フォルト・ハイグローヴ、16歳の次期魔王です。
自分の存在の正体が分かり、俺は授業が終わった教室に入る。
マリアという先生がすれ違い際に見せた冷酷な視線は、殺意や怨念の様な少量の負の感情が籠ったものだった。怖かった。
「やあやあ我らが大魔王フォルト様。永きにわたるご休息はいかがなされましたか?」
先程まで枕として用いていた机の所まで行くと、微妙に俺より背の高い男子生徒が、からかい気味に声を掛けてきた。
ストパーがかかった髪と少し悪ぶった眼は血の様な深紅に染まり、額からは一本の角がぴんと伸びている。
それだけでも驚きだったが、彼の背後の床でのたうち回る何かを見て腰が抜けそうになった。
これまた深紅の鱗に覆われた、長さ1メートルはある尻尾が、彼のブレザーのズボンの間から生えていたのだ。
ここがファンタジーの世界で、人々がほとんど人型に変化できると仮定したら、彼は爬虫類の生物なのだろうか。
にしても「大魔王様」って通称はなんなんだ。俺は前世の記憶が甦るまでの人生で、こいつらに不良みたいな非道なことをしてきたのか?
「なあ、大魔王って何のことだよ?」
「はあ? お前んちが歴代の魔王だからに決まってるだろ?」
……は?
いやいやいやいや、ちょっと待て。いやちょっと待て。俺の家が魔王?
トカゲ男子(名札が服の胸ポケットに付いてないので、勝手に命名した) の先程と違った砕けた発言に、覚醒して数分の俺の頭を更に困惑させる。
「お前が転入した時にマリア先生の紹介で言ってたじゃないか。父親が現大魔王の悪魔だって」
「え? じゃあ何? 俺魔王の息子なの?」
「何今更な事を言ってるんだ? 当たり前だろ」
そういえば、転生ハローワークで転生後の世界を選択した際、魔族でも構わないって言ってたな。
でもさ、まさか魔族っていって、いきなりラスボスにヒットしちゃいますか!?
魔族って悪魔だけじゃなく、ドラゴンとか、スライムとか、ゾンビとか色々あるでしょうが!? いや別にスライムやゾンビに生まれ変わりたくはないけど!
「ていうか、お前は誰だよ?」
「まだ寝ぼけてるのかよフォルト? ジョー・サラマンドラ、サラマンダーの騎士見習いと言えばお前の親友じゃねえか」
悪態を吐きながらも丁寧に名乗り直すトカゲ男子もといジョー。
「そ、そうだよな、ジョーだったな。ハハハ」
「まったく……あと半年しかこの学校にいないんだろ? 居眠りして無駄に使うよりも、もっと有意義に使えよ」
「え……なにそれ、どゆこと?」
オイオイ、まだあんのか何か。
「寝ぼけ過ぎだろお前……ほら、来年辺りにお前が新しい魔王に即位するんだろ? で、それまでの一年間はこの高校で社会勉強をするって」
そんな重役があるのか俺には。と考えていると、なんとなくだが分かってきた。
今の俺、つまるところのフォルト・ハイグローヴには、前世の俺、高林秋人のの記憶が組み込まれている。
秋人の記憶がこうやってフォルトの記憶に入り込もうとしていると、自然に今ジョーが言ったことも把握できるのだろう。
その点を踏まえて、この世界について説明したいと思う。
まずこの世界はいわゆるRPGの世界観だ。
機械(キラーマシンみたいなロボットは別だが)系統の物は全く発達しておらず、明かりは火で、家屋は木で賄われている。
モンスターにはスライム系、エレメント系、自然系(某漫画とは一切関係ありません)、動物系(某漫画とは以下略)、ドラゴン系、悪魔系などなどと様々あり、ほとんどのモンスターは人間語を理解し、話すことができるらしいし、ジョーのように人間に近い姿にもなれる。
ちなみに俺は悪魔系最上級のモンスターの“ルシファー”で現在モンスターを統治している現魔王の父親と、現役時代は人間にかなり被害を与えてきた“サキュバス”である母親の合いの子だ。
……それってなんて呼ぶんだ? キマイラ?
まあいい、次に前世ではその一員だが現在は敵対することになった、忌々しき(魔物としての建前)人間について説明する。
今俺達が住んでいるのは魔界だが、この魔界のちょうど裏にあるのが人間界らしい。
しかし裏と言っても地球で言うところの日本の裏にブラジルがあるみたいな座標上の表裏ではなく、人間界のパラレルワールドの様なものが魔界だ。
それでも、どこかからは二つの世界は繋がっているらしく、人間界にモンスターが、魔界に人間が入ることもある。
その魔界への侵入者の中には、いずれ俺も戦うことになるだろう、勇者もいる。
ジョーの台詞にもあったように、現魔王は俺の親父だ。
基本的に勇者はモンスターを従えてている魔王を討伐しに魔界にやって来る。
こっちに来るんだったらその繋がっているところをどうにかして塞げばいいのに、全ての元凶と思い込んで俺の一族を根絶やしにしようとしてくるのだ。最早どっちが悪だか分からん。
そういう訳で俺は親父より前の魔王の姿を見たことが無い。基本的なパーツは一緒なんだろうけど。親子だし。
親父が魔王に即位してからもう50年くらい経つが、勇者は依然としてやってこない。逆に言えば、これからやってくる可能性があるのだ。
しかし、現魔王はどうも最近体調が優れず、直属の医者曰く余命数年と後先短いらしい。
なので、俺はあと半年後、十分な力を付けたところで魔王に即位するらしいのだ。