魔王夫妻の予定変更
「お帰りなさい、フォルト君」
従者達が真横に立ち並ぶ魔王城のエントランス。
その直線から一歩前に出て、先に城に来ていた学級長が俺に会釈する。
「うん、ただいま」
目覚める前の記憶を引きずり出して、不審に思われないような無難な返しをした。
この前の時は予想外の事態に遭遇して思わず叫んじまったからな。アレで学級長に変な事考えられてないと良いんだけど。
そして適当に二言三言交わして、学級長は前と同じ様に右の通路に向かって行った。
使用した事があまり無かったから知らなかったんだが、右側の通路には従者と給仕の更衣室や厨房など、裏方の業務に関係する部屋が多く設けられている。
学級長は給仕の更衣室に持ってきた荷物を置いており、練習をするためにそこでメイド服に着替えたりするらしい。
外出するにも制服を着る学級長のメイド姿は新鮮なので見てみたかったのだが、食事の時や寝る時はまた着替えているため見ることが出来ないため非常に残念である。
誤解が無いように言っておくが、ゲームのレアアイテムは出来るだけ集めたいという性格故の落胆だからな? 疚しい気持ちはほとんど無いからな?
話が逸れた。学級長の花嫁修行は決まって料理の練習から始まる。確証なんて無いが、由緒正しき一族の花嫁修行なら必ずやる事なのだろう。
内容は簡単な物で良いから料理を三品作るという家庭科の調理実習みたいなものなのだが、流石は魔王城と言うべきか、貴族とか金持ち特有の豪華な仕様となっている。
まず指導してくれるのが魔王城直属の王宮料理人である。それも簡単なことだけを教えて後は自分でという訳ではなく、超一流の技術を一から教えてくれるのだ。
食材もこの世界では高級な物を幾らでも使うことが出来る様で、学級長はノルマの三品の中に、贅沢の一言では言い表せない程豪華な食材をふんだんに取り扱っている。普段からそれらを使っている料理人達の指導の為か、流石にやりすぎなのではないかと思う程ではあるのだが。
例えばミートソースのスパゲッティを作るとして、ミートソースに上質な肉やトマトを使うくらいならまだ分かる。
しかしこの指導者達の場合、パスタ麺はこれまた品質の良い小麦粉と水を混ぜて作った自家製麺を使用するとか、百年の伝統を持つ名匠の手掛けた食器や調理器具を用いるとかいったこだわりを持っている。
ラーメン作りを小麦を栽培するところから始めるというこだわりは知っているが、あれはあくまでテレビ番組の企画だ。
いくら王族に嫁ぐからって、ここまで教えるのは大袈裟じゃないだろうか。どうせ王妃になったらやらなくなるのに。
ちなみにこんな豪華絢爛な料理修行をプロデュースしたのは、他でもないあの現魔王夫妻である。
歴代魔王の中にどれだけ花嫁修行を受けた王妃がいるのか知らないが、ここまで成金趣味な修行を受けたのは学級長だけであろう。
まあそんな感じで料理が作られて、再び着替えた学級長が食堂に入って来る頃にはそれらを配膳した皿が長机に置かれる。
給仕達が壁際に並び立ち、その前を魔王夫妻が通って椅子に座り、ようやく週に一度の特別な晩餐会が始まるのだった。
いつもとは一風変わって食器がぶつかる音が僅かに聞こえるだけの、静かな晩餐。
普段ならお互いの皿の料理を渡しあっていた親父とお袋が、珍しいことに相手の顔をほとんど見ることも無く黙々とフォークを口に運んでいる。
そんな二人を異様に思った俺は関わらない方が良いと思って視線を皿に下ろし、時々二人の様子を確認しながら食事をする。
生野菜が苦手な為率先しては食べないサラダが、どういうわけか今日は美味しく感じた。
学級長はチラ見を繰り返す俺とは違い、平然とした態度で手を動かしている。
しかし静かな義理の親に動揺はしているらしく、彼女が操作するナイフによって皿の上のステーキは何十もの肉片へと変貌していた。
待機している給仕達の方を見ると、給仕同士で情報交換をしている。驚いたことに、カウンセラーさんも隣と話していた。
口元に手を当てて怪訝そうな表情でひそひそと話し合う姿はさながら井戸端会議をするおばちゃん達の様だ。見た目的にはそんなに年取ってないけど。
(ルシアさん、父上達何かおかしくないですか?)
こういう異常事態にはやはりカウンセラーさんに聞いてみるのが一番だ。
テレパシーを他人に読まれた時を考慮して、口調を変えて質問をしてみる。
(そうですね。まるで人が変わったかの様です)
(僕らが帰ってくるまでに何かあったんですか?)
(今日のヴィンセント様は食事の時間以外は、サリバン様と共にお二方の寝室に籠っておりました。その時はいつもの様に愛し合ってましたが……)
(中で何をしているのか分かりますか?)
どうせまたイチャコラしてたんだろ。そう思っていると予想外な答えが返って来た。
(それが……内部の様子を確認することは出来ませんでした)
(えっ、それってどういうことですか?)
(まずヴィンセント様の部屋に入ろうとすると扉には特殊な魔法で鍵が掛かっておりました。それを破る為にどの様な魔法が使われているかの解析をしてみると、とても強固な結界を作り出す“高度施錠呪文”が使われており、また強行突破された時の為に“空間斬絶呪文”が張ってありました)
(読心術とかで中の会話を読んだりは出来なかったんですか?)
(それも試したのですが、聞こえるのは砂嵐の様な雑音だけでした。ヴィンセント様は読心術等に対する妨害を行う呪文も唱えたのだと考えられます)
(なんでそんな大袈裟な対策を……)
親父達の部屋は中の空気とか音とかが外に漏れ出ない様に設備を施している。
プライバシー保護に適した造りとなっているのに、厳重な施錠と侵入者へのトラップを仕掛け、挙げ句の果てにはジャミングまでして誰にもバレない様にするとか、イチャつく為だけにやるような事じゃないだろ。
もっとこう魔王軍の機密とか、お堅い内容の会話をする為に籠っていたはずだ。
勇者が襲撃した時にもすぐに魔王の業務に移ることが出来たんだ。普段通りに飯を食って部屋に入ったら業務モードに切り替えていざ密談だったに違いない。
ここまで推理しといて間違ってたら恥ずかしいな俺。
「…………さて」
七品目の料理を一通り口にした親父が突然ナイフとフォークを置く。
それに反応してお袋も食べるのを止めて親父を見つめる。その視線は何かを言い出すのに合図を取っている様に見えた。
張り詰めていた空気が更に重くなり、俺も自然と視線が親父へと向かってしまう。
気が付けばこの食堂にいる全員が、魔王ヴィンセントに顔を向けていた。
視線を浴びる魔王は学級長の方を向いて、ゆっくりと口を開いた。
「時にエリス君」
「な、何でしょうか?」
「フォルトをメーティス学園に編入学させて、どれほどの時間が経ったかね?」
「明日で丁度七ヶ月が経過します。フォルト君に与えられた社会勉強の期間は一年の為、フォルト君が新たな魔王に即位するまで残り五ヶ月でございます」
「……そうか」
親父の質問に冷静に答える学級長。しかしその顔は少し曇っている様にに見える。
学級長の表情から何かを汲み取ったのか同感するように親父は頷く。そして今度は俺に顔を合わせた。
「ではフォルトにも聞こう。お前は今の学校生活に不満はあるか?」
「別に不満なんて無いよ。寧ろ毎日が楽しすぎるくらいさ」
転生する前の事はよく分からないので、質問には俺が転生してからの感想を答えさせてもらった。
何だかんだで転生から一ヶ月が経つ。あっという間に過ぎてしまうほど短い日数だが、その中で起きた出来事はどれも衝撃的で、人間としての生活を退屈に思っていた俺にはとても刺激の強いものばかりだった。
連続してイベントが起きるから精神的な休息があまり取れなかったのは少し嫌だったが、十分充実した毎日を堪能出来た事に比べれば大した事でもない。
「でもさ、父上は何でいきなりこんな質問をしたの?」
「そうですね。今まで黙り込まれていたのに突然脈絡の無い質問をされたので驚かされました」
「今日はずっと母上と部屋に籠っていたらしいし、何か深い理由があるんじゃないの?」
俺の疑問に学級長が同意して、二人で追及すると親父は再び黙り込んだ。
何か言い出せない事があるらしく、黙っている親父に今度は早く言う様にお袋は熱い視線を向けている。
それから間も無く親父は諦めたかの如く溜め息をつき、再び口を開いた。
「やはり言うしかないのか…………さて、フォルト」
「何?」
「お前は後五ヶ月で俺に代わって魔王の座に就く。それがメーティス学園に編入する際に伝えた約束だったな」
「そうだったね(初耳だけどな)」
「それからの七ヶ月、俺とサリバンはお前の生活を陰ながらに見てきた。俺達の予想以上にお前が学校生活を楽しんでいて驚いたよ」
「は、はあ」
いつもイチャイチャしていたけど実は俺を見ていたんだな。なんていうか意外だ。
「だが、今のお前に魔王の役目は向いていない」
「えっ、それってどういうこと?」
「お前には武力も魔力もまだ足りない。正直言ってまだまだ未熟過ぎるんだよ」
「そんな……毎日の修練で徐々に力を付けているはずだよ!? それでもまだ弱いって言うの!?」
親父のあまりにも辛辣な評価に俺は反論せざるを得なかった。
だってそうだろ、今までの頑張りを否定されているんだから。
俺の反論を更に返すために、長らく口をつぐんでいたお袋が遂にその口を開いた。
「確かにここ最近の成長具合には目を見張るものがあるけど、それでもまだ足りないわ。ねえフォルト、あなたはエリスちゃんに剣術や魔法で勝ったことがあるの?」
「そっ、それは……」
「言っとくけど、あなた達の戦歴は従者を通して全て把握しているのよ。それを見る限り、余り良い結果は残せていない様に見えるけど……」
「サリバン様、確かにフォルト君は私に勝利した事は一度もありません」
「エリスさん、事実だけど言い方をもう少し考えられないかな」
時々学級長の一言一句に毒が含まれているよう聞こえるのは俺が過剰に反応してるからだろうか。
「しかし期限まで五ヶ月も残されております。彼の更なる成長に希望を委ねてはいかがでしょうか?」
「それは名案だな。だがなエリス君、そんな悠長な事を言っている暇は無いんだよ」
「と申しますと?」
「我が軍の“密偵隊”からの報告があってな、近い内にまた勇者が魔界に召喚される可能性があるらしいんだ」
「ま、また勇者が魔界に!?」
(密偵隊……?)
魔王の告白に学級長は驚愕し、給仕達は再びざわつく。俺は心の中で首をかしげた。
どうやら人界の世相や勇者一行の動きを随時連絡する諜報部隊があるらしく、その部隊からの通信を受ける為に親父達は一日のほとんどを自室で過ごしていたらしい。
“密偵隊”は機密性のかなり高い組織であり、親衛隊など他の部隊とは一切の関係も持たない独立したグループである。
交信が許されるのは魔王とその配偶者のみと限られており、故に第三者の“密偵隊”についての情報は無いに等しい。
俺はその後修練にてレオン親衛隊長に聞いてみたのだが、魔王夫妻とは旧知の仲である彼ですら“密偵隊”の名前と先述の大まかな活動内容やその機密性以外の事は全く知らない様で、結局それ以外の全ては闇の中であった。
「し、失礼ですが魔王様、近い内とは詳しく申し上げますとどれ程のお時間になるのでしょうか?」
「勇者達の成長性から考えれば“境界”を抜けるまで早くて三年といったところだろう。しかし今回の場合、前回の戦いからまだ時間が経過していない。大幅に削られた兵力もまだ回復し切っておらず、“境界”最前線の守りも薄くなっているが故、最悪の場合一年で侵入を許すことになりかねないな」
「な、なるほど……」
「次なる勇者を出迎える為にも軍の再編をしなければならないのだが、それが終わるまでに半年はかかるだろう。それはすなわち、フォルトの王位継承の予定時期と被ってしまうということだ」
「じゃあ僕が父上の後を継ぐのは、少なくとも次の勇者が死ぬまで延期されるってこと?」
勇者が魔王に負ける前提で話している辺り考え方が魔物に近付いているんだな俺も。
「いや、そんな曖昧な予定は立てていない。王位継承は魔界を左右する行事だからな」
「それでは魔王様はいつ行うつもりなのですか?」
「これから二十九ヶ月――二年と五ヶ月後、フォルトがメーティス学園を卒業する頃に継承の儀は行うつもりだ」
親父の宣言に給仕達は仕組まれていたかの様に拍手喝采し、お袋もしてやったりといった笑みを浮かべている。ドッキリかフラッシュモブですか?
ていうか一年じゃ時間が足りないからもう二年追加しただけじゃん。名案の様に言ってるけどこれって俺の成長性の無さを皮肉しているだけじゃね?
SNSで相手から何とも返信し辛いメッセージが送られて来た時みたいな心境になりながら、こんな時どんな反応したら良いのかと聞かんばかりに学級長を見る。
「それならフォルト君の更なる成長も大いに期待できますね……」
感心しながら静かに涙を流してました。いやそんなに感動することではないでしょ。
どうやら俺と魔界の住人とでは感性は乖離しているらしい。違和感を持たせないよう早いとこ順応しないとな。
拍手に包まれる食堂の中、俺も軽く手を叩いた。




