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練習は終わり、マッドファーマシストは工具を握り始める

 それからの一時間半はとても激しい練習となった。新人団員の失踪というわだかまりが解けたことにより、クリスさんの指導に熱が入ったのだ。

 休憩後の練習から突然運動量が増え(団員ら曰くいつもより凄まじい量だったらしい)、クリスさんのストッパーの壊れた練習は、正しく目が回りそうな程であった。

「――お疲れ様でしたわフォルト様。踊りは初めてだとお聞きしておりましたが、それにしてはなかなかの動きでしたわ。また明後日の練習も頑張っていきましょう」

「クリスさん、それにレギオンの皆さんもありがとうございました。では失礼します」

 練習終わりの礼をして、俺は練習の続く楽屋を後にする。

 レギオンは今特に公演も無いので、突然の変更が魔王側からされた時に素早く対応出来る様に武闘祭が終わるまでここで練習することになった。

 親父はお抱えの楽団を復活させたいのか、衣食住も魔王城が負担するらしい。やはり今年は金回りが良いのだろうか。

 それにしても疲れた。やはり運動神経の無い俺にはダンスの会得は至難の業である。

 恐ろしいのは、今はまだ朝の九時過ぎだということだ。お昼までにしてもまだ時間がありすぎる。

 これからの一ヶ月、ほとんどの休日の朝は毎日この二時間がある。半月もすれば体力的に慣れるかもしれないが、少なくとも後四、五回はしんどいままだろう。

 シャワーでも浴びて来ようかと廊下を歩いていると、前から二人向かってくる。ヘトヘトになって視点が下に向いていた俺は、近付いてくるまでそれがカウンセラーさんと学級長であることに気が付かなかった。

「お疲れ様ですフォルト様。これからお風呂に入るのですか?」

「……ああ、そうです。エリスさんはもう帰るの?」

「今日の花嫁修業は全て終わりましたので。随分とお疲れの様ですが、それ程苛酷な練習だったのですか?」

「まあ、思っていたよりもね。――それじゃあエリスさん、また明日学校で」

「ええ。さようならフォルト君」

 そう言ってエリスさんは何も言わずに俺の横を通り過ぎるが、カウンセラーさんは俺に会釈をして横切ると同時にテレパシーを送ってきた。

(お持ちのパペットボードは貰わないで結構でしょうか?)

(え? いや、これがまた出現しているのを学級長に見られる訳にはいきませんから。ズボンのポケットに入っているんで、俺が入浴してる合間に取っておいてください)

(承知しました)

 思慮深い学級長のことだ。パペットボードを何度も見せる内にそれが何なのか余計な考察を始めるかもしれない。神々のアイテムは出来るだけ人目に付かない様に回さないと。

 そう考えながら生地の上から触れて確認するが、パペットボードの固い感触が感じられない。立ち止まってポケットに手を突っ込むも、そこには何も入っていなかった。

 どこかで落としたのか? 振り向くと、まだすぐそこに学級長とカウンセラーさんがいた。二人ともこちらの焦る姿には気付いていない様で徐々に俺から離れて行くのだが、縦に並んだ二人の後ろ側、カウンセラーさんの右手にパペットボードが収まっていることに気付く。

 どうやって取ったかはともかく、後で取ってと頼んだのにそれを無視されたことに驚きを隠せない。勝手に取ったとしてもカウンセラーさんなら「もう既に回収しております」とでも一言断ってくれると思うのだが、それすら省略する程早く手中に置きたかったのだろうか。

 そんな予想も露知らず、カウンセラーさんは学級長を見送るために玄関へと歩いて行く。彼女も頑張っているんだなと結論付けることで難しく考えるのを止め、俺は脱衣所への足を速めた。


 今週の花嫁修業を終えて、私はバリアの張られた自宅へ戻る。今日は庭の木の剪定が行われる日で、オークの庭師が三日月樹クレセントに鋏を入れていた。

「ん? おー、お嬢さんお帰り!」

「こんにちはヨーゼフさん。お父様はどうですか?」

「今日は朝に挨拶してからずっと部屋に籠っとるよ。ありゃまた何か始めようとしとるね」

「そうですか。分かりました、お仕事頑張ってくださいね」

 薬学に精通する父は時として薬の調合をすることがある。父が敷地外へ出れない我が家の生活費は新薬の特許によって賄われており、市場には万能回復薬から上級呪文に匹敵する範囲を焼き尽くす爆薬などが出回っている。

 もっとも、後者の爆薬は全く使われていないどころか製造販売が禁止とされ、更にその危険性から父が再び謀反を起こすのではと危惧されて父の研究室に定期的に監視が入るようになった代物であるのだが。良くも悪くも、父の製薬技術は異常なのだ。

 果たして今回は何を調合しているのかと半ば期待、半ば不安で玄関の扉を開ける。しかし薬特有の鼻に抜ける臭いは漂って来なかった。

 父が研究室に籠る時、必ず家中に薬の臭いが充満する。それが無いということは、実験は行っていないということになる。

 それでは父は何をしているのだろうか。それを調べるため、帰宅の挨拶を兼ねて私は父の部屋へ向かった。

「ただいま帰りましたお父様」

「ああ、おかえりエリス」

 私の声に気付き、父は椅子にかけたまま腰を回して私を確認した。

 庭師の言う通り、確かに父は机に向かい作業を行っていた様だ。しかしその机にはいつもの様に数多の薬草と薬瓶が散らばっておらず、万年筆のセットと羊皮紙一枚が置かれているだけであった。

「机の様子が普段と違いますが、模様替えでもするのですか?」

「今日から一度趣向を変え、薬から離れてみようと思ってね。武闘祭まではこれに集中しないと」

「なるほど。それでその紙は何ですか?」

「設計図ってところだね。見るかい?」

 口ではそう聞いていながらも、最初から見せびらかすつもりだった様で父は私に羊皮紙を差し出してくる。こういった場合に父がしつこいのを分かっている私は抵抗もせずにそれを受け取った。

 設計図に描かれていたのは二つの直方体だった。片方には側面の一つに縁一杯のレンズが嵌め込まれており、そこに線が引かれ「ここに映像が映る」と文章が加えられている。

 もう片方の直方体はそれより一回り小さく、蝙蝠の様な一対の黒い翼を持っている。こちらにもレンズが嵌められているが、大きな直方体のものとは違い小さな円形で、側面から伸びた細長い円柱の先端に取り付けられている。付加された文章は「ここで見た映像を飛ばす」であり、この小さな直方体で見た映像を大きな直方体が投影するのだろう。

「これは何に使うのですか?」

「ほら、来月武闘祭が開催されるでしょ? 今年はエリスも参加するから見に行きたいけど、生憎バリアが邪魔で僕は会場に向かえない。そこでこの装置を思い付いたんだ」

「はあ」

「これがあれば家にいても試合観戦が出来る。武闘祭が終わっても辺境の景色を見れるから、研究に行き詰まった時の気分転換にも便利なんだ。もし実用化して雑貨屋で並ぶ様になったら大ヒット間違いないね」

 そう期待に満ちた色の声で話す父。そんな彼が忘れていることを、私は落ち着かせる様に告げる。

「お父様……私は武闘祭には出場しないと言ったじゃないですか」

「あれっ、そうだっけ? でも“基準生”は必ず出場するんじゃなかった?」

「“基準生”だからといって別に出場を強要されることはありません。寧ろ“超越生”の方が担当の先生方から出るよう言われますよ」

「ふーん。大変だね今の学生は。僕らの学生時代はそんな制度無かったからなー」

 半ば他人事の様に言いながら、父は返された設計図を机に戻す。年齢が三桁離れている父の学生時代と比較されても困るとは思ったが口にはしない。

「まあ良いや、今年の武闘祭は他にも楽しみはあるし。というわけでこれから三週間は作業にかかるんで、騒音が凄い時もあるかもしれないけど了承してくれるね?」

「別に良いですけど、それを作るにあたって必要となる材料はどうするのですか? 頼むのであれば私が買いに行きますけど」

「いや今回は良いよ。結構複雑な部品を使うから、専門の業者に頼むつもりさ」

 僕は疲れたから少し休むよと、父は席を立ち研究室から出る。今日はこのまま夕方まで起きてこないだろう。

 この部屋に長居する必要はもう無い。私も一人分の昼食の準備をするために研究室を後にした。

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