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思春期魔王の失敗

先月と違いかなりローペースな更新です。七千文字越えると更新が遅くなりますね。

 カウンセラーさんから衝撃の事実を伝えられた翌日、俺はいつもより少し早くから教室に入っていた。

 金曜日リーフヤードは一週間の最後の登校日のため普段ならば気分良く登校出来るのだが、今日だけはどうも憂鬱な気分が晴れない。

 早めに起こされた為にブルーになっているのも相まって、誰もいない教室で机に突っ伏すぐらいしか気力が出ないのだ。

(平森の担当カウンセラーが、そんな物騒なことをやってたなんてな……)

 昨日の報告を思い出して小さく呻く。声色はいつもより1オクターブ半低めだ。

 別に平森の周りで何が起きていようが俺自身には関係ないだろう。元幼馴染みとしては元気にやっているか少し気になるが、どうせ未来の敵だし。

 それよりも問題なのはそのカウンセラーである。“設定キャラ”の“書き替え(バグ)”を行っている、つまり俺の情報を漏らしているのがそのカウンセラーだということは、宿命の敵として俺はいつかそのカウンセラーと戦う可能性だってあるということである。

 そのカウンセラーの素性なんて知ったこっちゃないが、転生ハローワークのカウンセラーの戦闘能力がこの世界には不釣り合いな程強いことは、カウンセラーさんが時折出す本当の力の片鱗を見れば分かる。

 洗脳されて悪堕ちしたカウンセラーさんと戦うみたいなゲームで良くある展開は、念のためにと俺は何度かシミュレーションした事があった。止めを刺されそうになった俺の言葉がカウンセラーさんにかかった洗脳を解くといった場面も合わせて。

 しかし平森のカウンセラーは洗脳なんかされてなくても最初から敵である。死に際に立つ俺の戯れ言を聞かずに止めなんてまだ良い方で、下手すりゃ敵意を向けて近付いた瞬間サイコロステーキにされるだろう。

 せめてカウンセラー同士の戦いで一事休戦という展開にもつれ込んでくれれば良いのだが、果たしてそうなるのだろうか……

「はあ……」

「早朝から机に潰れて溜め息ですか、フォルト君?」

「うええいっ!?」

 突然学級長に真後ろから声を掛けられて跳ね起きる。最近学級長に驚かされることが多い気がする。

「エリスさん!?」

「全く、奇声まで上げて……」

「背後から突然話し掛けられたら驚くに決まってるよね!?」

「訓練を重ねれば慣れるはずです」

「いや、訓練って……」

「もし私が殺意を伴って短剣を手にしていたのなら、フォルト君は気付くよりも先に殺されていましたよ」

 そう言われたので少し想像してみた。これからどうするんだと嘆く俺の背後に、負のオーラをガンガン放射する誰かが立つ。

 至近距離にいる状況でも俺が気付かないのを良いことに、その人物は両手で握る果物ナイフを俺の丸まった背中にぶっ刺す。

 突然胸に走った痛みに苦悶の表情を浮かべながらようやく振り向くと、そこには「私の忠告を守らないからですよ」と虚ろな眼で呟く学級長の姿があった。

 ……うん、怖いけどあまり似合わないな。学級長が持っている刃物といえば長剣だから違和感が凄いし、聡明だから後先考えずに殺害なんてしなさそうだ。

 第一、性格もどちらかと言えばツンデレ寄りでヤンデレとは程遠い。いや、このシチュエーションの場合はメンヘラか?

「それはともかく、どうでした?」

「どうでしたってパペッ……あの板の事?」

「そうですよ。他に何かありますか?」

「だっだよね。――板は一応ルシアさんに渡したんだけど、ルシアさんでもそれが何だか良く分からないらしくて……」

「ルシアさんでも分からないとなると、事態は困窮を極めますか」

「色んな文献を調べるって言ってたから、これが何か判明するまでは時間が掛かるかもしれないってさ」

「それならばやむを得ませんね……」

 即興で考えた嘘を次から次へと納得してくれる学級長。話に水を差されなくてありがたいが、ここまで信じやすいのは逆にどうなんだろうか。

「エリスさんはどうだったの? お父さんは板を貸してくれた?」

「勿論です。頼んでみると二つ返事で譲って下さいましたよ」

 既に荷物は席に置いていた様で、学級長は机の横に掛けられた麻の鞄からパペットボードを取って来ると俺に渡した。

「ありがとうエリスさん。今日の帰りにでも渡しておくよ」

「この板が増えることで、ルシアさんの調査が捗ると良いですね」

「だよね。あの板の正体は僕も気になる事だし」

 まあ、それは既にカウンセラーさんから教えてもらっているんだけどな。

 今日は機嫌が良いのか学級長の毒舌も無いまま会話が続き、その後登校してきたジョー達にも声を掛けて朝の時間が過ぎていった。


 三限の剣術は女子の方に欠席があったため、今回も学級長と組むことはなく、代わりに他の人と手合わせする事になった。

 しかし今回はいつもと違う新鮮なパターンになる。なんと俺が組む相手は女子なのである。

 今日の授業で欠席していた女子は一人だったので、本来ならば学級長が余った女子と組み、俺はガアク先生のスパルタ指導を受けるはずだった。

 しかし準備運動前のランニングの際、朝飯を抜いてしまった上に弁当を忘れてしまった一人の女子生徒が倒れてしまったため、女子の欠席者は二人となってしまった。

 その場合学級長はその子達でペアを作らせ、自分は俺と(仕方がなく)組んで練習をするのだが、どういう事か学級長はそのままのペアで始めていた。

 一人欠席することが確定した段階でその子に一緒にどうですかとしつこく迫られたのだろう。そういえばあの子二限が始まる前に学級長の所に他のクラスから来ていたな。

 俺はペアを作るため、そう思い出して納得しながら格技場を女子の列へと歩いていた。

(さて、今回俺が戦うのはっと……)

「あの……フォルトさん……ですよね……?」

「ん?」

 さて誰かと探していると、途切れ途切れの俺を確認する声が背後から聞こえた。

 また後ろからかよと思いながら振り返ると、ニクスと同じくらい身長が低く、防具の下に白い包帯を全身に巻き付けているマミーの少女が立っていた。

「あの、今日は私のお相手を……するんですよね……?」

「あっ君なんだ。えーっと名前は……」

「私はデイジー・ヴァンソルゴ……皆さんからはデイジーと呼ばれています……」

「へえ……じゃあ今日はよろしくね、デイジーさん」

「こちらこそ……よろしくお願いします……!」

 デイジーさんはゆっくりとお辞儀をした。

 彼女の姿をこの格技場で遠くから見かけることは多々あったが話すのは初めてである。その小動物っぽいオドオドした様子と口調がマッチし過ぎで少し驚いた。

「じゃあ早速う――」

 打ち合いでも始めないと言おうとした矢先、ガアク先生が突然声をあげる。

「ペアを組んで俺に申告した者から壁側に広がれ! 今日の授業内容は全て決闘とする!」

 突然の宣言に生徒の中からどよめきが起こりつつも、先に申告していたペアが壁に向かう。

 自分達も申告しないとと思いデイジーさんの方を向くと、彼女は既に先生の元に向かっていた。

 ガアク先生が頷いて、デイジーさんは戻ってくる。

「フォルトさん、先生にはもう申告しておきました……」

「あー、ありがとうデイジーさん。それにしてもびっくりするよね、二時間全てを決闘に費やすなんて」

「先生も皆さんがどれだけ力を付けたのかを見たいのでしょう……もそろそろですし……」

「へっ? 武闘祭って――」

「ああっ……もう皆さん壁側に広がってます……それではまた後で……」

「ええちょっ、デイジーさん!?」

 新しく出てきた単語に疑問を浮かべる俺に何も教えることなく、デイジーさんはとっとと女子側の壁に向かってしまった。


 結局俺が武闘祭が何なのかデイジーさんに聞けないまま、二時間かけて行われる大決闘が行われてしまった。

 男子と女子はいつもの様にサークルを挟んだ両方の壁にそれぞれ集まっている。反対側に向かおうとするだけガアク先生に注意されるだけなので、デイジーさんに今から聞きに行くのはほぼ無理と見えた。

「勝者、ジョー・サラマンドラ!」

 初戦に呼ばれたジョーがいつもの様に勝利を収め、拍手の中こちらへと戻ってくる。

 壁際に置いていたタオルで汗を拭い、ジョーは俺の隣に腰掛けた。

「ふう……」

「お疲れジョー、何かいつもより疲れてない?」

「誰にも言っていなかったんだが、今日俺、寝不足でな……」

「えっ、あんなに寝付きの良いジョーが!?」

 特技の一つとして見て良いのか甚だ疑問だが、ジョーはどこでもグッスリ眠れるというどこぞのダメダメ小学生みたいな特技を持っている。

 戦場での睡眠が出来る様にとレオン親衛隊長に教えられた賜物の様で、ベッドは勿論、木の上や空中(羽ばたきながら眠るらしいが、それってリラックス出来るのか?)でも眠れるらしい。

 確かに今日の一、二限の授業中に少し微睡んでいた様にも見えたが、ジョーが寝不足になるなんて事があるのか?

「より腕を磨こうと、昨日はずっと剣を振っていたんだよ」

「どれくらいの時間で練習をしてたの?」

 他の連中と話していたカルマも会話に参加する。

「合間に飯を挟みながらだが、大体十五時間はやっていたと思う」

「それってかなりの練習量じゃない?」

「ていうかやりすぎだよね。一体何時に寝たの?」

「深夜の四時だ。少しやって休んだ後、何だかしっくり来なかったからまた少しやって休んでを何度も繰り返していたからな」

「じゃあそれが原因じゃん!」

 俺とカルマとで同時に全く同じツッコミを入れる。言われたジョーは気まずそうに頭を掻いた。

「三時間くらいの睡眠じゃ、本調子で決闘に臨める訳ないよね……」

「今度から万全の体制を整えた方が良いよ。本気で向かってきている相手にも申し訳無いし……ていうかそれくらいのジョー君は気配り出来たはずだよね?」

「仕方無いだろ。相手には悪いが、武闘祭がもうすぐだと思うとほんの少しでも力を付けたくなってしまうんだよ」

「まあその気持ちは分からなくもないけど……」

 ジョーとカルマも武闘祭とやらが気になるらしい。コイツらに聞けば何か分かるかもしれないな。

「ねえ、デイジーさんもさっき言ってたけど、武闘祭って何?」

「ん? フォルトは知らなかったのか?」

「フォルト君は見るのも初めてだから、知らないのも無理もないよ。武闘祭っていうのは来月末に行われる武闘のイベントで、僕達生徒の戦いを校外の人達に披露する事が出来る絶好の機会なんだ」

 要は天下一武道会みたいな大会を、かなり圧縮して学校規模でやるってことか。

「へえ、そんな行事があるんだね」

「試合には武器別と総合の二種類あって、武器別のトーナメントで優勝した人だけが総合優勝決定戦に出場出来るんだ」

「確か試合で良い成績を収められれば、他の教科で取れなかった単位が幾らでも手に入れられるんだよな」

「そんな凄い特典があるの!?」

「いやそれは全くの嘘だよ。そういった偽の情報を流しておくと参加者が集まりやすくなるからって、オクト先生が言ってた」

「なんだ嘘か……」

 そんなシステム働いてたら学校が崩壊するだろ。単位は本来は勉強して手にしなきゃいけないものなのに、極限まで修行を積めば全て手に入るとか本末転倒だ。

 腕っぷしの強い馬鹿が卒業して跋扈する世界とか世紀末みたいで怖い。

「で、二人は試合に出るの?」

「当たり前だ。総合優勝を手にしてやる」

「僕も出るよ。自信は無いけど、出来るだけ勝ち上がりたいね」

 ジョーはもちろん、少し不敵に笑うカルマも武闘祭に熱い闘志を燃やしているようだ。

「そういやフォルト君も参加するらしいね」

「えっ何それ、初耳なんだけど」

「なんで本人であるお前が知らないんだよ。今年は特別枠として、新たな魔王となるお前も参加するって話だろ?」

「身に覚えが無いよそんな事。ていうかそれ誰からの情報?」

「あそこのポスターに書いてあったよ?」

 カルマが指差した壁には一枚のポスターが貼られており、近付いてみるとそれが武闘祭を知らせる物であることに気付く。

 ポスター紙の上半分を大きく使って書かれた「今年も武闘祭の季節がやって来る!!」という文を眺めて、次にポスターの下半分を見た。

 開催される日程や場所などが淡々と記されている中、俺は更に下にあった文章に釘付けになった。

「えーっと何々……『今年は特別なゲストが剣術部門に参戦! 次世代の魔界を率いる新たな魔王、その名は“フォルト・ハイグローヴ”! 魔王家秘伝の剣技が実力者達に襲い掛かる!』……」

「ねっ、言った通りでしょ?」

 呆然とする俺に、カルマは得意げに言った。

 いや確かに言った通りだったがこれは……

「そうだね……で、このポスターを作ったのは誰?」

「そりゃ美術部に決まってるだろ」

「武闘祭の開催本部からこんなポスターにしてくれって要望があって、それを忠実に守って作ったんだってさ」

「…………その開催本部には誰がいるの?」

「先生達と保護者会と教育委員会の人が中心となって動かしてるな」

「それと特別顧問として魔王様も関わっているんじゃなかったっけ?」

「父上が……」

 カルマの情報で確信した。このポスターのデザインを美術部に頼んだのも、特別ゲストとして俺をエントリーしたのも、間違いなくあの糞親父だ。

 大方息子の華々しい魔王デビューをこのイベントから盛り上げようと考えたのだろう。そんなことしなくても良いのに。

 ていうかなんなんだこの煽りは。魔王家秘伝の剣技と銘打っているが、レオン親衛隊長に教わっているのだからジョーの剣技と全く同じであって魔王家秘伝でも何でもない。

 実力者達に襲い掛かるって、俺が勇猛果敢に突撃したところで自滅するだけだ。不格好な俺の姿を見せるよりも、ジョーの華麗な剣捌きを見せた方が観客的にも楽しいと思う。

 後、どうでも良いことなのだが一つ気になる事がある。

 ポスターのその文の横の丸枠に描かれている、斜めの方向を向く少年の絵。これはもしかして俺を描いた物なのだろうか。

「この絵も美術部が描いたの?」

「まあそうだろうね」

 いや、別に肖像権がどうだとかは思わない。寧ろ「魔王って魔界じゃ偉人で、俺もその一人なんだな」と実感出来て嬉しいくらいだ。

 問題なのはその絵面。かなり上手い絵ではあるのだが、俺を描いたにしては何だか少し違和感がある。

 目はこちらへと睨みを鋭く利かせ、それに伴いシュッとした細い眉毛が眉間の皺に寄っている。丸目の鼻は高く尖っているし、輪郭も少し縦長になっている。表情は不適な笑みだ。

 俺を描いたにしては少し違和感がある。早い話が、なんか格好良すぎないかということだ。

 明らかに描いた本人の妄想が滲み出ている気がする。こういう感じの王族ってカッコいいよね的な。

 耽美に描いてくれるのは別に構わないが、せめてもう少し似せてくれても良かったと思う。その絵の魔王フォルト目当てで来た人の一部が本当の俺を見てぶちギレるかもしれないし。

 果たしてその辺りどうなるのかと不安になっていると、ガアク先生の声が格技場に響き渡る。

「次! フォルト・ハイグローヴとデイジー・ヴァンソルゴ!」

「フォルト君の番が来たようだね」

「頑張って来いよ!」

「う、うん」

 どうやら深く考える暇なんて無いらしい。周りに急かされつつ、俺は決闘の場へと進んだ。


 ガアク先生が腕組みをして生徒を待つ決闘の場のサークル。

 先にその内に入ったのは俺だった様で、デイジーさんは少し遅れてやって来た。

「改めて……今日はよろしくお願いいたします……フォルトさん……」

「う、うん。よろしくね」

 デイジーさんが頭を深く下げたので、俺も申し訳程度でお辞儀を返した。

「デイジーちゃーん、頑張ってー!」

「男子相手でもいつも通りやれば勝てるよー!」

 彼女の後ろの女子達の声援がサークルまで伸びる。他の女子の試合でもこれくらい応援しているのに喉が枯れないのが不思議である。

 それに対して俺の後ろからは応援が無い。まあジョーやカルマの様な白熱する試合には出来ないため、俺の決闘に対する関心が薄いのは仕方無いのだけれども。

「…………」

 女子陣営の中で目立っているのは学級長も同等だ。先程からこちらを穴が空く程見つめており、正直言って怖い。

 学級長と先生以外と剣を交えるのは俺が覚醒する前にもあったかもしれないが、学級長が壁際から鋭利な視線を送ってくるのを見るのは初めてだ。彼女のプレッシャーに気圧されて隙を作らないようにしないと。

「制限時間は五分! 剣を構えて……始めェ!」

「はあっ……!」

 先生の合図と同時に、デイジーさんは俺に向かって突撃してきた。

 頭に向けて振りかざされる剣を横に避け、サークルの端まで下がる。

「えいっ……!」

「むっ!」

 すかさず間合いを詰めて剣を横に振るデイジーさん。その刃は的確に俺の横っ腹を狙っていた。

 だが2キロの模造刀は小さな彼女には重いらしく、剣の動きは縦の攻撃よりも遅い。俺は垂直に剣を滑り込ませ、剣同士がぶつかった瞬間デイジーさんの身体ごと押し返した。

 見かけ通り軽いデイジーさんはその衝撃でよろけながら三歩下がる。しかしすぐに俺に一太刀浴びせようと近寄ってくる。

 それも回避して外側に逃げてもデイジーさんはまた近付いて攻撃を行う。手の力的に一回の接近につき一振りが限界の様だが、何度でも攻撃を繰り返す執念は死んでも生き返るアンデッド系の魔物のそれだった。

 そんな攻防が更に十回行われた頃、進展しない試合模様に痺れを切らしたのか、先程声援を送っていた女子の一部から野次が入った。

「ちょっとフォルトー! アンタさっきからちょこまかと逃げ回っているだけじゃないのー!?」

「男だったら正面から戦いなさいよこのヘタレー!」

 ヘタレって……全く話した事の無い女子に言われても傷付くぞ。

 そりゃこっちだってこんな決闘は練習にはならないとは分かっている。俺だって初勝利を手にすることが出来なくてもせめて引き分けには持ち込みたいとは思っているのだ。

 ただ問題なのは、デイジーさんの実力が分からない事と、俺の攻撃が当たった痛みでデイジーさんが突然泣き出してしまったりしないかという事だ。

 相手は防具に身を包んでおり、デイジーさんも高校生なんだからそれくらいで泣かないかもしれない。非力な俺が繰り出した剣に威力はそんなに乗っていないと思うし。

 ただ万が一その事態が起きてしまった場合、その場合非難の嵐が降り注ぐ悲惨な結末が待っている。少なくとも“女を(そのまんまの意味で)泣かせた魔王”と言われることにはなるだろう。

「あのフォルトさん……私も構いませんので……」

 どうしたら良いんだと考えている中、デイジーさんが攻撃の許可を俺に譲ってきた。

 立ち止まっているのだからその隙を狙えば良いのに、自分も攻撃を中断するとかデイジーさんは真面目過ぎる気がする。同じ真面目でも学級長ならめった斬りしてきそうだが。

「剣の世界に性別なんてないぞフォルト! 後二十秒以内に試合を再開しなければ失格とするからな!」

 ガアク先生はとっとと始めろと急かす。丁度試合が始まって二分経ったばかりだが、このままでは試合が良い展開にならないと察したのだろう。

 失格にされるのは恥ずかしいし、結局俺は攻撃するしかないのか。

「分かりましたよ……デイジーさん、じゃあ行きますよ?」

「は、はい……!」

 力を抜いて、まずはデイジーさんが受け止められて、かつ手を抜いているように見られないくらいの速度になるようにして縦に振ってみる。

「たああっ!」

「きゃっ……」

 少し速かった様で驚いていたが、なんとか受け止めてくれた。よし、この速度を保って後三分剣をそれなりに振っていれば、時間切れによって引き分けになるはずだ。

 女子の頭を思いきり叩くのにはやはり抵抗がある。この妥協案を推し進めたって俺は何も悪く無い。

「えりゃああ!」

「はあっ……!」

「いやあああ!」

「くうっ……!」

 掛け声だけは一丁前な剣の動きに翻弄され、デイジーさんは少しずつ後退していく。

 このまま行けば引き分けどころか念願の初白星を挙げることが出来るかもしれない。そう思うと込み上げるものがあるが、決して油断は出来ない。

 と言うのも、先程まで俊敏な動きで剣撃を繰り出していたデイジーさんが、俺が攻撃を始めてからは一度として攻めに入って来られずにいるのに違和感を感じているからだ。

 一方的な戦いにならないようにするため、俺は攻撃間の合間を空けるようにして、デイジーさんの反撃のチャンスを自ら作っている。

 防御で剣を弾く度によろけるデイジーさんだが、攻撃時では衝突してもすぐ次の攻撃へと動いていた。その動作が出来る以上、デイジーさんは俺の攻撃をかわしてからのカウンター攻撃が可能だという事であり、それを行わないという事は彼女はまた別の事を考えているということになるはずだ。

 ではその別の事とは何なのか。それを考えながら攻撃を続けていると、目線より下にあるデイジーさんの顔が笑っていることに気付く。

 試合を楽しんでいるから笑っているのかと一人納得していると、視線を察知したデイジーさんがその表情のままこちらを見上げた。

「あの……もう少し本気を出してくれませんか……?」

「えっ?」

「フォルトさん……もしかしてまだ手加減していることを……私が気付いていないとでも思っていませんよね……?」

 穏やかな笑みを見せるデイジーさん。驚きと共に繰り出した一撃を、絡めた剣で外側へ押さえ俺に目を合わせる。

「な、何の事かな?」

「惚けても無駄ですよ……普段の決闘よりも動きが遅く見えますから……」

「普段って……」

「どうやら引き分けにしようとしているみたいですが、私も勝ちたいので……本気を出さないのであれば、先に出させて頂きますね……!」

 そう言ってデイジーさんは交差していた剣を引き抜く。いきなり抵抗が無くなってバランスを崩し、立て直そうと反射で俺の足が動く。

 しかし今度は足に抵抗がかかった様で、思っていたよりも足が動かない。一体何が起こったのか、一瞬の間の異常に反応し切れず、俺は背中から倒れた。

「いたたたたたた……」

「この勝負……貰いましたっ……!」

 それを見計らっていたかの様に勝利宣言するデイジーさん。彼女の一振りが痛がる俺の左肩目掛けて走る。

 だが敗北を目前とした俺の瞳に、その光景は微塵たりとも映っていなかった。

 仰向けになっての視線は上空からの攻撃ではなく、そこから南下して、デイジーさんの足元を捉えていた。

 試合に入る前はそこも汚れ一つ無い清潔な白帯に包まれていたはずなのだが、今では両足とも踝の上まで包帯が剥がれ、健康的とは程遠い黒ずんだペールオレンジの肌が見えた。

 視線はそこだけには留まらず、彼女の身体にフィットするようにきつく巻かれていたはずの包帯が、所々緊張が解けた様にたわんでいるのにも気付く。

 この二つについて、偶然にも動いている最中にほどけてしまったと考えるのが普通だ。

 しかしそれでは、倒れる寸前から存在している、この“左右の足首に巻き付く布の感触”は何なのかという話になる。

 だがそれが何かを考える暇は無いようだ。視線が上に進むにつれ、徐々に近付く銀の塊の姿が見え――

「危ねえっ!?」

 咄嗟の判断で身体を右に傾ける。それと同時に、背中の近くを剣が通り過ぎる。

「なっ……」

 デイジーさんはこの絶好のチャンスを外すとは思っていなかったらしい。デイジーさんが驚いた隙に俺は素早く立ち上がる。

 後ろに下がろうとすると再び抵抗が生じるので下を見る。やはりそこでは、俺の足に何重にも絡み付いた二本の包帯が床で寝ていた。

「どうですか……? 先日考えてすぐの技なんですが……」

「包帯で相手の動きを封じているのか……」

「笑えますよね……本気を出すと言っておきながら、こんな卑怯な方法を使わないと格上の相手とまともに戦えないのですから……」

「いや僕はそんな格上じゃないと思うんだけど。ていうかそんな卑怯な事でもなくない?」

 ガアク先生は身体的特徴を活用していれば、死なない程度ならどんな戦術を使っても良いと許容しているらしい。

 剣術の基礎を覚えるだけでも大変なので最初からやろうとする者はいないのだが、ある程度修得してくると次々と入れる人が出てくる。

 この前はカルマが(操られてだが)首飛ばしを行ったし、ジョーも相手が宙を舞い始めると自分も翼を羽ばたかせ空中戦に入ったりする。

 だからデイジーさんのやっている事も別に卑怯な策ではないのだが、彼女はそうは思ってないようだ。

「お気遣いありがとうございます……でも良いのです、卑怯で臆病な私にはお似合いの技なんですから……」

「デイジーさん……?」

「試合を続けましょう……もう二本包帯を追加しますよ……!」

 思い詰めた表情を浮かばせたかと思うと、デイジーさんは両腕の包帯を飛ばしてきた。

 包帯は鞭の様にしなりながら俺の腕に巻き付き、デイジーさんの腕と繋がってピンと張る。それを彼女は引き寄せた。

 華奢な身体のどこからそんな力が生まれるのだろうか。俺は引っ張られるのを抑えるのに精一杯で、剣もまともに振ることが出来なかった。

「うぐうっ……」

「これで終わりです……今度こそ……」

 包帯を手繰り寄せながら、自分も前に進んで俺に近付いて来るデイジーさん。剣はいつでも振るえるように構えている。

 ああどうするんだ。引き分けになるよう舐めプしてたらそれがバレてて本気出されて負けるとか、普通に負けるよりも恥ずかしいだろ。

 やべえ、デイジーさんの背後からチラチラ見える学級長の顔が怖い。「普段から私と鍛練を積んでいるのに、油断して負けるとは何事ですか」とか言いたげな顔だあれは。

 時間切れまで後一分。一撃食らう前にせめて何かしないとと思い辺りを見回す。そこで目に映ったのは、先程俺をピンチに陥らせた足元のたわんだ包帯だった。

(そうだ、繋がっているんだったら!)

 俺は右足を曲げて腹に近寄せ、足首の包帯を手に取る。

 右足を戻したら次は左足だ。デイジーさんがゆっくりと近付く前にそれも手にした。

「な、何をしているんですか……! 早く包帯を離してください……!」

 突然大きな声を出すデイジーさん。すぐに近付けば良いものを、どういう訳か歩きを止めてそこで焦り始める。

 もしかしたらこれは効くかもしれないという淡い期待を持ちながら、俺は包帯を思い切り引っ張り上げた。

「きゃあああああっ!!」

 次の瞬間、デイジーさんは足を前に取られて腰を落とした。。

「くうっ……!」

「バ、バランスが取れなうわあっ!」

 手の包帯の力は本来は堪えるはずだったのだが、デイジーさんが勢い良く倒れてしまったため俺も前に押される。

 俺のぶつかりたくないという意思とは裏腹に足は前に進んで行き、デイジーさんに次いでサークルの真ん中に倒れ込んだ。

 それと同時に両方の壁際から一斉にどよめきが起こる。中には俺に対する称賛や、デイジーさんに対する同情もあった。

 どうしたんだと思いながら俺は妙に暖かくて柔らかい床と自分の頬とを離して立ち上がった。

「あの……フォルトさん……」

「で、デイジーさん!? すみません、僕があんなことをしなけれ、ば……」

 背後から呼ばれたので振り返るとそこには一撃食らいそうになった時の俺みたいに仰向けになったデイジーさんがいた。

 顔は激昂したオクト先生よりも真っ赤に染まり、両腕で自身を抱き締めていた。

 いやあるいは胸部を隠している風にも見える。まるで胸を触られて感じた羞恥心を表現している様だ。

「…………」

「…………」

 何を客観的に分析しているんだ俺は。現実逃避している場合ではないだろ。

 デイジーさんの態度、外野のどよめき、頬に伝わった明らかに格技場の床とは違う感触。

 俺は倒れた拍子に、デイジーさんの胸に頬擦りしてしまった。それは紛れも無い事実なのだ。

「…………」

「…………」

 ヤバい、かなり空気が悪い。

 偶然が生み出した結果とはいえ、俺が女性の大事な部分に触れてしまった事に変わりない。寧ろ不可抗力だったという事が余計気まずい空気を作っている。

 この最悪の空気を打破するには紳士的な行動を取ってやり過ごすのが一番だ。あくまでも偶然の出来事だと俺自身が取り、大丈夫ですかとデイジーさんに手を差し伸べれば何の後腐れも無く終わるはずだ。

「あの……偶然の出来事だったのですし……気にしなくても良いのですよ……?」

(うっ……)

 デイジーさんの気遣いに押し潰されそうになり、俺は自然と膝を折る。

 ああ心が痛い、もう駄目だ。

「フォルトさん……?」

「…………もっ」

「も……?」

「申し訳ございませんでしたあああああ!」

 頭を地に擦り付け、これ以上無い謝罪の旨をデイジーさんに伝える。

 紳士的ではない、どちらかと言えば武士的な対応だ。止めど無く溢れてくる罪悪感相手には勝てず、全力で謝る事しか出来なかった。

 同時に響くガアク先生の時間切れの声。試合は俺の望み通り引き分けとなった。

 しかしその結果を得るために、色んな物を失い過ぎた様な気がした。

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