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下校

 カウンセラーさんの操るほろ馬車に揺られながら、俺は魔王城へと少しずつ進んでいた。

 ……こう言うと、なんか勇者のパーティに加わった感があるな。万年馬車入りの使えないキャラっぽいけど。

 幌の隙間から顔を出し、外の景色を眺める。そこでようやく、ここが魔界であるという実感が湧いた。

 まず前にも言ったように、空の色が禍々しい緑色だ。どどめ色と言っても間違いではないだろう。

 所々に建てられた民家の造りはかなり貧相だ。学校から出てしばらくすると、木造の建築物はほとんど見られず、大半が藁葺き屋根の、台風が起こったら一発で全壊しそうな代物ばかりだ。

 しかしそんな無造作に建てられた家の中でも、何世帯かはレンガ造りの家もある。比較的裕福な家なのだろう。「三匹の子豚」で例えて割合を考えると、長男豚が造り上げた藁の家が七割、次男豚が建てた木の家が二割、三男豚のレンガの家が一割といったところか。

 で、まあそんな豚よりも貧しいか、あるいは知能を持たない魔物はその辺をうろついている。もし勇者御一行が魔界に赴いた場合、一番良くエンカウントするのはこの部類だろう。

 ……そんな世界、大丈夫なのか? 知能が無いということは、下手したら力しか持たない魔物もいるということになる。

 総合的な強さではRPGの序盤で出てくる程に弱い奴らじゃ、簡単に魔王城へと続く道は蹂躙された魔物達で覆い尽くされそうなんだが。ちゃんと知能のある魔物達にも加勢してもらいたいところだ。

「……フォルト様、目の前の景色が見えますでしょうか」

 カウンセラーさんが馬に鞭を振るいつつ聞くので、俺は視線を前にやった。

 ……なるほど、針の様に鋭く尖った岩山達の間に、西洋の――ていうかロックハート城みたいな城が建っている。世界が世界なら、中でロケでもやっていそうだ。

「カウンセラーさん、あそこまであとどれくらいで着くんですか?」

「この速度のままで行くとするのであれば、あと一時間といったところでしょう」

 ……うん、まあ視覚的距離からしてそれくらいするとは薄々気付いていましたよ。

「まあスピードを上げることは出来ますが……」

「あ、そんなことも出来るんですか?」

「ええ」

「ちょっとやってみてくださいよ」

「……本当に良いのですか?」

 ……いや、なんでそんな再確認を? もしかするとかなり危険なんじゃ……。

 しかし俺の中ではそんな不安よりも、どのような方法で速度を上げるのかという好奇心が勝っていた。

「良いですよ。ていうかお願いします」

「そうですか……分かりました。ではその中にあるニンジンを、何本か取ってくださいませんか?」

 俺は後ろを向くと、確かにあった。紫色の毒々しい色合いのニンジンが。たぶん馬に食わせるのだろう。

「これですか?」

「そうですそれでございます……はっ!」

 カウンセラーさんは俺からポイズンキャロットを五本渡されると、その内の一本を黒い馬に向かって――思い切り振りかぶり、馬の後頭部に打ち付けた。

「ヒヒィィィィィィン!」

 馬はいななくのと同時に力一杯駆け出した。風景は瞬間に無数の線となる。

「これで完了です。あと二十分後には着きます」

「あばばばば!」

 強大な気圧に正面からぶち当たっているのに、カウンセラーさんは平然としている。それに対して俺は押し潰されそうだ。

「そ……そんな使い方……なんですかそれ!? そこ……は普通食べさせる……でしょ!?」

「このニンジンはとても身が詰まっておりとても硬いので、食べさせるよりも鈍器として殴った方が良く走ってくれるんですよ」

 今普通に……鈍器って聞こえたが、そんなことよりもだ……、ど……も俺の身体はこ……速度に……勝……ない……しい。

「フォルト様? いかがなされましたか?」

 ああ……意識が……どっかに…………。



 夢を見ていた。フォルト・ハイグローヴではない、高林秋人の頃を。勉強と部活に追われる日々に、やるせなさと虚しさを感じていた時の事を。

 俺は毎日の高校生活にいつの間にか、無意識の内に疲れを感じていた。

 こんなはずじゃなかった。高校生活というものはもっと楽しいものだと、もっと良いものだと思っていた。

 だから俺は事故りそうだった猫と子供を、身代わりとなって助けようとしたのだろう。

 別段この世に未練も無いし、寧ろ生まれ変わりたいという願望が心の奥底にあったから転生出来たのかもしれない──


「んん……」

 目を覚ました。上に向けた視線には、黒色の布が広がっている。

「お目覚めになられましたか、フォルト様」

「カウンセラーさん……」

 黒い天蓋付きのベッドの横で、カウンセラーさんが声をかけてきた。

「私のせいでフォルト様を気絶させてしまいました。本当に申し訳ございません」

「いや、全然気にしなくても良いですよ。そもそも俺が希望したのが原因ですし。――それで、ここは魔王城ですか?」

「はい。第134代目魔王、ヴィンセント・ハイグローヴ様の所有する城でございます。フォルト様が王位を継承なされますと、自動的にこの城はフォルト様の所有物となります」

 134代……フォルトの記憶からして現魔王は40歳くらいだから、一人50年で討伐されるとして、俺の代で2700年続くのか。日本の天皇家よりも長いんじゃないか?

「それで、なんか用ですか?」

「もう御夕飯のお時間なので、魔王妃様から連れて来るよう命じられました」

 もうそんな時間帯なのか。少なくとも一時間は気を失わせるパープルキャロット・ブースト恐るべしだな。

「魔王妃様って言いますと……つまり俺の母親ってことですよね?」

 記憶にはあるが、一応確認をする。カウンセラーさんは首を縦に振った。

「先に申しておきますが、今のところフォルト様と私以外の者は誰一人、フォルト様が転生した人間だとはご存知ではございません」

「は、はあ……」

「下手にバレるような行動をしますと、人々がご混乱致しますのでご注意ください」

 まあ、つまりは高林秋人ではなく、フォルト・ハイグローヴがするような言動をすれば良いということだ。記憶が半々になっているだけだから、なんとかなるだろう。

「分かりました」

「では、私に着いてきてください。食堂までご案内いたします」

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