死霊劇団と踊れば吸血鬼が想う
本日の学業も終えて、学級長が花嫁修行で城にやって来た。
今回追加された修行はお風呂の準備であり、学級長は修練の間に掃除してくれたが特に変わった所は無かった。先週のベッドメイキング同様メイド達と同等の仕事をこなしているのだから、評価は前回と同じく合格だろう。
「エリスさんもそろそろ入ったら?」
「少し待って下さい。もうすぐ終わりますので」
濡れた髪を拭きつつ勧めるとそう返される。すぐ終わると言ってもすぐには終わらないのが世の常だが、学級長はまだ半分以上あったであろう続きを読まずに本を閉じた。
俺の部屋の本棚に新しい本が入ると、花嫁修行の合間に学級長の物色が行われる。俺がどの様な本を読んでいるのか気になるそうだ。
“バンデージ・ウィップ”が大量に入った今回も同じであった。漫画を読んだことが無い彼女は、最初は他の書籍とは違いハードカバーの無い本だと軽視していたが、修練から入浴までの数時間の内に漫画の虜になってしまったらしい。
その上で花嫁修行は完璧にこなしているのには流石と言わざるを得ないが。
「その前に、腕をお願いします」
「ああそうだったね。はい」
「ありがとうございます……あー、んっ……」
袖を捲った腕に学級長が牙を立てる。場数を踏んだ看護婦は注射が上手い様に全く血が飲めなかった学級長も吸血のコツを掴んできた様で、前に吸われた時よりも痛みが弱くなっていた。
「んっ……ご馳走さまでした」
「お粗末様でした」
「では入って来ますね」
唇に付いた血を拭い学級長は部屋を出る。彼女と入れ違いとなって、カウンセラーさんが入って来た。
「フォルト様、消灯の時間でございます」
「え、早くないですか?」
「明日は“レギオン”の方が来られるので、今日はもうお休みになられた方が良いかと」
「いや知りませんよ。ていうかそのレギオンって何ですか?」
「レギオンは中心街で人気の演劇集団です。フォルト様の演技指導をして頂く為に招きました」
「僕が演劇をする必要なんて無いじゃないですか」
「いえ、フォルト様には今年の武闘祭のゲストとして、格好良く登場して頂く義務があります」
カウンセラーさん曰く、俺の登場を次期魔王の初舞台として演出を凝らそうと、親父がこの前武闘祭の会議で急遽提案したらしい。最初は難色を示していた学校側を持ち前の口八丁で説得する程熱心に。
その演出は劇団レギオンによる、フォルト・ハイグローヴを讃える演劇で、その最中に本物のフォルトが颯爽と現れるというものだ。確かに演劇なら試合前の余興にも持って来いだし、視覚的に魔王の威厳を見せ付けることも出来て良いかもしれない。何か暴君みたいで違和感が凄いけど。
ただ問題なのは、この案が完全に俺の演技力が無いことを無視して決定されたという事だ。
演技はほぼ未経験だと言うのに、自然かつスタイリッシュな動きを演じるなんて無茶振りにも程がある。そんな俺が国が誇る劇団の中に入ったらそりゃ目立つよ。一際燻んで見える大根役者として。
「ていうか、演技指導を入れる時間なんてあるんですか? ただでさえ修練も厳しくなっているのに」
「修練の時間を踏まえて日程を決めるのは針に糸を通す様でしたが、一回二時間を週三日、武闘祭までの十二日で演技を教えると演技指導の先生と決定致しました」
時間に換算して二十四時間か。長いんだか短いんだかよく分からないな。
「何だか不安だなー……」
「そんなに気に病まないで下さいフォルト様。初心者でも出来る様簡単な役になっているかもしれないじゃないですか」
「その励ましも壮大な前フリに聞こえて来るんですが……まあやれるだけやりますよ」
どうせ断っても結局そういった演出に参加する事になるのは確実だ。早いうちに腹をくくってしまった方がまだ気持ち良いだろう。
「承知致しました。それではフォルト様が先にお休みになられる事をエリス様にお伝えしに参ります。お休みなさいませフォルト様」
「うん、お休み」
深々と会釈してカウンセラーさんも部屋を後にする。一人自室に残った俺はさてと、と改めて本棚に向かう。
デイジーさんは俺に自分の勧めた漫画の感想を求めている。ならばその思いにいち早く応える義務が俺にはあるはずだ。
明日も早速用事が追加されてしまったが、空いた時間を活用すれば明後日までに三冊は読める。最序盤の感想を言うのだったらそれで十分だろう。
おおよその読書量を把握したので、その分の冊子を分かりやすい様に端にずらす。この三冊が明後日までの当面の目標となる。
「これで良し、と。じゃあ学級長も戻って来るだろうし、早く寝ないとな」
学級長は朝型なのか余り夜更かしをせず、大浴場から帰って来るとすぐベッドに入っては俺に寝ることを強要してくる。それを拒むと不機嫌になるので、それが実質的な就寝時刻だと考えても良い。加えて吸血鬼は総じて烏の行水で、入浴から十五分もしないうちに学級長は風呂から出てくる。
このコンボのお陰で月曜日は夜更かしなんてしたくても出来ない。しかし先に寝てしまっても学級長は何も言わないので、とっとと寝るのが最善策というかそうするしかないのだ。
「ふわああっと……」
無理矢理にでも睡魔を呼び出す為に、俺はわざとらしく欠伸をしてベッドに入ったのだった。
チャプン、と腕を入れたお湯が跳ねて、水面に映る顔が歪む。
揺蕩う実像を眺めながら、私は今日の出来事を振り返る。この大浴場で一日を回想するのはここ数週間で日課となりつつある。
始業前に職員室へ向かう最中、生徒玄関を通過する際にフォルト君を見つけた。その側にはD組のメリリアナさんとデイジーさんの姿もあった。
先日の騒動でデイジーさんに負い目を感じていたフォルト君だったが、引っ掛かりもせずに雑談をしていたので関係の修復は済んだのだろう。二人が離れた後に私自身もフォルト君に話し掛けたが、彼に異変は無かった。
そんな彼との剣術には、思いもよらない展開があった。それまでは難無く防いでいたフォルト君の繰り出した剣撃が、突然私を押し倒すまで強くなったのだ。
『きゃあっ!?』
力の変化に私はついて行けず、自分らしくない悲鳴を上げて倒れる。まともに受け身も取れず、尻餅をついた衝撃を受け入れるしかない。
『だっ大丈夫、エリスさん!?』
『……次からは力の加減を考えて下さい』
脳にある全ての思考回路が何の合図も無しに一時的に遮断されたかの如く、余りにも唐突な驚嘆だった。しかし同時に、練習とはいえ私を退けたフォルト君の成長に感激していた。
『…………』
『どうしたんですか、フォルト君?』
駆け寄って来たフォルト君は手を差し伸べることもなく、壊れた玩具の様に固まってこちらを覗いていた。
普段打ち負かされている相手を倒せたという事実を、自分でも信じれず混乱している様だった。まるでそこまで本気でも無かったのに偶然入ったと言いたそうな顔だった。
なら私は、そんな半端な攻撃を防ぎ損なったと言うのか。終了の合図が聞こえる中、先程の感激が霧散して、自分が情けなく思えてくる。
私は自分のその姿を隠す様に、ようやく我に返ったフォルト君を叱咤した。
『……十五秒ですよ、フォルト君』
『何が?』
『あなたが私に駆け寄ってから動かなかった時間です。その分の練習を無駄にしたのですよ?』
『あっ……ごめん!』
『全く、一度攻撃が通っただけで満足されては話になりませんね――』
そう注意してフォルト君の背後に回ると、簡単に彼の腕を取ることが出来た。私は決闘の時より遅く動いたにも関わらず、フォルト君は少しも動けなかった。
身体能力はともかく注意力がここまで低いというのは、魔王様が心配されている以上にフォルト君の弱さは深刻なのかもしれない。その事をフォルト君本人は自覚しているのだろうか。
もし今と同じ様にしていたら、来月の武闘祭で恥をかくのは火を見るよりも明らかだ。最悪のお披露目式になるという事態を防ぐ為には、フォルト君の気の持ちようを変える必要がある。
ガアク先生が私達を今日最初の決闘に決めてフォルト君が喚いている中、私は“彼”にこう言った。
『――フォルト君は口じゃなくて体を動かしてください。もっと本気を出して』
アドバイスと言う程でもない大袈裟な発言だ。私自身、この言葉はせめて心の隅にでも置いておいて欲しいぐらいの思いでしか言っていない。
例え本気で戦えと言われてその通りやろうと思い込んだだけで数段強くなれる程、意識と身体能力は直結していない。しかしそう思うことで精神面の向上は図れるので、私はそう告げたのだ。
そのため決闘でフォルト君の動きに大きな変化は無かったことに苛立つことは無かった。寧ろ私は、彼の成長にはまだ時間があるという余裕すら覚えていた。
「武闘祭まで後一ヶ月、身体面の強化は親衛隊長さん達に任せましょう……」
結論を付けると共に回想を終える。もう少ししたら浴槽から出ようと思っていると、背後の扉が開く音がした。
魔王城では大浴場に入る時、例えば女性の場合は「女性使用中」と書かれた木札を脱衣室の扉に掛けるのがルールとなっており、この時脱衣室及び大浴場に入るのは木札に書かれた性別の者だけしか許されない。
以前魔王様はこれを破った時に相当な罰を課せられたため、魔王城の人はこのルールを厳守している。なので扉を開けたのは男性ではないと確信し、私は振り向いた。
扉の前に立っていたのはルシアさんだった。彼女は私が気付くのを確認すると、会釈して浴槽に歩み寄って来た。
「エリス様、フォルト様は先にお休みになられました」
「何か用事でもあるのですか」
「明日は早くからフォルト様にお客様がお見えになられますので、お早めに就寝するのを僭越ながら私が勧めました」
フォルト君はどうやら朝型で寝るのが早く、私が彼の部屋を出ている間に床に就いていることも少なくはない。それに加え用事が出来たとなれば先に寝るのは仕方無いことだ。
「そのお客様はどういった人なんですか?」
「残念ながら、この度のお客様には詳細を漏らさないようご依頼されており、その為お客様に関する事についてエリス様にお伝えすることは出来ません」
「では、ルシアさんは知っているのですか?」
「残念ながら、私もお客様についてはその要望以外に知らされてはいません」
「そうですか……それでは仕方ありませんね。分かりました」
「ご理解ありがとうございます。それでは失礼致します」
ルシアさんが会釈して立ち去る。私はその小さくなる背中を眺めていた。
魔王城のメイドで、フォルト君の身の回りの世話をするルシアさん。多くは言わないタイプ故か、一番近くにいる存在だというのに、彼女の素性について不明な点は多い。
簡単な個人情報は勿論、この前彼女が急用で帰省することになった故郷がどこなのかもはっきりしない。気になった私は他の従者達に質問してみたが、返ってきたのはどれも曖昧な返答ばかりであった。
極み付きは、ルシアさんの種族についてである。前述の従者達にはルシアさんが何の魔物なのかも聞いていたが、彼女達は誰一人答えられなかった。
魔物には角や尻尾といった人間には無い特徴が少なくとも一つずつあるのに対し、ルシアさんにはそういった特徴が見当たらない。翼を折り畳んで隠しているのかと思い彼女の背中を観察したが、メイド服の後ろ身頃に不自然な凹凸は見られなかった。
外見だけで見れば彼女は最も人間に近い魔物と言えるが、その様な魔物が存在するとは聞いたことが無い。真相は本人に聞けば良いのかもしれないが、行動に移す勇気を私は持っていなかった。
ルシアさん自身、そういった質問をされるのを嫌がるかもしれない。変な部分で臆病な自分をそう正当化して、私は大浴場を後にした。




