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突発的な謝罪計画

書きたい事を簡潔に書けるようになりたいです。

「……ルト、おいフォルト!」

「…………」

「もうすぐ四限始まるぞフォルト!」

「……あっ、ごめんジョー……」

 三限の後の休み時間。半開きの眼で遠くを眺める俺を見かねたジョーが喝を入れる。

 意識を戻した俺は周囲を見る。寝惚けている様な意識でも体は動かしていたようで、俺はB組の自分の椅子に座っていた。

「大丈夫か?」

「まあ何とかね」

「次は筆記術だぞ? マリア先生に言って保健室で休んでいた方が良いんじゃないか?」

「そんな大袈裟な事でもないから」

「そうか? なら良いんだが……」

 筆記術における俺の評価は地に落ちている。度重なる居眠りがその原因なのだが、これを上げるのは無理かもしれない。

 この筆記術の睡眠授業から始まった転生生活なだけあって、評価が上がるように出来るだけ真面目に取り組みたいのだが、ただ書類の書き方を覚えるだけの退屈な授業には、俺も睡魔に襲われてしまう。

 少なくとも授業にさえ出ればどん底の悪評を受けないで済むのだから、体調も悪くなってないのに保健室に行く必要など無いのだ。

「それにしてもフォルト、まさかお前があれでショックを受けるくらい繊細な心をお持ちだったとはなあ……」

「当たり前じゃないか。偶然とはいえいきなり女の子の胸に触ったら相手も自分も驚くよ」

「男だったら垂涎ものだと思うんだが」

「そうだとしても最初から頬擦りするのはハードルが高過ぎない? 触れるにしてもせめて手でとか」

「そうだよな……俺も女性と手合わせして間も無かった頃は間違えて変な所触ってしまわないだろうかと思ってたな」

「それっていつのこと?」

「十二歳の頃だ」

 あの頃は若かった、とジョーは感銘する。

 反応はおっさんぽいが、そこは年頃の男子。意外とこういった思春期特有の猥談一歩手前の話にも乗ってくれるらしい。

「ところで、あの後授業はどうなったの?」

「ガアク先生が何か言うことも無く、そのまま次の決闘に移っていたな。それがカルマの出番で、この前とは違い堅実に勝利してたよ」

「デイジーさんはどうしてた?」

「あんまり見てないからよく分からないが、格技場の隅で俯いていた様だったな」

「凄く落ち込んでんじゃん……デイジーさんには悪い事しちゃったなあ……」

「そんなに悪く思っているなら、放課後にでも謝りに行けば良いんじゃないですか」

 突然話に割り込んできたのは例に漏れず学級長だった。

 しかし無表情で背後から近付くいつもとは違い、怒りを全面的に露にしている。眼は鋭くなり、額には青筋を立たせていた。

「エ、エリスさん……」

「決闘から今の今まで上の空で、正気に戻ったと思えば今度は過ぎた決闘の相手を心配し続ける。苦手な授業がこの後すぐだと言うのに、随分と余裕そうですね、()()()()()()?」

「そんな、余裕だなんて思ってないよ!?」

「ならばフォルトさん、今は授業の準備をしてください。どの道今からではデイジーさんを探す暇なんて無いんですから」

 デイジーさんみたいな呼び方を妙に強調し、言いたいだけ言って学級長は自分の席に座る。

 そんなに時間無いのかと思い時計を見るが、開始までまだ五分あった。そこまで警告することでもないじゃないか。

「そういや学級長の決闘は凄かったな。ユマを一瞬でねじ伏せたんだぞ」

 遠くの学級長の背を見てジョーが思い出した様に言う。ていうか誰だそいつ。

「えーっと……その人って強かったっけ?」

「何呑気に言ってるんだ、ユマは俺だって苦戦する相手だぞ?」

「えっそんなに……?」

 まずいそんなの知らねえ。あまり強くない人なのかと思っていたところを的確に突かれ、俺は急いで記憶を探り始める。

 ジョーがそのユマさんと決闘したのはフォルトが学校に来る前の事らしく見当たらない。代わりに見つかったのは、カルマが彼女と戦う映像であった。

 サークルの端まで下がる今より格段未熟なカルマに立ち塞がる、一瞬壁かと見紛う体格の女子――選考者の中では2メートルと最も高い身長のトロルがユマさんだ。

 その右手が振るわれる。片手で握られた長剣がカルマを狙い下ろされる。

 それをカルマは防ぐも、同時に伝わる豪腕からの力に押し負ける。カルマの身体はサークルの外に吹き飛び、決闘は彼女の圧勝に終わった。

「あー思い出した……カルマにも勝っていたあの人ね。今日エリスさんに決闘を申し込んでいたのは彼女だったのか……」

「長身から繰り出される攻撃は厄介だからな。俺も武闘祭では当たりたくない相手の一人だ」

 他の連中からすればジョーやカルマにも当たりたくないだろうけどな。

「そんな彼女をエリスさんは一瞬で倒したんでしょ? “基準者”の名は伊達じゃないよね」

「いや、学級長のあの強さは“基準者”がどうとかで説明がつくものではなかったんだが……」

「どういうこと?」

 俺が聞くとジョーは腕を組んで説明を始めた。

「普通トロルの様に図体のでかい相手と戦う場合、最も効果的なのは相手の懐に潜り込むことだ。と言うかそこが弱点だからな」

「うん。それはガアク先生が前に授業で言ってたよね」

「これの他に、直接頭に攻撃するという方法がある。今回学級長はこれを翼を使わず、片足のジャンプだけで行った」

「えっ、そんなこと出来るの?」

 記憶で見たように、ユマさんの身長は2メートルだ。その高さまで近付けるのは、翼か並外れた跳躍力を持っている魔物だけである。

 翼の生えた魔物は基本跳躍力は人並みであり、吸血鬼である学級長も同様のはずだ。翼を使わない限りトロルの頭を狙うなんて不可能だと思うのだが……

「信じられない話だが、学級長は俺達の目の前でそれをやってのけた。怒りが本来眠っている力を呼び起こしたのかもな」

「怒りって、エリスさん怒ってたの?」

「ユマを攻撃した時の顔が、腕に力を入れたために歪んだにしては目付きが怖かったからな。あれは確実に怒った顔だ。しかもその視線、お前に向いてたんだぞ?」

「えっ……!?」

 声を小さくして言った情報に俺は驚く。なんで俺を睨む必要があるんだ学級長は。悪いことした覚えなんて無いぞ。

 まさか俺がデイジーさんの胸を触った事で怒っている訳じゃないだろうな。学級長ならあれが偶然起きた事だとぐらい誰よりも把握していそうなんだが。

 驚嘆の表情を隠し切れない俺にジョーが助言した。

「一応謝った方が良いんじゃないか?」

「そ、そうかな?」

「心当たりがあるならな。……もっとも、それだけでは学級長の怒りに油を注ぐだけかもしれんが」

「それってどういう……」

 ジョーが小声で付け足した内容は何かと聞き出そうとした途端、まるで待ち構えていたかの様なタイミングでチャイムが鳴る。

「まずい、なんだかんだで授業開始まで話してしまった。じゃあなフォルト」

「えっ、ちょっとジョー!?」

 俺の呼び止めも虚しく、時計を見て焦りながらジョーは自分の席に帰って行く。それと同時にマリア先生が教室に入ってきた。

(何だよ、五分ってすっごく短いじゃん……)

 先生が今日の授業内容を説明する中、俺は頭を掻いて考えを改めた。

 ジョーの忠告を中途半端に聞いてしまったせいで、何故学級長が謝っても許してくれない可能性があるのかという疑問が頭の中を渦巻く。

 逆上された場合どうすれば良いのか。素直に説教を聞くだけで終われば楽なんだけど。

 まあ学級長には謝るとして、彼女の言う通りデイジーさんにも謝らないとな。

 そうやって謝罪計画を立てるために頭を使っていたのが功を成したのか、その授業は寝落ちしないまま受けることが出来たのだった。


 授業が終わり、俺はすぐに職員室に行ってガアク先生からデイジーさんのいるクラスを聞く。

 事情は何も言っていないのに、ガアク先生は俺が聞くとすぐに生徒の名簿をさっと見てD組だと答えてくれた。

 剣術の授業がアレだったから後で来るかもしれないと前もって準備していたらしい。先生に心から感謝し、俺は教室棟へと戻った。

「えーっとD組は……なんだここか」

 九つある一学年の教室には、職員室と繋がる転移装置ワープホールと上学年の教室棟へと続く階段に挟まれた教室が三つある。

 その中でも階段側にあるのがD組の教室であり、職員室から帰って来てすぐ近くに目的地があったので俺は思ったよりも早く着いたなと少し残念に思っていた。

 そんな幼稚な事を思っていても仕方がない。電撃トラップに掛からないよう念のため中で授業が続いていない事を確認し、俺はD組に入った。

「失礼します、デイジーさんはいますか?」

 俺に向かって一斉に顔を合わせるD組の面々。その全員と目が合って気まずく感じ、つい目を反らしてしまう。

 一度死んでもこの癖は治らないという事に気付いた俺に、教壇の近くにいる、剣術の際に野次を飛ばしてきたあの女子がその場から返事をする。

「あれ、フォルトじゃん。何か用?」

「デイジーさんと話したい事があるんですよ」

「悪いけどデイジーちゃんならもう帰っちゃったわよ」

「えっそうなんですか?」

 余程ショックを受けたんだなデイジーさん。また来週の登校日に出直すとするか。

 そう決めて荷物を取りに教室に戻ろうとする俺に、今度はその女子から声を掛けてきた。

「ていうかフォルト、アンタが話したい事ってデイジーちゃんのおっぱいを触っての感想とかでしょ?」

「はあ!? そんな事あるわけ無いじゃないですか!」

「まーた冗談を。防御し続けてまで飛び込むチャンスを窺っていたんだから、さぞや良い感触だったんでしょうねぇ~」

「だからあれはただの偶然ですって!」

「偶然でも触ったのには変わりないでしょ。小振りでスベスベな、まだ発育途中のおっぱいを触ったのには」

「ぶっ……」

 悪戯を考える小悪魔の様な笑みを浮かべて煽る女子生徒。机に肘を立ててこちらを眺める後ろで、先端がハート型の細い尻尾が揺れている。

 なんで彼女は下ネタを明け透けと言ってしまえるのだろうか。淫魔の血が入っている俺でさえ使う言葉は選ぶというのに。

 事情を一切知らない周りの生徒の視線が痛い。いや違う、これは誤解なんだ聞いてくれ。

「いやだから、そんな下卑な事を言うつもりは全くなくて……むしろその件についてはデイジーさんにお詫びしたいぐらいですよ」

「へえ、じゃあアンタの用事ってのはその、剣術での件でデイジーちゃんに謝りたいってこと?」

「そうですよ。勝手に話を飛躍しないでください」

「ふーん……」

 何がふーんだこの野郎。聞きたがってた割には淡白な反応しやがって。

 まさかコイツにも“書き替え(バグ)”が施されてないだろうな。あること無いこと言い触らして俺をどうしたいんだ。

「ねえフォルト、アタシがアプローチしてあげようか?」

「へっ? 何の?」

「だから、お詫びのよ。デイジーちゃんにアポを取っておくだけだけど」

 席から立ち上がり、女子生徒は俺に少しずつ近付いてくる。

「いやそんなことしなくても、今からデイジーさんに追い付いて話せば済むんじゃ……」

「あのね、中心街にあるとはいえ、あの子が住んでいるのは高級マンションよ? 事前の申請か住人の許可が無い限り、部外者の出入りは禁じられているの。まさか自宅にアンタが来るとはデイジーちゃんも考えてはいないだろうし、今から申請して訪問したら迷惑でしょうが。その辺を考えてよね!」

「は、あ……」

 目の前まで近付いて彼女は早口で俺に注意した。あまりに唐突過ぎて俺はポカン口になってしまう。

 高級マンションって、中心街にそんな建物あっただろうか。まあそれはともかく、失礼にあたる事はするなって事だな。

「とにかく、アタシがデイジーちゃんに話を付けておくから」

「ち、ちょっと待って下さい! 勝手に話が進んでますけど、いったいいつ頃にデイジーさんの家に行くと計画しているんですか?」

「いつって、明日に決まってるじゃない」

「明日ですか!?」

「早めに行くのに越したことは無いでしょ? それとも何か用事でもあるの?」

「いや、無いですけど……」

「無いんだったら決定ね。アンタは菓子折でも用意して明日を待ってなさい」

 至近距離でそう伝えると女子生徒は机に戻り、鞄を持って俺の横を通り過ぎる。

 呆気に取られている俺に目もくれず階段を下りて行くが、何か思い出した様にまた登って来た。

「あっそうだ、一応アタシの名前教えておくわ。アタシはメリリアナ・エビルハート。ニックネームはメリルよ」

「は、はあ」

「デイジーちゃん家のマンションの向かいに住んでいるから、困った事があったら何でも聞きに来なさいよ。じゃあね」

「さ、さよなら……はあ」

 今度はちゃんと挨拶をして階段を駆け下りて行く女子生徒もといメリルさんが踊り場よりも下に行ったのを確認して、D組から離れた俺は肩を撫で下ろした。

 早い内にデイジーさんに謝って心のわだかまりを解くことが出来る事に安心したのだが、メリルさんが離れた事にホッとしているのもある。

 初対面の俺にも友好的に接することが出来るのは彼女の才能なのだろうが、冗談を交えつつずけずけと言ってのけるその性格は俺からすれば疎ましく感じる。D組に来た動機を下劣な方向で予想された時は若干イラッとした。

 それなりに大人しい女子がタイプの俺は、ああいったチャラい感じの娘とは元々馬が合わないのだろう。クールを通り越して最早コールドな学級長も苦手なのだが。

 テンションのバランスで言えばデイジーさんは良い線を行っていると思う。性格良さそうだし可愛いし、あれでもう少し明るさがあったら余りにもドンピシャ過ぎて俺は勢いでデイジーさんに告白しているかもしれない。

(あれ、魔王って側室作って良いんだっけ……)

 お盛んな親父のことだ。もしそうだったら俺には腹違いの兄弟が大勢いたに違いない。だが実際には妾の子供どころか普通の兄弟すらもいないから、側室は作れないということだろうか。

 そんな感じで無駄に未来を想像しながらB組の教室に戻る。ジョーは既に下校しており、ニクスやカルマなど四限は他の教室にいて、荷物を取ってくるため一度戻って来るはずのクラスメイト達の姿も見えない。残っているのは自分の席に座っている学級長だけであった。

「エリス……さん?」

「…………」

 俯いたままの学級長が気になって入り口から声を掛けるが反応は無い。よく見ると学級長は何かを羊皮紙に書いており、それに集中していて聞こえていなかった様だ。

 授業の復習でもしているのだろうか。学級長を眺めながら俺は麻袋に肩を通す。

 ジョーは謝った方が良いと言っていたが、こちらはデイジーさんと違い下手に触れたら爆発して大変だ。学級長の怒りが程よく収まるまでそっとしておこう。

 それに俺はこれからデイジーさんの住むマンションがどこなのか確認しに行くつもりなんだ。カウンセラーさんを待たせたくないし、早いとこ教室から出てしまおう。

「――何か用があって、声を掛けたのではないのですか?」

 しかしそう簡単に行かせてくれるはずもなく、後ろから呼び止める声が掛かった。構わずに行けば良いのに振り向いて反応してしまう。

「え、エリスさんっ!? 聞こえてたんだったらすぐ返事してくれても良かったんじゃ……」

「聞こえてはいましたが、余り切りの良いところでは無かったので返すのは後回しにしました」

「へ、へえ」

「フォルト君の方こそ授業が終わると同時に教室を出ていって、デイジーさんにお詫びは出来たのですか?」

「えーと、実は――」

 俺は躊躇しつつも明日デイジーさんの家に行くことを話した。

「なるほど……直接謝りに行くのですね」

「そ、そうなんだ。だから今から下調べしたりしなきゃいけないんだよね」

「そうですか……それでは頑張って下さいね」

 あれ、思ってたよりも反応が淡白だな。もう少し敵意ありげな目線を飛ばしてくると考えていたんだが。

「エリスさん、怒ってないの?」

「怒る? どうしてですか?」

「え? だって四限が始まる前は機嫌悪かったじゃん。それにジョー曰く凄い険相で決闘に臨んでいたって……」

「ああそうでしたね。確かにあの時は怒ってましたが、いつまでもその事に感情を囚われていても無意味だと思い、授業が始まる前に余り考えない様にしたのですよ」

「は、はあ」

「決闘での顔つきについて、私に心当たりはありません。貴方と組む時と同じ様に真剣に取り組んでいたのですが」

「そうなの?」

 俺の確認に学級長エリスの頭が縦に動く。学級長は怒りのままにユマを倒したのではなく、普段と同じテンションで戦ったらしい。

 ……いやそんなはずないだろ。ユマ戦のテンションが対俺と同じくらいだったならジョーがあんなに驚愕する必要がない。「普通に勝ってたぞ」で終わっているはずだ。

 学級長は本当にもう気にしていないのだろうか。名前を呼ぶのがさん付けから君付けに戻っているがそれだけでは判断材料に欠ける。

 何かそれを指し示す材料は無いのかと、ふと瞳に学級長の机の上の光景が映る。俺がいる所からでは内容が分からない程細かい長文が書いてある羊皮紙に、一般的な物の半分程しかない万年筆が二本乗っていた。

「何を見ているのですか?」

 手元を泳いでいた視線を鬱陶しく感じたのか、学級長は机上のそれらを鞄に仕舞い込みながらジロリと俺を睨む。

「あっいや、何だか書き辛そうなサイズの万年筆だなと思って」

「意外と使い心地は良いですよ。そんなことより、下調べには行かないのですか?」

「そうだった! ルシアさんに言って寄り道してもらわないと」

 何だか話を打ち切られた様な気がするが、これは余計な詮索はしないでくれという学級長の抵抗なのだろうか。

 しかしせっかく感情が穏やかになったというのに、また怒らせる様な行動をするのは馬鹿のやることだ。学級長の怒りが収まったと見てさっさと帰ってしまおう。

「エリスさんはまだ出ないの?」

「私はまだ委員長の仕事がありますので」

「じゃあエリスさん、またね」

「はい。さようなら、フォルト君」

 鞄を机に乗せたまま動こうとしない学級長に挨拶を交わしながら、俺は校門前に向かって駆け出した。



「……フォルト君は意外と目が悪いのですね、そんな短い万年筆があるはずないでしょう」

 フォルトがいなくなり、エリスはそう呟いて鞄から筆箱を取り出していた。

 手にした万年筆はその中心、筆記具としての役目を果たす際には三本の指で握られるであろう部分で、力任せに割った様に二つに別れている。

「こんな簡単に折れる物ではないはずなのに……おかしいですね」

 エリスは先程の、万年筆が折れるまでの一部始終を思い返す。放課後になってから、彼女は今日の授業の復習をしていた。

 そこでフォルトが教室に来て、エリスの名前を呼ぶ。彼は聞こえてなかったと判断していたが、作業中のエリスにはしっかりと聞こえていた。

 エリスはその時はフォルトの声が聞きたくなかった。元々放課後のこの時間を誰にも邪魔されたくなかったのもあるが、それと同時に今日のフォルトには苛立ちを覚えていたからだ。

 今思ってみれば、それはデイジー・ヴァンソルゴに対する嫉妬から来る浅ましい感情である。しかし彼女はそれを抑える事も出来なかった。

 結果、珍しく感情の制御が不可能になったエリスは、その力強く握った拳の中で万年筆を真っ二つに折ってしまったのである。

「こんな芸当をやってしまえる程、それ程私は怒っていたのでしょうか……」

 エリス自身、自分の感情の昂りがどれ程のものだったのか理解し切れていなかった。無意識の内の感情に混乱する彼女には、手の平の上の残骸は実物よりも大きく見えた。

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