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馬無き登校は隣人を訪ね

 翌日の夕方。修行を終えて家に帰る学級長を見送った俺にカウンセラーさんが声を掛けてきた。

 何でも転生ハローワークの本部からまた緊急招集がかかった様で、これから一旦本部に戻るのだとか。

 本部は重大な話があるとの事で、前回の招集の時とは段違いに長い時間拘束されるらしく、下手すれば明日の夜頃まで魔界を後にすることになる。

 登下校の際、俺を送迎する幌馬車を操る役目はカウンセラーさんが担っている。しかし実はあの馬車を操れるのは彼女だけであり、他のメイドが乗ると馬が暴れ回ってしまい前進もままならないのだ。

 馬と一概に言っているがこれもシュヴァルツヴィントという名前の魔物である。帝王とか拳王が乗ってそうな黒馬をサラブレッド種ぐらいまで小さくした感じだと言えば大体の想像はつくだろう。

 凶暴かつ獰猛な性格でありながら賢さと忠誠心も持ち合わせており、自分より強いと認めた相手のみに懐いて背中に座り操ることを許すという。

 歴代の魔王も自ら人界に進軍する際に使用したとされる馬なだけあって、それなりの武術を身に付けているだけの従者達では勝てないのは当たり前だろう。

 あのカウンセラーさんでもかなり手こずっており、本来の力を出さない様手加減していたとはいえ懐柔まで丸一日かかったという。

 しかし戦ったそのシュヴァルツヴィントも、どういう訳かその後三日間震えが止まらなかったらしい。

 野生の本能で何か感じ取るものがあったんだろうな。自分の無惨な死に様とか、目の前の相手の隠し切れないオーラとか。

 とにかく明日は馬車で登校することが出来ないため、いつもより早く起きて徒歩で登校することになるとカウンセラーさんは言うのだ。


 そんな訳で腑に落ちないまま翌日を迎え、麻袋を担ぐ俺は単身城を出た。

 背後では事情を知る――取り敢えずルシアさんの親が急病で倒れたと偽ってはいる――従者達が、まるで俺が一人立ちするかの様に手を振って見送っている。

 なんというか、大袈裟だな。初めてのお使いじゃないんだからそこまでやらなくても良いのに。


 それから三十分ほど普通に歩いて、さてどうしたものかと俺は考える。

 再び振り返っても、我が居城はまだ悠然と聳え立っていた。

 徒歩で登校とカウンセラーさんは軽々しく言ったが、そんな簡単なことではないと思う。

 馬車を使い学校に向かって直線で進んだとしても普通に一時間以上かかるのに、徒歩で行くとなるとどれ程の時間がかかるというのだろうか。

 一応カウンセラーさんに言われた通り普段より一時間早く起床したのだが、後一時間半弱で地平線の向こうまで歩いて学校に着けるかと考えるとどうやっても無理そうである。

 しかし態勢を整えようと一旦帰宅したところで状況は回復しそうにない。同じ道を戻った段階でタイムリミットはさらに短くなり、余計に遅刻する可能性が増えてしまうだけだ。

 今俺がこうやって歩いている内に従者の誰かが覚醒してシュヴァルツヴィントを手懐けて来ないかなとか、突然“転移呪文”を覚えないかなと妄想していると、ふと視界の端に緑が映り込む。

 その方を向いてみると1キロ程離れた場所に森があり、同時にそれがニクス達リリパットの住む森であるということを思い出した。

 そういえばニクスはどうやって登校しているのだろう。アイツもこの辺に住むのだから俺同様に登下校問題を背負っているはずだ。

 まず徒歩で行っているとは考えられない。もしそうだとすればニクスの足は陸上選手もビックリの健脚を手にしているはずだが、華奢なニクスはそんな足を持っていない。

 となれば“転移魔法”を使用しているという考え方もあるが、その可能性は限りなくゼロに近い。

 弓術でなら学年トップの成績のニクスだが、呪文詠唱ではドベ争いの中心にあり、簡単な魔法しか唱えられないと自ら言っている。高度な“転移呪文”はキメラバードの羽根があったとしても危ういだろう。

 この二つの方法ではないとなれば、残るのは未知のCプランだけだ。詳細は完全に不明だが、ニクスは絶対これをやっているはずである。

 そう決め付けて、俺は進路を右に曲げる。

 このまま歩き続けても恐らく時間内に辿り着くことは不可能だ。ならばそのCプランを利用して今日は登校しようと考えたのだ。


 それから五分して、俺は森に突入した。

 森に入ってすぐに背後から二人のリリパットに狙われたが、名前とニクスに会いに来たという要件を伝えるとすぐに弓を下ろし、そしてその片割れの髭を生やしたリリパットが俺を自分の家へと連れて行ってくれた。

 彼はニクスを預かっている例の叔父さんで、丁度見張りの交代をして家に戻るところだったそうだ。

 彼が樹の上にある家屋へと登ってしばらくすると、寝間着姿のニクスが飛び降りてきた。

 まだ寝ている最中だったらしく黄金色の髪の毛は跳ね回り、半開きの眼で俺を睨んでいる。

「こんな朝早くに何の用だフォルト……?」

「おはようニクス、一緒に学校に行こう」

「まだ七時半だぞ、少なくとも後三十分は早いだろ……ていうか、いつもは馬車で行ってたじゃねーか」

「実は今日はそれが出来なくて……」

「ん? どういう事だよ」

 俺は昨日から今までの事情を説明した。

 いつもとは違いテンション低いニクスは、本調子ではない声色で呆れた反応を返す。

「おいおい……他にも方法ぐらいあるだろ……」

「そうだよね……」

「こう言っちゃアレだけど、お前んとこの召使いってどこか抜けたところがあるよな」

「うん……」

 ニクスにだけは言われたくない台詞だが、今回ばかりは同意出来る。

 馬に認められている人が全くいないのはまだ良いとして(他に馬がいなかったのかについては別だが)、別の案を誰一人思い付けなかった点についてはどうかと思う。

 まるで従者全員は俺に徒歩で登校させるよう口裏を合わせていたのではないかという程俺に歩くのを勧めていたが、もしやそれは自分達が何も考えてなかった事を隠す為だったのではないだろうか。

「それでニクス、今日の登校についてなんだけど……」

「ああ、しょうがないから連れてってやるよ。ただちょっと待ってくれ、起きてすぐで準備出来てないんだよ」

「あっ、そうだよね」

「ここで待たすのもアレだし、せっかくだから俺ん家の中に入ってくれ」

「ありがとう。でも登れるのこれ?」

 ニクスの家がある樹は下の方には枝が伸びておらず、手足を掛けられそうな出っ張りも見当たらない。

 木登り自体未経験な俺に、どうやって登れと言うのか。

「おーい叔父さん、フォルトを入れるからアレ下ろしてくれー!」

 ニクスがそう叫ぶと、家の床から縄梯子が垂らされる。

 ニクス自身はそれを使わずに颯爽とよじ登っていった為、どうやら客人用の物らしい。

「お邪魔します」

 縄梯子を上がり、ドア代わりの赤い矢の刺繍が施された暖簾を潜って中に入る。

 少し段差を掘っただけの狭い玄関に靴を置いて、目先にあるちゃぶ台の前に腰を下ろした。

(これがリリパットの家か……)

 あまり見たことのない造りの家であり、入ってから様々な物に目移りしてしまう。

 ここが玄関を兼ねているリビングだということが分かるが、置かれた家具はちゃぶ台と座布団以外に何も無い。

 目の前の壁には弓が二張、矢立が二本掛けられている。もうワンセット掛けられるよう杭が打ち付けてられているため、家族三人分の弓矢を整理出来るようにしているのだろう。

 座布団の下から伝わる感触は、細い枝を編み込んで造った家であるため普通の木造建築よりも軟らかくて森の腐葉土と似て不自然な感じだ。

 リビングの広さは十畳程で、俺の部屋よりも少し狭いくらいの規模だ。

 人間界で住んでいた家のリビングと同じくらいの広さだが、転生してからの王宮生活で感覚が麻痺してしまったようでとても狭く感じる。

 更にリビングからは玄関同様に暖簾で分けられた部屋が三つ並んで繋がっており、その中で唯一電気が点いている右端の部屋で忙しなく動くニクスの姿が暖簾の間から見えた。

「おい姉貴も早く起きろって!」

「うう……まだ眠い……」

「早い内に社会復帰するにはまず生活習慣を整える必要があるって昨日言ってたじゃねーか!」

「だからといってニクス……ここまで早く起きる必要は無いのでは……」

「どうせ一日中森の中にいるんだから別に良いだろ!」

「はあ……」

 高速で行う準備の最中にニクスが怒号を張り上げると、その隣の部屋から布団を纏った塊が這い出て来る。

 芋虫の様な動きでリビングに現れたセレネさんが顔を上げると、まだ寝惚けたアンニュイな目が俺と合う。

「……あら」

「あ、どうも……おはようございます」

「おはようございます。えーっと……フォルト君」

 三日前にちょっと会っただけだからか、少し間を開けて俺の名前を当てるセレネさん。

 薄ピンク色のパジャマ姿で人前に出たのが恥ずかしいらしく、その口調は動転したように少し上擦っていた。

「……朝、苦手なんですか?」

「えっ……?」

「ああいや、何だか寝起きが悪い人だなと思いまして」

「正直あまり気持ち良く起きることは出来ませんでしたね。今日は普段よりも早く起こされましたし、少し前からあまり安眠出来ないので」

「うっ……何かすいません……」

「おいフォルト、姉貴はいつもの時間帯に起きても同じくらい寝起き悪いんだ。お前が謝る必要なんてねーよ」

 それなりに気まずくなった空気を立て直すためにセレネさんと雑談を交わしていると、割り入る形でニクスが会話に加わる。

 手に持つ二枚の皿にはそれぞれ目玉焼きとソーセージ二本が盛られており、ニクスは片方の皿をセレネさんの前に置くともう片方の皿の料理をはしたなく素手で食べ始めた。

「ニクス、叔父さんの姿が見えないようですが」

「裏口から会社に行ったよ。今日は早めに行くってさ」

「では何故部外者であるフォルト君が早朝からこの森にいるのですか?」

 部外者って……何か棘のある言い方するなセレネさん。

 少し前から寝付けが悪いって明らかに親父関連の事だろうし、裏で結構な因縁付けられているんじゃないか俺。

「お付きの人が急用で魔王城を出ていて、馬車を使った登校が出来ないらしい。歩いて学校まで行くのはほぼ不可能だから、城の近所にあるここを訪ねたんだとよ」

「なるほど……」

 セレネさんが納得するのを確認して、朝食を平らげたニクスは皿を置きに先程の部屋へと戻り、再びリビングに来ると今度は一番真ん中の部屋の奥へと消えて行く。どうやら右の部屋はキッチンで、真ん中の部屋はニクスとセレネさんの部屋らしい。

 俺という“部外者”が森の中にいる訳を理解してセレネさんが何を思っているのか分からないが、器用にナイフとフォークを使い上品に目玉焼きを食べているあたり特に悪いことではないのだと思う。

 普段との環境の変化は無くて、不安がる必要も無いという証拠だ。動揺していたのであれば少なくとももっと音を立てて食事をしているはずである。

「しかし魔王家というのも大変なものですね」

「は、はあ」

「私も魔王様に寵愛を受けた身としてセレブ気分を少し味わっていたのですが、セレブ故のデメリットは思い知っていませんから」

 そういや親父は浮気相手にどんな事していたんだろうか。セレブ気分ってことは高級料理でももてなしたのか。浮気相手全員に。

 金額によってはもう一回石化だな。お袋とマリア先生にバレたらの話だけど。

「さて今日は何をしましょうか。いい加減仕事に復帰できる様にしないといけませんし」

「あれっ、ノイローゼは大丈夫なんですか?」

「ノイローゼ……?」

「あれ? でもこの前自殺未遂に……」

「確かに自殺しようと考える精神状態にまで陥ってしまいましたが、別にそこまで深刻なものではありませんよ。流石に外出するほど気力はありませんでしたが」

「じゃあ、ニクスが言っていたのは……」

「恐らく勘違いでしょうね」

 勘違いって……まあノイローゼをノミラーゼとかアミノ酸みたいな名前で間違えて覚えているニクスだから有り得た事だけどさあ……

 無駄な心配に落胆する俺。朝食を食べ終えたセレネさんは食器を置きにキッチンに行っては戻り、声のトーンを少し抑えて話を続けた。

「危ない精神状態になっていたと言うのなら、どちらかと言えばニクスの方が最近は酷かったのですが」

「ニクスが?」

 彼女に釣られて俺も声が小さくなる。

「以前、外に出るのが辛い私に代わってニクスが城に赴いた事がありましたね?」

「ええまあ……」

「私はその場にいなかったのであくまで予想なのですが、その時ニクスは“人間に復讐する”、みたいなことを言ってませんでしたか?」

「言ってました。それも決意を秘めた眼を光らせて」

「ああやはりですか……」

「……どういうことですか?」

 やけに納得した様に言うセレネさん。疑惑が確信に変わったという感じだ。

 セレネさんの声は更に小さくなる。奥で登校の準備をしているニクス本人には僅かにも聞こえていないだろう。

「ラクサス様とリリパットの仲間が勇者一行に焼き殺されて以来、ニクスは妙に敵討ちや復讐を考える様になりました」

「えっ……でっでもそんな事学校では全く……」

「よその人に迷惑を掛けないよう学校では制御しているのでしょう。それにニクスが豹変するのは、勇者や人界、人間の話題になった時だけですから。もしまた勇者達が魔界を訪れたとしたら、ニクスは勇者に特攻を仕掛けるかもしれません」

「さっ、流石にそこまではしないのでは……」

「今のニクスの精神状態は極端に不安定です。勇者の再来でニクスがどんな行動を起こすか分かりません」

 それはマズいぞ。そんな事したところで何の意味も無い。

 “超越生”に選ばれるまで弓の腕を磨いたニクスだが、それはあくまで学生の中での成績なだけであって実戦では力不足である。不意打ちだとしても手練れの戦士達に実力不足が近付けば犬死にするだけだ。

 しかも次に勇者が来るのは遅くて三年以内。その間にニクスがどれ程成長出来るかは分からないが、精神面はもっと悪化している可能性がある。

 憎悪は際限無く積もり続ける感情だ。そのまま蓄積させていると当人の心をどんどん歪め捻じ曲げ澱ませてしまう。

 ニクスの憎悪感情は少なくとも次の勇者が魔界を訪れるまで溜まり続け、そして例の一族の敵が転生した者が現れると同時に強く押さえつけていたバネ仕掛けの玩具の様に放出される。

 溜まり続けた憎悪で心を土留色に染められたニクスは復讐心に駆られ誰にも手が付けられなくなる。そしてセレネさんの心配通り勇者に突撃するのだろう。

 ……うん、このままじゃ死ぬなニクス。

「フォルト君。ニクスの友達としてあなたにお願いが二つあります」

 最悪のパターンを想像していた俺に、セレネさんは真剣な表情を更に堅くさせて言った。

「おっ、お願いですか?」

「まず一つ、今話した事はお願い含めて全て誰にも漏らさないで下さい。他の友達には勿論、ニクス本人にも」

「それでもう一つは……?」

「近い将来、ニクスの身に危険が迫る時が必ずあると思います。もしそれがあなた達の近くで起こったら、その時はニクスを護ってやって下さい」

「えっ、えええっ!?」

 あまりにも困難なセレネさんの要求に俺は驚く。極力声は出さないでおこうとしていたのに思わず声を張り上げてしまった。

 無論その声に反応しないほどニクスの耳が悪い訳が無い(コソコソ話を聞き取れない段階で暗殺種族として話にならないと思うのだが)。客人の突然の驚愕に、着替えている最中で下半身はトランクス一丁のニクスが飛び出して来た。

「どうしたフォルト!? いきなり叫び出して何があった!?」

「ああいや、何でもないよ?」

「何か驚いていたみたいだけど……姉貴、フォルトと何してたんだよ?」

「ちょっとした雑談ですよ。私の意外な趣味にフォルト君が驚いたんです」

「ふーん……」

 セレネさんの咄嗟のアドリブにニクスが納得する。納得してくれたってことはつまり意外な趣味があるんですかセレネさん。

「……ていうかニクス、お客さんであるフォルト君の前でそんな姿を晒して恥ずかしくないのですか?」

「はあ? それを言うならパジャマ姿に布団にくるまったまんまな姉貴だって同じだろーが」

「服を着ているのと下着を見せているのでは全く違います。そうですよねフォルト君?」

「え? まあそうだと思いますけど」

 どっちもズボラだと思うけどな。五十歩百歩の良いお手本だ。

「という訳で早く着替えてきなさい」

「へいへい……」

 若干ふてくされ気味にニクスが部屋に戻り、セレネさんは腕を上に上げて背伸びをする。

「さてと、フォルト君に話さなければいけなかった事も話しましたし、私は眠気が無くなるまで眠ることにします」

「えっセレネさん? ニクスの身を護らなければならないという事についてもう少し詳しく教えてくれないんですか?」

「私はただニクスの身の危険を予想しただけですから……残念ですがこれ以上は何も……」

「ああ……」

 セレネさんは申し訳なさそうに謝って、畳んだ布団を持ち上げ寝室に戻って行った。

 一人残された客人こと俺は、ニクスのいる部屋と寝室とを交互に眺めながら思いを巡らせていた。

(しかし、ニクスを助けろってだけ言われてもなあ……)

 その窮地に陥った場合のニクスの救助の完遂は、俺からすれは正直無謀な話である。

 いつどこで、どんなシチュエーションでニクスが襲われる(返り討ちに遭う)のかの見当もつかないのに、俺にどうやってニクスを救えと言うのか。

 例えニクスが無謀な戦いをしない様抑えていても、こちらが例の空間に避難していない限り勇者と戦うという事態にはなりえるし、他にニクスの命を狙う連中がいないとは考えられない。

 仮に俺がその時までに魔王として十分な実力を得ていたとしても、俺はその輩を倒すことが出来ないかもしれない。

 ぶっちゃけ俺とは違い昔から弓術をやっていたニクスの方が強くなっていると思う。何百メートルも向こうの獲物を射抜けるくらいには。

 そんな「魔界の与一」へとクラスチェンジした(魔界に与一的な伝説の者っているのだろうか?)ニクスでさえ負ける可能性がある相手と俺が戦うとなれば、最早結末は言うまでもない。

 いかんいかん、いつの間にか考えがまたネガティブになっていた。

「でもどうすんだよ……うん?」

 そろそろニクスも来るかと思い立ち上がると、ちゃぶ台を挟んだ向かいの床――先程までセレネさんが座っていた所にとても薄い板が落ちているのが見えた。

 上から触ると表面が少しザラザラとしていることに気付く。厚さ的に近い紙の種類で例えれば、うろ覚えだが確かエジプトのパピルス紙がこんな感触だった様な気がする。

 薄黄色の表面には無数の縦線がそれこそ一面埋めるように刻まれており、この凹凸がこの板の感触を作り出しているのだろう。

 拾ってみると裏面を触れる指にザラザラとした触感と同時にツルツルとした触感が現れる。俺は好奇心に押されすぐさま板を裏返した。

 まず全体には長短様々な縦線が刻まれている。それは表と同じなのだが、その面の所々には凹凸の無い半透明な部分が見られた。

 ガラスや液晶ディスプレイに近いそれはこの世界の文字でもない意味不明な記号を描き、大体三秒に一回くらいの周期で淡い青色へと点滅を繰り返している。

 この世界に不釣り合いな程のその機械的な動作が、見つけた時から俺が感じていたこの物体の奇妙さを際立たせていた。

「何だこれ……?」

 これが一体何故ここにあるのか。何故セレネさんの座っていた場所に落ちていたのか。

 自然に口から零れた疑問に、新たな疑問がどんどん積み重なってゆく。しかし無知な俺にはそのどれにも答えることが出来ない。

 なんでカウンセラーさんがいない日に限ってこんな不思議なアイテムが見つかるのだろうか。一日でもズレてくれれば今すぐにもテレパシーで調べてもらえるのに。

「とりあえずこれはカウンセラーさんが戻って来るまで俺が持っとくか……」

「何を持っとくって?」

「うおわああああ!?」

 突然背後からニクスに声を掛けられて思わず飛び上がる。

 ああもう、なんで素の話し方をした時に限って誰かいるんだよ。うっかりしている俺が悪いんだけどさあ!

「に、ニクス、今のはその……何と言うか……」

「何だその持ってるの?」

「え? ああこれね、セレネさんが座っていた席に落ちていたんだ」

「姉貴の所に?」

「そうなんだよ。ニクスはこれが何か分かる?」

「こんな変な物見たことねーよ。ルシアさんなら知ってるんじゃないか?」

「でっ、でしょ? だからそれまで僕が預かろうと思うんだけど、それでも良いかな?」

「別に良いぜ。そんな事よりほら、俺も準備出来たぞ」

「そうだね、もう行こうか」

「ああ。じゃあ姉貴、学校行ってくるからな!」

「えっ……セレネさん起きてるの?」

「姉貴はもう寝てるよ。布団に入れば三秒で寝てるからな」

「ああ……ただの挨拶だったんだね」

「そういうことだな。それじゃフォルト、梯子をしまうから先に下りてくれ」

「分かった」

 ふう……危ない危ない、ニクスにもセレネさんにも聞かれてなかった様だな。

 ニクスが壁から弓矢を取っている内に、俺は外に出て縄梯子を下りていった。

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