九日目:弓術部門本戦 〜前編〜
ショーの翌日より、武闘祭はいよいよ決勝トーナメントを開始する。順番は予選と同じだが、合間に表彰式を挟むため一日毎の終了時間は予選より一時間程遅くなる。
第一回戦の組み合わせは早朝に行われる抽選で決められて、各試合ごとにそれぞれの対戦カードがトーナメント表に貼り出される。一回戦は実力のみで勝ち上がれという意味があるらしい。
予選とは違い競技には一試合辺り十分の制限時間が設けられ、受けられるダメージ上限も僅かながらに増加している。その為無理に相手を撃破しなくてもポイントを高く維持出来れば勝てる様になり、“超越生”にも勝ちやすくなっている。
しかしこのルールの下七、八日目に行われた部門では上位三名を全て三年生が独占し、以下入賞者も二、三年生が大半を占める結果となった。三年生の層は毎年厚いためこれが通常の武闘祭の結果らしいが。
そんな訳で迎えた九日目。カウンセラーさんからジョーは精神統一するために一昨日から部屋に籠もっているというレオン親衛隊長からの伝言を聞いた俺はカルマとエマさん、学級長の四人で競技場を訪れた。
端からはダブルデートしている様にも見て取れる一行が目にしたのは、昨日までは無かった青々と生い茂る木々によって満たされた、最早地面の見えない競技場のフィールドであった。
「何でしょうかあれ……あの中でニクス君達は試合をするのですか……?」
「どうやら弓術部門では毎年違った環境を想定したフィールドで決勝を行うらしいね。去年は砂漠、一昨年は丘陵だったって」
パンフレット片手にカルマが説明する。そこまで凝ったフィールドにするんだったら他の部門でも採用すれば良いのに、弓術だけでしかやらないのは贔屓しすぎな気がする。
「そういえばニクス君、マキナ先輩の顔を別の先輩の顔に見えるようD組のメリリアナさんに相談したって聞いたけどどうなったの?」
「ああ、結局先輩の顔は紛らわしくなるという理由から別の顔に変更したってニクスから昨日聞いたよ」
「誰になったの?」
「怒ってない時のマリア先生だって。即答だったよ」
「なんというか、温厚な時の顔を選んでいるところにニクス君の私怨が籠もってますね」
「マリア先生にはよく怒られてるからねニクス……日頃の鬱憤もモチベーションに変換するつもりなんだろうね」
「そもそも顔だけしか変えてないってことは身体はそのままなんだよね? それって逆に怖いんじゃないのかな……」
カルマの突っ込みで咄嗟に想像したのは、殺戮兵器の身体を持ったマリア先生が矢を放って来たり目からビームを飛ばしたりしながら近付いて来る姿であった。上から写真をコラージュしたみたいにずっと笑みを浮かべているのが無表情なマキナ先輩と別方向で恐ろしい。
ニクスは大きなミスを仕出かしたのではと不安になっていると、遂に決勝トーナメントの始まりを告げるアナウンスが入った。
弓術部門の決勝トーナメントは出場人数のため準々決勝から始まる。その中でニクスは早々と第一試合から登場した。
予選の時よりは穏やかな登場をしたニクスは一つ上の相手と礼を交わし、森を四半周してスタート位置に着く。そして審判から合図が出されると同時にニクス達は颯爽と森へ突入した。
森の中でのニクス達の動きは背後から撮影する自動追跡カメラが水晶スクリーンへと投影される。相手選手が足を取られそうな木の根を避けながら走る中、ニクスは一本の木によじ登ると隣の木の枝へジャンプする。
足場にした枝がしなり、ニクスは再び目の前の空間へジャンプした。すると今度は頭上にある枝へ片手を掛け、振り子の要領で前へ飛ぶ。それらを繰り返すことでニクスは相手の倍以上の速度での移動を行っていた。
猿の様な軽快な動きでニクスが動き回ったためか、一分程で互いのカメラに相手の姿が映るまで接近する。およそ十メートル程の距離を隔てて存在する相手を先に視認したのもニクスであった。
相手が下を向いて根を避けている隙を見てニクスは一際太い木の裏へ隠れ、背負っていた弓を初めて握る。矢を一本軽く弦に掛けて、極力声を抑えながら詠唱を始める。
『──“付け加えよ、速度上昇効果”』
予選同様に蛍光グリーンのオーラを弓矢に纏わせて、ニクスは幹から身を乗り出しその矢を放つ。弦から離れた途端に矢は物理的には不可能な速度で射出され、相手の腹部の障壁に突き刺さる。
『ぐふっ……』
まだ来ないだろうと踏んでいた相手からの一撃が突然飛んで来て、対戦相手の先輩は動揺を隠し切れないでいた。対するニクスは黙々と新たに矢を弓に掛けている。
再び発射された矢も腕に刺さり、相手は後ろの木の裏へ逃げ込む。それを見たニクスは別の木へ移動するが、それ以上深追いすることもなく幹に隠れる。
時間制限ありのルール上、残りの時間をやり過ごせばニクスの勝利が決まる。無理に深追いして逆転されるのを防ぐ、一昨日から試合でよく見る戦法だ。
これをやられた以上、相手は積極的に攻めを繰り返すことになる。戦況を覆す展開も考えられるとはいえ、遠距離戦が主体の弓術ではどうなるかは分からない。
『──“溶け込め”』
早口でそう呪文を唱えると、相手の姿が景色に混ざって見えなくなる。それは自らの視覚情報を全て消し去る陰伏魔法“アシミレーション”の効果であった。
森の景色を映すだけとなったカメラが突然動き始める。防具と連動して選手を追跡するカメラにも魔法が掛けられている様で、ニクスからの追撃が来ないまま相手は後輩へゆっくりと近付いて行く。
そして彼が止まったのは、いつ相手が動いても対応出来る様に弓を構えたまま向こうを監視しているニクスの後方六メートル程の所である。それから数秒経ち、風が切られる音が三発続いて響く。
その音にニクスも振り向くが、六メートルという距離ではその反応はあまりにも遅すぎた。視線が先輩──正確には彼がいるであろう空間──を向くより先に、ニクスの右上腕、下腹部、左大腿部に矢が刺さる。
『うっ……!?』
運良く急所は免れたものの、突然の三撃によりニクスへのダメージは相手に与えたダメージと同じになる。立場が同等となったことにニクスも焦りを感じている様で、虚空へ弓矢を向ける腕が遠くのスクリーンを見ても分かる程震えている。姿が見えなくなっている相手にこれ以上点を取られてしまうと、ニクスの再逆転はほぼ不可能になってしまうからだ。
再び矢が飛ぶ音達が聞こえ、ニクスは横に回避する。元いた位置を空中から突然現れた矢が通り過ぎるのを見ながらニクスは背後の木へ素早く登る。枝が入り組み葉が多くなっている部分に登り、ニクスは弓を引き絞り始めた。
それは相手の場所が分かった瞬間、すぐに撃ち出すための弓引きだ。しかし相手のカメラから分かる様に、また移動した相手とは全く別の方向に鏃は向いている。それにニクスの大体の位置はその近くを飛ぶカメラで把握出来るため、隠れる作戦は完全に失敗と言える。
今年より導入された足枷をいかに対処するか──それが弓術部門の勝負の決め手である。より多くの魔法を操れる分、カメラをどうにかしやすい上級生の方が有利なのは当然だ。
最早ニクスに勝ち目は無い程に戦況は詰んでいる。誰もが相手の勝利を確信する中、姿無き当人はニクスにとどめを刺すつもりの様で、またも空中より現れた矢がニクスのいる木に飛んで行き──
『やっぱりなっ!』
相手の矢が到達する直前、そう叫びながらニクスは枝からジャンプした。葉の中から飛び出したニクスの持つ弓矢は、寸分違わず相手の方を向いていた。
着地するよりも先に指から矢が離れ、ドスッという音と共に矢が空中で固定される。矢は実体が顕になった相手(攻撃を受けたことで魔法の解除がされたらしい)の眉間に当たっていて、相手は仰向けに倒れながら青い光となって転移し、同時に試合終了の笛が鳴らされた。
瞬間的に決まった勝負にニクスはその場にへたり込む。選手達の使った矢の回収など競技場の整備を行うため次の試合はすぐには始まらない様で、準決勝進出者が中で一息ついていても何の注意もかけられない。
完全に休憩の雰囲気となっている競技場。クールダウンも兼ねて俺達も今のニクスの戦いぶりについて語ることにした。
「──はあ、初っ端からひやひやする試合を見せてくれるよニクスは」
「良く先輩の位置が分かったよね。先輩が矢を放ってからのコンマ数秒で把握するなんて僕には出来ないよ」
「普段使ってない分こういう時頭が冴えてるんじゃない? 反射神経に脳が偏っているって言うか」
「ああ、それにはタネがあるんですよ。ニクスがあそこまで早く反応出来たのは、既に相手の位置を把握していたからと考えられます」
会話もまだ始まったばかりのところで唐突に詳細な解説を後ろからされて、俺はビビりながら振り向いた。目深く被った帽子、サングラス、マスクという不審者スタイルの小柄な女性がこちらを見ていて思わず仰け反る。
「あのー、どちら様ですか……?」
「以前お話ししたではないですか。私ですよ、セレネです」
「えっ、ニクス君のお姉さん!? なんでそんな格好を!?」
「生まれつき肌が弱いので外に出る時はいつもこうしているのですよ」
「それでセレネさん、ニクス君は何故見えない相手の位置が分かったのですか?」
カルマの驚く姿を気にも止めず学級長が話の軌道修正を行う。セレネさんも外見についてはこれ以上は特に言うことも無い様で、水筒を呷ってすぐに会話に戻る。
「冷静に考えられれば簡単な事ですよ。ニクスは彼の足下、そこに生えている草を見ていたのです」
「草をですか?」
「“アシミレーション”で相手が透明になっていたとしても、その体重は消えずに残っています。地面を注視していれば、不自然に凹んだ草から相手の位置を割り出すことは出来ますよ」
「な、なるほど……じゃあニクス君はそうすることで相手の頭を狙えたんですね」
「ニクスのやったアレはまぐれですよ。確実にダメージを与え時間切れまで逃げ回る戦法をする様にしか言っていないので」
「あっ、そうだったんですか?」
「森林環境というアドバンテージを得ているとはいえ、今回の本戦でニクスより弱い選手は一人としていません。寧ろ自分のホームグラウンドだと慢心して返り討ちに遭う可能性の方が高いのですから、優勝するには掠め手を使い着実に勝ちをもぎ取るしかないのです」
セレネさんは自分の言ったことに頷き、また水筒を呷った。そこで彼女の解説も終わり、後はまた雑談が続いた。
しばらくして、水晶スクリーンに第二試合の対戦カードが表示される時間となった。放送委員のアナウンスに沿って、画面に二枚のカードが描かれる。
まず一枚目、左側のカードが裏返されると、三年生で四番目に強い選手の写真が映される。“超越生”の称号は無いにしても、その実力はかなりのものであることは確かだ。
続いて表示される選手によってはニクスの次の相手が即座に決まる。ニクス応援席の俺達が固唾を飲む中、遂に右側のカードも捲られる。
『──三年“超越生”、マキナ・オベルジーネ選手。以上二名は入場してください』
無慈悲なアナウンスと、それに続く遠くからのメカニックな足音。初見のロボット選手に目を丸くするセレネさんに、俺は恐る恐る質問する。
「……セレネさん、ニクスってクジ運悪かったりします? 大凶出したりとか」
「あまりおみくじは買わないのでそれは分かりませんが、少々ツイてないなと思える様なトラブルに巻き込まれていたことはあります。転んだ拍子に柄の悪い人にチョップをしてしまったりとか」
その判例は二回戦でジョーカーを引いてしまったという、ニクスの微妙な運の悪さを裏付けするのに十分だった。初戦から対峙してないだけマシってレベルだけど。
試合は始まり、三年生四位は森を駆ける。しかしその目にも止まらぬ疾駆は六秒後、突如飛来してきた矢によって頭を射抜かれたことにより強制停止させられた。
まだカメラからは見えない遠距離からの攻撃だった。その常軌を逸した瞬殺の光景に、審判も終了の笛を鳴らすのを忘れ呆然としている。彼が慌てて笛が鳴らした時にはマキナ先輩は既に控室へと戻っていた。
「何と言うか、一瞬で決まった勝負だったね……三年生の“超越生”にもなると訳の分からない動きをするんだね」
再び整備タイム(今回に関してはいらないと思う)に入り、カルマがそう呟いた。チート以外の何物でもない彼女の並外れた実力に俺達は閉口するしかない。
続く第三試合。二年生同士の対決にブライアン先輩が参戦する。彼の相手も“アシミレーション”を唱えられる様で、開始早々透明になり(試合開始前からの呪文詠唱はOKらしい)ブライアン先輩に接近する。しかし馬並みの聴力を持つブライアン先輩は相手が動く微かな音を聞き取り、俊足で背後に回って相手の身体へ無数の矢を撃ち込んで勝利した。
午前最後となる第四試合はジーク先輩ともう一人、彼の友人である三年生三位の選手の対決となった。
開始早々、ジーク先輩はリリパット特有の移動方法で友人へと近付いていく。
『まあそうだろうな』と静かに発し、ジーク先輩は横っ飛びをする。さながら忍者の様な軽快な動きで逃げ回る彼の軌跡を辿る様に、一定のタイミングで矢が地面や幹を穿つ。
その矢を幾つか回収しつつ、ジーク先輩が走りながら矢の飛んで来る方向へ連射する。しかし相手もそう来ると分かっていた様で、木の裏へ駆け込みそこから三発発射した。
友人という立場故か彼らは互いの動きのパターンを熟知しているらしく、更に魔法を使わないという縛りが二人の間で提示されている様で一向に勝敗が決まらず、この部門では今大会初のサドンデスに縺れ込む。
少しでも矢が掠れば勝利となるが、二人の激しい攻防の入れ替わりは止まることを知らない。
ようやく勝負がついたのはサドンデス開始からハ分、合計では十八分が経過した時である。スタミナ切れでよろけた友人に生まれた寸隙を突き、相手の腕に念入りに矢を三本撃ち込んだジーク先輩が勝利を収めた。
こうして“超越生”三人とそれに次ぐ実力者が集い、弓術部門は本格的なクライマックスを迎える。




