十日目:剣術部門本戦 〜後編〜
剣術部門の二回戦も後半に突入した十日目の武闘祭。フォルト君の三回戦進出がなんとか決定したことに、私は胸を撫で下ろした。
「全く、焦らせるぜ……」
「回転斬りが当たってなかったら負けてたもんね。最後の攻撃もすぐに撤退してなかったら反撃されてたし、本当に危ない試合だったよ」
呆れた様な声をニクス君が出して、カルマ君がそれに同調する。名前を出さずにフォルト君の話題を話すという、この先活用することの無さそうなスキルを、私達はこの十日間で会得していた。
彼らの言い分に、私は同感だった。この一ヶ月で力をかなり付けてきたフォルト君だが、それでも先輩方と戦うにはまだ少し実力が足らないと見て取れた。
現在フィールドでは第十試合、フォルト君の次の相手を決める二年生同士の一戦が繰り広げられている。両方の選手が先程の試合の二年生の選手と同等の実力を持っており、どちらが勝ち上がっても、フォルト君はまた苦戦を強いられることになるのだろう。
「次の試合はこれまでに使っていない二つの魔法に託されたな。一体何を使うんだろうな?」
「これまでに出して来た魔法は特殊なものが多かったから、後の二つも単純な魔法じゃないかもね。開会式で使った魔法を入れてくるとも考えられるけど」
「あー、それはありそうだな」
三回戦の戦況を予想する二人の声を聞き流しながら、私は試合を眺める。フィールドではそれまで膠着していた第十試合が片方の選手の猛攻で決着し、現在は第十一試合の準備を行っている。
この次の第十二試合にはジョー君が登場する。彼ならば難無く二回戦、その次の三回戦を勝ち上がれるだろう。そうなると、フォルト君とジョー君が対戦するのは準々決勝ということになる。
私は一年生の代表として両方を応援しているが、個人としてはやはりフォルト君に勝ち上がってほしいと思っている。しかしジョー君に勝利することがどれだけ難しいことであるかは、面識がない先輩方に対するそれよりも想像が容易であった。
(今のフォルト君がジョー君にどこまで通用するのか……奇跡が起きるのを願うしかないですね……)
隣に座るエマさんから勧められたお菓子を一つ頂き、私はフィールド全体をぼんやりと眺める。頭の中で祈った思いは、次の試合への歓声に静かに溶け込んでいった。
第十二試合が終了し、ジョーがロッカールームに戻って来る。その表情には明らかに疲れが見えた。
「お疲れジョー! 結構危ない試合だったね」
「まさか本当に毒を使ってくるとは思ってなかったからな。あのシステムに苦しんだだけだ」
二回戦のジョーの相手は二年生でも上位の選手だった。二人の剣の技術は互角だったが、パープルサーペントという毒蛇のモンスターである相手の身体特徴によって試合に変化が起きた。
試合開始から二分が経ち、ジョーは相手の攻撃を手に受けてしまう。しかしその剣には開始直後から、相手の身体から発生する毒が纏われていて、これでジョーは苦戦を強いられた。
バリアによって中和されるので毒の成分で大事に至ることは無いが、その代わりにジョーはバリアのシステムによって数秒に一度の周期で激痛と共にダメージを受けるという状況に陥ってしまったのだ。
「ていうか、危ない試合だったのはお互い様だろ? 決死の回転斬りが無かったら負けてただろうに」
あまり良い試合では無かったと思っているのか、バツが悪そうにジョーは話題を反らす。俺がロッカーに戻った時にはジョーは既に入場門まで向かっていたので、俺の二回戦の話はしてなかったのだ。
「あの先輩の動きについていくだけで精一杯だったんだ。そこを褒めて欲しいよ」
「確かにそこは評価出来るが、もう少しダメージを受けない打ち合いが出来たんじゃないか? “アナザーマン”を出すのが遅れてたら、同じ展開でも負けてただろ」
「うっ、それはそうだけど……」
「それに後半の戦法も、カッターがほとんど牽制にしかなってなかったじゃないか。あれをやるんだったらもう二、三人分身を増やすべきだったな。別に出来なくはないんだろ?」
「詠唱する余裕があるならね。次に戦う先輩によると思うけど」
ジョーの評価をまとめると、俺の苦戦はやはり実力不足に要因があるらしい。これまで死に物狂い(そこまでは言い過ぎだとは思うが)で鍛えてきたと思っていたが、それでもまだ足りないとは辛いところだ。
それから一時間経過して迎えた三回戦。その第五試合で俺が戦ったのは、前の試合同様に速攻を得意とする二年生の選手だった。
前回の反省点を踏まえ、俺は魔法を使える様になると即座に相手の周りへ分身を三人生成して、その分身達にカッターを飛ばすように呪文を唱えた。作戦としてはもう二人は出したかったが、これが今の俺には限界だった。
それでも背後と両サイドから飛び交う光のカッターに相手は翻弄され、全ての魔法が発動してから四十秒程でダメージが蓄積し切って転移される。前試合が俺の公式試合初の判定勝ちであるなら、この試合は公式試合初のKO勝ちと記録されるのだろうか。
続く第六試合に出場したジョーは、遂に三年生の選手との対決を繰り広げた。相手はレイピアを用いた素早い突きを連続して繰り出す強敵だ。
相手の正確な攻撃はジョーを苦しめ、試合は五分間フルで行われた。辛うじて与えたダメージのお陰でジョーは勝利したものの、常に神経を尖らせる戦いに戻って来たジョーは酷く疲弊していた。本人曰く、細いレイピアを使っているのにもかかわらず二回戦の相手よりも一つ一つの攻撃が重かったらしい。
何はともあれ、こうして二人して三回戦を勝ち上がることが出来た。次はいよいよ、俺とジョーの直接対決だ。
「──じゃあ、また後で。お互い全力を出し切ろう」
「おう、手加減なんてするつもりは無いからな。全力でかかって来いよ」
選手と観客の興奮もヒートアップし続ける準々決勝。冷静にそう言い合って手を組み交わした俺とジョーは、ロッカールーム前で別れそれぞれの入場門へと向かう。俺が進む方向は四試合連続で東門だ。
昂ぶる気持ちを抑えるために深めに呼吸を繰り返し、俺はジョーと戦う時の為に考えておいた作戦の最終確認を行う。それらを脳内で五回ループさせていると、入場門近くの廊下にてカウンセラーさんがこちらを見つめているという謎の光景に遭遇した。
(ルシアさん、なんでこんなところに? ここは関係者以外立入禁止ですよ)
(申し訳ございません秋人様。ヴィンセント様より早急に伝言をお伝えするよう命じられたので)
(親父から?)
(これまでの三試合をご覧になられて、ヴィンセント様は過程はどうあれ勝利出来たことをお喜びになられました。その興奮が冷めぬ内に激励の言葉を贈ろうとお考えになられて、私に命令をされたのです)
(はあ……そうなんですか。分かりました)
三回戦が終わってから三十分は経過してるのに今更伝言を送ってくるなんて、用事があったにせよもう少しタイミングを考えてほしかった。そういった気持ちが誤魔化せず怪訝な顔をして受けてしまうが、カウンセラーさんは気にせずに続けた。
(ではご伝言を……『いよいよお前は準々決勝に進んだ。親友との決戦に苦戦するだろうが、親しい仲の者とも戦うことを考えなければならないのが戦場というものだ。次の試合も勝ち抜くことを期待している』……以上です)
(そうですか……ありがとうございます。応援ありがとうと親父に返しておいてください)
(承知しました。それではフォルト様、準々決勝も頑張って下さい)
命令を新たに受け取り、カウンセラーさんは俺の後ろから廊下を去っていく。その姿が曲がり角の向こうまで行くのを見届けて、俺は再び入場門へと向かう。
親父の励ましの言葉について、俺は軽い感謝以上のものを感じなかった。ジョーと戦うことについて、既に覚悟を決め終えていたからだ。
入場門に到着すると、そこに他の選手は一人もおらず、俺と実行委員の二人きりだった。丁度第一試合が終了し、第二試合の選手が出て行ったところらしく、それから間もなく第二試合が開始した。
次の試合への参考になるだろうかと、俺はベンチに腰を落とし首を曲げて試合を観戦する。すると二分ほど経過したところで、背後から肩を叩かれた。
「よう、調子はどうだ?」
「サルベル先輩! どうしたんですか急に?」
「いやオイオイ、第四試合で出るからに決まってるだろ!? ロッカーで試合を観てなかったのか?」
振り向くと立っていたサルベル先輩に聞くと、顔をしかめて返される。いや、そういう意味じゃないんだけどな。
「唐突に話し掛けられて驚いただけですよ。準々決勝進出おめでとうございます」
「おう。お前も順調に勝ち進んでいて驚いたよ。ベスト8に入ったことは十分凄いことだからな」
「サルベル先輩はジョーとどう戦うつもりですか?」
「そうだなまずは……って、今から戦うお前に言ったらフェアじゃないだろ。ていうかお前は負けるつもりか?」
「冗談ですよ。時間切れまで粘れる様に精一杯頑張るつもりですから」
「自信がある口調だなと思ったら、結局負ける気なのかよ!? ポジティブなのかネガティブなのか分かりづれえな!」
コロコロと顔を変えてツッコミを入れるサルベル先輩。表情の豊かさは数時間前から知っていたが、試合前にここまで素の状態でいられるのは踏んだ場数の多さのためなのだろう。
「全く……正直な話、俺はお前に勝って欲しいんだよ。ジョーとは何度か戦っているが、どうもアイツの戦法が苦手でな」
「それって、ジョーが予選で見せた翼で滑空して戦うやつですよね?」
「ああ。だがアレは序の口だ。アイツの戦法の真骨頂は、宙に浮かんで高速移動することで可能となる変則的な連撃だ」
「変則的な連撃……」
「まあ簡単に言うと、複数の方向から同時に攻撃が飛んで来るといった感じだ。お前の分身攻撃を一人で行うと考えても良いな」
「ええ……? あれを一人でやるんですか……?」
つまり試合開始直後からジョーが翼を展開させていた場合、ジョーは俺より最低一分半早く俺と同じ戦法を行うことが出来るということになる。そうなれば呼吸を整える間もなく敗北してしまうだろう。
「……ん? でもそんな凄い戦法を持っているなら、なんでこれまでの試合では使わなかったんだ……?」
「そりゃ同時攻撃が出来るほど速く飛び回っているから、多用すると疲れるだろ。後半の試合で使用するための体力を温存しているんだろうよ」
「なるほど……って、そんな……!」
サルベル先輩のおかげで合点がいったと同時に、ジョーはまだ本気を出していなかったという事実に恐怖する。構築してきた立ち回りが本当に通用するのか、ここに来てその自信が崩れ始めた時、第二試合の終了を報せる笛の音が鳴り響いた。
「まあ、“超越生”にも必ず弱点はあるんだ。そこを突くことが出来れば、お前にも勝機はあるだろ」
「力の差ってそんな簡単に縮められるものなんですかね……?」
「そういうものだ。ほら、分かったなら立ち上がって出る準備をしな」
「分かりましたよ……」
強引な説得で背中をポンと叩かれ、俺は溜め息と共に立ち上がる。揺れ動く自信を抑え込み、最後の覚悟を決めて俺はフィールドへ向かった。
時刻は十三時二十六分。準々決勝も後半に差し掛かった武闘祭のフィールドに、俺とジョーの二人が足を踏み入れる。
フィールドに立った俺は深呼吸を一回行い、ジョーを少し観察する。ジョーは腰を少し落とした体勢で俺の方をまっすぐ見据えており、試合が始まる直前まで、意識を俺に集中させようとしていた。
「第三試合、始めっ!!」
合図と共にジョーは剣を振りかぶりながらこちらに接近する。その動きは二回戦の二年生の選手のものに似ていた。
「ふんっ!」
「むっ!」
斜め左上からの一撃をいなした俺はジョーの間合いから逃げる為に後ろに跳び、今度はこちらからとすぐに剣を振りかぶる。するとジョーはその攻撃を軽々と横にかわし、再び攻撃へと移行する。
前の試合までのジョーと比べて、攻撃の速度が少し遅く見える。そう感じた矢先にジョーが繰り出した攻撃は先程よりも少し早くなり、その次の攻撃はそれよりも更に早くなった。
どうやらジョーは俺のレベルに合わせた攻撃から始めて、試合が進むと徐々に強くしていく感じで力加減をコントロールしている様だ。
(親父達に何か吹き込まれたか……?)
俺が相手でも全力で戦うと言っていたジョーの抑制に、俺は西門から出るまでに魔王軍から力加減をする様に命令したんじゃないかと疑念を抱く。
そうこうしている内に試合は開始から一分半が経過し、俺は呪文詠唱を開始する。同じ一年であるジョーも詠唱が可能となるが、ジョーは最初の一節を唱える様子もなく攻撃を重ねてくる。
俺の詠唱を止めようと激しい攻撃を連続して繰り出すジョー。その攻撃を何とか堪えながら、十五秒程の高速詠唱を完遂させた。
「──“分裂せよ”ッ!」
最早俺の十八番と言わんばかりに“アナザーマン”の呪文を叫び、ジョーの背後に分身を出現させる。するとその直後にジョーは後ろへ振り返り、まだ構えも終えていない分身を何度も斬り付ける。
何の活躍もせず消滅した分身からジョーは向きをこちらへすぐに直し、先程よりも更に激しさを増した攻撃を始める。突然のスピードアップに反応が遅れた俺は攻撃の反動で詠唱を止めてしまった。
「残念だったな。何度も見せられたお陰で“アナザーマン”の対策が済んだんだ。俺に分身戦法は通用しない」
「くっ……」
得意気にそう告げるジョーに対し、俺は焦った表情を見せる振りをした。ジョーが“アナザーマン”の対策をしていることは想定済みであったのだ。
慌てて“アナザーマン”を唱え直す様に見せ掛けて、俺は別の魔法を発動させる準備を始める。全て防ぎ切れなくなってきたジョーの攻撃に耐えながら、最後のワンフレーズ直前で詠唱を中止する。
「やばっ……」
「……?」
ジョーにだけ聞こえる様に呟いて、今度はまた別の魔法を唱える。呪文も終盤に差し掛かったところで、俺はジョーから大きく離れ、左腕を前に伸ばしながら腰を落とした。
「──“繋ぎ留めよ”ッ!」
聞いたことの無い詠唱、突然広がった間合い、謎の構えをする俺という不可思議な状況が重なって、ジョーの動きが鈍る。最後の叫びと共に真っ赤な光輪が俺の足下から上がっていき、首元で縮んではち切れた。
それ以上変化がないことを確認してから、ジョーが接近して攻撃を再開する。その動きに対し俺は積極的に剣を振って応戦する。
「特に何も起きていない様だが……?」
「いいや、これで良い……“繰り返せ”ッ!」
若干困惑している様子のジョーへ笑みを見せ、俺は途中まで唱えていた攻撃再生呪文“ワンスモア”の最後のフレーズを唱える。すると先程ジョーの攻撃を受け止めたところが光りだし、弓形の剣撃となってジョーに不意打ちを与える。
「がっ……!?」
「“繰り返せ”ッ! “繰り返せ”ッ!」
俺からの奇襲に痛みを感じ、更に攻撃を受けることを避けるためジョーは十メートル程後退する。その隙に俺は更に“ワンスモア”を唱え続け、ジョーとの間に斬撃のカーテンを作り上げる。
「なるほどな……それが親父の言っていた“データセーブ”の効果か……!」
目の前で縦横無尽に繰り出される斬撃を見てジョーは納得した様に呟く。そして何やら決心した様に重く頷くと、先程の俺の様な前傾姿勢となった。
「むんんっ!」
気合いの一声と共に背筋に力を込めると、ジョーの背中が蠢き始め、あらかじめ入れてあったのであろう服の切れ目から、彼の尻尾同様に真紅に染まった両翼が現れ展開された。
「行くぞ!」
そう叫ぶとジョーは助走を付けてから翼をはためかせて宙に浮く。飛んでいる最中に苦しくならない様に呼吸を整え、斜め上に向かって飛行を開始した。
「(よし、引っ掛かった!)“繰り返せ”ッ!」
間もなくジョーが斬撃の上を通り過ぎるその瞬間、俺はジャンプしながら上に向かって剣を振り“ワンスモア”を唱える。俺の頭上に弓形の剣筋が現れ、ジョーの飛行進路を妨害する。
「くっ!」
突然の剣筋の出現に驚いたジョーはそれにぶつからない様に垂直に飛ぼうとする。しかしそれは悪手だった。
魔法で補助しない限り魔物だって飛ぶ時は揚力を利用している訳で、真上に飛ぶなんて芸当はほぼ不可能だ。飛んでいる最中に体の向きを垂直にしたら、バランスを崩して飛行が困難になってしまうはずだ。
状況がまずいとすぐに気付いたのか、ジョーは姿勢を整えようと空中でもがく。しかし体が重力に逆らうことなど不可能で、やがてその尻尾が剣筋の1つへ触れ──
ギャギャギャギャギャギャギャギャ──!!
「ぐあああああああ!!」
「うわっ、痛そう……」
怪物が口の中に落ちた獲物を噛み砕く様に、無数の剣撃が二メートルの高さから落下するジョーの全身を斬り刻んでいく。こうすればダメージを与えられるだろうと軽い気持ちで考えた魔法の組み合わせが想像以上にえぐい攻撃となってしまっていることに、俺は自分が行った戦術だということを忘れて引いてしまう。もしバリアが存在しなかったら今頃ジョーは粉微塵になっていただろう。
しかしこれだけの威力がある攻撃ができたのであれば、反撃のチャンスを与えることなくジョーを倒すことが出来るはずだ。だが、俺は攻撃を食らったジョーの反応に困惑した。
(な、なんでワープしないんだ……!?)
攻撃の威力以外に予想外だったのは、ジョーが剣筋の中へ落ちてから十秒以上経っているのにまだフィールドから出ていない──ワープ機能が作動する程のダメージを受けていないということだ。“ワンスモア"の効果は解除しない限り続くものであり、今もジョーには連続的に斬撃を浴びせているはずだ。
その予測と矛盾している現象に、俺は圧倒的に有利な立場にいるにも関わらず嫌な予感がした。
(下手に解除出来ない以上、こっちも何も出来ねえ……このまま時間切れになるまで持ってくれれば良いんだが……)
試合時間は残り25秒を切っており、効いていない疑惑のある“ワンスモア”以外の魔法を発動させる時間は無い。俺は剣先をジョーへ向けながら、試合が終了するのを待つことにした。
しかし、そんな受動的な作戦がそう上手く行くはずがない。斬撃の雨の中、呻き声を挙げながら仰向けに倒れていたジョーがゆっくりと起き上がる。
「ぐぐぐぐぐぐぐぐ……うおおおおおおおおお!!」
「ジ、ジョー……?」
様子のおかしい親友に、俺は素の調子で名前を呼ぶ。咆哮と共に見開かれたジョーの両眼は、正気を失ったかの様に白目を剥いていた。
ジョーが手の平を下にして右腕を広げると、地面に落ちていたジョーの剣がカタカタと音を立てて浮き上がりジョーの手に収まる。ジョーは剣の柄を握り込むと白目を剥いたままニヤリと笑みを浮かべ、こちらへと進路を決めて駆け出すと3、4歩目には姿を消していた。
(消えた……!? ここまでハイスピ)
「フンッ!」
「ぐはあっ!?」
辺りを見回してジョーを探そうとする俺の思考は、突然の頬への殴打によって撹乱された。バランスを崩し千鳥足になった肩を背後から掴まれた俺が振り向くと、冷たい笑みを浮かべているジョーの顔が目と鼻の先にあった。
「喰ラエ!」
片言でそう放つとジョーは俺のシャツの襟を掴みあげ、そのまま片手で真上に放り投げた。
5メートル程の高さまで軽々と上げられた俺は、突然の浮遊感に驚きながらも自分の状態がどうなっているのか確かめるために咄嗟に下を見る。すると見えたのはこちらを見ながら剣を構えたジョーが俺の落下地点に待ち伏せしている姿だった。
「オ返シダ!」
「………………!!」
落ちて来る俺に合わせてジョーが剣を振った瞬間目の前に無数の太刀筋が現れ、叫んでいられない程の激痛が全身を貫いた。
どうやらジョーは意趣返しとして、魔法を一つも使わずに俺の戦術を再現したらしい。そう気付いたのは突然攻撃が止み、再び訪れた浮遊感の後に後頭部への衝撃を受けた最中だった。
「いたたたたたたたた……」
「勝者、ジョー・サラマンドラ!!」
ガアク先生の判定が響き、そこでようやく勝負の決着がついたことが分かった。ぶつけた頭を押さえて起き上がると、制限時間いっぱいに及ぶ戦いを勝ち抜いた“超越生”への熱い声援に反応を返さずに、ただただこ直立しているジョーの姿があった。
(あんなに色々考えてみたけど、結局あっさりと負けてしまったな……やっぱり序盤にジョーが加減していなかったら開始早々切り伏せられていたんだろうな)
ふと観客席を眺めると、近くの一番前の席にニクス達4人が座っているのが見えた。全員こちらに対して手を振っており、特に学級長は手をメガホンにして俺に声援を送ろうと試みていた。
「大健闘でしたよ〇%>∀$! ジョー君相手にあそこまで戦えたのですから誇りに思ってください!」
近付いてみるとその様な声が聞こえたので、手を振り返して感謝を伝える。「フォルト君」と言っていたと推測出来る部分は聞き取れなかったが、恐らく運営側の規制を考慮して敢えてそこだけ分かりにくく叫んだのだろう。馬鹿馬鹿しい規則を律義に守りながら健気に応援する学級長に、俺の鬱屈しかけていた感情は浄化された。
(まあ負けた以上、これからはジョーの応援に専念するか。そうだ、戻る前にジョーに声をかけておくか)
心構えを一新したところで、俺は激励の言葉を贈るためにジョーの元へ向かう。しかしジョーは先程から微動だにしておらず、ガアク先生達に早く退けと怒鳴られても動こうとしない。
試合の終盤から何やら様子がおかしいが、“ワンスモア”の激しい攻撃がどこか変なところに当たってしまったのではないだろうか? もしそうだとしたら俺はジョーの目標を潰さないためにも早急に医務室に連れて行く必要がある。
「頑張ってねジョー! 君なら優勝もそう難しくないよ!」
「……おう」
出来るだけ観客にジョーの異変を悟られない様な声をかけながら手を差し伸べてジョーの顔色を窺うと、それまで動かなかったジョーがようやく反応を示してくれた。意思疎通は出来るので一応最悪のコンディションは免れたことに、俺はひとまず安堵した。
「早くフィールドから出ようよ。サルベル先輩達にも迷惑だし」
「──れ」
「えっ、今何か言っ……ええっ!?」
ジョーが何やら呟いたことに気付き何と言ったのか聞こうとした瞬間、半透明の黒い膜の様なものがフェードアウトする感じの音と共にフィールドを囲み始める。慌ててその外側に出ようと動こうするも、俺の両足は地面に縫い付けられたかの様に動かなくなっていた。
「な、何だよこれ……武闘祭のバリアとは全く違うけど……」
(そのバリアは上級障壁魔法“ブラックウォール”によって展開されたものです。バリアの内側にいる者の動きは詠唱者の任意で制限することができ、その上で詠唱者はバリアの内外を自由に移動することが可能です。マリッサ様の様な魔術師でも、この魔法を唱えるのは容易ではないでしょう)
(ちょっ、何でそんなヤバい魔法が発動してるんですか!?)
(それについては魔王軍が既に調査を開始しています。魔法解除の専門家をそちらへ向かわせますのでそのまましばらくお待ちください)
タイミング良く出てきたカウンセラーさんの解説により、現状がとてもまずいことになっていることが分かる。すぐに助けが来るとはいえ、要はテロに巻き込まれたのと
周囲の観客席ではフィールドに現れた謎のバリアの存在を巡って、観客や警備員が混乱している姿が至る所で確認できた。ここまでパニック状態になっていると、怪我人が出たりしたらこの後の試合は中止になってしまうんじゃないかと不安になる。
「何か大変なことになったね……ジョーは大じょ──」
話をしようと横を向くが、近くにいたはずのジョーの姿は無かった。上半身を反らして無理矢理後ろへ振り向くと、ジョーがフィールドの奥に向かって歩いているのが見えた。
詠唱者に動きを制限されなかったのかと推測したつかの間、ジョーは俺の真後ろの方にあるバリアに手をかける。その瞬間バリアの表面全体が大きく波打ち、バリアの外側へジョーを送り出した。
(バリア内外の行き来は詠唱者のみ可能……ということはジョーが詠唱していた……!?)
カウンセラーさんの解説を思い返してジョーを見つめていると、その元に三人の警備員が一台のカメラを伴って近寄ってきた。水晶スクリーンに映されたジョーは据わった目を警備員に向けていて、警備員の安否確認を無言で聞き流していた。
(フォルト様、お身体の具合はいかがでしょうか)
ジョーの不審な姿を眺めていると再びカウンセラーさんからテレパシーが飛んできた。慌てて辺りを見渡すと、俺から見て右側のバリアの外にカウンセラーさんが一人で立っていた。
(ルシアさん! 見ての通りそのままですよ、試合の疲れと現状への困惑以外に何もありません)
(そうですか。何か発見されたご様子でしたが……)
(それが、ジョーがこのバリアを張った詠唱者である可能性があるんです。試合が終わる前からアイツは様子がおかしい気がするし……)
(なるほど……分かりました。私達は“ブラックウォール”からの脱出を優先しましょう。情報は警備隊と魔王軍に伝えておきますので)
(そうですよね。それで専門の方はどこにいるんです?)
(残念ながら連絡が取れず、私が代わりに解除することになりました)
(ルシアさんが? そりゃルシアさんなら何とかなりそうですけど……)
マリッサ先生すら唱えるのが困難な魔法を解除出来るなんて、いよいよカウンセラーさんの高性能振りにも拍車がかかってきたな。何でもありかよと思っていると、すぐに補足のテレパシーが入り込む。
(いえ、私も“ブラックウォール”を解除出来る訳ではございません。その代わり、別の魔法を付与することで“ブラックウォール”の効果を打ち消すことなら可能です)
(そんな裏技みたいなことが出来るんですか?)
(簡単なことです。@∞×☆&%♀△#──)
一刻も早く俺を助けたい気持ちが強いのかカウンセラーさんは説明もせずに詠唱を始める。詠唱が30秒程続いたところで、俺はバリアの黒色が少し薄くなっていることに気付いた。
(おおっ、本当にバリアが弱まっている!)
どんな魔法を使おうとしているのか不明だが、これならもうしばらくでバリアから解放されそうだ。感謝と尊敬の視線を向けていると、遂にカウンセラーさんの詠唱が終わる時が訪れた。
「──“捕縛せよ"」




