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薄板の予想図は誰が運ぶ

 ニクスがマリア先生から板を貰ってきたその後。

 ジョーや学級長の専攻する飛行術の授業の解散が二十数分程遅れたり、スッキリした表情のマリア先生が四限終了後すぐに教室に入ってきたりしたため、五人で集まるのは放課後にまで延びてしまった。

「飛行術の授業で何かあったの?」

「今日は普段よりも遠くまで行こうという事になってな。それでガアク先生の引率で50キロ程飛んだんだが、授業態度が悪い連中がそこで散り散りに脱走したんだ。先生と残った俺達で奴らを追ったんだが、全員捕まえる頃には授業が終了する時間になったんだよ」

「ああ、だからそんなに時間がかかったのか」

 以前から質の悪い連中が授業妨害をするとジョーが愚痴っていたため、到着に遅れたと聞いて俺はそいつらが何かしたんだろうと思っていた。

 あと驚いたのは、その不良の仲間の一人が去年まで剣術も専攻していたらしいという事だ。

 フォルトが編入学する前の事だから本人を見たことは無いが、何でも成績が悪いと叱った両親を学校から盗んだ模造刀で撲殺したため退学させられたらしい。それで今は窃盗罪と殺人罪で逮捕され現在服役中だとか。

 まだ学生なのに厳しいんじゃないかと思うが生憎魔界に少年法は存在しない。俺としてもそういった面々とは関わりたくないからどんどん捕まえていって欲しいところだ。

「それでニクス君、板は譲って貰えたのですか?」

「まーな。お陰で遅刻ギリギリだったけど」

「マリア先生に腕を石化されてる上に麻痺のトラップ発動したからね……先生が来るまでに解除出来たのは奇跡だと思うよ」

「なるほどね。じょあちょっと板を見せてよニクス」

 俺がそう言うとニクスはズボンの両方のポケットから板を取り出す。

 右手の二枚は俺達が入手していた物だとすれば、左手に乗る一枚がマリア先生の物なのだろう。

 カルマはニクスから三枚の板を取り食い入る様に見た。

「…………」

「どうだよカルマ? 何か新しい事でも分かったか?」

「一枚増えただけなんですし、流石にカルマ君でも見つけられないでしょう」

「見た目ぐらいしか違いも無さそうだしね」

「ていうかそんな簡単に見つかるものじゃないだろカルマでも……カルマ?」

 何か不審に思ったのかジョーがカルマの名を呼ぶが、カルマの返事は無い。

 返事を忘れる程熟考しているのだろうかと思い覗き込み、俺は言葉を失った。カルマの目線は板の紋様に定まっておらず、板の前の空間を虚ろな瞳で見つめていたのだ。

「ちょっ、おいカルマ!?」

「…………ん? ああなんだジョー君か」

「なんだってお前、虚空を眺めてどうしたんだ?」

「三枚揃った板を見つめていたら、何だか意識がボヤーってなって……」

「病み上がりで疲れたのではないですか?」

「そうかもしれないね。早いとこ体を本調子に戻せるようにしないといけないな」

 そう自分を戒めるカルマだったが、隣のニクスは何かが引っ掛かるらしく首を傾げている。

「ボヤーって感じか……」

「ん? どうしたんだ珍しく真剣な顔をして」

「珍しくって言うな。さっき板を貰いに行った時、マリア先生もカルマと似た様な感じになってたんだよ」

「えっ、それってマリア先生も放心状態になってたって事?」

「そういう事。すぐに声掛けたからボーッとしているのは短かったけどな」

「でもそれって、結構重要な事なんじゃない?」

 ニクスの情報にカルマが反応した。

「なんでだよ?」

「“三枚の板が一ヶ所に集まっている状態をその内の一枚の持ち主が見ると意識が抜ける”って点が、僕とマリア先生で共通してるんだよ。もしかしたらニクス君のお姉さんでも同じ事が起きるかもしれない」

「それは確かめる価値がありそうですね。では今日その板はニクス君に預けることにしましょう」

「ちょっと待て、姉貴にやっても同じになるとは限らないだろ!? 変な行動起こし始めたらどーすんだ!」

「今のセレネさん自体元々おかしいし、特に何ともないんじゃない?」

「かえってノイローゼを克服しそうだな」

「もしもって場合があんだろ!」

 何としてでもセレネさんに板を見せる案が通ろうとするのを止めようとするニクス。

 セレネさんに悪い異変があった場合、最初に被害を受けるのは間違いなく自分であることをニクスは自覚しているのだろう。修羅場でのトラウマもあるみたいだし。

「ていうか、やっぱ魔王城に置いた方が良いんじゃないか? ルシアさんに見てもらう必要もあるんだし」

「ルシアさんって?」

「フォルトんとこのメイドだよ。かなり広い範囲の知識を持っているから、この板の事も知っているんじゃないか」

「今彼女は急用で帰省中(異次元に)だから、少なくとも今日中は無理そうなんだけどね」

「それならニクス君の言う様にフォルト君に預けるのが最良だろうね。じゃあはい」

 綺麗に平積みされた三枚の板が、納得したカルマの手から渡された。

「……あーうん、分かったよ」

 口ではこう言っているが、何してくれたんだニクスとしか内心思っていない。

 セレネさんに板を見せなければ良いだけなのに、わざわざ俺に三枚とも寄越して、何かの拍子に全部無くしたらどうするんだ。

 そういった俺の不満なんて露知らず、今後の方針を決める話し合いは進んで行く。

「――では私はお父様に板を譲ってもらえる様に尋ねてみたいと思います」

「相手が相手だし、そう上手くいかないんじゃないか?」

「お父様は私には弱いので、簡単に説得出来るのです」

「なんつーか、意外だな……」

「じゃあそれはエリスさんに任せるとして、今日はもうお開きにしようよ」

「そうだね。僕も今日は早いとこ帰らないと」

 必要最低限の事は全て話し終わり、今日の集まりはそこで解散した。


 五人がそれぞれ別れて帰り、俺とニクスは朝に使用したポータルアローで森付近まで戻っていた。

 虚空に浮かぶ鏃を引っこ抜いて、ニクスは穴を消滅させた。

「よしフォルト、穴は閉じたぞ」

「ありがとうニクス。ここからは歩いて帰れるよ」

「おうまた明後日な。その板の管理、任せたぞ」

 ニクスはそう言って森の中へと入っていった。

 その場からニクスの後ろ姿が見えなくなったところで、俺も城へ向かい歩き始める。

(ふう……何だか今日は一段と疲れたな)

 そう感じると何だか脱力した様な気分になる。無自覚だったが、一日中変な緊張をしていたらしい。

 カウンセラーさんにハロワに一度戻ると言われた時はどうなるかと思っていたが、悪い事を起こさないで登下校が出来たのは良かったと思った。

(まあ、この板は良からぬ事に直結しそうなんだけど)

 手に持った麻袋を顔程まで上げて少し揺らす。

 全く、変な事には関わりたくないと言っておきながら、自分から関与する方向に全力で向かっているのはどこのどいつだろうか。

 自分達だけでやるよりもその道の専門家に任せようと考えておいて、結局それを言い出せず流されているのはどこのどいつだろうか。

 教科書等でかさ張る袋の外側で青色の光を絶え間無く放つ三枚の板に、大袈裟に存在を誇張するその存在に思わずアイロニカルな笑みが浮かんだ。

(しかしまあ、よく一日で三枚もこんな変な物が集まるよな……カルマにセレネさんにマリア先生、学級長のお父さんのも含めて四ま――)

 板の持ち主の名前を挙げていったところで思考も歩みも止まる。

 そして同時に、途中で失神してしまったカルマですら掴めなかった板の共通点が頭の中に雪崩れ込んできた。

(この板……ここ一ヶ月の間で異常な行動を起こした人ばかりが持っている……!?)

 カルマは先週の剣術の授業で奇抜な戦法を駆使していた。何度思い出してもあれは彼の性格には見合わず、正直おかしかった。

 セレネさんとマリア先生は親父の浮気に憤り、他の愛人と共にクーデター手前まで進んだ。

 嫉妬の炎が彼女達を突き動かしたのだろうが、カウンセラーさんの言う“設定キャラ”の“書き替え(バグ)”が正しければ彼女達の行動は本来は無かった異常なものだったのだろう。

 学級長のお父さんは日頃から異常な行動を起こしそうだから判別し辛いのだが……俺の前の名前である「アキト」を何故か知っていたから、何らかの異常な交流があったのだと考えることはできる。

 分かってしまえば余りにも単純な共通点。それなのにカルマには分からなかったのは、カルマはその内のどの真実も知らなかったからだ。

 転生者ではないカルマに魔王の修羅場にはそんな裏設定があったと知る由も無いし、学級長のお父さんと会った事も無いはずだ。ていうか軟禁されている犯罪者と面識があったら寧ろ怖い。

 そしてカルマは、自分がおかしくなっていた事さえも覚えていなかった。全く何も分からない状態から板の手掛かりを見つけ出そうとするのは、無から物質を作り出すのと同じくらい不可能な事である。

(でもじゃあ、この板にはどんな効果があるって言うんだ……?)

 ただ単に異常な行動を起こした証拠と言うのは難しい。それだったら今ここで俺が白目を剥いて、「あじゃばらぱー!」とか叫びながら陽気に踊っても板が出てくるはずだ。

 世間体があるため流石にここではやらないが、奇行が板の出現のトリガーでは絶対無いだろう。

(やっぱそこはカウンセラーさんに聞くしかないのか……)

 そうと決まれば今の俺がまずやるべき事はとっとと城に帰ることである。

 俺は夕焼けに映える魔王城に向かい、速いペースの足並みで進んでいった。


 ちなみにさっき言っていた踊りを誰もいない修練場でやってみたが特に何も起こらず、酷い羞恥心に苛まれるだけの結果になった。

「あじゃぱらぱー! ……はあ」

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