ネックレス家訪問ツアー ~出発編~
案の定一ヶ月近くかかりました。何を書いているのか良く分からなくなってきた今日この頃です。
翌日の正午半。学校の校門に俺は立っていた。
現在ここにいるのは俺とジョーだけである。セレネさんの事でもたついているであろうニクスだけでなく、この家庭訪問の主催者であるエマさんですら、予定時間を越えているのにまだ来ていなかった。
「遅いな……」
腰に刺していた剣を抜き、頭上に構えながらボヤくジョー。
魔界の太陽に照らされて、刀身は学校の塀に光を反射させている。
「ねえジョー、エマさんが待ち合わせに選んだのって校門で合ってるの?」
「いや、ここで合ってるはずだぞ?」
「じゃあなんでこんなに遅いのさ」
「そんなもんだろ。女って生き物は基本的に時間にルーズなんだよ」
「それ、どこからの情報?」
「うちの親父。お袋はデートの際、少なくとも二時間は毎回遅れて来たらしいからな」
「不満も多かっただろうに……よく結婚出来たね……」
「時間には厳しい親父最大の謎だな」
ちなみにジョーは逆に待ち合わせ時刻の正午より二時間早くから待っていた。
学校には始業ギリギリで来ることもあるのだが、待ち合わせだけには時間を考えているのだろうか。二時間無駄に費やしている点は母親と変わらないけど。
そんな感じで会話を続け暇を潰している内に、大きな袋を担いだニクスが更に十分遅れてやって来た。
「遅れてわりぃ! 姉貴を説得するのに時間が掛かっちまった」
「まあそうだとは思っていたけど、昨日あんなに理解させたはずなのになんで元に戻っているの?」
「こっちが知りたいよそんなこと……ていうか、エマとかいう奴はまだ来てないのかよ」
「そうなんだよ。何かあったのか気になるが、どうしようもないから参ったもんだ」
確かにジョーの言う通りだ。主催者の遅刻の理由はとても気になるけど、連絡を取る方法が無いので動けない。
発達した文明の割には最速の通信手段が伝書龍と遅れていて、現代っ子だった俺はガラケーやスマホといった携帯が無いためいかんせん不便だと感じているのだが、いつになったら開発されるのだろうか。
「しっかしカルマが彼女持ちだったとはなあ……女っ気も無いし恋なんてしないと思ってたんだけど」
「聞いたところによれば、二人は交際して一年以上経っているらしいぞ?」
「マジで!? それなりに長く続いているってのに、全然噂を聞かなかったぞ!?」
「当たり前ですよ。二人ともほとんど秘密にしていたのですから」
「え?」
「ん?」
「あ?」
ここでするはずのない声がした方に三人で向くと、そこには目を吊り上げたエリス学級長がいた。
「うわあっ! え、エリスさん!?」
「四日ぶりですねフォルト君。ジョー君にニクス君もお久し振りです」
「な、なんで学級長がここに!?」
「私もエマさんに護衛を頼まれた一人なんですよ」
そう言って学級長が後ろに目配せすると、その後ろからもう一人少女が現れた。
休日なのに藍色のブレザーでピッチリと決めている学級長とは違い、ふわふわとしたフリルが付いた白いワンピースを着こなす彼女がエマ・テンタクルフットなのか。
「ど、どうも……フォルト君とは初対面ですね。私はエマって言います……」
「初めましてエマさん。それでこれからどうするんですか?」
「ジョー君に皆さんへ伝えてもらった通り、カルマ君の様子を確かめに彼の自宅に行きます」
俺達を収集してまで行動しようとしている事をエマさんが説明する。
亜麻色のセミロングを小刻みに揺らしながらモジモジとしている様は、服装と相まって羊を連想させた。
「俺達の役目は、アンタの安全を守ることなんだよな?」
ニクスが確認としてそう聞くと、エマさんは小さく頷いた。
「はい。先日事情を聞いて、カルマ君の精神状態によっては面会も危険であると考えたので、皆さんを頼ったのです」
「俺達以外の奴らでも、例えば先生達とかでも良かったんじゃないか?」
これはジョーの質問だ。昨日城に相談してきた時は自分で決定付けていたが、やはり真相は気になるのだろう。
「ジョー君に伝言をお願いした時、同時に先生方に助けを求める方法も考えていました。しかし先生方に頼んだらカルマ君の家に近付く事すら出来なくなると分かり、それは諦めたのです」
そりゃそうに決まっている。危険だと言ったのに近付いて怪我でもされたら責任問題になるからな。
「剣術最強のジョー君と弓術最強のニクス君がいれば、万が一の事があっても大丈夫でしょう」
「それじゃあ、僕とエリスさんはなんで呼ばれたんですか?」
「…………フォルト君はカルマ君の変な姿を目撃していた内の一人ですから。彼の状態が悪くてその対策を練らなきゃいけなくなった時に、考える人が多い方が良いかなーって思いまして。あっ、別に一緒だったからついでにって訳じゃないんですよ?」
「はあ……そうですか」
いやエマさん、最後の一言で本音出てますよ。最初にギリギリ聞こえるような小さい声で「えーっと」って言ってたし。
どうやら俺のポジションは、結論から言えば誰でも良かったということになるらしいな、畜生。
「エリスさんは……なんと言うか、緊急参戦ってところです」
「緊急参戦?」
「昨日の午後、ある程度の準備を終えて休憩をしていた時に、エリスさんが私の元に尋ねてきました」
「そうなのか学級長?」
「ええ。エマさんの言った事は嘘ではありません」
学級長は目線だけ向けて肯った。
「私はエリスさんが体調不良でここ数日学校を休んでいたことをその時知りました。それでエリスさんがいなかった間に身辺で何かあったかと聞かれ、カルマ君がおかしくなってしまったことも伝えたんです」
「それじゃあエリスさんは、エマさんの頼みを聞いて今日ここに来たってことですね」
「いえ、正確には私から彼女に頼みました」
俺の結論付けを学級長は静かに訂正した。
「学級長から頼んだって、何でだ?」
「特に理由はありません。同じ時を同じ学舎で過ごす仲間がどうにかなってしまったのを、黙って見ていられる程非情ではありませんから」
「程って……多少は非情だって言ってるようなもんだよな」
「言葉の綾というものですよニクス君」
「ヒッ……すみません……」
鋭い眼孔を向けられて怯むニクス。明らかに睨まれるであろう事なんだから口に出さなければ良かったのに、全く哀れとしか言い様が無い。
でもまあこれで、俺だけ不甲斐ない理由とはいえなんで呼ばれたのか分かった。
「それじゃあそろそろ動きませんか? ずっとここで話していても何も始まらないので……」
「そういえばカルマの家がどこにあるのか知らないんだが」
「カルマ君の家は“死霊の谷”の方面にありますよ」
「おいおい、死霊の谷ってかなり遠いんじゃねーか? “転移魔法”が唱えられなければ何日も歩くことになるぞ?」
「キメラバードの羽根があるので問題ないですよ」
エマさんはバッグから手の平大の白い羽根を五枚取り出し、俺達に一枚ずつ渡した。
「だったら安心だな」
「これがあるなら早く言えよー!」
「そ、そうだよね」
いやいや、なんですかこれはエマさん。
ジョー達に合わせて相槌を打ってみたが、正直これが何なのか全く分からん。
話の流れからしてワープアイテムなんだろうが、こんな募金したら貰えそうな感じの物でどうやってワープするつもりなんだ?
「じゃあ飛びますよ! みなさん手を繋いでください!」
エマさんの合図と全員が手を繋ぎ輪になり始める。幼稚園児のお遊戯タイムの様に見えるのは少し恥ずかしいと俺が思っているからだろうか。
「……ん?」
突然右手に強い圧力が加わり、左手にはぬめりとした感触が伝わる。
ひとまずあり得ないような感触である左手を見ると、繋がれた相手の手が粘液に濡れていた。
そこから視線を上げると、エマさんと目が合う。
「あっ……すいません、少し変化が解けてました」
そうはにかむと、エマさんが変化し直したのか手の感触が普通のものに戻った。
「…………」
可愛らしいその笑顔に見惚れていると、もう一方からの圧力が更に強くなる。
「あだだだだだだ!」
「どうしたんだフォルト?」
「なっ、何でもないよ」
万力で挟まれたみたいな圧力が右手に加わる。ちょいとエリスさん、握力の加減間違ってませんか?
ていうか今気付いたんだが、エリスさんだけ周りの奴らと違うやり方で俺と手を繋いでいる。
互いの指を交互に絡め合い、簡単には離れないようにガッチリと握る方法は、(俺的には)伝説の恋人繋ぎではないか。
「…………」
「…………」
なんだか気まずくなって、チラリと学級長に向いてみる。
彼女は黙って別の所を見ていたが、恥ずかしいらしく頬を真っ赤に染め上げていた。
「それじゃあ行きますよー! “飛び上がれ”ッ!」
甘酸っぱい青春のワンシーンを尻目にエマさんが簡易的な呪文を唱えると突然足下に浮力が生じ、五人の身体が地面から五センチくらい離れる。
徐々に浮力は増大し、間もなく俺達は空に打ち上げられた。
何も分からないまま使用するのはどうかと思い、ワープ中にこの羽根についてフォルトの記憶を探ってみたところ、次の事が分かった。
キメラバードには自分で浮力を発生させる羽根で創られた翼を生まれつき備え付けられているらしい。
それが発見されるまでは老いて飛ぶ体力を失ったキメラから両方の翼をもぎ取って市場に回していたのだが、あまりにも残酷だと魔界全体からの反感を買い、一時期はワープが“転移魔法”無しには出来なかった時代もあったと言う。
今では羽根一本でも飛べると分かり、自らの羽根を少し毟ってはそれを商いに扱っているキメラバードもいるのだとか。フライドチキン屋のマスコットをしているニワトリに通ずる何かがあるな。
ちなみにこのワープアイテム、噂によれば魔物の持ち物として人界の市場にも流通しているらしい。
魔界に入れる人間は“転移魔法”ぐらい覚えているため必要ないからだろうか。
そんな様々な逸話付きアイテムによるワープから程なくして、足裏で土を踏み締める感覚が戻った。
「皆さん、カルマ君の家に着きましたよ」
エマさんににこやかに告げられて、俺はまず空を見上げた。
我が家や学校周辺の薄緑色から赤紫色へと変貌した空では牙の生えた怪鳥が奇声を上げながら群れを成し、雨が降る気配はないのに時々雷鳴が轟いている。
これまた赤紫色の土には植物がほとんど根を下ろしていない。遠くに見えるわずかな木も魔物の一種なのか不自然にざわめき、近くを通った何か小さな魔物に向かって枝を刺しては喰らい付いている。
そのおぞましい環境が、ここが魔界であることを俺に思い出させた。
「これが……死霊の谷……」
「うわあ!? 何だよあれ!?」
「思っていたよりも不気味だな……」
ニクスとジョーがそう呟いたのを聞き、何があるのかと気になり後ろを向く。
「うっ……」
そこにあったのは城であり、また、城ではなかった。
外観の造りは勇者襲来時の戦闘体制に入った魔王城に雰囲気が似ており、来る者を拒む禍々しいオーラを放っているのだが、そのオーラは魔王城のものとは方向性が違っていた。
巨大な魔物の形に変形した魔王城は、恐ろしさの中にもどこか美しさがあり、一つの王族の根城としての荘厳さを醸し出していた。
しかし目の前にそびえ立つ真っ黒な城の姿はどうだろうか。尖塔の何本かが途中で折れ、外壁の至る所には穴が空き、そこからは風化しかけの瓦礫の山が露出しているのだ。
その不気味な建造物の様子を一言で表すとするならば――廃墟。
城を中心に悲愴感が漂い、ここ一帯に悲哀辛憎の空気を作っている様に思えた。
「こんな廃れた城に、本当に人が住んでいるのか……?」
「そんなこと言わないで下さい。そりゃあ私も最初は怖く感じてましたけど、見慣れてくるとカッコよく見えてくるんですよ?」
「ていうかアンタ、カルマに会う度にここに来てんのかよ!?」
「そうですよ。学校でも会えるんで毎日は行きませんけど」
例え彼氏の実家だからといってよくこんな辺境まで通えるな。これも愛の力なのだろうか。
エマさんの後について城の扉の前に進むと、エマさんは付いていた銅製のリングで扉を三回叩いた。
「カルマく~ん、遊びに来ましたよ~!」
「そんなに大声で叫んだらマズくないか?」
「周りに家なんてねーから大丈夫だろ」
「いやそうじゃなくてだな――」
後ろで漫才が繰り広げられている中、玄関へと足音が近付いて来る。
そして重苦しい音を立てて、重厚な扉――の一部が内側に開く。
扉の陰から現れたのはラフな格好のカルマだった。
「やあエマさん。……こんなに沢山引き連れて、連絡も無しにどうしたの?」
「カルマ君の様子がおかしいってジョー君に聞いて、心配になったので来ちゃいました!」
「ありがとう。でもちゃんとアポは取ってもらいたかったかな」
突然の大勢の客に戸惑いを隠せないでいるカルマ。体調はおかしくなさそうなのに、どことなく顔が引きつっているように見える。
そんな彼に、今度は学級長が話を始めた。
「カルマ君、お体の調子はどうですか?」
「別にどうってこと無いですよ。むしろ学級長の方こそ、貧血は治まったんですか?」
「今回は良いクスリが入ったのでいつもより早く治ったんですよ」
「へえ……そりゃあ良かったですね」
カルマは何か勘付いたのか、ほんの一瞬だけ俺を見る。そういや俺の変な噂はまだ流れているんだっけ。
言っておくがカルマ、俺はお前の思っているような事はしてないぞ。ボランティアに近い事をした(正確にはさせられた)だけだからな。
「ジョー君も心配してくれてありがとう」
「礼には及ばねえよ。一昨日の剣術の相手として、お前の安否を確認したかっただけなんだからな」
「そうだろうね。……こんな遠くまでせっかく来てくれたんだし、紅茶の一つでも出すよ」
カルマは半開であった扉を全開にした。
「僕は中で用意してるから、応接間まではエマちゃんに案内してもらってね。場所は分かってるよねエマちゃん?」
「はいっ!」
エマさんの自信に溢れた返事に微笑みを返して、カルマは奥へと消えていった。
残された俺達は、そのカルマの行方を目で追おうとする。
扉からは数メートル先まで所々穴の空いたフローリングが続いているが、それより先は闇に覆われていた。
「カルマの確認も出来たし、俺達はこの辺で……」
「そっ、そうだなっ! 長居する必要は無いよな!」
そう言ってもてなしを拒否して帰ろうとする馬鹿二人。
堂々と後退するが足には薄紅色の触手が絡み付き、二人は地面へと叩き付けられる。
「ぬわっ!」
「ぐはっ!」
「ごっ、ごめんなさい……」
心配したような視線を送り、エマさんが二人から触手をほどいた。
「もてなされた物は丁重に頂くのが客としての礼儀ですよ」
「はい……」
子供を躾ける様に言う学級長。エマさんの反応からして、恐らく二人を転ばせるようエマさんに告げたのも彼女なのだろう。
しかしジョー達も馬鹿な逃げ方だな。明らかに逃げると宣言したような物言いと何の策もない強行突破で学級長の目を盗むことは出来ないだろう。
化け物屋敷への入り口を恐れたとはいえ、やはり冷静かつスマートに逃げるのがどこぞの怪盗的にも普通だ。
例を挙げれば他の逃走者に周りの注意が向いている先に少しずつ後ろに行くとか。そう、例えば今の俺の様に――
「私を誤魔化せるとでも思っていたのですか? フォルト君?」
ゴンッ!
「いっでえ!?」
思いっきり両足を引っ張られ、額を赤紫の地面にぶつける。
血は流れていないようだが、余りの衝撃に頭痛が痛い。文法的におかしい単語を使ってしまうほど痛い。
「友人をダシにしてまで逃げる姿は魔王として相応しいものなのか悩みますが、私個人からすればただの卑怯者以外の何者でもありませんね」
いや違うんだ、ただ男子一人だけ行くのはきまずいから便乗しただけなんだ。
背中に突き刺さる氷柱の様な視線にそう言い訳をしようと振り返ると、目の前に学級長の顔があった。
「フォルト君に聞きますよ、あなたはカルマ君のもてなしを頂きますか? それとも頂きませんか?」
睨んでいるわけでもない、ただ無表情な学級長の眼。瞳にはハイライトが入っているというのに、どうしてか黒濁しているようにも見える眼の中の闇。
扉の奥にあった不気味な闇の向こうには、カルマ達ネックレス家の居住スペースがあるはずだ。
しかし彼女の眼の闇に行き着く先はあるのだろうか。光をも捻じ曲げてその腹に収めてしまうブラックホールの様に、入ったら出られなくなるのではないのだろうか。
そう考えてしまうほどその学級長の顔は恐ろしく、そして美しかった。
無論恐怖の方が勝っていたため、質問への応答はこうなったのだが。
「もっ、勿論頂きます……すいませんでした……」




