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屍住まう石室は地下にありて ~前編~

激しい語彙力の低下が感じ取れます。

 教室を出た後、俺は校門で待つ馬車まで一目散に走っていた。

 そんなに時間が経った訳でもないのに急いでいる様子の俺を見て、カウンセラーさんは何事かと聞き出す。

「どうされたのですか、フォルト様?」

「ちょっと急な用事が出来たんで、なるべく早くルシアさんに頼もうと思ったんです」

「なるほど……ではすぐに馬車を出しますので、事情は中でお聞かせください」

「は、はい!」

 促されるがままに幌馬車の中に入る。カウンセラーさんの言う通り、馬車はすぐに動き始めた。

 俺は早速今日の剣術の授業で起こったデイジーさんとのハプニングと、明日そのデイジーさんの家にお詫びしに行く事をカウンセラーさんに説明した。

「それでこれから菓子折を買いに行ったり、その高級マンションの場所を把握しないといけないんだ」

「分かりました。では先にデイジー様の住まわれるマンションに向かいましょう」

 カウンセラーさんの操る馬車は普段とは反対の方角へと進み中心街に入る。ある程度経って幌の間から顔を覗かせていると、馬車達が往来するレンガ舗装された道を挟む様に様々な店が建ち並んでいる。

 パン屋や小物屋に洋服屋などが並ぶ中、RPGではお馴染みの武器屋や防具屋、外観からしていかにも怪しげな魔法薬の調合所など人間界には見られない店もちらほら見える。例のキメラバードの羽根の店もあった。

 それにしても気になるのは道行く人々の視線がどれも一瞬こちらを向くことである。

 幌の中にいるのだから俺の姿はまともに見えないはずだし、幌自体もこれといった特徴の無い無地の物だ。見かけは他の馬車と変わらないため、この馬車だけに注目が集まるはずがないだろう。

 その理由は何なのだろうかと考えていると、突然馬車が路肩に止まった。

「フォルト様、“マンション・セメタリー”に到着致しました」

「え、もう着いたんですか?」

 学校を出てからまだ五分も経っていないことに驚きつつ、改めて幌から顔を出す。目の前にあったのは巨大な屋敷であった。

 横幅は店三軒分はあり、同じくらいの長さでレンガの壁が上に伸びている。商店街のど真ん中にあるため庭はないようだが、建物だけならば学級長の家よりでかいかもしれない。これだけ大きなマンションなら、そりゃセキュリティも厳重になるはずだ。

「申し訳ございませんがフォルト様、“マンション・セメタリー”はあちらでございます」

 巨大な屋敷に見惚れている俺に、カウンセラーさんから指摘が入る。その右手はこの路肩とは反対側、対向車線を挟んだ向こうの通りを指していた。

 屋敷の丁度反対に位置する部分には店が建っておらずそこだけ窪みになっている。そこの地面に生えている草が同じ程の長さに切り揃えられているので、誰かが整備している様だ。

 そして、そこに生えているのは草だけではない。奥の壁の少し手前に石板が刺さっている。

 その石板は上側が丸く削られた横長の長方形の形をしており、こちらからでも判別出来るほど大きく十字架のマークが刻まれている。間違いなくあれは墓石であった。

「ああそうか、だからセメタリーなんだ……って、あれが高級マンション!?」

「ここら一帯は地価も高いので、必然的に値段も上がるはずですが」

「だとしても墓型のマンションって……」

「デザインが良く住み心地も良い様で、アンデッド系の魔物に人気だそうですよ」

 あるデザイナーがアンデッド系の魔物に人気が出るマンションを作る様に言われて、墓標を模した店の看板と下り階段から続く地下のマンションを設計したらしい。デザイナーズマンションって言っとけば何でも有りなんだろうか。

「ちなみに補足しますと、こちらの屋敷は大手香水メーカーのメロウリキッド社社長、ルイジアナ・エビルハート様のご住居です」

「えっ、エビルハートって……メリルさんの?」

「はい。メリリアナ様はルイジアナ様のご息女にあたります」

「へ、へえ……」

 うーん、マンションの向かいに家があると本人が言ってたから薄々気付いていたんだが、まさかメリルさんの家が金持ちだったなんて思ってもいなかった。

 どうやら俺は意外と世間知らずらしい。若干汚ならしい言葉遣いをする令嬢の存在を知っただけで、俺の金持ちに対する先入観がガラガラと音を立てて崩れていった。まあ悪い事ではないんだけど。

「では次にお菓子を買いに行きましょう。何かご要望はございますか?」

「え、えーっと……」

 次の目的地に動こうとするカウンセラーさん。しかしその質問が非常に難しい。

 実は転生してからこの方、俺はこの世界のお菓子を食べた事が無い。食後にデザートが出たとしてもそれは必ず果物で、三時のおやつは時間すら無いのである。

 他所様の家で紅茶をご馳走になってもお茶請けは出ず、それは魔王城も同じだ。余りの存在の薄さに、この世界にお菓子という物は無いんじゃないかと疑っていた。

「すみません、何が良いか以前に何があるのか分からないんですけど……」

「それでは私の独断で決めてよろしいですか?」

「じゃ、じゃあお願いしますね。出来るだけ無難な物を……」

「承知しました」

 馬車を路肩から戻し、カウンセラーさんは強く手綱を振るった。


 そして翌日の昼。同じ通りに連れて行ってもらった俺は、花柄の包装紙に包まれた菓子箱を両手に馬車を降りた。

 昨日目的のお菓子屋に着いた時、下手に騒ぎになるのを防ぐために俺は馬車の中で待たされた。しかし購入したお菓子はついさっき馬車の中で渡されるまでカウンセラーさんが保管していたため、俺はカウンセラーさんが何を買ったのかが分からない。

 無難な物を選んだとは言っていたので謝罪の場を邪魔するような物であるはずはないのだが、勝手に開ける事は許されないため、中身が何なのか悶々としたままマンションの前まで歩いていた。

(それにしても……)

 振り向けば昨日はすぐ側にあったメリルさんの屋敷が、今日は道路の向こうに見える。カーテンはどの部屋も閉め切ってあり、こちらへの関心を示す視線が来る事も無い。

 まさか本当にアポだけ取って後は放任するなんて、メリルさんは無責任が過ぎると思う。せめて俺が時間通りに来るかとかをチェックするべきではないだろうか。

 第一俺はデイジーさんの家に行く時間を、メリルさんからは「明日」とだけしか伝えられていない。休日に友達の家に遊びに行くのと同じ考えて正午に着くようカウンセラーさんに頼んだが、メリルさんが別の時間帯を見積もっていた可能性もある。

 俺は約束の時間に遅刻していない事を祈り、墓標前の階段を下りていった。

 階段は思っていたよりも緩勾配で、螺旋状だったり途中で折れ曲がったりする事なく、ビルの地下二階ぐらいの深さまで真っ直ぐ続いている。

 石を積んで造られた両方の壁には等間隔で燭台が飾られ、その光が二十メートル程奥まで続いている。マンションの後ろのビルどころかその向こうの通りの地下まで伸びているんじゃないだろうか。

(これじゃマンションじゃなくてダンジョンだよな……)

 水道管等や建築法に引っ掛かったりしないのかと不安になるが、その辺は親父が何とかしているのだろう。

 それはさておき、デイジーさんの部屋に着くためには俺はこれからどうするべきなのか。

 この階だけでも少なくとも十部屋あるのだ。何の頼りも無く手当たり次第に全ての部屋を探すのは骨が折れる。

 やはりここはマンションの管理人に尋ねるのがベターなのだが、その肝心の管理人がどこにいるのか分からない。下手に動いても迷うだけだし。

 誰かが部屋から出るまで一人「はかのなかにいる」状態が続くのかと若干心細くなっていると、突然肩にひんやりとした物が触れた。

「モシ、ソチラノ方」

「何これ冷たっ……て、うわあっ!? アンタ誰!?」

「私ハコノ“マンション・セメタリー”ノ管理ヲシテイル者デス」

「いきなり出てこられたんでびっくりしたんですが」

「貴方ガココニ下リテ来テカラズットイタノデスガ」

「そ、そうなんですか?」

 管理人と名乗る片言のこの男はフード付きの黒いローブを被って肌を隠しており、こんな薄暗い空間の中じゃ景色に溶け込んでいる。気配に鈍感とか関係無しに初見じゃ見付けられそうもない。

「ソレデ、ドウイッタゴ用件デショウカ」

「ヴァンソルゴさんに用があって来ました。昨日知り合いがアポを取りに来ているはずなのですが……」

「エート……アア、デハ貴方ガフォルトサンデスネ」

「そ、そうです!」

「メリリアナサンカラ聞イテイマスヨ、デイジーサンニ“粗相”シタ事ヲ謝マリニ来ルト。イヤー思春期ッテ素晴ラシイ」

 何か管理人の言っている粗相のニュアンスがずれている気がする。メリルさんめ、まさか変な説明をしてないだろうな。

 その辺どうなんだと悩む中、管理人のチェックは進む。次に目に止まったのは俺が持つ箱だった。

「ソノ箱ハ?」

「これはただのお菓子ですよ。手ぶらで行くのも何だと思ったので」

「ソウデスカ。デハ大丈夫デスネ」

 いや確認早いな。中身について深く聞かないのは、この箱の中身が安全な物だと確定しているからか?

「コレデ良シト。デハヴァンソルゴサンノ部屋ハ615号室デス。地下七階ニ行ッタラアリマスヨ」

「階段は無いんですか?」

「コノ通路ノ突キ当タリニアリマス。ソコノ階段ト違ッテ少シ急デスノデ注意シテ下サイ」

 俺のその質問に具体的に答えるに当たり、通路に向かって管理人の腕が向けられる。

 ローブの袖先から僅かに見えた長細い指は、月光に照らされたかのように青白く光っていた。

「…………」

「ドウシマシタ?」

「あっ、いえ何でも無いです! 階段は部屋の奥ですね?」

「ソウデス。ソレト、モシ何カ気ニナルコトガアッタラ、面倒デショウガコノの階ニ戻ッテ来テ下サイ。私ハソコノ部屋ニイマスノデ」

「分かりました」

「デハ行ッテラッシャイマセ」

 チェックはこれで済んだようだ。すぐ目の前の部屋(ここが管理室だったらしい)に入る管理人を通り過ぎ、俺は墓の奥へと進む。

 二十枚の扉を横切ると、目の前の床に螺旋状の階段があることが視認でき、下りて行くと上の階と同じ様に燭台と扉が並んでいる広い空間に出る。

 再び奥まで歩くと螺旋階段があり、それを下るとまた空間が開ける。それをもう何度か繰り返して、ようやく俺は地下七階に到着した。

(ハア、ハア、なんだこれ、凄く辛い……)

 エレベーター無しで十数メートル潜るのは結構キツかった。自然と負担が掛かる下り階段が多くて足が疲れるのもあるが、それ以前に空気が薄い気がする。呼吸が思ってたよりも苦しいのだが、換気はちゃんとしているのだろうか。

 並んだ奇数の部屋番号を、早鐘打つ心臓をスローペースに戻しながら数え、俺は遂に615号室の前に到着した。

「やっと着いたな……早くデイジーさんに謝らないと」

 扉に近付いてノックをする。それを察知する様に、部屋の中からドタバタと駆ける音が聞こえる。

「はいはーい、今開けまーす!」

 やけに軽快な声が聞こえた途端に開いた扉が迫る。咄嗟に後退した俺は、玄関に立っていた人物の予想だにしない登場に目を丸くした。

「遅かったじゃない。丁度来ないんじゃないかと思い始めていたところよ」

「な、なんでメリルさんがいるんですか!?」

「ちょっとした予定変更よ。アポ取りだけじゃ何か物足りなくてね」

「いや物足りないって……」

 何か特別な理由でもあるのかと思いきや、自分が満足したいから来たんかい。

 自らの欲望に忠実だなんて、魔物は潜在的にそういった点があると言うべきか、はたまた金持ち特有の非情さの表れと言うべきか……

「……何だか失礼な事考えてそうな顔してるわね。言っとくけど、デイジーちゃんの事はちゃんと考えているんだからね?」

「は、はあ。それでデイジーさんは……?」

「そこにいるわよ」

 部屋の奥に向けられたメリルさんの指を目で辿ると、廊下から枝分かれした部屋の一つから顔を覗かせている少女の姿があった。

「こんにちは……フォルトさん……」

「こっこんにちはデイジーさん。週末の昼間から会う約束を作ってごめんね」

「別に良いんですよ……? 元々今日は特に用事も無かったので……」

「ほらデイジーちゃん、隠れてないでフォルトを案内しなよ」

「そうですね……」

 メリルさんの言葉に動かされて、デイジーさんが壁の陰から出てくる。

 服装は格技場で見たのと変わらない包帯だが、新品を取り出したのか、その体のラインにフィットする布地に汚れは一つも見当たらない。包帯しか着用しないマミー族である彼女の出来る限りの正装と言ったところか。

「それではフォルトさん……中へどうぞ……」

「うん、お邪魔します」

 デイジーさんがぎこちない動きで俺を招き入れ、ここに今日の計画はメインに移るのだった。

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