トマトって口内炎だと染みるよね
丁度一ヶ月振りの更新です。日常回は出来るだけ早めに投稿したいのですが、なかなか難しい事ですね。
沈黙と狂騒の両方があった一風変わった晩餐会が終わって、剣術の修練を終えた俺は大浴場で汗を洗い流していた。
これから学級長に血を吸われるのもあって、自然と身体を撫でるタオルに力が入る。
汗の臭いが残っていただけで小一時間クドクド言われそうな為、死滅した細胞まで流そうと念入りに垢擦りを行っているのだ。
「しっかし、二年延長ってなあ……」
石鹸の泡を桶に溜めた湯で落として、先程の晩餐会を振り返る。
突然の宣言だった為に場の空気に押されて深く考えられなかったのだが、翌々考えてみると変な話である。
正直言って、継承の予定日を延期するという事態を俺は考えられなかった。継承者はまだ未熟だという嘘の様な事実を魔王軍が認め、十分な強さになるまで再育成する事を公に報せるなんて思い付きもしなかった。
俺のイメージではこういった継承者が成長し切っていない場合、事実は隠蔽しつつ継承は予定通りやって、成長するまでは継承者を傀儡として大人達が摂政となり政治を行うんだとばかり思っていた。
即位した者には直属の使用人が何人か付き、表向きには統治者として民衆に慕われる。
しかし実際の所はまだ政治のいろはも知らない為、裏で動く摂政達を参考に魔王としての勉強をするのだ。
“密偵隊”の報告通りに勇者が魔界に到達したとしても、俺が殺される心配は無い。
前回の勇者一行はかなり強かったが、大賢者の秘術“転生呪文”の仕様上彼らがすぐに転生して勇者となって冒険を始めるのは不可能であり、情報によれば次に来るパーティは今の魔界に乗り込むので精一杯な程と脅威的ではないレベルであるため、黒い空間に隠れなくても殺されることはまず無いだろう。
歴史の授業で習った摂関政治がこの世界で行われた場合こうなるだろう。では今回のタイプの対策ではどんなメリットがあるのだろうか。
実は晩餐会からずっと考えているのだが、今のところあまり思い付いていない。
しかもそんなことしたら息子の即位という約束を破ったとか言われて下がりかけな魔王の支持率が更に下がるんじゃないかとか、ただでさえ知られている俺の力不足さが魔界一帯に露見して、その隙を突いて学級長のお父さんみたいにクーデターを起こす輩が出るんじゃないかとか、そういったデメリットだけが逆にどんどん思い付いていく。
片方はメリットばかり挙げられる癖に何でもう片方はデメリットしか出せないんだと我ながら思うが、本当に思い付かないんだからしょうがない。俺自身親父とお袋にどんなメリットがあるのか問い詰めたいくらいだ。
ああ全く、なんで風呂に入ってサッパリしようとしているのにこんなモヤモヤとした気分にならなければいけないのだろうか。
このまま思考が変な方向に進んでしまわない内に、早いとこ学級長の吸血を済ませて今日は寝てしまった方が良さそうだ。
そう決めた俺は湯船に浸かると三十秒程で外に出て、手早く身体を拭いて就寝の準備を始めた。
「エリスさん、入るよ」
「まだベッドを整えている最中なので少し待ってください」
大浴場から戻ってきて、部屋に入ろうとドアノブを捻った途端そう返される。
ベッドメイキングも花嫁修業の一つであり、学級長が城に宿泊する日でもある月曜日は俺と共同で使うベッドを学級長が整えている。
その様子を俺が見てはいけないという約束は特に無いのだが、学級長は自分が満足する状態になるまで俺が部屋に入るのを禁じた。
他の花嫁修業とは違い、ベッドメイキングの評価をするのは普段からそのベッドを使用している俺が行うことになっている。
完璧主義に片足突っ込んでいる学級長の事だから、中途半端な状態は見せたくないのだろう。
まあ綺麗な事に悪いことは無いんだし、ダラダラと長い時間を掛ける訳でもないから存分にやってもらいたい。こちらも厳しく評価するつもりだけど。
「終わりましたよ。確認をお願いします」
「あー、うん。じゃあ入るね」
早速評価の要請が入ったので、待ってましたと言わんばかりにドアを開けてベッドを見る。
「どうでしょうか?」
「……えっと」
意気揚々と入ってはみたが、そういえば俺がこの評価をするのは初めてだ。一体どこをチェックすれば良いのか分からない。
敷かれた毛布に付いている皺の数でも数えろと言うのか。そんなもん自然に付いてしまうしどうしようもない。
ていうか学級長が整えてくれたベッドだが、この城のメイドが整えたのとあまり変わらなく、いまいち特出した点が無いように見える。
魔王直属のメイドと同等の出来なんだからそこを褒めてあげればいいのだが、果たしてそれで正しいのか。
学級長の性格からしてメイドよりも上を目指していることもありえなくはない。だとしたらそれより上手いと言うのが最適解だろう。
となるとそれを自然な感じで伝え、かつ学級長の機嫌を損ねてしまわない感想を考える必要がある。
今朝の様な的外れな発言をして呆れられないように、稚拙な国語力をフル活用して思考する。
「うーん……」
勿論突っ立ったままでは変だと思われてしまうだろうから、考えるのはベッドの具合を見ながらする。
シーツ、毛布、枕と不自然な所が無いか確認しつつ、あれやこれやとワードを推敲する。
姑の如くベッドボードの縁を指で撫でて埃が付いていないかチェックして、学級長の前に向かう。
もう何度目かではあるはずなのにミスコンの最終審査の結果でも待つかの様な面持ちでこちらを見ている学級長に、一生懸命考えた感想を述べた。
「うん、悪くないんじゃないかな。いつもより寝心地が良さそうだし」
「そうですか、フォルト君の喜ぶベッドメイキングが出来て良かったです」
学級長も機嫌を良くしているんだから、俺の語彙の無さについては触れないで欲しい。
本当にこれが限界だったんだ。一日かけて考えることが出来たとしても、これに毛が三本生えた程度のことしか言えなかったと思う。
「それではフォルト君、始めましょうか」
「えっ、始めるって……吸血を?」
「それ以外に何があると言うのですか?」
あっけらかんとする学級長。どうやらベッドメイキングの評価が終わったらすぐに血を吸うつもりだったらしい。
時刻は大体午後九時前。娯楽の少ないこの世界では多くの魔物が眠り始める時間帯だ。
学級長も早いとこ吸血を済ませて床に就きたいのだろう。修練で疲れてるから俺も是非そうしたいところだ。
だけど学級長、ベッドメイキングを綺麗に出来た感激からの気持ちの切り替えが早すぎるだろ。
人間界の現代人だってこんなにクールじゃなかったぞ。俺含めて。
「分かったよ。ちょっと待って」
俺がパジャマのボタンを外していると、学級長がきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「……何をしているんですか?」
「何って、吸血しやすいようにしているだけだけど」
「定期的吸血の合間の吸血は少量で良いので、多少吸いにくい場所でも良いんですよ。例えば腕とか」
「そうなの?」
「お望みでしたら首筋から吸いますよ」
「いっいや、腕でお願いするよ!」
前みたいに貧血になるレベルで毎回吸われたら堪ったもんじゃない。俺はいそいそとボタンを留めて右腕を捲った。
素肌が剥き出しになった腕を差し出すや否や、学級長は腕を掴み顔を近付けた。
「それでは頂きます。あーっ、んっ」
(うっ……)
学級長が腕に牙を突き立てた途端チクリと刺痛が走り、苦虫を噛み潰したような表情に顔が一瞬歪む。
子供の頃インフルエンザの予防接種の注射が苦手だった俺としてはあまり好きではない痛みだ。
「んっ……」
それから三十秒程して腕から吸い上げようとする力が消え、吸血を終えた学級長は腕から牙を抜いた。
「……今日の所はこれくらいで大丈夫でしょう」
「改めて飲んでみてどう?」
「意外と美味しいですよ」
「血液に味なんてあるの? 鉄の味しかしないんじゃない?」
「私もこの前まではそう思っていましたが、飲んでみるとトマトの様な甘酸っぱさがあり、結構病み付きになる味なので驚きました」
「トマトって……」
いやいや、まさかそんな味はしないだろ。血液に味が混ざる程トマト食べてないし、ていうか混ざらないと思うし。
しかし何でもありの楽しい世界だ、血液に味が付いているかもしれない。それこそ吸血鬼が飽きない様にバラエティに富んだ味を用意して。
「では私はこれからお風呂に入って来ますね」
「あれ? まだ入ってなかったの?」
「食事を終えてからほとんどの時間をベッドメイキングに費やしていましたから」
そう言うと学級長はドアの方へと向かい、途中何かを考え付いたかの様にこちらに振り向いた。
「勿論、歯はあらかじめ磨いていますので安心してください」
「えっ? ああ、うん」
清潔な状態で吸血を行った事を主張して、今度こそ学級長は部屋を出て行った。
一人残された俺は、学級長に吸い付かれた右腕を眺める。
軽く鬱血したのか赤く腫れた手首の少し下程、牙に穿たれた二つの小さな穴からは深紅色の血液が滲み出ていた。
「それにしてもトマト味、ねえ……」
学級長のグルメレポートに若干興味が湧いていた俺は、自然と赤い雫に視線が引き寄せられていく。
まさかないだろう、いやもしかしたらと感情が交錯し、次の瞬間俺は自分の腕にしゃぶり付いていた。
「……うえっ、まっず!」
期待虚しく出てきた鉄の味に顔をしかめる。
怪我した指を止血するために舐めた事があるため血液の味は知っていたが、これはそれよりも鉄臭い感じがする。錆びた鉄釘でも頬張ってる感じだ。
まあ薄々気付いてはいたよ。他の魔物じゃ味は分からないって。
ドラキニウムは血液に入っている方が摂りやすいって学級長のお父さんは言っていたが、それって血液がドラキニウムの独特な味を掻き消しているからだけではなく、ドラキニウムに血液に味付けをする効果もあるからでもあるのだろう。
基本雑食だがあくまで主食は血液な吸血鬼だけが味わう事が出来る血のフルコース。他の魔物にはドラキニウムを吸収する器官が無いが故、その未知の味覚を知ることは出来ないのだ。
「いや、納得いかねーよ」
学級長が美味しそうに味わっていたのを至近距離で見ていたため、無性にトマトの味が欲しくて仕方が無い。軽く飯テロを被った様な気分だ。
学級長はただ素直に味の感想を述べただけであり、トマト味の血に驚嘆しているためこのドラキニウムのシステムも把握していないのだろう。俺もあくまで予想を立てただけなのだが。
それなのに無意識の内に俺を苦しめるとは、やはり彼女は天性のサディストなのではないだろうか。
そう学級長の一種の才能を邪推している俺に、直接脳内に語りかけてくる声があった。
(先程から一人で何をしているのですか秋人様)
(ええっ、ルシアさん!?)
(ベッドメイキングの評価を伺うため部屋の様子を確認しようと念視をしたところ、自らの腕に吸い付いては苦い顔をするフォルト様の姿が見えたので、何事かとテレパシーを発しました)
(は、はあ)
(口を付けた位置に見える腕の傷からして、エリス様に軽い吸血をされた部分から自分も血を吸い出そうとしていた様ですが、一体何をなされていたのですか?)
(なっ、何でもないですよ!)
事実を淡々と言われると恥ずかしいな。カウンセラーさんに念視されただけだったから良かったものを、学級長とかに見られてたら黒歴史もんだろコレ。
(まあそれはともかく、ベッドメイキングの評価についてですが……)
(ああ、評価は最高でお願いします。給仕さんがした時と同じくらいの出来でしたから)
(分かりました。それでは失礼致します)
どうやら評価以外の事に興味は無いようで、カウンセラーさんは俺から簡単な感想を聞くとすぐにテレパシーを切ってしまった。
まあこっちとしても大助かりだ。言うのも恥ずかしい事だし。
第一学級長が吸血した痕の血を舐めたなんて、言ったところで何かある様な話では――
「……ん? そういえばこれって間接キスなんじゃ……!?」
冷静に考えてみると当たり前の話である。むしろ興味だけで腕に食らい付いた時の思考が異常だったと言うべきか。
これでより一層カウンセラーさんだけにバレている事が重要になってしまった。
さっきまでは黒歴史だと嘆いていたが、学級長本人にバレたら黒歴史どころではないだろう。憤慨して干からびるまで吸血されるかもしれない。
そう考えていると何だか見られている様な気がしてきた。まさかと思い後ろに振り返るが、その先にあるドアは先程学級長が出ていってから何一つ変わらずのままだった。
それを見て俺は安堵の溜め息を漏らす。しかし緊迫感の反動でドッと疲れが出たのか、身体が鉛の塊を括り付けた様に重くなる。
「何だか疲れたな……もう寝るか……」
俺がそう思った途端、自然とベッドに吸い寄せられて行く。知性が考えるのを放棄し、本能の思うがままに動いたのだ。
そして学級長が部屋に戻る頃には、既に俺は意識を手放していた。




