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死霊劇団と踊れば団長が慌てる

投稿までに結構時間が掛かってしまいました。申し訳ございませんでした。

 翌日の午前七時。レギオンの方がもうお見えになった様で、食後の腹ごなしの為に一人で柔軟体操を行っていた俺をカウンセラーさんが部屋から連れ出した。

 午前中に来るとはいえ流石に早すぎじゃないですかと愚痴りながらカウンセラーさんに着いて行くと、修練場とは全く違う場所にある、他の扉よりも随分間隔を空けて設けられた扉の前まで案内された。

「この扉の向こうに、レギオンの皆様がおられます。フォルト様は演技を教えていただく立場にありますので、失礼の無いようお願い致します」

「それは分かってますがルシアさん、この部屋は……?」

「かつて魔王城でミュージカルやオペラが開催されていた時代、それらの舞台を彩る魔王城お抱えの楽団が使用していた楽屋でございます。今は全く活用されていませんが」

 一応今の魔王城にも別形態の時はかつての名残として劇場があるらしいが、開催する度に城を変形させるのは無謀極まりないし、そもそもレギオンが普段使用している劇場が老朽化が著しかった魔王城の劇場を中心街にリビルドしたものであるために使われることはまず無い。

 なら何故楽屋だけ通常時の城内に残っているのかというと、程良いサイズの部屋なので従者達のミーティングなど色々と使えるらしい。

 広さも用途も小学校の多目的ルームだなと思いつつ、俺はそのドアに手を掛ける。

「……おっと、いけないいけない」

 いきなり開けるのは失礼だな。ここはまず自分が来たことをアピールしないと。

 ドアノブから放した手を握り、半歩下がった俺はコンコンと二回ノックした。

「はぁ~い、どなた~?」

 紳士の声色と淑女の口調が合わさった様な、野太いが間延びした奇妙な声が返ってきて硬直する。突然のことにすぐ動けないでいた俺にカウンセラーさんは咳払いして、自分の役目は終えたかの様に去ってしまう。

 これ以上俺に伝えることは無いのだろう。頼みの綱も消えた俺は、大袈裟に覚悟して返した。

「お、おはようございます。フォルト・ハイグローヴと申します」

「あら、随分と早いご到着ね。どうぞ入って下さいな」

「し、失礼します」

 戸惑いを抑え切れていないのに指示されるがままに部屋に入ると、学校の教室三個分くらいの広さの部屋で雑談していたであろう二十人程の男女が一斉にこちらを向く。

 その視線はどれも覚束無いもので、まるでイエティを見た遭難者の様な呆けた顔をしている。初めて見る魔王の息子は未確認生物並に珍しいらしい。

 その中でも一際一際異彩を放っている、胸板を大きくはだけたシャツを着た長身の男が俺に歩み寄って来る。そして近付くと膝をつき、青いアイシャドウと真っ赤なルージュを濃く塗った顔で見下ろされて腰が引けていた俺の手を握った。

「お初にお目にかかりますわフォルト様、私は劇団レギオンの団長を務めるクリスと申します」

「は、初めまして、クリスさん」

「この度我々レギオンは武闘祭でのフォルト様の登場を飾る演劇の演出と、その劇でのフォルト様との共演という大事な役割を、我らが偉大なる魔王様から拝受いたしました」

「それはどうも……こちらこそ突然の要望を受けていただいて、なんと感謝したら良いか……」

「フォルト様の勇姿を魔界全域に伝えられるよう我々一同は努めさせていただきます。ではお近付きの印に──」

 クリスさんはそう言うや否や手の甲に口付けをした。中指の真下に付いた深紅のキスマークに呆然とする。

 敬意を払っての行動だとは分かるが、これから演技を教える相手にここまでする必要も無いだろ。親父がこうするように指示したのか?

「団長、そんな芝居掛かった挨拶してないで、早く指導に入って下さい」

 まさかなと疑ったところに、クリスさんの背後で既に整列していた劇団員の一人が止めに入った。

「あら、これから説明するところだったのに」

「いきなりキスされて、フォルト様も少し引い……驚いてましたよ」

「あらあら、たとえ口付けを受けたとしても平常心を保つのは演技の基本ですわフォルト様。そうね、じゃあそろそろ指導を始めるわよ」

 唐突に敬語を止めたクリスさんは先程いた場所に戻る。そこで何かを探しているのを眺めていると、彼を止めた男性劇団員が囁いてきた。

「すみませんねフォルト様。うちの団長、変な人でしょ?」

「えーと……まあ、第一印象は」

「あの人演技っぽい言動をする妙な癖があるんですよ。その中で今みたいな過度なボディータッチもあったりするんですが、本人はその自覚が無いから質が悪いんですよね」

「そうなんですか……」

「ああでも、その癖を抜けば良い人なんです。指導も上手くて、数日でフォルト様も華麗に舞える様になると思いますよ。なので魔王様には良かったと評価してくださいね。セクハラは無かったことにして」

 早口でそう頼んだ劇団員はそそくさと退散する。いやただでさえ親子の会話も少ないのに、告げ口なんてしようとも思わないんですが……

 団長はある意味いつも通りの対応をしていたのに対し、彼は大袈裟に畏怖していた。次期魔王を初めて見るだけあって、俺の第一印象は人それぞれらしい。

「それではフォルト様、練習を始めましょう。まずはこれをご覧ください」

 戻ってきたクリスさんが見せた羊皮紙には、何か競技場の様な建物の図面が描かれていた。

「これは武闘祭で使う競技場の図面ですわ。フォルト様参戦を記念に新設されるのです」

 演技の見せ方を考えるのに必要だと、団長直々に設計者からコピーを貰ったらしい。確かにそこは忘れちゃいけないからな。

 図面を見るに、放射状に並べられた観客席の中心にある大理石の舞台で試合は行われる。パフォーマンスもそこでやるだろうから、全方位から自分の動きが見られるのか。

 そんな中、図面の横に描かれたスケッチに目が止まる。舞台側から観客席を見た時の絵なのは分かるが、図面には無い、観客席の後ろにある巨大な水晶が気になった。

「あの、これは何ですか?」

「これは水晶スクリーンという物です。魔王様の要望で、急遽設計に入れることになったのですよ」

「スクリーンって、まさか試合の様子がここに映されるんですか?」

「あら、その通りですわ。最近実用化されたばかりの物だったのですが、フォルト様はご存知だったのですね」

 魔界の外れには巨大水晶の生える洞窟があり、親父がそこから十メートル、幅二十メートル程の水晶を四本調達した。水晶の表面は満遍なく研磨してあり、そこに魔法で映像を映すらしい。

 スクリーンなら俺が勇者襲来時に入れられた時にあった魔具があるじゃないかと思うが、あのスクリーンはあの避難部屋の様な光量の少ない空間でしか使えないのだとか。昼間の屋外でも映像が見える様、スクリーンを改良したのが水晶スクリーンなのである。

「……えっ、てことはじゃあこのスクリーンには、僕の演技も映すんですか?」

「その通り! フォルト様の勇姿は何倍にも増幅され、五万人の観客の瞳に焼き付けられるのです!」

「えええ……それ本気で言ってるんですか……?」

 自動的に紡ぎ出される結論に落胆する。あんな大画面に下手な演技を映したら、暫くは渾名が「大根魔王」になるだろ。

 それに五万人だって? 現に劇団員の前に立っているだけでも緊張している程ノミの心臓な俺が、そんな大勢の前で良い演技をこなせるとは思えない。どんな一流の指導を受けても、十万の瞳に視られた瞬間にパニックに陥ると確信してしまう。

「どうしましたか? 我々ではフォルト様の指導は力不足でしょうか?」

「い、いや別に、レギオンの皆さんの実力では無理だとは思っていませんよ。そうじゃなくて僕は皆さんから教わったことを、ちゃんと本番で披露できるか不安で……」

「なるほどなるほど。折角我々から技術を得たというのに、武闘祭当日に緊張の余りに忘れてしまわないかが怖いのですね?」

 ええまあ、と俺が頷くとクリスさんは微笑した。

「ご安心下さい。フォルト様の様な演劇初心者を、一ヶ月で一人前の演者に変えることなど私達レギオンにとっては容易いことです。自らの不安を跳ね除ける力を鍛えるなんて、毎年団員が増える度に行っています」

「は、はあ」

「それに魔王様からはフォルト様のその心配性を克服させろとも頼まれておりますので、私達の指導についていけば自ずと不安も解消されるはずです。まだ何もしていない時から心配していてはどうしようもありませんよ?」

 まだ何もしていない時から心配して。全くそうだ、始まっても無いのに何弱腰になっているんだ俺は。

 クリスさんの最後の言葉が酷く刺さる。変なことで足踏みしてないで、今やれることを俺はやるべきなんだ。

「分かりました。クリスさん、今日から一ヶ月間よろしくお願いします」

「フフッ、その調子ですわフォルト様。ではまず準備体操から始めましょう――」

 決意を露にした俺を見てクリスさんはご機嫌に微笑して、ようやく特別な修練が開始するのだった。


 体操や発声練習で軽くウォーミングアップをした後、レギオンは本格的な練習に移る。と言ってもどんな演技をするのかはまだ言われてないので、しばらく俺は団員達の見学をするだけなのだが。

 熟練の劇団員達が踊る様は洗練されており、衣装でもないラフな格好でも見栄えが良い。練習中の姿を見せるだけで商売が成立しそうだと感じた。

 視線を部屋の隅に移すと、四人の劇団員が休憩用の大量のコップに手早くお茶を淹れている。どれも俺と同年代に見えるので、恐らく入ってすぐの新人なのだろう。

 そうやって練習風景を眺めていると、舞踏をこなしていた集団からクリスさんが近付いて来た。

「演劇の練習を見てどうでしたか、フォルト様?」

「凄い以外の言葉が見つかりません。でもハードな動きが多いですね」

「フォルト様のパートは易しくしてありますのでご心配無く。それではフォルト様、まずは表情の練習をしましょう」

「表情に練習が必要なんですか?」

「勿論です。演劇において表情は衣装の一つであり、演じる人物の性格や人柄を表現するためにはそれに適した表情を作る必要があるのですから。故にフォルト様にはこれから睨んでいただきます」

「に、睨むんですか?」

 表情を作ることが大事なのは分かったが、何で数ある表情の中で睨み顔を選択したのか。もっと単純なのあるでしょと聞いてみると、クリスさんはすぐに答えてくれた。

「本来なら表情の練習は喜怒哀楽から始めるのですが、今回は睨み顔が最も重要となるので最初にさせてもらいます」

「あのークリスさん、何でそれが重要なんですか?」

「フォルト様は魔王らしい形相がどんなものかとお思いですか?」

「えっ……」

 咄嗟に質問で返されて言葉が詰まる。魔王らしい形相ってどんなんだ?

 例えば笑うという動作に関して、“魔王”は往々にして仰々しく笑うイメージがあるが、親父など比較的細身なタイプの魔王は不敵に笑う方が似合っているし、そもそも笑わないというか感情が欠落してる魔王がいてもおかしくはないだろう。

「えーっと……」

「思い付かない、或いは答えがまとまらないのであればそれで結構ですわ。私は魔王という役職にピッタリと当てはまる役柄を定めるのは難しいという事を伝えたかったのですから」

「じゃあどうして睨むという結論に行き着いたんですか?」

「それはですね、フォルト様が今の世の中が求めている魔王の姿に近付くためですよ」

 意味が分からないんですがと首をかしげると、クリスさんは小脇に抱えていた紙の束から一枚抜き出す。

 差し出されたそれは、耽美な俺が中央に描かれた、あの武闘祭のパンフレットだった。

「これは……」

「世間ではどの様な魔王像が求められていて、それをどう演技に組み込むか……それが今回のプロジェクト最大の課題でした。そしてこれこそが、理想的な魔王の姿なのです」

「これが理想……なんですか」

「ええ。何せこのイラストを描いたのは、“バンデージ・ウィップ”の作者であるグレーター・マミー氏本人だと聞いておりますから」

「えっ!?」

 これ描いたの漫画家だったのか!? そりゃ確かにこのタッチは“バンデージ・ウィップ”の画風に似てるとは感じてたけど、美術部が模写したとかじゃなくて、まさかの作者直筆かよ!

 権力やら金やら、色んなモノを使って存分に宣伝してるな親父は。逆に親父の時はどんなお披露目をしてたのか気になってきたぞ。

「このイラストの様に含みのある表情をするだけで、フォルト様にミステリアスな魅力を付加することが出来ます。そのために睨む表情をマスターしていただく必要があるのですよ」

「そうなんですか」

「物は試しです。まずこの鏡に向かって睨んでみてください」

 そう言うとクリスさんは懐からコンパクトを取り出した。壁際にデカい鏡があるというのにこっちで練習するんですか。

「えーと、こうですか?」

 指導されるがままに眉をひそめて眼を吊り上げてみるが、人格が統一されてから瞼が良く開いていた俺が睨んでも元の仏頂面に戻るだけで、絵に描いた様なイケメンには程遠い。

「……なるほどなるほど。なかなかの睨み顔ですわ」

 クリスさんはそう評すが、一瞬視線を逸らしていた様に見えたので、あまり信憑性が無い。

「そうですか? あんまり実感が湧かないんですけど」

「自信は追々ついてきますわ。少しずつ慣らしていきましょう。――次は他の表情の練習をしますが、その前にちょっとすいませんね」

「何ですか?」

「お茶汲みをしている新人五人に指示を。すぐに戻りますので、フォルト様は暫しの休憩を取ってくださいな」

 そう言ってクリスさんは新人達の元へ向かい、用件を話し始める。何を言っているのかはダンスの練習に掻き消されて聞こえないが、妙に落ち着きの無い素振りからして何やら慌てている様だ。

 まだ劇団に入って数ヶ月しか経っていない新人さん達が何か失敗でも起こしたのかもしれない。俺はそう予想して、鏡とのにらめっこを再開した。

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