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一日目:開会式

2017年初投稿です。二ヶ月以上かかってしまいました。

3/12 次の章に投稿する部分をこちらに加筆修正させていただきました。

 それから一ヶ月半が経ち、武闘祭開幕の日が訪れた。

 中心街の南部にある競技場には魔界各地からの観戦客が集まっていた。高倍率の懸賞で開会式のチケットを手にした内の何人かは開始まで数時間あると言うのにメインスタジアムに待機し、若き選手達の登場を今か今かと待ち始めていた。

 スタジアムの周囲には中心街の店の様々な屋台が立ち並び、広場では曲芸師達のパフォーマンスが行われている。何か別の魔物を模したメイクを施した魔物達も現れ、競技場周辺は早朝から賑わっている。

 季節感の無い魔界の天候は曇りばかりで、一年を通して気温が二十五度を上回る日は無い。十一月も末となり、今日は一段と寒い日となったが、武闘祭による興奮の渦が乾風をも吹き飛ばしてしまいそうな程であるのはその脇を通る馬車の中からも確認出来た。

「凄い熱気ですね……」

「武闘祭の十二日間、その全ての試合を観るために一年分の有給休暇を使う方もおられるそうです」

「そこまで人気があるなら、いっそのこと国民の休日にすれば良いじゃないんですかね」

「いくら盛況でも所詮は学校行事でありますので、流石にそういう訳にはいきません。観戦客の大半は生徒の親御さんでありますので」

 第三者の出店がある段階で学校行事の範疇を出ている気がするが、武闘祭は結局部活動の大会の延長線上にある様だ。

 馬車はスタジアムの外郭を回る。観戦客がまばらに入り始めている東ゲートとそれよりやや狭い南ゲートの前を通り、人気が皆無な場所へと到着する。

 茂みが多いため外側からは死角となっているそこには、「関係者以外立入禁止」というプレートが貼られているだけの灰色の扉があった。

「到着致しましたフォルト様」

「ありがとうございます。ルシアさんはこれからどうするんですか?」

「私は他のメイド同様にスタジアムの警護に回ります。フォルト様のご勇姿はそちらから拝見させて頂きますのでご安心を」

「は、はあ」

 去っていくカウンセラーさんを見送り、俺は目の前の扉を開ける。この扉は選手控室やスタジアムの事務所に繋がっているもので、普通の選手は試合まで入ることはない。

 俺はここで待機することになった。演出の上で、登場まで最小限の人以外に見られない様にするためだ。

 他の選手と同じ行動をしていては登場した時のインパクトが弱く、やれる演出も精々選手宣誓から少しずつ周りを巻き込みながら演劇を始めること(いわゆるフラッシュモブというヤツだ)くらいしか出来ない。乱入からの演舞という形式はそれとほぼ一緒だが、徐々にヒートアップさせるより爆発的な表現をした方が人々の記憶に残りやすいというのはクリス先生の言葉である。

 故に俺は開会式が終わるまでここを出ることは出来ない。屋台で買い食いするといった用は無いので別に困らないが、開会式が終わるまでジョー達と会話出来ないのは少し寂しいものだ。

 今日はまずアイツらを仰天させることに全力を注ごうと決意し、俺はスタジアムの中へ入って行くのだった。



 気候は晴天。風は穏やかで雲はまばら。金管楽器を調整する音が響く中、多くの魔物達はスタジアム周辺に集まり始めていた。

 チケットを持つ者はほとんどが既に観客席に待機し、ポップコーンや大型の紙コップのコーラを手に無人のフィールドを眺めている。観客席の最上段の背後にある通路には公安警察と魔王城職員で構成された警備隊が四メートルの等間隔で並んでおり、時折現れる酔っ払いや悪漢を沈静している。

 ある観客がふと見上げると、空中から監視する警備隊の他に無機質な物体が浮遊していた。彼は手元のパンフレットの情報からそれがスクリーンに映像を投影するための球状の機材であることを瞬時に把握するほどの理解力を持っていたが、真上を通過した物体がパンフレットのそれとは違い直方体の形状をしているほど視力は良好でなかった。


 これから入場するところである選手達は入場口前の通路にクラス別で待機していて、行進の合図となる吹奏楽団の演奏開始を待っている。1年B組の選手が並ぶ中で、ジョーはその最後尾に立っていた。

(行進開始まであと二分……最近は少なかったのにフォルトの奴、今日に限って遅刻するなんてな)

 B組の全員、及びその他のクラスの一部の者にとっての今日のフォルトに対する感想はそれとほとんど大差無かった。ゲスト出場という役割に対して真剣に取り組んできた本人が、本番になって大きなミスをするとは本末転倒と言う他無かった。

 間も無くファンファーレが鳴り響き、行進が始まる。三方向から登場する選手達を無数の歓声が出迎える。トラックを一周半回ってから、スタジアム中央のフィールドに三百を超える魔物が整列した。

「ただいまより、第二十六回メーティス学園武闘祭、開会式を行います」

 どこか棒読み染みた不慣れな放送部員のナレーションの後、拍手の渦が巻き起こる。会場中のテンションは開催直後より最高潮となっていた。

 プログラムの下で開会宣言、国旗掲揚と国歌斉唱、選手宣誓と学園長の祝辞が終了し、続いて来賓の紹介が行われる。教育委員会委員長、PTA会長、同窓会長などそうそうたる顔触れが次々と席から立ち上がって一言添えながら礼をする。

「第149代魔王、ヴィンセント・ハイグローヴ様」

「──おめでとう。我が国の更なる繁栄を目指すため、未来の主役たる諸君の活躍を観させてもらおう」

 仮面を被った魔王より送られた激励に一年目の選手達は歓喜を込めた拍手をする。二年生は昨年と同じ文句だったことに気付き、一年前にその事を知った三年生は控えめに手を叩いた。

 こうして形式張った開会式が進み、後は式の終了を宣言して解散するだけとなった。そんな中、放送部に緊急の原稿が入る。

「えー、ここでただいま新しく入った祝電を紹介します。『メーティス学園武闘祭の開幕を心よりお祝い申し上げます。此度の催しにまだ一介の学生たる私をゲストとして招待していただけることを光栄に思います。本来私は剣術部門の本選から出場する予定なのですが、それでは少し味気ないので今から顔見せさせていただきます。それでは登場して頂きましょう、第150代魔王、フォルト・ハイグローヴ様で──』……えっ?」

 渡された台本をただただ読んでいた放送部員がつられて進行をしてしまったことに気付くと、競技場中から大量の炭酸ガスが噴き出す。

 観客も選手も隣前後の人と言葉を交わし騒然とするが、誰もが心の片隅でこれも演出の一つなのかという安心感を持っていたため逃げようとしない。最も焦りを見せているのは、自らの設計したプログラムと違う演出が行われたことにどういうことかと付き人に当たり散らす雇われの演出家であった。

 上空の警備隊からも様子が見えなくなる程炭酸ガスがグラウンド内に立ち込めると、やがてどこからともなくベースドラムの軽快な音が聞こえてくる。吹奏楽団の団員は揃ってドラム担当の生徒を向いたが、当の本人はその視線に対し、違う違うと手と首を振って否定するだけであった。

 ラップ音に似た雰囲気のドラムの演奏がフェードアウトしていくにつれ、霧の様に広がっていた煙も徐々に晴れていく。するとそれまで誰もいなかった四百メートルトラックの周回上に、無数の人影が浮かび始める。

「“風よ吹け(ウォーブ)”」

 突然のその叫び──中級突風魔法“ウィンド”の呪文の最終節が反響すると同時に強風によって白煙は完全に晴れ、それまでは蜃気楼の様に存在が不確定であった人影達がその正体を現す。

 まず選手達の背後から両サイドまでを緑色の装束で身を包んだ五十六人の男女が囲み、それに続き赤色の装束の十四人が並ぶ。それぞれ同じ型のロングコートを着込んでいるが、ただ一つだけ前身頃に施されたボタンが丸形か菱形かの差異がある。

 そして赤い十四人を二分割する位置、選手の整列の中心となる基準列の先頭の真正面に立つのは、白が少し混じった青色──時雨の空の様な鎧を纏った少年である。

 会場にいた者の大半がその姿に既視感を覚え、一部の選手は少年の顔に見覚えがあった。

「ク、クロノレイン……? で、でもあの顔はフォルトさん……!?」

 その両方の集合に含まれるデイジーが水晶のスクリーンに映された映像に叫んだ通り、それは“バンデージ・ウィップ”の登場人物、クロノレインのコスプレをしたフォルトであった。目には普段の温和な視線は無く、皆より一歩下がって冷静に観察しているかのような冷たい眼光が光っている。

 彼のクラスメイト達を更に驚かせたのは、先程の“ウィンド”を方角と声からしてフォルトが発動させたという事実であった。フォルトの急成長ぶりには魔王の血が覚醒したとまだ理由付けが出来たが、たったワンフレーズの詠唱のみで中級魔法が発動していることが困惑を加速させた。

 ざわめきがあちこちから起こる中、再びベースドラムが鳴り始める。ロングコートの集団が同時に腰から剣を抜き、天に掲げて呪文を唱え始める。

『──“飛び上がれ(リーフニーゴ)”』

 七十人の男女が翼をはためかせることも無く飛翔し、選手達の頭上を浮遊する。十メートル上空で幾何学的な隊列が組まれると、不可視の吹奏楽団は本格的な演奏を開始した。


 勇者放たれる“境界クロス”の地に 天地を揺らす白雷が轟く

 魔界の均衡を保つため 新たな魔王が姿を現した

 その瞳は穏やかなる未来を見据え その耳は遠方の噂も捉える

 彼に導かれる我らが進む道に 勇者という障壁は存在しない

 魔界の民達よ渇望せよ これから始まる幸福なる世界を


 直訳すれば冒頭がその様な詞になる魔界語の歌が上空を舞う集団に歌われる。歌い手達は小型マイクを付けているのか、その声は観客席の最上段まで聞こえた。

 当事者以外の全員がそのパフォーマンスに見入っていると、円形の陣を組んだところで突然集団の動きと音楽が止まる。彼らが剣を上に掲げ呪文を唱えると、刃の切っ先にハンドボール大の光球が浮かび上がる。七十個の光球は円陣の上で互いを取り込み始め、明らかに質量保存の法則を無視した、競技場の芝生を覆い尽くせる程の大きさまで肥大した。

「おいおい、まさかだけど落ちて来ないよなあれ……」

 選手の誰かが冗談半分でそう呟いた途端、光球は彼に呼応する様に降下を始めた。その真下の選手から絶叫と共に逃げようとする者が現れるが、彼らの意志とは裏腹にその身体は金縛りを受けた様に光球を見上げたまま固定され、戦慄の叫びも喉から上に出ない。その金縛りは選手だけではなく観客、係員、来賓その他にもかかっていた。

 不思議なことに光球からは蛍光灯程の熱も出ていなかったが、徐々に近付く圧倒的な質量から逃げられない恐怖にはそんな情報など気休めにもならない。光球は遂に上空三メートルにまで到達し、顔も動かせないまま脳内に走馬灯が流れる者も出始めた。

 その光球に注がれた視線の端から、一つの影が光球に向かう。それは集団と同様の手段で、いつの間にやら空中へ身を踊らせたフォルトであった。

「“付け加えよ(ネクサン)燃焼効果バーニングソード”」

 先程と同じ様式の詠唱と共にフォルトが剣を抜く。鞘から抜けた剣の刀身に炎が纏われ、フォルトはそれの確認をしないで光球の赤道面を薙ぐ。

 無論、エネルギーの集合である光球に傷を付けることは出来ず、フォルトの一閃は光球中の空を切る。一撃に込められた魔法の効果が切れ、剣は炎が消え去り黒い煙を燻らせるだけとなってしまった。


 しかし、フォルトの行動はそこで終わりではなかった。

「“繰り返せ(テペーラ)”」

 フォルトが人差し指を光球に向けてそう叫んだ瞬間、光球の北半球側の球面上に斬撃が走った。その様は剣筋から炎の出方までフォルトの一撃目と一致しており、唱えられた“攻撃再生呪文”が発動していることを示していた。

 競技場全体が呆気に取られている中、再び斬撃が走る。今度は南半球側であり、それが消えるとまた別の位置に同じ攻撃が起こる。

 徐々にその間隔は短くなっていき、十秒もしない内に光球のほぼ全体に同時攻撃がされる様になる。巨大な珠を細長い炎が装飾する中、再び剣を構えたフォルトが光球に向かう。

「はああっ!」

 とどめと言わんばかりに剣が光球に突き刺さる。それまで数多くの物理的外傷を物ともしていなかった光球が、その一撃にトリガーを引かれたかの様に上から崩れていく。

 元の七十の群れに戻った光球は、時間差で全てが打ち上げられる。尾を引いて飛んで行くそれらはある程度の高さまで昇ると、轟音と共にその身を炸裂させ──青空に色彩豊かな華を咲かせた。

 本来なら夜の催しにて使われる花火と空の青の新鮮なコントラストに、観客はまずその演出を称えるスタンディングオベーションをし、それから自身にかかっていた拘束が解けていることに気付く。

 選手達も半分程は同様の動作を行っていたが、観衆とは違い至近距離でフォルトの活躍を、それも自分達の命が懸かっていただろうパフォーマンスを無理矢理見せられたためか、呆然としていたり、思慮を巡らせていたりする者も少なくなかった。

 再びフォルトの加わった演武が始まり、フォルト達はそのまま空から退場する。

 そして五分のパフォーマンスによって生じた時間のずれを埋め合わせる様に、開会式は慌ただしく終了するのだった。


 開会式の終了の裏で、そそくさと競技場の裏口に入る集団があった。まあ、レギオンの方々と俺のことである。

「やったあああああ、大成こォォォォう!!」

 先に楽屋に入った者から甲高い歓喜の声が広がる。学校行事が終わった後の女子みたいだと思っていたら、女性団員の中に一つ太い声も混じっている。いの一番に貴方もはしゃいでどうするんですかクリスさん。

「いやあお見事な演技でございましたよフォルト様。一ヶ月間の練習が実を結びましたね」

「そんなことありませんよ。むしろ僕のレベルまで皆さんに合わせてもらったじゃないですか」

 本来はもっと長い演技になるはずだったのだが、俺の覚えが悪かったために時間は五分まで短縮し、俺の踊るパートも最後の部分のみまで減らしてもらったのだ。

 新しく考えられた演出は迫力ある脚本だったが、その分俺の実力が直接演技に反映されることになった。一週間前に“詠唱保存呪文データセーブ”を覚えていなかったらパフォーマンスは学芸会と嘲謔するも憚れる惨状になっていたことだろう。

「フォルト様、これから打ち上げを行おうと思っているのですが、ご一緒にどうですか?」

「あー、実はもう父上側から用事が入っているんです」

「あらそうでしたの? 相手が魔王様では我々に勝ち目はありませんね」

「ご厚意を無下にしてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、元々自由参加なので構わないのです。ではフォルト様、出る時は衣装を置いておいてください」

 楽屋に用意されていたケータリングのフライドポテトを手が汚れない程度に摘まみつつ、衣装の鎧を外していく。装甲が剥がれるごとにかかる負担が軽くなるのを感じる。

 クリスさん曰くこの企画のオファーを受けた当初から衣装はこれに決まっていたらしい。何故限定されているのかは主催側に聞いても答えてもらえなかったが、新しく衣装を一から考える手間が省けるのでそのまま承ったのだ。

 漫画と絡めた衣装を唐突に指定するなんて、武闘祭のスポンサーの中に“バンデージ・ウィップ”の出版社でもあるのだろうか。顔に塗りたくられたドーランを落としながら裏事情を予想していると、カウンセラーさんがテレパシーを飛ばして来た。

(お疲れ様でしたフォルト様。魔王様からもご好評を頂いております)

(親父が?)

(『お前の目に見えた成長が分かって良かったよ』とのことです)

 言い方が気になるが、親父も驚かせる演出が出来たということは今回のパフォーマンスは世間的には成功ということになるのだろう。

(へ、へえ……)

(演技をなさったご感想はいかがですか?)

(まあ、自分の出来たことはやりきったといった感じですね。それでこれから僕はどうすればいいのですか?)

(現在競技場では試合のための整備が行われており、その後九時五十分からは各部門共通のルール等の説明があります。内容は学校で既に教えられているものと同じですので、競技場で聞くかどうかはご自由です)

(その後は?)

(十時から拳術、十三時から短剣術、十六時からは斧術といった参加人数の少ない部門の予選が三時間ずつ行われます。総合優勝を目指すのでしたら、知識の無いこれらの試合も観戦しておくことを推奨致します)

(は、はあ)

(プログラムはフォルト様の着替えの上に置いておきましたので、今後の日程はそちらを。それと、フォルト様の武闘祭中の資金は十二日で一万二千ゴールドとさせていただきました)

(えっ、それだけなんですか?)

(無駄な買い食いを防ぐためです。それ以上の出費は出来ませんのでご了承ください。それでは)

 テレパシーの通信が切れ、化粧を落とした俺は鏡の中の自分が引きつった様な顔をしていることに気付き溜め息を吐いた。

 今回の武闘祭には、社会勉強の一つという側面がある。目的は武闘祭の十二日間の昼を財布内の残金だけでやりすごし、庶民の金銭感覚を学ぶというものだ。

 屋台の食べ物というものは基本的に割高であり、ちょっとした軽食を二つ買うだけで一日あたりの金額を超えてしまう。普通に魔王城で食べられる朝食と夕食は今朝のメニューからしてかなり少なめにされているし、アピールのため活躍しないといけない息子を空腹にさせて親父は何がしたいんだ?

 プログラムによれば俺が参戦する剣術部門の本戦は十日目である。変な散財さえしなければそれまで持ちこたえられるとは踏んでいるが、それでもやっぱりもう少し、一日あたり二、三千ゴールドあっても良かったのではないだろうか。特別な日に羽目を外した金遣いをするのも庶民の金銭感覚だと俺は思う。

 取り敢えず会場を見て回ろう。そう決めた俺は着替えるために荷物を持って楽屋を出た。


『間もなく十時より、拳術部門の予選会が行われます。参加される選手の方は至急競技場東廊下に集合してください。間もなく十時より──』

 スピーカーの真下で時刻報告を聞き流し、俺は競技場周辺を記した地図の看板から離れ整備された道の中央を歩く。

 やっぱり祭りは良い。意外と賑やかなのが好きな性分らしく、ただ屋台を眺めているだけで無意識の内に興奮しているのか上気してしまっている。

 かれこれ二十分ほどぶらついているが、俺が魔王だと気付く人は誰一人としていない。先程の開会式に参加した人もすれ違っているはずなのに一度も呼び止められないのは不思議なものだ。

 騒ぎになること無く祭りを楽しめるのはいいことなのだが、声を掛けられることを期待している部分が俺の中にある様で、必要以上に辺りを見回してしまう。

 俺を知っているだろうメーティス学園の生徒が、選手はおろか不参加の生徒すら見当たらないのはどういうことだろうか。開会式だけ見て帰るにしてもその前に色々屋台を物色する人もいて良いと思うのだが、競技場の周囲でその様な生徒は見当たらなかった。

 競技場内になら誰かいるのだろうかと思い、本来この時間帯は入るつもりが無かった観客席に上がる。予想通り一部のブロックに藍色のブレザーの男女が集まっていて、近付くと最上段の端に学級長が座っていることに気付いた。

「先生からの指示で隣の席を開けておきました。一緒に観戦しませんか?」

 ジョー達も探すかと思うよりも先に学級長はこっちを向いてそう誘ってくる。学級長はいつもと同じ様に薄い表情でこちらを見ていた。

 俺は黙ってポンポンッと軽く叩かれて主張する彼女の隣の椅子に吸い寄せられる様に座る。冬の屋外であるのにもかかわらず、プラスチックの座面にはほんのり暖かみがあった。

「あなた、ブレザーは着て来なかったのですか?」

「えっ?」

 隣に座った俺に学級長が冷ややかな目を向けてきた。

「先週ホームルームで観戦する時は制服を着用するよう言われていたじゃないですか。今日先生に注意されたら私がフォローしてあげますが、明日からは必ず着て来てください」

「はあ……」

 そういやそんなこと言われてたな。他の準備が忙しかったあまりに失念してしまっていた。

 それにしても気になるのは、少し話しただけで感じる学級長のこの愛想悪さである。社交辞令染みた雰囲気で普段よりもよそよそしく、俺を「あなた」と呼んでいる理由も分からない。本人には言えないし、カウンセラーさんに聞いてみるか。

(ルシアさん、何だかエリスさんの愛想が(いつにも増して)悪いんですが、何かあったんですか?)

(開会式が終了した後、廊下に戻ったエリス様達生徒には、大会本部からの指導が入りました。『フォルト様には極力話し掛けない様にし、会話ではフォルト様について話さないこと。もしフォルト様と話すことになっても彼をフォルト様と呼ばないようにすること』だそうです)

(えっ、何ですかそののけものにされてる感が凄い指導は? 何のためにそんな注意をする必要が……?)

(大会本部からは特に説明はありませんでしたが、混乱を防ぐためだと生徒間では予想されている様です)

 武闘祭の本部は今年はかなりのプレッシャーを感じているらしく、俺に関してまるで国宝あるいは危険物を扱う様に慎重な対応をしている。普段の素性を知る生徒達から俺の名前その他諸々を封じたのも次期魔王初見の一般人のフォルト像を壊さない様にするためだったり、それ以前に起こり得る俺の名前を出したことでの発言者への質問攻めを防ぐためだったりする。

 ここ数年競技場は赤字続きで、新競技場の建設も魔王城からの多額の寄付が無ければ成し得なかったという。カウンセラーさんの説明でそんな大袈裟なことしなくてもと思ったが、運営側にとっては魔王城への恩返しや経営回復のための必要な手段なのだ。

 しかし、そんな大人の事情と同時にあるのが高校生の事情である。学級長は開会式の俺に色々と追求したいことがあるのに出来ないもどかしさに機嫌が悪くなっているのだろう。

 親父譲りの自己顕示欲と取られたくはないが、俺だって演技を見ての感想を聞いて回りたいのだ。ついでに彼女の知識欲を満たすためにも、ちょっと一肌脱いでみるか。

「開会式、どうだった?」

「えっ……?」

「ああほら、見ての通り遅刻してきたわけだから開会式も見れなくて、エリスさんなら開会式をちゃんと見てるかなと思ってね。話題のフォルト様はどんな感じで登場したの?」

「何を言っているのですか? あなたがそのフォル……いえ、何でもありません。そうですね、まず何気無く開会式が進行していく中、放送でフォルト様からの祝電が読まれ──」

 俺の質問に学級長が全て答える。どうやら俺の思惑を理解してくれたらしい。

「──へえそうなんだ。それは生で観るべきだったなあ……それを観てエリスさんはどうだった?」

「短いながらも各所に工夫が散りばめられた良い演出だったと私は思います。不可思議な点もありましたが」

「巨大な光球が生まれる所とか?」

「いえ、それはちゃんと呪文詠唱がなされているので納得出来ます。問題なのはフォルト様の動きの方で、詠唱をほとんどせずに様々な魔法を発動しているのが従来の魔法を根本から覆していると話題でした」

「へえ……魔王の血族特有の魔力があったとしても呪文の省略は不可能だろうし、だとすればフォルト様は別の何らかの魔法を利用して呪文詠唱を事前に済ませていたんだろうね」

「……なるほど」

 学級長が納得したところでふと後ろへ振り返ってみると、和風の名が付いていそうな淡い緑色の作業着を着た、観客席の最上段に立つ柱にもたれる男性と目が合った。視線を逸らしその場から立ち去って行く彼は、絶対に武闘祭の本部の者だと俺は確信した。

 恐らく学級長がフォルト・ハイグローヴについて会話しているのを又聞きして注意しようとしたが、学級長は何の決まりも破っていないことに気付いて動けなかったのだろう。言う様に言われていた観戦のお誘い以降会話は全て俺から持ち掛けているし、俺達が発していた「フォルト様」はあくまで三人称で、何も規則は破っていないからな。

 ていうか監視方法がただ見て回っているだけなんて、幾らでもごまかしが効いてしまうだろ。今みたいに運良く一件遭遇出来たとしても口を滑らせているのはその数十倍はいるだろうし、運営側のやっていることはどう転んでも徒労に終わりそうな気がする。

 ともかくこれで学級長の鬱憤も晴らせただろう。同じ要領でジョー達とも話してみるかと奴らの居場所を探していると、学級長が無言でこちらを見つめていることに気が付いた。

「…………」

「ど、どうしたの?」

「あなた、少し私を睨んでくれませんか?」

「えっ、なんで?」

「特に理由はありません。強いて言うのであれば、あなたの睨み顔が見たいといったところでしょうか」

「そう……じゃあ、こう?」

 突然の要望(一応これも俺が持ち掛けているので違反にはならない)に戸惑いつつ俺は眼を細めて眉間に皺を寄せる。恐らく学級長はあの魔王の顔を至近距離で見たいのだろうが、メイクをした上でこれをやるからクロノレインに近付くのであって、すっぴんでやってもいまいちなんだよな。

「…………」

 案の定学級長はぽかん口を開けて反応に困った様な無言を再開している。ほらみろ言わんこっちゃないと顔を戻すと、ようやく彼女の口は閉じられた。

「ど、どうかな……?」

「……思っていた通りです。ありがとうございました」

 感想になっていない感想を返されて、今度は俺が呆然させられる。思っていた通りって、それはどういうことなんだ?

 隣に座っているのに学級長の胸中は遠くにあるかの様に見えない。立場が入れ替わった様にぽかん口を開ける俺は、次に学級長に睨まれるまで彼女の横顔を見つめるのだった。

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