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十日目:剣術部門本戦 〜前編〜

 一夜明けての午前七時。いよいよ剣術部門の決勝の日が回って来た。

 俺はいつもよりも重い麻袋を担ぎながらロッカールームに入り、着替えて防具を着け始める。試合の公平を期すため選手としてのVIP待遇は無く、他の選手達と同じ部屋だ。

 最初の試合が始まるまでまだ二時間あるが、先に入っていた二十人程の選手達は皆静かに待機している。全員が目と口を噤み精神統一を図っているのでかなり不気味だ。

 長時間の瞑想なんて出来る訳なんて無く、重苦しい空気に耐え切れなくなった俺は着替えを終えて室外に出る。さてどうやって時間を埋めようかと廊下をぶらついていると、同じく防具を纏ったカルマが向かいの第2ロッカーから出て来た。

「あっ、おはようフォ……君」

「おはようカルマ。ここだったら普通に呼んでも大丈夫だと思うよ」

「そうだよね、選手しかいないんだし。ところでフォルト君、ジョー君はそっちのロッカーにいた?」

「今のところ先輩達しかいなかったよ。でもなんで?」

「いや、彼ならもう来ているかなと思っていただけだよ。でもまだみたいだね」

 こちらが出て来たロッカールームをチラリと覗きながらカルマはそう答える。三日間家に篭っているジョーが休まないか心配の様だ。

「最終調整に力を入れ過ぎて、どこか悪くして欠場なんてことになってないよね?」

「いや流石にそれは無いと思うよ? 僕達や上級生が早く来すぎているだけだって」

「だと良いんだけど……ジョー君がいるのといないのとで、僕ら一年生のモチベーションも大きく変わってくるからね」

「目標は?」

「せめて一回戦だけでも勝ち抜きたいかな。だからもし初戦でフォルト君と当たっても、全力は出すつもりだけど良いかな?」

「勿論だよ。むしろ手加減するのは一選手として失礼だと思うよ」

「そう言ってくれると助かるよ。──そろそろ僕も精神統一を始めようかな」

 じゃあまた後でとカルマがロッカーへ戻り、廊下は再び俺だけの空間となる。

 俺も先輩方に倣って瞑想するべきなのだろうがいまいち気分が乗らない。こんな精神状態でやっても試合に悪影響を及ぼしそうなので、気が済むまでブラブラするという精神統一方法をでっち上げ即座に敢行する。

 二十分程廊下を歩き回ったところで、突然背後から肩に手を置かれた。

「──随分と暇そうだな? フォルト」

「うわっ、ジョー!?」

 唐突な肩への感触に鳥肌を立たせながら振り向くとジョーが立っていた。いつもと同じ様に麻袋を担ぎ、僅かにニヒルな笑みを浮かべている。

「ビックリした……久し振りだね。なんか雰囲気変わった?」

「そうか? 気のせいだろ」

「家に篭って何やってたの? 試合の三日前から」

「単純な練習と精神統一だけだな。怪我すると元も子もないから大したことはしてない」

「ニクスの決勝トーナメントとか見に来れば良かったのに」

「他への関心を絶ち切ろうと思ってな。ニクスの三位入賞は親父から聞いたよ」

 残念だったな、とジョーはこの場にいないニクスを励ます様に呟き、口調を戻して話を再開する。

「だがお陰でコンディションは最高潮になっている。実力を全て出して勝負に臨めそうだ」

「先輩達も倒せそう?」

「運が良ければだがな。まあ、やれるだけのことはやるつもりだ」

 そう決意を固めるとジョーは着替えて来ると言って第二ロッカーへ向かう。麻袋が揺れるその背中は、3日間の鍛練で身に付けた筋肉と本戦への高揚感とで少し盛り上がっている様に見えた。


 午前八時。全てのロッカールームに武闘祭実行委員が入り、本部からの緊急の伝言を始める。その内容は試合中の魔法使用に関するルール改正を行ったということだった。

 昨日のジーク先輩の戦法に対し、観戦客やスポンサー、選手と色んな立場の方から、要約すると「ルールに則っているとはいえ武闘祭としてあれはどうなんだ」という苦情が入ったらしい。確かにジーク先輩の能力は凄いけど、あれを見た選手全員あんな感じのことをしてたら武術の大会というイベントテーマが失われてしまうからな。唐突だが試合中にルールが変わるよりはマシだろう。

 本部側の決めた新ルールで、使用する魔法は一回戦の前に申請した五つのみ、更に試合開始から一年生は一分半、二年生は三分、三年生は四分半経過するまで魔法は禁止となった。なんだよそれと上級生の一部からブーイングが上がるが、呪文詠唱に慣れている彼らなら三十秒で四つくらい発動できるだろう。

 しかし伝言を聞き終えて考えてみると、ハンデが緩い上に“データセーブ”を既に唱えている俺にとことん有利なルールだということが分かる。周囲の話から先輩達の注意する選手としてマークされているのも把握出来た。

 苦情元には魔王城関係者というのもあったが、それって親父じゃないだろうな……?


 午前九時、主審であるガアク先生の宣言が反響する。予選の始まりだ。

『一回戦第一試合、始めっ!』

 笛が鳴ると同時に、二人の選手がフィールドの両端からお互いを目掛けて駆ける。そのまま剣の鍔を重ね合わせ、相手を倒すためだけに剣を振る。

 明かりの落ちたロッカールームでは魔具スクリーンによって試合の行方がリアルタイムで映し出されていて、俺達はそれを見て自分の番を待っている。一回戦の仕様上いつ呼ばれるか分からないため、選手達はここでの待機を義務付けられるのだ。

 第一試合は二年生同士の対決だ。二人とも学年の五本指にも入らない、そこそこの成績の生徒だとパンフレットに書いてあるが、その技術は明らかに一年生の平均を上回っていた。

 例えば剣を振る動作に着目すると、彼らの振り下ろしの初速が俺自身のものと比べても速いことが分かる。身長の高さなども併せて、一撃の重みは俺の何倍も大きいのだろう。

 そんな速い攻撃も相手は剣で受けたり避けたりしているのだから、身体能力ではかなりの差が見て取れる。やはり彼ら二年生、更に実力を持つ三年生に太刀打ちするには魔法が必須となるのだろう。

 どういった立ち回りをすれば良いのか模索していると、片方の選手がそれまでよりも強く押して相手をよろけさせる。その隙を突いて、彼は右上段からの剣撃を炸裂させる。

 その剣筋は相手の心臓の上を通過していたので即死攻撃と判断され、相手は場外へ転移させられた。試合時間は二分四十六秒、彼らの魔法が披露されるまでには少し早かった。

 続いて開始される第二試合も、二年生同士のカードとなった。しかしこちらは実力差が大きいのか、開始して四十一秒で勝負が決まった。

 ハンデで有利とはいえ、使えるようになるまでの一分半は相手の攻撃を堪えないと魔法を活用することは出来ない。結局のところ、勝利の決め手は純粋な剣の技術力となるようだ。

 その後も幾つかの試合が終わり、第七試合が終わった頃。放送により本日初の一年生、カルマ・ネックレスの名が呼ばれた。

「えっ、もう出番なの?」

 隣で眼鏡を拭きながら呑気に反応するカルマ。本人としてはまだ呼ばれないと思っていたらしい。

「相手はメア・フルド。二年の女子選手で、種族はスライムだな」

「スライムかあ……じゃあ行ってくるよ」

 参ったな、と言わんばかりに落胆して、カルマは使用魔法の申請書と剣などを取ってロッカールームを出る。それから三試合が過ぎて、迎えた第十一試合。カルマはスクリーンから見て右側、西門から姿を現した。


 試合が始まり、カルマは歩きよりは速いぐらいの速度で相手選手──メア先輩に近付く。その動きはまるで何かを確認しようとしている様だ。

 対するメア先輩はフィールドの端に留まり、カルマの接近を黙って見ている。髪の長い女性を模った半透明の緑色のゲルという姿の彼女は、その芯の通っていない身体に反して肝が据わっていた。

『やあっ!』

 カルマはメア先輩の三メートル手前までやって来ると、剣を彼女の頭部に向けてやや斜めに大きく振り下ろした。その剣筋はメア先輩の脳と心臓、急所の双方を通過している。

 しかし彼女が転移させられることはなく、ただその場で吹いた風に逆らわずぷるぷると揺れている。カルマは一度下がり別の位置から攻撃を繰り出すが、依然としてメア先輩にダメージは無い。

 スライム族の体内には内臓が存在せず、代わりに“スライムジュエル”と呼ばれるソフトボール大の宝石に込められた魔力を使い生命維持活動をしている。スライム達はこれを身体の中で自由に動かすことができ、突然の攻撃にも急所を防いでいる。

 しかもスライムは、これに加えて自身の身体の色を変化させることも可能としている。スライムジュエルを自身に溶け込ませることで更に回避率を高めているのだ。

『くっ、このっ!』

 勿論カルマもその生態を熟知していて、それに対応出来る戦術を模索している。自分の隙を減らすため攻撃後に一度退くヒットアンドアウェイ戦法を取っているのも、接近している間にメア先輩に身体を伸ばされて周囲を包囲されないようにするためだ。

 試合に進展が無いまま一分半が経過し、カルマはフィールドの中央へ移動する。そこで剣をメア先輩に向けながら呪文詠唱を開始すると、彼女はカルマへ両腕を伸ばしてきた。

『──“付け加えよ(ネクサン)電撃効果ライトニングソード”!』

 後退するカルマの剣が薄黄色に光りバチバチと音を立て始める。自分の腕にも電気が当たっているのか、カルマは顔をしかめながら剣をメア先輩の腕に突き立てた。

『──あがががががが!!?!?』

 剣が触れたその瞬間、メア先輩は痙攣し腕をだらんと地面に垂らす。小刻みに震える身体は見る見るうちに青く染まっていき、本来の色に戻ったメア先輩の左肩に巨大なエメラルド──スライムジュエルが浮かび上がる。

 カルマは急いでメア先輩の元へ近付いて、彼女の弱点である翠玉へ剣を振り下ろした。メア先輩は苦悶の表情を浮かべスライムジュエルをずらそうとするも痺れによって上手く動かず、エメラルドの表面についに刃が当たる。

『はあっ!』

 それだけではまだ足りないと分かり、カルマはメア先輩に帯びた電気が漏れない内に二発、三発と追撃を放つ。宝石のため耐久力があるのか、メア先輩が転移したのは十四回目の攻撃の後だった。


「ふう……カルマは何とか勝てたみたいだね。スライム族って(思ってたよりも)強いなあ」

「ああやって相手を攻撃に集中させるのがスライムの常套手段だから、攻撃の度に下がってなかったらすぐにやられてただろうな。すぐにメア先輩の動きを止める手段に移行出来たカルマはやはり賢いよ」

 カルマの帰還を待ちながら俺とジョーは第十二試合を観る。これでカルマの二回戦の相手が決まる。

 東門から出て来たのは二年生男子の選手で、身の丈程あるトカゲの尻尾を持ってカウボーイの様に回しながら颯爽と歩きだす。ジョー曰く彼は二年生で六番目に強いことよりもお調子者で有名な先輩らしい。

 そんな彼がフィールドに入場し、西門からの選手入場を合図する炭酸ガスが噴射する。その中から姿を現したのは──

「えっ、またスライム!?」

 西門から登場したのは、メア先輩と同種の青いスライムだった。やはりその外形は女性を成していて、メア先輩と違い真っ赤なルビーのスライムジュエルが心臓部分に収まっている。

「三年生のイア・フルド。どうやらメア先輩の姉が登場の様だな」

「なんか怒っている様に見えるんだけど……?」

 確かに接近したカメラによって目鼻立ちがメア先輩と似ていることが分かるが、その眉間にくっきりと皺が出来ているのが気になった。妹が後輩カルマに負けたことに憤っているのだろうか。

 疑問が残る中、第十二試合は開始する。二年生の選手は即座にイア先輩の目の前まで近付き、丸越しのスライムジュエルへ素早く攻撃した。

 イア先輩はその剣筋からルビーをずらし、相手の攻撃を回避する。しかし相手も強豪選手、カルマが剣を一度振る程の時間内で続けざまに五発ゲルに剣を突き刺していく。

 そこで背後に気配を感じたのか、二年生の選手はイア先輩から距離を取る。ここまでの戦いの流れは第十一回戦と同じだった。

『ぬわあっ!?』

 しかしそれから二秒後、流れが突然変化する。念には念を入れフィールドの端まで下がった彼の更に後ろ、大理石の隙間から大量のゲルが間欠泉の様に湧き出て、彼の四肢へ纏わり付いたのだ。

 想定外の拘束に、二年生の選手は先程のハイテンションを失っていた。カメラがズームアウトすると、ゲルで出来た無数の青い線がフィールド上を縦横無尽に駆け巡っていた。

 急いで逃れようともがく相手へ、イア先輩は足下の線をレールとして移動する。普通に歩くよりも素早く近付くと、バツマークに広げられた彼の背中に向けて攻撃した。

 軽減されていなければ腹を貫いていたであろう一撃に、二年生の選手は瞬時に転移させられる。イア先輩の一方的な勝利は開始から三十秒足らずで迎えられた。

「カルマの次の相手が決まったな。二戦連続でスライムが相手か」

「明らかにメア先輩と強さが違うんだけど大丈夫かな……」

「まあ、相手は三年生だからな。一分半耐えるだけでも大健闘と言えるだろう」

 ジョーがそこまで断言してしまう程、俺達と先輩方の実力差は大きい様だ。さて第十三試合とスクリーンを眺めていると、話題のカルマが帰ってきた。

「ただいまー、何とか勝てたよ」

「おめでとうカルマ。でも二回戦は辛そうだね……」

「イア先輩の試合は間近で見てたよ。でも何故だろう、不思議と負ける気がしないんだ」

「えっ……!?」

 強敵と当たることになって落胆すると思いきや、むしろ乗り気となっているカルマに俺は目を見開いた。

「妹とは格が段違いだが、何か勝算でもあるのか?」

「それが実は全く思い付いていないんだよね。メア先輩と同じ戦法じゃ歯が立たないだろうし……」

「じゃあ、なんで負ける気がしないの……?」

「そこが不思議なんだ。策が何も思い付いていないのに、根拠の無い自信が何故か湧いてくるんだよ」

 本人が自覚していない自信がカルマを突き動かしている。カルマの潜在能力が覚醒し始めているのか、未だに残っているパペットボードの効力が、カルマに力を与えているのか。

 どちらにせよカルマのパワーアップであることに変わりないが、ここは前者であってほしい。カルマの実力を信じたいし、あの薄板にこの大会でも振り回されるのは御免だからだ。

 さて次の試合はとスクリーンを眺めていると、ついにその時を報せる内線放送が入った。

『第十七試合の組み合わせを発表します。東門、フォルト・ハイグローヴ選手』

「ええっ、もう出番!?」

「ここでフォルトの出番か。最後らへんまで温存していると思っていたんだがな」

 ジョーと同じく、俺自身もまさかこんな中盤で呼ばれるとは思っていなかった。まだどの魔法を使うか考えてもいない。

 一応“データセーブ”は入れておくかとか、呪文は短めのものを優先して入れようかなどと考えてはいるが、五つ厳選するとなると結局どれが良いんだと迷わされる。そうこうしている内に、俺の対戦相手の名前が発表された。

『西門、ケント・アラシャマ選手。以上両名は魔法申請書を携帯して各入場門へ移動してください』

(……誰だそれ?)

 見知らぬ名前が出てきて申請書よりも先にパンフレットを捲る。選手紹介ページへ俺が辿り着く前に、カルマが顔を引きつらせながら答えた。

「うわあ……大外れだよフォルト君。ケント先輩は三年生のトップ、“超越生”の選手だ……!」

「さ、三年生の“超越生”っ!?」

「まさか一回戦で、ゲスト選手と最強選手の対戦が決まるなんてね……観戦者としてはこれ以上ない好カードだけど、今回はフォルト君に同情しちゃうよ……」

 先日はニクスの運が悪いと言ったが、どうやら俺のクジ運もかなり酷いらしい。日頃の言動に悪いところがあったのだろうか。

 パンフレットの左上にてまっすぐにこちらを見つめるケント先輩の顔は白磁の壺の様に不気味な程青白い。外見だけで見れば病弱体質の人の様にも見えるが、そんな訳があるはずないんだよなあ……

「ジョー、ケント先輩ってどんな選手なの? “超越生”同士なんだから、手合わせしたことぐらいあるでしょ?」

「ケント先輩はスケルトンで、身長187センチの長身を活かした大きな攻撃を得意としている。特注の長い片刃の剣を使うため間合いが広く、見かけによらず素早く動いて間合いを詰めて来るから隙も無い。実のところ、俺も彼に勝ったことは無いな」

 オイオイ負けたわ俺。ジョーですら一度として勝利していない相手をどうやって倒せって言うんだ。

 魔法が使えたらまだ勝機もあるかもしれないが、そのためには剣技だけでそれだけの時間彼を捌かなければならない。一分半のハンデが自分の番になって突然重くのしかかる。

「まあ、どんなに酷い負け方をしたって、最強のケント先輩が相手なら仕方無いって言い訳が付くんだから良いんじゃないか?」

「確かにそれは言えてるよね。ここは勝ち負け関係無しに、純粋に楽しむつもりで試合に臨むべきじゃないかな」

「そうかな……分かったよ」

 カルマの言う通り、こうなったら試合を楽しむしかない。覚悟を決めた俺は申請書を書いて立ち上がる。

「じゃあ行ってくるよ」

「おう、頑張れよ」

「行ってらっしゃい」

 荷物を持ってロッカールームを出て、反対側に位置する東門まで移動する。出入り口の前には俺同様に自分の番を待つ選手達と、小さな束になった羊皮紙を持つ実行委員二人がベンチに座っている。

 申請書を渡すと実行委員はその内容を別の羊皮紙へ書き写し、もう片方の実行委員が申請書を持って廊下へ消えてゆく。本部の席に持って行くのだろうか。

 面倒くさいことやってんなと思っていると、突然実行委員が俺の肩を掴み、俺に向かって呪文を唱え始めた。

「──“削除せよ(テレード)”」

 そのフレーズの直後、紫色の光輪が俺の頭上に浮かび上がり、尾を引いて下に降りて行く。残像が作り出した円筒は俺の足まで包み込むと外側に広がりながら霧散した。

「今のは……?」

「公平な勝負を期すために、念のためですが上級解除魔法をかけさせていただきました。抜き打ちで行っているので、他言はしない様にして下さい」

 実行委員の後出しな説明に、分かったか一年坊主と言わんばかりに二人の選手がこちらを見てくる。ドーピング検査みたいなものだと理解出来るが、隠す必要は一体あるのだろうか。

 後でジョー達に密かに聞いてみようと決心して、俺は他の選手同様に入場門から試合を眺める。しばらくして手前の二人の試合が終わり、いよいよだと俺は立ち上がった。


『第十七試合──東門、フォルト・ハイグローヴ!』

 放送席が名前を呼び終えると同時に歩き始め、炭酸ガスのゲートをくぐってからは笑顔と両手の動きで自身をアピールする。

 待望していたゲスト選手の登場に一層と激しさを増した歓声の中を見回していると、南門近くの最前列の席に見知った顔振れ──ニクスや学級長、エマさんの姿を発見する。三人に注目して手を振ると、ニクスが柵から身を乗り出して手を振り返してくれた。

 フィールド横のベンチに邪魔な荷物を置き、スタート地点となる位置へ移動する。深呼吸をして前を見据えるのと同時に、再びアナウンスが流れる。

『西門、ケント・アラシャマ!』

 真正面の門から炭酸ガスが噴き上がり、その煙の中に大きな人影が浮かび上がる。人影は徐々にその濃さを増してゆき、ついに“超越生”──ケント先輩の姿が現れる。

 ジョーの言った通り彼の身体は縦に細長く、しかし防具の下の服は鍛え抜かれた筋肉で盛り上がっている。手と顔は写真で見た様に青白かったが、俺を真っ直ぐ見つめる双眸は戦意で燃えている。相手が誰であろうと刃のもとに斬り伏せるという決意が表れていた。

「気を付け、礼!」

 主審の合図と共に礼をして、俺は鞘から模造刀を抜く。そして両手で柄を握り、刃先をケント先輩の頭上に向ける。

 ふとケント先輩の方を見ると、彼の身体に似た細長い剣が後ろ向きに反っているのに気付く。ジョーからは特注の片刃剣を使うと聞いていたが、ケント先輩は太刀を武器としているのか。

 まあ、相手が何を使っていようが俺には関係ない。とにかく彼の攻撃から逃げなければならない。そう意識したところで、本日十七度目の合図が響いた。

「第十七試合、始めっ!」

 ──カランッ。

 試合開始からわずか0.5秒。ケント先輩が突然太刀を手から滑らせ、俺の前進への意識を霞ませる。

 ケント先輩は太刀を拾わず右手を防具の下へと伸ばし、水筒の様な白い円筒状の物を取り出した。唐突な行動にその他の全員が動けないでいると、彼はそこからするりと何かを抜き出す。それはまばゆい光を放つ刃渡り十センチメートル程の短刀だった。

(って、短刀……?)

「……ケッ、ケントを止めろ!」

 そこでようやくケント先輩の異常行動を止めるようガアク先生が近くの副審二人に指示を送るが遅かった。副審達がケント先輩を取り押さえるよりも前に、ケント先輩の短刀が彼の脳天を貫く。

 そのダメージに防具のバリアが反応し、ケント先輩は場外へとワープする。近くにいたガアク先生がケント先輩に近付き、副審達や医療班がそれに続く。

 フィールド内にただ一人残された俺は、一体この状況は何なんだと聞くように周りを見渡す。しかし理解が遅れているのは観客達も同じで、誰もが状況を飲み込もうと倒れる本校最強の男を見つめていた。

「何なんだよこれ……」

 呆然と呟く俺の目の前でケント先輩が担架で運ばれて行く。ガアク先生が俺の名前を呼んでいるのが聞こえるが、先生に顔を向けることが出来ない程俺は放心していた。

 こうして俺の公式初戦は、相手の奇矯な行動による自滅によって、後味の悪い結果となってしまった。

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