が出来るからな。現にこれまで2日貴様を撮影した写真を魔界へ転送しているが、世界に崩壊の兆候は見られない。すなわちこれは貴様の父親が、貴様の無傷を認めているということだ』

 “外交官”が論理的に解説を行っているのを黙って聞いていると、両手首のリングからカチリという音がした。それと同時にリングが4分の1程内側にスライドし、力の掛かる場所を失った両腕はリングから解放された。

『そして三日目……本日の撮影はこれから行うところだった。それを行おうとしていた矢先、貴様が目覚めたのだ』

 リングが突然外れたのは“外交官”がやったことである、という事実を理解するのと同時に足のリングも外れ、俺という人質の体は全て自由となった。

『立つのだ。それが今私が貴様に許す唯一の行動であり、貴様がすべき唯一の行動だ』

 俺が従うと疑わない口調で、“外交官”は行動を指示した。ここで反発したところでまた拘束されるだけだと悟った俺は、不本意ながらもその命令に従いゆっくりと腰を上げる。装備を付けたまま横たわっていたのに身体のどこも痛くないのはあのリングの治癒能力の効果なのだろう。

「これで満足か?」

『上出来だ。そのまま何も言わずに全裸になってくれると完璧だったのだが』

「ふ、服も脱ぐのか!?」

『全身を撮影するのだから当然のことだ。魔王に不信感を抱かせ世界の寿命を縮めたいのならば服を着ていても良いのだぞ』

「だからって全裸は無いだろ……」

 どうも腑に落ちないまま要望を渋々受け入れ、装備と衣服全てを脱いで金具の側へ置く。全裸で立っているのは誰も見ていないにしろ恥ずかしく感じるので、俺はその横でしゃがんで待機した。

(“外交官”が来たら何を言ってやろうか……カウンセラーさんの身体を乗っ取っているけど中身は男っぽいし、「この変態!」とでも叫んでキックを入れて……駄目だ、まるで意味が無さそうだ……)

 何とかしてあの人間の鼻を折れないだろうかと考えている内にすぐに40秒程過ぎて、部屋の端っこに設けられたドアが一人でに開いた。“外交官”が遂に来たのかと振り向くと、ドアの高さの半分程しかない大きさの円筒形のロボットがスライド移動して入って来た。

(ロボット……? “外交官”じゃないのか?)

「コンバンハ。写真ノ撮影ニ来マシタ」

 片言でそう言ったロボットは手に巨大な望遠レンズが付いたカメラを携えており、頭部のモノアイを点滅させながらこちらへ近付いて来る。その動きはさながら一昔前のSF映画にでも出てきそうなものだ。

 マキナ先輩もそうだけど、“人界こっち”はある程度ロボットを作れる分、魔界よりも数歩前を行く文明レベルになっているのだろうか? これも高森のカウンセラーの影響なのかもしれないが……

「気ヲ付ケノ姿勢デ待機シテクダサイ。アア、局部ハ隠サナイ様ニ、ヨロシクオ願イシマス」

「手短に頼むぞ……」

 言われた通りの姿勢となりロボットにそう指示すると、ロボットはキュルキュルと音を立てホイールを動かし、四角い穴の空いた壁を背にして俺の真正面に移動する。

 ロボットがカメラを平行移動させて画角を調整しているのを見ていると、ロボットが自身の背中部分から白い傘の様な物を、頭部からは先端に白い玉が刺さったワイヤーを展開した。唐突なフォルムチェンジに俺が唖然した顔を見せていると、ロボットの頭の玉が赤く発光した。

「ヨー方向ニ11.6度、ピッチ方向ニ8.2度ノ無視デキナイ傾キガ生ジマシタ。顔ハコチラヲ向ケテ、ジットシテ下サイ」

「す、すまない(それはそういう機能なのか……)」

「顔ヲ左ニ、1.3センチズラシテ下サイ……モウ少シ2ミリ程……ソウソウ。記念撮影ジャナイノデ真顔デモ良イデスヨ……ハイ、チーズ」

 写真屋に撮ってもらう時に行うやり取りをミリ単位で行い、俺の向きを正確にカメラへと真っ直ぐに向かせる。丁度良い角度を向いた途端にロボットがOKを出し、頭部の玉から眩い閃光を放出した。

 無駄に強く焚かれたフラッシュに目を瞑り、写真の撮影が完了したことを把握する。こんなに眩しくする必要はあったのかと疑問に思いながら目を開くと、ロボットは展開していた装備を畳み待機していた。

「本日ノ撮影ハコレデ終了デス。マタ24時間後ニ撮リニ来ルノデソレマデオ待チクダサイ……ソレデハ」

 そう言うとロボットはキュラキュラと音を立ててタイヤを動かし部屋から出ていく。後ろ手で器用にドアを閉めると同時にロックが掛かり、再び部屋の中の存在は俺一人だけになってしまった。

 俺は下手な抵抗をする気は無かったが、この部屋の中しか動けないという状況に些か不満はあった。それと同時に初めて訪れた“人界”、それも“帝国”がどの様な所であるかという好奇心に駆り出され、この部屋の外を調べたいという欲望が膨らんでいた。

 サポーター以外の服を着て壁の近くへ行き、四角い穴から外を眺める。時間帯は深夜なのか全く何も見えず、風や虫の鳴き声などの環境音も何一つ聞こえない。

 穴の中心へ腕を伸ばすと窓がはまる様な位置で手のひらが止まる。工事中の転落防止のため、あるいは俺が脱走するのを防ぐためのバリアが張られていることに気付いた俺は、顔を近付けて息を吹いた。

 少し冷えた空気に白い息が浮かび上がり、バリアの向こうへと通り過ぎて行く。それを確認した俺は魔法学の授業で習ったことを思い出していた。

(完全に密閉された空間を作る高度な障壁魔法は、人質を収容する部屋に使えない……それは“外交官”も同じか)

 俺は部屋の隅に落ちていた砂や砂利、コンクリートの粉など大小様々な粒子をかき集め、手のひらに小さな砂山を作った。それを窓に向かって放り投げると、比較的に小さい粒子だけがバリアを抜けて外に出て、重力に従い闇の中へ落下して行く。かすかに見えていた砂粒達は、目測で1メートル程落下したところで闇に溶け込んでしまった。

(うーん……2階以上の高さにいるってことは分かったけど、それ以外は何も分からないな……外の暗さは“外交官”が何かしたんだろうか……?)

 巨大な暗幕を掛けているかの様な窓の外の闇を眺め、俺は魔術によって窓枠周辺に音や光を歪める魔法が掛けられていると予測した。この建物の外の情報を1つも与えるつもりは無いという“外交官”の意思を感じた。

(念の為、もう一度砂を投げてみるか──)

『気は済んだか?』

「……っ!?」

 それまで沈黙を保っていた“外交官”が突然声を発し、それと同時に両手両足に何かが巻き付く。突然四肢に掛かった重量に振り向くと、それまで壁際で転がっていた4つのリングが俺の手足に絡みついていた。

 何故リングが手足に……そう考えを巡らせようとした途端に体が浮き上がり、勢い良く後ろへと引っ張られる。

(壁にぶつかる……!!)

 危険を感じるも身動きが取れず、何も出来ない俺は不意に瞳を閉じた。しかしいつになっても訪れない衝撃にすぐに瞼を開くと、俺は写真を撮影する前の姿──金具で床に固定された状態になっていることに気付いた。

「も、元の位置に戻されただけか……? 頭が割れるかと思った……」

『この部屋には貴様を傷付けることが無い様に加護を施している。貴様が脱出しようとを起こした時、貴様を速やかに拘束するためにな』

「だったら何故、撮影が終わってすぐに僕を拘束し直さなかったんだ?」

『低脳な魔族の王子がどこまで賢いか確かめる為に、暫く放置していただけだ。しかし特に発展は無かったが故に、頃合いを見て拘束をしただけだ』

 その言葉を聞いて俺は無性に腹が立った。それまでの不当な扱いも頭に来ていたが、余りにも傍若無人な振る舞いに我慢の限界が訪れた。

「……つまり、お前の思う様な展開にならなかったから僕を再び拘束したのか!? おままごとに飽きた子供が、オモチャ箱に人形を放り投げる様に!」

『随分と凝った表現で比喩をするものだな。そこまで激昂するとは、余程屈辱に感じた様だ』

「当たり前だ! このリングさえあれば何をしても無かったことに出来る、だからって人質を檻の中の動物の様に弄び観察するお前に吐き気を覚えた!」

『そうか。貴様が私を憎もうが勝手だが、無駄な感情の起伏は精神を消耗すると忠告しておこう。その金具に精神安定を施す効果は付加していないからな』

 まるで言葉が通じていないのか、俺の怒りなどどこ吹く風と言わんばかりに“外交官”は見当違いな忠告をした。

『この部屋は人質である貴様にとって、“人界”を無傷で生き延びるための唯一のオアシスなのだ。多少の不自由には目を瞑ってほしいものだな』

「それが人質を観察対象にしても良い理由だと言いたいのか!?」

『残念ながら、その通りだ。命の危険性の無い空間を提供しているのだ、その対価として貴様も何かを提供するのは当然のこと……何も持たない貴様がその身体を我々に捧げるのは必然的であろう?』

(ぐええ、気っ持ち悪ぅ……!)

 要するに“外交官”が自分の行いに正当な理由を付けているだけのことなのだが、どうしてそれをここまで気色悪く表現出来るのだろうか。カウンセラーの声で発せられるおぞましい人質の利用目的に俺は吐き気を覚え、それと同時に、カウンセラーさんの中に入っている“外交官”がただの人間ではなく、変態性の強い人物であると確信した。

『食事は日に3回運ばれる故に、飢餓の心配は不要だ。次の撮影時間である23時間34分後にまた会おう』

「ま、待てっ! 人質を放置してどこに行くつもりだ!?」

『貴様なら分かるだろうが、私は人質の世話など不可能な程に多忙なのだ……これから貴様の監視は私の部下に委任するので、文句は彼女にぶつけると良い──』

「お、おいっ! クソッ……!」

 ブツリ、と回線が切れる様な音がして“外交官”の声が届かなくなる。静かに響いた切断音が、“外交官”を探ろうとしていた俺に奴が一方的な勝利宣言の様に聞こえた。

「あの野郎……絶対にカウンセラーさんの身体から引きずり出してやる……!」

 リングを鳴らしながらを拳を打ち付け、俺は天井を睨みそう決意した。血が上った頭で本能的に、この意味の無い拘束期間を耐え抜いてやると誓った。



 一人叫んだフォルトの声を、同じ建築物の中で聞いている者がいた。その人物は耳に当てたヘッドホンから流れる声に、口元を歪ませていた。

「──カウンセラー? なるほどね……」

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