薄板は新たな騒動を運ぶ
森から出ると、俺は突然ニクスに俺が今立っている所で止まるよう言われた。
どうやらこれから遠い学校へと簡単に登校するための手段に移るらしい。一体どんな方法なのか俺ワクワクすっぞ。
「それでニクス、どうやって登校するの?」
「簡単な話だ、中心街まで飛ぶんだよ」
中心街はその名の通り魔界の中心にある大きな街のことであり、普段は魔物達の日々の生活の支援をしてくれ、勇者の襲来時は魔物達の前線基地として重要な役割を持つ場所である。
面積は約20平方キロメートルと結構広く、実は俺達が通うメーティス学園も端っこではあるが街の中にあるのだ。
まず中心街に行ってそこから歩いて行けば大幅な距離の短縮が出来るはずだ。しかし問題はどうやってそこまで飛んで行くのかである。
「この矢を使えば楽勝だぜ」
そう誇らしげにニクスが矢立から取り出したのは、先端が円盤状に拡がり吸盤の様な形になった矢だった。
「何そのどう見ても殺傷能力無さそうな矢?」
「これはポータルアローっていうワープアイテムで、射った所に矢に溜まっていた魔力を放出することで“転移穴呪文”とかいう魔法を発動させ、一時的にワープホールを空けることが出来るんだ」
“転移穴呪文”……宙を舞う“転移呪文”とは違って穴を空けてワープするのか。
「で、ワープする先は?」
「学校の近くに、この矢を開発した会社があらかじめ登録しているワープポイントの一つがあるんだ。そこに飛ぶことが出来る」
「へ、へえー……」
「あっ、もしかしてそんなこと出来る訳ないって疑ってるだろ?」
「当たり前じゃないか、そんなアイテムも“転移穴呪文”も見たことないんだし」
「そんなに言うなら早速見せてやるよ」
そう言うとニクスは弓に矢をセットし、扁平な鏃を地面に向けて矢を力強く発射した。
鏃が隙間無く吸着するように地面に刺さり、反作用を受けてシャフト(矢の棒の部分)がグヨングヨン揺れる。
そしてその揺れが収まる頃、鏃と地面の間の空間が青白く光り、横へ横へと徐々に拡がってゆく。
光は人が三人納まる程まで拡がるとそこで増幅を止め、次の瞬間フッと消えてしまう。
残ったのは半分地面に沈んだポータルアローと、それを中心に穿たれた、地の底まで続きそうな程深い穴だけであった。
「…………」
うん、よく分かんないが一言言わせてもらおう。
まりょくのちからってすげー!
「よしっ、一丁上がりっと。じゃあフォルト、さっさと行こうぜ」
「えっと……ちょっと待って、まさかこれの中に入るの?」
「当たり前だろ? これが無いと学校に行けないんだからな」
「いやいやいやいや、だってこれ底が見えてないよね? 着地した瞬間身体が足から粉々になるんじゃないのこれ?」
「深く見える様ワープホールに細工されているだけだよ、実際はそんなに深くないから」
「えええ……」
いやフォローになってないぞニクス。それじゃあそれなりには深いってことじゃねえか。
そこの所どうなんだと思いながらうっかり落ちないように恐る恐る穴を覗く。ぽっかりと空いた穴はどう見ても奥深くまで続いている様に見えた。
ていうかただのワープアイテムなのに、そんな遊園地のアトラクション染みた細工は必要なのだろうか。
企業の遊び心だと言えばそれで終わりだが、こんな高所恐怖症に不親切な造りでは顰蹙を買う気がする。日本だったら絶対クレーム入るだろ。
「うーん……ニクス、先に行ってくれる?」
「なんだよ、怖いのか?」
「当たり前じゃないか。先に経験者の姿を見ないと、これでワープ出来るのかすら疑わしいからね」
「はいはい……全くうちの魔王様は心配性だからなー」
ニクスはそう軽いボヤきを入れつつ、何の躊躇も無しに穴へと飛び込んだ。
俺はニクスが果てしない自由落下運動を行うのかと思っていたのだが、その期待とは裏腹にニクスの姿は2メートル程落ちた所で突然消えた。
唐突なイリュージョンに呆気に取られていると、穴の向こうからニクスが声援を飛ばしてくる。
「ほら、お前も早く来いよ」
「う、うん」
ニクスのワープを見ても不安はまだ完全に拭い切れていないが、もしかしたら大丈夫なのかもしれない。
心なしかさっきより浅く見える穴の中心に右足を置き、覚悟を決めたと同時に左足も穴に入れる。
重力を両足で感じ取り、エレベーターで下に降りる時の様な無重力感に全身が包まれる――間も無く両足に抵抗が回帰する。
「おっとっと……」
思っていたよりも落下が早く終わったため着地でバランスを崩してしまったが、一応これでワープ成功なのだろう。
抜け出した先は何も置かれていない、テニスコートくらいの広さの白い壁の部屋であり、所々の天井に次々に穴が空いてはそこから魔物達が出てくる。
彼らもポータルアローで通勤してきたのだろう。物珍しそうに眺めてくる俺には目もくれず、壁の角にある扉に向かって歩き出した。
「な? 俺の言った通り大丈夫だっただろ?」
「そうだね。こんなに呆気ないんだったら怖がる必要なんて無かったよ」
そう悔やみながら体勢を取り直し、改めて凄い技術だと感心して落ちてきた穴を見つめる。
穴は真上へと延びており、井戸の底から上を見上げる様に小さく光の円が最奥に見える。下から穴を眺めた時にも楽しめる様にとこれまた企業が細工を施したのだろう。
よく見ると穴の出口付近に見えなくなっていたポータルアローの平らな鏃が浮かんでいる。穴の中心にあるのだから落ちた時に少しぐらいぶつかっていても良いはずなのだが、どうしてそれを感じなかったのだろう。それも魔法の力なのか。
「じゃあこのワープホールは閉じるぞ」
ニクスが鏃を引っ掴みポータルアローを抜き取ると、穴は内側にしぼんで消えた。
手にした一本の矢を、ニクスは布の鞄に括り付ける。
「何してるのそれ?」
「ポータルアローは一回使うと魔力が抜けてただの変な矢になってしまうんだよ。もう一度使うにはまた魔力を溜める必要があって、こうやって魔力を含んだ空気に晒せば回復完了だ」
「回復するまでどれぐらい時間かかるの?」
「魔力が多く集まる地域なら五分もかからないな。この辺だと一時間はかかるけど」
ニクスも同様に扉へ歩き出したため、話しながら俺も歩き始める。
魔力の濃い地域は“境界”や“死霊の谷”などの辺境ばかりで多くは存在しない。つまりポータルアローを一本しか持っていない場合、魔界のほぼ全域で一時間に一度しかワープ出来ないという事になる。
ならばポータルアローを多く持てば良いじゃないかという話になるのだが、自慢の転移穴の掘削と何度魔力を溜めても壊れない特殊な魔力バッテリーを併せ持った矢はかなりの技術で作られたため、それならその金使って馬車でも買った方が安いんじゃないかと思う程値が張る。
ポータルアローはそのデメリットを少しでも軽くするため、魔力の補給に空気充電を活用し、二本一組で販売している。しかしそれでもあまり改善はされてない様で、兄弟のいる家庭では大抵ポータルアローのお下がりが起こっている。ニクスのそれもセレネさんが買ってもらったポータルアローの片割れらしい。
「便利なのか不便なのか良く分からない性能だね……」
「まあ呪文詠唱無しにワープ出来るだけ、俺みたいに魔法が苦手な奴には十分便利なんだがな」
「へえ、そんなに普及しているんだこれ?」
「弓が無くても地面に置けばワープホールは作れるからな。俺は弓で空ける方がしっくり来るけど」
そう説明を聞きながら施設を出る。施設は五階建てのビルを丸々活用している様で、壁に付けられた看板には「異次元社ポータルホールIN中心街」と大きく記されていた。
なるほど、こういったワープポイントを設置することでターミナルの役割を作っているらしい。
それから500メートル歩いて、俺は馬車以外での登校に成功したのだった。
教室に入ると、一昨日は休んでいたカルマが教室の後ろの方でジョーと話している姿が見える。
病気は治った様で顔色に異常は見られないが、表情にはどこか焦りが浮かんでいた。そんな切羽詰まった様子でジョーと一体何を話しているのだろうか。
ふと横を見るとニクスもカルマを眺めていた。ニクスも何なのか気になっているようだ。
俺もニクスも自分の席に鞄を置いて、カルマとジョーの元へ近付いた。
「おはよう。三日振りだなカルマ」
「……ああ、ニクス君にフォルト君」
「お前ら丁度良いところに来てくれたな。ちょっとカルマの話を聞いてやってくれないか?」
「何話してたの?」
「実は僕、最近の授業の内容を知らないんだ」
「ハア?」
ニクスが首をかしげた。
「それって勉強の仕方が間違っていて覚えられていないだけなんじゃないのか?」
「それだけならそうなのかなと僕も決め付けられたよ。だけどその日に何があったのかも全く分からないんだよ」
「それってどういうこと?」
「それが本当なのか調べる為にここ数週間の出来事を片っ端から言ってみたんだが、どれも初耳だそうだ」
「僕やエリスさんが一度ずつ病欠したことは知ってる?」
「さっきジョー君に教えてもらったのが初めてだよ」
「勇者が魔界に入ってきたことはどうだ?」
「それも同じく。結局勇者はどこまで来たのかも分からないよ」
「じゃ、じゃあカルマが剣術の授業で首を投げる奇抜な戦術を見せたのも?」
「決闘で首を投げるなんて気が知れないよ。僕にはそんな事出来ない」
何て事だ、本人の言う通り最近の出来事を全然覚えていない。
ニクスの質問に至ってはそもそも魔界で知らない奴がいないはずなのに、全く記憶にないってどういう事なんだ。
「いわゆる認知症ってヤツなんじゃないのか?」
「まだ若いのに発症するのか?」
「どちらにせよ僕は違うと思うよ。三週間前の記憶はあるから」
「三週間前?」
「そう。三週間前の夜に寝る前までの記憶はあるんだ。そこから一昨日の朝までの記憶が全く無くて」
「何だそれ、三週間近く寝ていたって言いたいのか?」
「それは自分でも分からないけど、ここまで記憶が無いってことはそう考えられると思うんだ」
「いやその理屈はおかしい」
カルマの自己分析に、今度は三人で首をかしげた。
「その場合カルマ、お前は夢遊病を患っているって事になるぞ」
「そうなんだよ。目が覚めてその事を母さんに伝えたら先生に診てもらいなさいって病院へ連れてかれたし、エマちゃんと重なって倒れていた姿を見られたら今日はお祝いだ何だって騒がれて大変だったよ」
「エマの奴、あれだけ止めとけって言われてたのに“死霊の谷”にまた行ってたのか!?」
エマさんの勝手な行動の話題が出てニクスは驚愕する。そういやニクスはその事を知らなかったんだっけ。
「何の事?」
「お前の調子が悪かったから、エマがニクスを通して俺達にお見舞いを誘ったんだ。その事については後で話してやる」
「お願いするよジョー君。今はニクス君達に見せたい物があるからね」
「えっ、俺達に……?」
「見せたい物?」
キョトンとする俺達二人に、カルマがポケットから何かを取り出して見せる。それは面の一部が青く点滅する、紙の様に薄い板であった。
ニクスの家で拾ったあの板に酷似しているその物体に、俺の眼は釘付けになった。
「これ……どこで拾ったんだ?」
「一昨日目が覚めた時に、ベッドの近くの床に落ちていたのを見つけたんだ」
「これが何か、心当たりでもあるのかニクス?」
「あるも何も、僕らもそれと似た様な物を持っているんだよ……ほら」
力無くそう洩らしながら、俺もポケットに入れていた板をカルマに渡した。
俺の持つ板がカルマの板に近付くと両方の青い点滅が強くなる。まるで板同士が互いに共鳴している様であった。
奇妙な板の倍増とその光の強化――突然の怪奇の追加に頭がパンクしたのか、カルマとジョーの表情が一瞬固まる。俺やニクスも発光が強まると目を丸くした。
「こんな今の魔界の技術じゃ造れなさそうな物が突然二枚も現れるなんて……少し気味が悪いな」
「ねえフォルト君、君はそれをどこで見つけたの?」
「今日の朝ニクスの家に立ち寄った時に、ニクスのお姉さんが座っていた所の近くに落ちていたんだ」
「ふぅん……」
「何か手掛かりは掴めたの?」
「これだけでこの板の正体が分かれば良いんだけどね。ニクス君のお姉さんなんて言われても会ったこと無いし」
「やっぱそうだよね……」
「でもこれらの板があった状況には何か法則があって、その法則からこの板の正体に近付く事が出来ると思うよ」
確信に満ち溢れた声で推察するカルマ。その眼に迷いは無かった。
しかし法則と簡単に言うが、カルマとセレネさんとの共通点は見当たらない。強いて言うなら板が共に床に落ちていたぐらいだ。
それに万に一つ共通点を見出だせたとして、そこから板の謎を解いて何か意味があるのだろうか。
正直言ってそれは止めておいた方が良いと思う。ここ数日のイベントの連続発生からして、この板に深く干渉すれば間も無く何らかの騒動に巻き込まれそうな気がするのだ。
「おい、もうチャイムが鳴るぞ」
「やべっ、早く戻らないと」
「じゃあこれはフォルト君に預けておくよ。何かあった時の為にね」
そう言ってカルマは一通り眺めた板を俺に差し出す。そのまま持っててくれても良かったのにな畜生。
それぞれが自分の席に着こうとする中、俺は途中で学級長に声を掛けられた。
「おはようございます、フォルト君」
「あ……おはようエリスさん」
「カルマ君達と何を話していたのですか?」
「ちょっとした世間話だよ。カルマも久し振りに登校してきたしね」
「何かカードの様な物を見せあっていたようですが。あれは何ですか?」
「えっ、何の事? 気のせいじゃないかな」
あまり詮索しないで下さい学級長。関わる人が増えれば増えるほど一騒ぎ起きる確率が上がりそうなんで。
「そんな見え見えの嘘を吐いたところで私を欺けるとでも思っているのですか?」
「い、いや、そんな事は無いよ?」
「あくまで白を切るつもりですか? せっかくそのカードと同じ物について教えてあげようと思っていたのですが」
「いやだからそんなつもりは全く……え?」
「どうかしました?」
「い、今カードがどうかって……」
「フォルト君とカルマ君が話していた様な気がするカードと似た物を、私も以前見たことがあるという事ですよ。まあ、それが空耳だったのであれば私の胸の内に秘めておきますが」
「うぐっ……」
どうやら最初から一連の内容は知ってたらしい。じゃあ何で一回無知を装ったんだよ学級長。
ああもう駄目だ、学級長自身に心当たりがあるなら俺ごときが何言っても何の意味も無い。
仮に今の時間を誤魔化せたとしても、学級長は朝礼後のわずかな時間や一限の後の休み時間にカルマ達から聞き出そうとするだろう。
そうなれば好奇心の塊であるカルマが学級長の知る“板”も手に入れようとして、芋づる式に俺も巻き込まれるはずだ。
「さてもう一度聞きます。先程持っていたあれは何ですか?」
最早こちら側に否定する方法なんて無かった。
無い胸を張って発した学級長の再質問は、俺が絶対に答えるという自身で色付いていた。
「フォルト君、今失礼な事を思い浮かべませんでしたか?」
何でもありません。




