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十日目:剣術部門本戦 〜中編〜

 波乱の第十七試合が中断されてから二分。やっとこさ調子を取り戻した俺にガアク先生が伝えたのは、ロッカールームに戻って次の試合の待機をしろということであった。

 過去に類を見ない展開ではあったが試合は単純にケント先輩の試合放棄による敗北ということになり、俺の二回戦進出が決定した。これはルールブックに基づいた結果であり、仕切り直しをするにも肝心のケント先輩は意識を失っているとガアク先生が言った。

 いまいち釈然としないまま、俺は収まった歓声を感じながらフィールドから出て行く。ロッカールームに入った途端、ドアの横に立っていた大柄な選手に胸倉を掴まれた。

「おいフォルト様よお……テメェ一体ケントに何したんだ……!?」

「い、いや僕は何も」

「とぼけんなよ王子様ァ! あんな試合見せられて、ケントが何もされてないなんて信じられるかよ!」

 青筋を立てて怒号を放つ先輩選手。背後のドア近くでの悶着に他の選手達が振り向き、近付いては野次馬に変貌する。

「確かお前、剣術はまだズブの素人レベルなんだよなぁ? 未熟な剣術を見られたくないから、ケントに魔法をかけたんだろ!」

「そ、そんなことしませんよ!? 仮に僕にそういった動機があったとしても、ケント先輩とは試合会場あそこで始めて会ったんですから行動に移せません」

「間接的にだったら幾らでも可能だろうが! この会場には魔王城の奴らがそこら中にいる、手練の魔導師ならあれくらい容易いだろ!」

「配下の者にそんなことさせません!」

「じゃあ一般人か!? 金さえ出せば動く奴は動く!」

「尚更そんな次期魔王ひといませんよ!」

「いるさ! 俺の目の前によぉ!」

 そこまで食い下がって何を求めているんだこの先輩は!?

 どうにかして俺に濡れ衣をおっ被せようとする名前も知らない先輩に、段々と語気が強まって来てしまう。ここで反応して怒鳴り返せば、相手はそれを良い事に詰問を続行するはずだ。

 男相手じゃ淫魔のフェロモンも効かないし、一体どうすれば良いのか……そう考えている最中、一つの人影が俺と先輩の間に割って出た。

「いい加減にしてください先輩。フォルト君が違うと言っているのですから少しは耳を傾けたらどうですか?」

「え、エリスさん!?」

「なんだお前、いきなり出て来て? 関係無い奴が四の五の言ってんじゃねえ!」

「私は1年B組の学級長を務めるエリス・アリシアです。クラスメイトであるフォルト君の試合について本人に聞きたいことがあったので、許可を貰いこちらに来ました。そしたらあなたが彼を問い詰めていたので仲裁に入ることにしたのです。ここまで言えば関係無くはないですよね?」

 荒々しく叫ぶ先輩に冷ややかな視線を向けながら名乗り上げ、その調子を保ったまま学級長の口撃が続く。

「そもそも先輩はケント先輩が魔法にかかってあの様な行動を起こしたと仰いますが、一体どの様な魔法が使われたと考えているのですか? 洗脳や催眠に関係する魔法は1年生では教わりませんが」

「そっ、そんなの独学でどうとでもなるだろ! この学園に入る前から覚えていたとかさ!」

「残念ながらそれはありえません。フォルト君の入学当時の技術量は、同時期の私達よりも遥かに少なかったので、そういった魔法を使えるはずが無いのです」

 ……根拠を否定出来ないのが悔しい。もっと魔法の才能があればこんな思いしなくて済むのに。

「それにフォルト君が競技場で誰かに洗脳を依頼しているのなら、フォルト君が怪しい行動を起こしていたはずです。ジョー君、これまでフォルト君は何を?」

「えっ!? あっ、ああ、呼ばれるまでずっとここにいたぞ。一度トイレに行ってたが一分もしないうちに帰って来たな」

 ジョーが戸惑いながらも答え、学級長は納得する様に三回頷いた。

「なるほど。これでフォルト君が現場で依頼した線は消えましたね。では魔王城で従者に頼んだのか? それについてはフォルト君のお目付け役へ聞けば分かることでしょう。フォルト君、ルシアさんを呼んで来てください」

「わ、分かったよ」

 第二の証人を求める学級長に従って、俺はロッカールームを出る。ちょっとした押し問答からなんでこんな裁判みたいなことになっているんだろうと思いながら、人のいない所に向かいテレパシーを送る。

(ルシアさん、妙に乗り気な学級長が呼んでるのですぐ来てください。あとあの先輩についての調査もよろしくお願いします)

(承知しました)

 了解を得たのでロッカールームへ戻り、しばらく先輩と学級長の睨み合いを眺めているとカウンセラーさんが登場する。

「次期魔王お目付け役のルシアです。事情についてはフォルト様よりお聞きしております」

 カウンセラーさんは手に持っていたクリップボードを開き、俺のこれまでの行動を言い始める。それこそ分単位で、食事を摂った時間からくしゃみや欠伸をした時間まで全てを。

 そんな発表を三日分行ったところで、先輩が突然カウンセラーさんを止める。

「お、おい、これ何日分やるつもりだよ?」

「フォルト様からは特に指定されていないので、フォルト様の疑いが晴れる様に半年分の日程をお伝えするつもりですが」

「半年!? 一日分でも十分以上は費していたのに、半年!?」

 先輩が仰天しそう叫ぶ。流石の学級長もそこまで長くなるとは考えていなかった様で、カウンセラーさんを見てポカン口を開けている。

 ちなみにあれほど集まっていた他の選手達だが学級長が出て来てから少しずつ離れて行き、カウンセラーさんが昨日の昼辺りを語り始めた頃には当事者の俺達三人と物好きな数名以外は完全に無視するようになった。試合中のいざこざを長引かせているこちらがおかしいのだが。

「よろしければ幾らでも遡ります。一年でも二年でも、フォルト様がこの世に生を受けてから今日に至るまででも」

「い、いやもう十分だ! ケントを自害させたのはフォルトじゃないってことは十分分かった!」

「では私は本来の職務に戻らさせていただきます。フォルト様、二回戦も頑張ってください」

 自分の役目が終わったと理解してカウンセラーさんが出て行く。

 彼女に冷水を被せられたかの様に大人しくなった先輩は、溜め息を吐くとこちらへ向き直る。

「……すまなかったなフォルト」

「い、いえ気にしないでください。僕も友達が突然あんな行動を起こしたら驚きますよ」

「気付いたらもう第二十六試合まで進んでるんだな……お前の友人の試合はまだだろうか」

 そういや途中でジョーの名前が呼ばれていたと思い出し、スクリーン手前のジョーを見る。カルマと話していたジョーは俺からの視線に気付くと、ニヤリと笑いながら立てた親指を見せ付けた。

 ジョーの勝利は理解したが、試合の5W1Hが全く把握出来ない。そのことを言いあぐねていると、察した先輩が声を掛けてくれる。

「どうやら見過ごしてしまった様だな……本当に申し訳無い……」

「いえ大丈夫です、本人に直接聞くんで……先輩こそ試合は大丈夫なんですか?」

「どうもまだみたいなんだ。これはもしかすると、最後まで呼ばれないパターンかもな」

 乾いた笑い浮かべた後に背伸びをし、先輩はロッカーのスクリーンを眺める。

「じゃあ俺はそろそろ準備を始めるよ。お前も二回戦頑張れよ!」

「は、はい! 先輩も頑張ってください」

「学級長のエリスさんだっけ? 長時間待たせてしまったがフォルトは空いたぜ。アンタも巻き込んですまなかったな」

 三度目の謝罪と共に先輩が離れて行き、代わりに学級長が近寄って来る。先輩を言葉で打ち負かした(決定打はカウンセラーさんだったが)ことは何とも思っていない様で、彼に一瞥もしないでこちらを見ている。

「ようやく終わりましたか」

「エリスさんは何の用? 聞きたいことがあるって言ってたけど」

「あの先輩と同じ様な質問ですよ。まあもう解決してしまった様なものなので聞きはしませんが」

「厳密には解決していないんだけどね……詳細を調べてもらえるよう後でルシアさん達に頼まないと」

「代わりに私が伝えておきますよ。フォルト君は二回戦に集中してください」

 そう言い放って学級長は即座にロッカールームから出て行った。反応をし損ねた俺は今更引き止める訳にもいかないと思い、ここは彼女に任せようと決めてジョー達の元へ向かう。

 ジョーの試合について本人に聞くと、ジョーは第二十三試合にて名前を呼ばれ、二年生の選手と戦ったと言う。戦術が読まれていると焦ったもののそこは“超越生”、自らの戦法の弱点から相手の攻撃を読み、更にその裏をかくことで勝利したとか。

 その後は試合観戦を再開し、三十分足らずで第三十二試合まで終了する。あの先輩──サルベル・マキシディフ先輩もかなりの実力者であり、彼の予想通りとなった一回戦最後の試合を十秒で終わらせた。

 一回戦で勝ち上がったのは三年生が十七人、二年生が十人、一年生が五人だった。一年生がこれ程残るのは珍しいことだとはジョーの評価だ。

 二回戦は十時半から行われる。それまでの十数分は休憩時間となり、一時的な外出が許可されている。しかし俺達は室内での談笑を続け、二回戦の開幕を待つことにした。


 十時五十四分。二回戦第六試合、カルマとイア先輩の試合が始まった。

 カルマは一回戦と同じ様にイア先輩に近付き、試しにと剣を振るう。イア先輩が身体を赤く染めたことで見えなくなっているスライムジュエルにやはり攻撃は当たらず、彼女のゲル状の身体を波立たせるだけに終わる。カルマは一旦左方向に飛び退くと、走りながら周囲を確認する。

 イア先輩の前試合を省みると、彼女は十秒足らずでフィールド全体に自らの身体を伸ばしていた。剣のみでは勝てない彼女の得意とする奇襲攻撃を避ける為には、少なくとも補助呪文を唱え終えるまでの間、足下を掬われないように素早く動き続ける必要がある。

 となると問題はカルマの身体能力だ。過去の授業を振り返るに持久力はそれなりにあったはずだが……

『くっ……!』

 開始から一分が経過して、マイクがカルマの苦悶の声を挙げたのを捉える。ランダムな方向転換を繰り返しながらの全力疾走は膝を疲労させるのには十分過酷な様だ。

 走る速度が遅くなった途端に、カルマの足下に敷かれたイア先輩の一部がカルマの身体へと繊毛の様な形状となって伸びる。すんでの所でカルマがかわすが、別の触手が後を追い始める。

 カルマは走りながら触手を切り落としていくが、触手の数に変化は無い。攻撃と回避を同時に行い続けるのは困難で、迎えた一分三十秒、カルマが呪文を唱えている最中に、遂に触手がカルマの身体に纏わり付き始めた。

『◎○♂#✕∞@☆&%──』

『詠唱をめて、無駄な抵抗はめなさい。試合はあなたの負けで終わりよ』

 ゲルの導線を通って近付いたイア先輩は、身体を締め付けられながらも詠唱を続けるカルマを見つめながら冷ややかにそう告げる。とどめを刺さず降参を促すのは、なす術無く負けを認めさせることでより屈辱的な敗北を与えるためだろうか。

『言っておくけれど、メアと違って私に電気は効かないわよ。それぐらいあなたなら分かっていると思ってたけど、真面目に授業を受けていないのかしら?』

 スライムはスライムジュエルの種類ごとに身体の性質が分かれ、それによって別々の属性攻撃に耐性が身に付いている。例えばエメラルドのスライムジュエルは火属性に強く、それを覆うゲルは高温で熱せられても蒸発しにくくなっているし、またルビーのスライムジュエルは電気属性に強く、ゲルの絶縁能力を飛躍的に向上させている。イア先輩は紅玉の力によって高電圧にも耐える身体を得ているのだ。

 勿論カルマはそれを知っていて、何らかの目的があってわざと電気を纏う付加魔法を唱えているのだろうと考えられた。しかし“超越生”という学業への取り組みを褒められた立場にいるカルマは彼女のあからさまな挑発に乗ってしまった様で、ムッと眉をひそめて詠唱速度を急激に速めた。

『──“付け加えよ(ネクサン)氷結効果フリーズアーマー”!』

 怒気を含んだ叫びの後、煌めく細かな氷の粒がカルマの周囲を覆い尽くす。それはイア先輩の身体にも影響し、カルマに触れる触手を先端から凍らせていく。

 動かなくなった触手を砕いて拘束から脱し、カルマは再び詠唱を始める。足下からのイア先輩の妨害は冷気の鎧に遮られ、先程同様の展開にはならなかった。

『──“溶け込め(レートム)”っ!』

 続いてカルマが唱えたのは、これまでの決勝トーナメントで数多くの先輩達が見せた“アシミレーション”だった。カルマの姿はたちまち景色に溶け込み、フィールドにはイア先輩だけが残った。

 イア先輩は消えたカルマを探すため頭を回してフィールド全体を見ている。するとその背中の一部が突然凍り付き、続いて凍った部分が割れてフィールドに散乱した。無防備だったイア先輩は身体の一部が破壊される衝撃に思わず仰け反る。

 どうやらカルマは途中から魔法を変更して相手の攻撃を封じ、背後からスライムジュエルを狙うという作戦に出たらしい。カルマらしからぬ戦法に俺は意外だと思ったが、あれならばイア先輩に勝てるとも思った。

 続いてイア先輩の下半身部分が凍っていき、その場からイア先輩は動けなくなってしまう。カルマによる凍結とゲルの破壊が繰り返して行われ、イア先輩の身体はみるみる内に細く小さくなっていく。散らばったゲルの破片が融けて血溜まりの様になっているのも相まってちょっとグロい。

『うおりゃああああ!』

 イア先輩の脇腹のゲルが砕かれると、飛び散ったゲルの破片に楕円形の巨大なルビー──スライムジュエルが付着している。カルマはイア先輩の弱点を見つけたことで勝利を確信したのか『よし!』と叫び、その5秒後、攻撃を当てられたスライムジュエルが宙を舞った。

『えっ……!?』

 しかしその瞬間、カルマの驚いた声が反響する。一つのカメラが剣の先を映すとそこにスライムジュエルの姿は無く、今まさに融解しようとしているゲルの破片があるだけであった。

『悪いけど、それは身体の一部で作られたダミーよ。念の為にと思って作ったんだけど、どうやら効果覿面だった様ね』

『くっ……』

 どこからともなくカルマの悔しがる声が聞こえるが、すぐにイア先輩の身体がまた砕かれる。現在試合開始から四分三十二秒、まだ勝つチャンスは残されていると踏んだ様だ。しかし……

『そろそろ私にも魔法を使わせてもらうわ。スライム族の奥義に()()()()()()

 そう言うなりイア先輩は全身を細かく振動させるというスライム族特有の呪文詠唱を始める。カルマが頭を砕いても詠唱は止まらず、意味が無いと分かったのかすぐに彼の攻撃は止まってしまった。そして試合終了まであと十五秒となり、遂にイア先輩の詠唱が完成した。

『──“大きくなれ(カローム)”』

 そう唱えた途端、イア先輩の身体が急速に膨れ上がり、身長が16メートル──奈良の大仏程の大きさまで巨大化する。

 肩を並べるモンスターがいないんじゃないかと言える大きさとなった彼女に、観客席の一部から怪獣だとか怪物だとか悲鳴が上がる。残り十秒を切ってイア先輩は何をするのか注目が彼女に向いた──その途端、突然ガアク先生の笛が鳴った。

『えーただいまの試合、カルマ選手の途中棄権により勝者、イア・フルド!』

 唐突なカルマの降参に会場全体が騒然する。何があったのか分からずに観客達が困惑する中、東門の手前にいたカルマの姿がスクリーンに映される。

 カルマは四つん這いの体勢になっていて、咳き込んで上下に揺れるその全身には所々に赤いゲルが付着している。口の真下の地面にも赤いゲルが落ちていて、そこへカルマの口から唾液が伸びている所からあれは吐き出したものだと把握出来る。

 どうやらカルマはイア先輩の巨大化に巻き込まれたことで彼女の体内に入ってしまい、ゲルの海で溺れる羽目になったらしい。接近戦に特化した透明戦法が仇となり、カルマの回避を遅れさせた様だ。

 再び場面が変わり、歓声の右手を大きく上に掲げるイア先輩の姿が映される。最初は巨大化したままだったが、数秒経過して空気が抜けた風船の様にシュルシュルと萎んでいった。

 十数秒の内に繰り出されたあまり見かけない魔法に、ジョーは思わず舌を巻いていた。

「まさかイア先輩があの“巨大化魔法グロウアップ”を唱えられるとはな……」

「確かに凄そうだけど、特別視するものでもなくない?」

「いやいや、あれは上級魔法の中でも別段難しい魔法の一つだからな。効果が短い割に身体への負担はかなり大きいし、デカくなる分隙も生まれるから、使われることが少ないので研究されていないとも言えるが」

 どうやら単純な力を増幅させるには良いが、それと天秤にかけるデメリットが途轍も無い魔法らしい。そんな魔法を簡単そうに活用出来るイア先輩は生まれつき魔術の才能があるのだろう。

 カルマについて話そうと二人して考えていたが、三年生の圧倒的な実力にお互い話題が引っ張られてしまう。結局カルマの名前が出て来たのは、三分ほどしてずぶ濡れになった彼が帰ってきてからだった。


「ただいま。やっぱり三年生は強いね……」

「お疲れカルマ。でもダミーに引っ掛かるまでは優勢だったんじゃない?」

「あそこまで精巧に作られているダミーなら騙されても仕方無いしな」

「そこはともかく、巨大化に巻き込まれて負けるのはどうにか出来たと思ってるよ。もう少し早く逃げていればなあ」

「デュラハンなんだから、頭を外に投げておけば呼吸は出来るんじゃないか?」

「実はやってたんだよそれは。それでスライムジュエルまで泳ごうとしてたら、僕を押し潰そうと大量のゲルが押し寄せて来たんだ」

 身長が10倍程になるということは、イア先輩を構成するゲルの量はその3乗──1000倍にまで増大する。そりゃトン単位のゲルの津波が近付いて来たら降参するよな。

 ああすればまだ良い戦いになっていた、有力選手ならもっとこう出来たなどとカルマは後悔を吐露しながら身体を拭いていると、先輩の選手からカルマに客が来たと呼ばれる。三人してドアの方を眺めると、ロッカールームの前にエマさんの姿があった。

「カルマ君、大丈夫ですか? モニターに凄く辛そうなカルマ君の姿が映ったので心配で来ちゃいました」

「大丈夫だよ、ご気遣いありがとうエマちゃん。その袋は何?」

「ゲルまみれになったカルマ君を見て、着替えが必要だと思って外の出店で買ったんです」

 そう言ってエマさんが袋から布を取り出し広げると、それは白地のTシャツだった。表身頃には各部門の武器がでかでかとプリントされている。

 それを眺めるカルマの表情はこちらからは見えないが、返答に時間が掛かっている辺り反応に困っている様だ。

「もしかして、着替え持って来てました? それともデザインが気に入らなかったとか……?」

「……いや、大丈夫だよ。実は今日着替え忘れちゃってて、それをエマちゃんが当てたことに驚いたんだ」

「そうだったんですか!? 良かった……」

 ふと近くに置いてあるカルマの麻袋を見ると、その口から新品同然の白いシャツが顔を出している。どうやらカルマはエマさんの厚意を尊重したらしい。

 カルマは安心した表情を見せるエマさんからそのTシャツを袋ごと受け取って、こちらの方へそそくさと戻って来る。エマさんに見られない様にロッカーの奥まで行って着替えると、再びこちらに戻っては荷物をまとめ上げた。

「敗者がロッカーにいても邪魔になるだけだろうし、僕は上で観戦してるよ。僕の敵を取ってとまでは言わないけど、二人は勝ち進めてね」

「まあお互い順当に勝ち進むと途中で僕対ジョーになるんだけどね……」

「むしろ僕はその試合が観たいな。君達のカードはなかなか組まれないからね。それじゃ!」

 敗北のショックはエマさんからのプレゼントの喜びで上書きされた様で、カルマは陽気に俺達に別れを告げる。エマさんの手を取りロッカールームから去る姿に、俺とジョーは顔を見合わせた。

「凄い気の変わりようだったね。さっきまで落ち込んでいたのに……」

「彼女がいると気分転換が簡単に出来るものなんだな。そう考えるとカルマが羨ましいものだ」

「そういや浮いた話を聞かないけど、ジョーって好きな女子とかいないの?」

「今は特にって感じだな、女より剣の道を優先してる間は。……そんなことより、第九試合の準備は良いのか? 二回戦も一筋縄ではいかないだろ?」

「分かっているよ。次の相手についてはちゃんと把握しているから」

 ジョー本人が対戦相手について教えてくれたのにそう言って会話を打ち切るなんて、どうやら彼にとって恋愛沙汰はあまり話したくない話題らしい。見かけによらず奥手な一面もあるのだろうか。

 しかしながら、試合まで時間が無いというジョーの言葉も正しい。二回戦で万全を期すために、俺は試合を見ながら屈伸運動を始めるのだった。


「──二回戦第九試合、始めっ!」

「てりゃああああ!」

「うっ……!」

 試合が始まって早々、俺は抜刀して相手の剣を受け止める。

 二回戦の相手は二年生の選手だ。彼は人間態になれるシュバルツヴィントであり、持ち前の足を活用した素早い動きを得意としている。二秒で数十メートルの間を詰めてくるのだから、少しでも背中を見せればそこで終わりだろう。

 背後に回られない様にフィールドの端まで下がり、そこで相手の攻撃をいなしていく。相手の攻撃はスピードがついているものの一撃一撃は割と大振りなため、相手の腕の動きをしっかり見ていれば攻撃の軌道にこちらの剣を置くことが出来る。それでも防御が甘い時には腕などにかすってしまうのだが。

 百回に到達するんじゃないかという程の防御を終えて、いよいよ魔法使用が可能となる。俺は相手が次の攻撃へと剣を振ったところで詠唱を始めた。

 他のことをしながら詠唱するコツは、出来るだけ詠唱に集中しない様にすることであり、そのためには空で言えるまでに正確に呪文を覚える必要がある。マリッサ先生の猛特訓を終えた俺は、簡単な中級魔法までならそれで素早く唱えられる様になっていた。

「──“分裂せよ(ノイジヴィード)”っ!」

 そう叫んだ俺の周囲にオレンジ色の靄が立ち込め、相手選手の背後へと移動していく。靄はそこで徐々に人型に集合していき、俺と瓜二つの姿を完成させる。

「ちいっ、“アナザーマン”か!」

 相手選手が後ろに現れた分身を見て嫌そうな顔をする。予想通りの反応に、ここまでは作戦が成功している、と俺はひとまず安堵した。

 中級分身魔法“アナザーマン”は自分の分身を出現させる魔法である。呪文中に命令を入れることで、分身の簡単な操作が出来るのが最大の特徴だ。

 俺は分身を出現させた際、常に相手の近くに立つ様に命令を施した。これで相手は常に二人に囲まれている状態となり、相手の隙を突きやすくなった。

 分身は掛け声も無しに相手に攻撃を仕掛ける。振り返った相手は難無く剣を受け止めるが、それでこちら側に背中を見せてくれる。

 俺も攻撃に加勢しようと詠唱を再度始めながらその背中に剣を振るう。しかしその攻撃も、分身を突き飛ばした相手に易々と防がれてしまう。

(まあ、これくらいは余裕だろうな)

 未熟な剣技が例え二倍になったところで、相手にとってその効果は毛が生えた程度だろうということは把握している。ていうか二年生にもなれば授業内で複数人を相手取った戦術を学ぶだろうし、近接戦闘だけでは不利なのは明らかだ。

 ならば、ここに遠距離攻撃を加えたらどうなるだろうか。

「──“光を放て(ミーバ)”っ!」

 呪文を唱え終えると同時に剣を分身に向けると、分身が振った剣の軌道をなぞる様に青白い光の束が生まれる。三日月状に広がったそれは空中で回転を始め、残像で円状に見えるまでに高速になると相手に向かって発射された。

「ぐうっ……!?」

 剣では防ぎ切れないと直感した相手が光を右に避けるが、逃げた先に立つ分身からの不意打ちを肩に受けてしまう。初めて攻撃が入ったことに、俺はようやく試合のスタート地点に立ったと感じた。

 武器の攻撃軌道から光のカッターを撃つ上級光刃魔法“レイブレード”は、今回俺が覚えた魔法の中で“データセーブ”に次いで習得に手間取ったものだった。難易度の高い魔法は使う魔物も少ないので対処法も広まっていないだろうと考えて使用魔法に加え入れたが、どうやらその甲斐はあった様だ。

「ウオオオッ!!」

 相手は雄叫びを上げて俺と分身、分身の放つカッターを回避する。時間は既に四分が経っていて、相手も魔法を使用出来る。しかしどこまで走っても彼と連動して分身が追尾するので、そのチャンスを潰すことに成功している。残り時間は60秒未満。このまま相手を追い詰め続けられれば、ダメージの差で判定勝ちになるだろう。

 だが、悠長に構える暇は無い。残りの時間、相手は逆転を狙い全力を尽くして攻撃してくるはずだ。これまで防御していたとはいえ、これからの攻撃も全て防げるとは限らない。

(……来る!)

 相手の走る速度が上昇し、分身との間に剣の間合いの三倍もの距離が生まれる。予想通り、相手が全力を出してきた証拠だ。

 カッターを避けられる確率は距離が離れれば離れるほど高くなる。つまり分身の攻撃は現状完全に潰されてしまったということだ。

(結局最後は一対一か……)

 状況の変化に諦めを付け、俺は迫り来る相手と真正面から対峙する。腰を落として剣を構え、相手の接近を静かに伺う。

 この状況で時間切れを待つ作戦は自殺行為でしかない。今の相手を抑えるには、彼を倒す必要がある。そのチャンスは、彼が攻撃する瞬間──わずかな数秒間に委ねられた。

「ウオオオオオオ!」

(今だ!)

 右上から来る剣撃を出来るだけ少ない動きでかわし、即座に片足を軸にした回転と共に剣を水平に振る。ノールックで行った回転斬りで、剣に物体がぶつかった様な感触を受けた。

 すぐさま振り返って確認すると、痛みに顔を歪ませながら次の攻撃へ移ろうとする相手の顔が見えた。どうやら攻撃は当たったが、決着までには至らなかった様だ。

 ならばもう一度と、再び相手の攻撃を回避して回転斬りを行った。しかし今度は防御され、ガキンと音と共に感触が返ってきたので、急いで振り向き距離を取った。

 これはまずい──と焦りを感じたところで終わりの笛が鳴り響く。それと同時に、相手が場外へとワープした。

「勝者、フォルト・ハイグローヴ!」

「えっ、勝った……?」

 どうやら判定で俺の勝ちとなったらしいが、唐突すぎて理解が追いついていなかった。スクリーンに映る俺達二人が互いに与えたダメージ量を見て、俺の方が数ポイント上回っていることに気付き、それでようやく勝利に実感が持てた。

 一回戦では自らの手で掴めなかった勝利に、俺は右の拳を高らかに挙げて歓喜を表現する。実力を出し切れたとは言い切れないが、前試合のリベンジを果たすことは出来たのだから悪くはないだろう。

 こんなに清々しい気分で試合を終えられたのは珍しいことだ。次の試合も勝てると良いなと思いながら、俺は大歓声の中を歩いていった。

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