ちょっとした変化と本気への意識
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。2016年初投稿となります。今年も頑張っていきたいと思います。
週も変わって最初の平日。メーティス学園の校門前に停まった馬車から出た俺は、半目で校舎を見ながら重い溜め息を吐いた。
何としてでも武闘祭で活躍してほしいという思いの籠る熱烈な先生方の修練が二日に渡って行われた結果、俺の体は一夜では取りきれない程の疲れを溜め込んでしまった。
その疲れの酷さたるや約十三時間の睡眠(昨日の記憶が夕食以降無いので、恐らくその辺りで電池が切れたのだろう)を取ったのにまだ眠いと感じる程で、それがまだ残っているのに登校するのは苦以外の何でもない。
疲れた体に鞭打ってテキパキと動くのは、合宿から帰って来てすぐに塾に行かなきゃいけないのと同じ様なものであり、帰宅部かつ塾通いではない俺には未知の嫌悪感が湧いてくる。
将来が希望に溢れているはずの次期魔王がしてはいけない鬱々とした顔で下足箱まで行くと、この数日間でよく見る顔触れが俺を待ち構えていた。
「あれ、フォルトじゃん」
「フォルトさん……おはようございます……」
「あ……おはようデイジーさん。メリルさんもおはようございます」
「なんか死んだ目してるけど大丈夫?」
「ああいや、少し疲れているだけです」
「その原因はもしかして……武闘祭の為の自主トレーニングのためですか……?」
「まあそんなところかな」
「なるほどなるほど……」
俺が答えるや否やメリルさんがメモ帳を取り出し書き込み始める。インタビューの記事に付け加えるつもりなのだろうか。
「そういえばフォルトさん……“バンデージ・ウィップ”はどこまで読みましたか……?」
「実はまだ二巻の序盤までしか読んでないんだ。今日帰ってからじっくり読むよ」
「そうですか……いや良いのです。ではフォルトさん、また剣術の時間で……」
そう言ってデイジーさんとメリルさんは自分達の教室に行ってしまった。またデイジーさんと剣術で組むことは滅多に無いだろうから、最後の言葉は彼女なりの挨拶なのだろう。
読み終わった巻数を聞いてがっかりしていた様な反応をしていたが、デイジーさんは俺と漫画談義でもしたかったのだろうか。彼女の期待に応えたいのは山々だが、如何せん修練もハードになったので読むペースがかなり遅いし、しかも今日は学級長が来るというのだから本日の進捗はほぼゼロと言っても過言ではないだろう。
「さて、いつもならこの辺で……と」
俺が学級長の陰口を叩くと大抵ご本人が背後から現れるので、今回も出てくるのではないのかと振り向くが誰もいない。
いい加減そんなこと気にしないようにしたいと思いながら上履きに履き替える。
下を向いていた目線の端に、自分のではない上履きが映った。
「デイジーさん達とのお話しは終わった様ですね」
「あー……おはようエリスさん」
靴紐を縛り直しながら、学級長に挨拶を返す。
「一昨日のデイジーさんの件はどうなりました?」
「ま、まあなんとか終わったよ。結局僕が考えすぎていただけに終わったんだけどね」
「そうですか……先程何かメモを取られていたようですが、あれは武闘祭関係のもので?」
「多分そうじゃないかな。メリルさんも実行委員らしいし」
そんなとこまで詳しく見てたとか、一体いつから近くにいたんだこの学級長は。観察眼半端無いってレベルじゃねーぞ。
「“基準生”なんだし、エリスさんにも武闘祭のインタビューとかあるんじゃないの?」
「ありませんよ。私は出場しませんから」
「えっ、そうなの?」
なんということか。学級長と戦う必要が無いなんて、良い結果を残すことが出来る可能性が大幅アップしたってことじゃないか。
この知らせには凄く安心した。もし学級長が参加していたら、俺が順調に勝ち進んでいても確実に彼女が障壁となっていただろう。俺の学級長への勝率はジョーに輪を掛けて低い――弱点の知識の有無の差で――のだから、最早勝利のビジョンが見えなかったのだ。
「……なんだか嬉しそうですね」
「い、いやそんなことないよ!?」
「なら良いのですが。では私はマリア先生に用があるので、また教室で」
顔には出ない様にしていたのだが、僥倖に思わず笑みを浮かべていたらしい。
またどやされると慌てて顔を修正するも、当の学級長はそれを見ずに去ってしまった。
何とも言えない気分になりながら教室に入ると、周囲からはいつもよりも喧しく会話が聞こえてきた。
内容はやれ今年の有力選手は誰だの、やれ競技の内容はどの様なものかだの、“超越生”同士ではどっちが強いかだの武闘祭に関係するものばかりで、何というか、随分と気が早いなとしか言い様が無い。
彼らにはもう一ヶ月しかないという焦れったさがあるのか。ならまだ一ヶ月もあるのかと思っているのだから、その辺の意識が俺は低いのだろう。
そりゃ何もかも初だからなとしつこく頭の中で唱えていると、引き攣った顔で会話をしていたニクスが前の席に座り、俺の机に項垂れた。
「あーもうやだ、とっとと武闘祭開幕して欲しいわ……」
「そんな疲れた顔してどうしたの?」
「さっきからずっと質問されてるんだよ……クラスメイトからも他のクラスの奴らからも」
「ニクスは弓術の“超越生”だからね。そりゃ期待も一入だろうさ」
「これがしばらく続くのかと思うとユーウツだぜ……」
“超越生”にしか分からない苦悩を愚痴るニクス。少しイラッとするのは俺がスペシャルゲストとして呼ばれているのに全く誰も聞きに来なくて嫉んでいるからだろうか。
そういえばジョーの場合こういった場合どうなるのだろう。クラスメイトの会話からもジョーの名前は何度も挙がっているし、アイツもうんざりする程聞かれているのではないだろうか。
素朴な疑問に回答するようにニクスがぼやいた。
「ジョーは良いよなあ……しょっちゅう剣術の指導に協力してるからこんなのも慣れてるだろうし。カルマはそこそこの強さだから余り聞かれないだろうし」
「ニクスは弓を教えたりしないの?」
「俺には無理無理。そもそも弓術選んでる奴が少ないからさ、上手い奴が教えなくても良いんだよ」
「先生がすぐに指導に回れるんだね」
「武闘祭だって全員強制参加みたいなもんだぜ? 俺ホントは出る気無かったんだけどな」
「負けるのが怖いから?」
流石にこれは無いなと決め付けながらそう答える。ニクスは一度顔を上げると、頬をついて溜め息を吐いた。
「大抵の奴には負けないと自信はあるっての。それとは逆の理由だよ。なんていうか、勝っても後が面倒臭そうでな」
「どういうこと?」
「それはだな――」
「各部門及び総合での優勝者に贈られる特典が辛いから、だろ?」
ニクスが言うだろう答えを先に答えたのは、顔中から滝の様な汗を流しているジョーだった。
「お、おはようジョー。大丈夫かその汗?」
「学校の前辺りから大勢の生徒に追い掛けられてな……全く、開幕までまだ一ヶ月もあるのに騒ぎ過ぎだろ」
「お前もそうなる程質問されたのかよ!?」
「それでジョー、優勝者への特典って?」
「ちょっと待ってくれ、先に荷物置いてくるから」
説明の催促を遮ってジョーは背負っていた麻袋を机に置くと、中からタオルを取り出して、汗を拭きながら戻って来た。
「ふう……じゃあ説明するぞ。まず優勝者の特典と聞いて良く言われる単位取得の免除だが、実際にそんな特典が与えられたことは一度も無い。これはこの前フォルトにも話したな」
「うん」
「こういった武術の大会で出される賞品ってのはトロフィーや賞状に加えて賞金や特別な武器とかが貰えるんだが、武闘祭ではそんな豪華な賞品は毎回用意されていない。魔王様の協力もあるとはいえ、所詮は学校の行事だしな」
「毎回って、豪華な時もあるってこと?」
「魔界全体の景気が良かったり、勇者がしばらく襲来しなくて魔王軍の出費が少なかったりなど、情勢によってグレードが変わるらしい。ニクス、セレネさんが弓術の部で優勝したのはいつだ?」
「えーと、確か姉貴が三年生の時だから今から六年前だな」
いやさらっと流したけどセレネさんは優勝経験あるって凄いなオイ。ニクスが“超越生”なのもそうだけど、ブレイブアロー家って実は結構な弓の名家なんじゃないか?
「その時の優勝賞品は?」
「賞状とトロフィーと、二十本セットの矢束が百八十束だよ」
「ひゃ、百八十束!? それは流石に嘘でしょ!」
「嘘も何も、お前ん家が用意した様なもんじゃねーか」
「その頃は不安定な時期だったからな」
勇者が十数組も接近しているという情報もあり、当時親父は魔王軍の強化に努めていた。“密偵隊”からの報告で接近戦は危険と考え、遠距離攻撃が可能な武器を重点的に生産するようにしたらしい。
しかしその勇者達のどれもが魔界まで到達することはなかったため、生産した武器の大半が無駄になってしまった。魔王軍は武器庫を圧迫するそれらの処理に困り、とにかく少しでも減らそうとしたため、その年の武闘祭の賞品に大量の武器が贈られたのだ。
「矢は普通に自分達で作れるから必要無かったんだけどな」
「どうやって消費したんだ?」
「出来は良いからそのまま矢の補充にしたり、鏃と矢羽を外して家の補強に使ったりしたな。後、近所の家にお裾分けしたりとか」
「そうまでしないと使い切れない程の量って何なの……」
「この前はかなりヤバいとこまで勇者が来てたし、今回は余り期待出来ないんだろうな……」
「ところが、今年は例年よりも豪華になるという情報がある。その主な要因はフォルト、お前だ」
ビシッと指を差し、ジョーは俺の重要性を強調した。
「お……僕が?」
「何しろ今回はお前という特別ゲストが出るって大々的に告知しているからな。スポンサーである魔王軍も次期魔王の宣伝に金をかけざるを得ないってのが噂の根拠だ」
「なるほどね。……これだけメリットがあると言ってるんだし、ニクスも参加した方が良いんじゃない?」
「うーんでもなぁ……まあ一応考えとくわ」
余り乗り気でもなくニクスが再検討を訴える。そこでマリア先生が教室に入って来たため、何の収穫も得られず会話は終了した。
「じゃあまた後でなー」
選択授業前となり、教室間を移動する生徒達で賑わう二限終了後の廊下。ニクスは格技場へ向かう人波から離れて俺達と別れた。
弓道場へと駆けるニクスの背中を眺めながら歩いていると、ふと思い付いた様にジョーが聞いてきた。
「そういえば、ニクスが武闘祭の参加を拒んでいた理由は本当にあれだけなのか?」
「えっ?」
「何か引っ掛かるんだよ。優勝賞品が不安なだけで参加しないなんて、アイツが言うとはとても思えないからな」
「つまり、どういうことなの?」
ニクス同様弓術の授業に向かったエマさんと別れたカルマが話に入り込んだ。
「ニクスはセレネさんが貰った大量の矢束にうんざりしていたが、そこがまずおかしい。自力で作れるとはいえ、消耗品である矢の備蓄が増えるのには利点しか無いはずだ。余った分は家の補修に使っている辺り、無駄遣いせずに全て有効利用している様だしな」
「でもそれって六年前のことでしょ? まだ十歳だったニクス君にはその価値が分からなかったって可能性もあるんじゃない?」
「リリパットは幼い頃から弓術を教わり始める。セレネさんが優勝した頃には既に弓矢に触れていたニクスになら矢の消耗速度も分かっていただろうし、同時に自分達リリパットにおける矢の重要さも理解していたはずだ。矢の有無はリリパットにおける死活問題だからな」
「ニクスの発言と種族の生態とで食い違いがあるってことか……なるほどね」
納得してみせるが、そうなるとニクスが出場を嫌がる理由があるということになる。果たしてそれは何なのか気になるが、ジョーも確定出来ていないのかそれ以上言わなかった。
「それにしてもジョー君は武闘祭に随分と詳しいね。そういう情報は自分で調べてるの?」
「親父が根っからの武闘祭好きで、毎年この時期になると聞いてもいない蘊蓄をずっと聞かされるんだよ。こっちが覚えてしまう程にな」
そんな雑談を交わす内に格技場に入り、いつもと同じ様に授業が始まる。特に欠席者もいなかったので今日の相手は強制的に学級長に決まった。
前回同様決闘から始まるのかと思いきや、準備体操の後に二分間の打ち合い練習が入る。
ウォーミングアップが足らないと思わぬ事故に繋がるからなというのがガアク先生のアドバイスであり、それと同時に「ああ、あれがあったからね」という無数の視線が刺さって来る。まあ、前回事故起こしたの俺だけだったしな。
そんな訳で打ち合いが始まるのだが、その二分の中でちょっとしたハプニングが起こった。残り時間二十五秒、俺が学級長に攻撃した時のことである。
「うおりゃあああ!」
「きゃあっ!?」
上からの攻撃をガードした途端学級長がバランスを崩し、悲鳴を挙げながら倒れてしまったのだ。
突然の事に俺は理解が追い付かなかった。そりゃそうだ、こんな威力じゃまだまだ防がれるだろうなと思っていた攻撃が実質上入ったのだから。
俺が声を掛けるまで大理石と背中合わせになって放心していたので、学級長もそれ程のショックを受けていたのだろう。
「だっ大丈夫、エリスさん!?」
「……次からは力の加減を考えて下さい」
どうやら彼女のガードが不完全だったのではなく、俺の攻撃の威力が想像以上に上がっていたために防ぎ切れなかった様だ。
(あの学級長を怯ませるなんて、凄い進歩なんじゃないか? この短期間でここまで強くなれるなんて、もしかしたら武闘祭までにはジョーとも互角に張り合える様になっているんじゃ……)
「そこまで!」
自分の成長具合に将来性を感じて興奮していたところに、ガアク先生の終了の合図が冷却水として降りかかる。
学級長を見ると先程の驚いた顔から一転、いつもの冷たい表情で俺を睨んでいた。
「十五秒ですよ、フォルト君」
「何が?」
「あなたが私に駆け寄ってから動かなかった時間です。その分の練習を無駄にしたのですよ?」
「あっ……ごめん!」
「全く、一度攻撃が通っただけで満足されては話になりませんね。その隙を突かれて反撃されたらどうするんですか。こんな風に」
そう言うと同時に学級長の姿が消え、反応が遅れて慌てふためいていると背後から腕を掴まれる。振り向くと顔の前に学級長の拳があった。
鼻背にぶつかるかどうかという距離である。もし二本の指を立たせていたら、その指は俺の眼球を貫いていただろう。今の学級長にはそれをやって退けそうな凄みがあった。
「一度不覚を取られた私が言えたことではありませんが、油断が敗北に繋がることをきちんと理解して下さい。分かりましたか?」
「わ、分かった分かった! 十分に分かりました!」
「あー……フォルトにエリス、終わったか? まだ外側に出てないのはお前達二人だけだぞ」
一方的な説教に大きく頷いたところで先生が仲裁に入る。
その顔は若干呆れていた。最早彼の中では俺はトラブルメーカーの一人なのだろう。
「何ならお前達の組から今すぐ決闘を始めても良いんだが」
「えええっ!? ちょっと待ってくださいよ!」
「それでお願いします。私も今日はいつもよりも更に本腰を入れて取り組もうと思っていたところなので」
「よしっ、そうと決まれば開始だな。二人とも配置に付け」
「はい」
「いやちょっと、僕の静止はスルーですか!?」
「フォルト君は口じゃなくて体を動かしてください。もっと本気を出して」
そう言って学級長は掴んだ腕を身体に強く押し付け、俺を凝視してからサークル内の定位置に立った。学級長は文句ばかりで行動が遅い俺に相当怒っているらしい。
本気……ね。毎回全力でやっているつもりなんだが、彼女からすればまだまだ弱いのか。これは相当鍛えないと駄目っぽいな。
俺が嘆息と共に彼女の前に移動して、ガアク先生の右手が上がった。
「始めェェェェェ!」




