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ネックレス家訪問ツアー ~準備編~

 色々と忙しくて遅くなりました。次の投稿も時間が掛かりそうです。

 小さな騒動がありつつも平和に終わった日の翌日、ジョーが朝っぱらから家に来た。

「ようフォルト、遅い目覚めだな」

「おはようジョー……まだ八時だよ?」

「だからそれが遅いんだって。俺は五時半には起きてるからな」

「そんなこと言われても僕は起きられないからね」

 レオン親衛隊長式の育成法なのか、ジョーは幼い頃から早朝の鍛練をしている。

 幼少より鍛練が生活のリズムに組み込まれているジョーだからこそそんな早くに起床出来るのだろうが、転生前も後も夜型の俺には到底不可能だ。

「で、こんな朝早くから何?」

「ああ、実はお前に協力してもらいたいことがあってな。昨日の放課後の事なんだが……」

 そこまで言うとジョーはエントランスを見回す。

 いつもと同じ様に立ち並んでいる従者達の視線に渋い顔をした。

「あー……もしかしてお前、朝飯まだだった?」

「丁度これから食べるところだよ」

「なら先に食ってこいよ。それまでどっかで待たせてもらうから」

「ええっ、別に良いよ!? わざわざ来てくれたのに申し訳ないよ!」

「なんかさっきから使用人さん達の目付きが怖いんだよ。『坊ちゃまの食事を邪魔するな』って感じで」

 使用人達が俺を坊ちゃまと呼ぶのかはともかく、なんでこのタイミングでそんな忠誠アピールしているんだこの魔物共は。

「分かったよ。じゃあルシアさん、ジョーを僕の部屋に案内してくれるかな?」

「承知しました。ではジョー様、こちらです」

 ジョーを連れて廊下に向かうカウンセラーさん。これでジョーに視線が刺さることはないだろう。

 安心して俺は両親の待つ(実際には気に掛けてもいないんだが)食堂に向かった。


「……ただいま」

「おうお帰り……って飯食っただけなのに、なんでそんな疲れた顔してんだよ?」

 余程気疲れした表情になっていたのか、自室に戻った俺をジョーは心配がる。

「父上と母上が、ちょっとね……」

「察してはいたけどやっぱりそうか」

 両親のラブラブ固有結界での広範囲精神攻撃については覚醒前にフォルトが愚痴っていたらしく、理由がそれだと教えるとジョーは容易く納得してくれた。

 しかしながら、毎朝アレを受けるのは精神的に疲れる。だから俺だけ朝食の時間を変えてくれと言っているのに、料理が冷めるからという理由で使用人達はこれだけは行動に移ってくれない。

 実は使用人達はあの精神攻撃の巻き添えとして俺を連れてっているのか? だとするとエントランスでジョーを睨んでいたのは早く連れて行きたい一心が顔に出てしまったということか。

 うん、杞憂乙。

「両親はどうでもいいとして、頼み事って?」

「ああ。昨日の放課後、部活を終えて帰ろうとしてた時に、エマ・テンタクルフットに後ろから声を掛けられたんだ」

「誰それ?」

「隣のクラスの女子だよ。種族はスキュラで、確かカルマの彼女だったはずだ」

 スキュラって、脚が蛸の触手になっているアレか。

 ていうかカルマの奴彼女いたのか。リア充爆発しろ。

「なんでカルマの彼女がジョーに?」

「昨日の剣術授業の後、カルマは早退しただろ? 剣術を選んでない彼女は早退までの流れを知らなかったから、今回の決闘相手の俺を尋ねたんだとかな」

「ちょっと待って、剣術の授業に出ていないのに、どうしてエマさんは相手がジョーだと知ってるのさ」

「昨日俺を誘う前、カルマが俺と組むと言っていたそうだ。張り切っていたのに早退したから、それが余計に彼女を心配にさせたんだろうな」

 そんなに張り切っていて、もしジョーの相手に先客がいたらどうしてたんだろうか。恥ずかしいことこの上無いだろ。

「で、その経緯を教えたんだが、そしたら『カルマ君がそんなことするはず無い!』って反論された」

「まあそう思うだろうね。立ち会っていた僕らも何が良く分からなかったんだし」

「だからそう伝えてやったんだよ。そしたら彼女、何て言ったと思う?」

「……聞いただけじゃ信じられない、とか?」

「半分正解だ。それに『だから実際に会って確かめる』を付けていた」

 ジョーの発言に少しいちゃもんを付けるが、わざわざクイズ方式にする意味はあるのだろうか?

 正直焦れったいので、こういうのは勿体振らずにとっとと続けて欲しいもんだ。

「そこで頼みなんだが、彼女に付き添ってネックレス邸に向かうパーティーの一員になってくれないか?」

「ぱ、パーティー? エマさん一人だけで行けば良いんじゃないの?」

「万が一の場合も兼ねて、何人か一緒に行った方が良いと考えたんだってさ」

「万が一って、僕らよりも経験深い大人の方が良くない?」

「それは昨日既に突っ込んだけど、そんなに大袈裟にすることでもないって言われたよ」

 いやいや、彼氏の自宅に訪問するだけで何身構えているんだそのエマさんとやらは。

 パーティーとか考えてる段階で、自分から事をかなり大袈裟にしてるぞ。

「ちなみに行くのは明日の正午からで、集合場所は校門前だとよ。時間空いてるか?」

「うーん……修練は夜だからまあ空いてるけど、ジョーは行くの?」

「当たり前だ。カルマの乱心が原因で、昨日は余り眠れなかったんだよ」

 良く見てみるとジョーの目元には薄っすらと黒い隈が浮かんでいる。

 そんな状態で五時半から朝鍛練を行い、エマさんからの頼みをこなす為こうして魔王城まで赴いているとは、凄まじい行動力だなとしか言いようがない。

「よし、とにかくフォルトも参加だな」

「他にも頼む人がいるの?」

「後はニクスにも頼もうかなと思っているんだが、一つ問題がある」

「何さ」

「アイツの新しい住みかってどこにあるんだ?」

 そういえばニクスは引っ越してたんだっけ。城の近くの森とは言っていたが、正直俺も良く分からないんだよな。

 ジョーが一人で闇雲に探したとしても時間を喰うだろうし、寝不足な身体にこれ以上鞭を打たせたら倒れそうだ。

 よし、ここはアレを使うしかないか。

(ルシアさん、至急俺の部屋に来てくれませんか?)

 スタスタスタスタ、ガチャ。

「お呼びでございますでしょうかフォルト様?」

「んおうっ、な、なんでルシアさんが!?」

 突然のカウンセラーさんの登場に腰を抜かすジョー。まあ表向きには何の合図も無かったのに来たんだから驚くのも無理は無いな。

 これぞ必殺、テレパシー呼び! 時と場合とカウンセラーさんの気分によっては相手は死ぬ!

「これからジョーと一緒にニクスの住む森へ行くんで、馬車を走らせてくれますか?」

「何をするおつもりですか?」

「ちょっとした社会見学だよ」

「なるほど……」

 カウンセラーさんが俺とジョーの顔を交互に見る。

 どうやら俺の言っている事を訝しく思っているのだろうが、それはジョーに対しての演技であることは分かっている。

「分かりました」

 ほらな。断るはずがないと思っていたぜ。

 そもそもカウンセラーさんは普段から俺の会話を逐一盗聴している。

 ジョーと俺の作戦がどういうものなのかも当然把握しているため、それこそヤバい目的を言わない限り承諾してくれるとは考えていたのだ。

「えええっ、良いのかよ!?」

「流石ルシアさん! 物分かりが良いですね!」

「ただしフォルト様、今回の私の役目はやる必要の無い特別なものであり、その条件として私はフォルト様を護衛しませんが、それでもよろしいでしょうか?」

「大丈夫だよ。僕だってある程度は強くなったし、もしもの時はジョーに頼るから」

「はあ!? 剣とか持ってないぞ!?」

「分かりましたフォルト様。それではすぐに馬車を手配致しましょう」

「いや無視しないでくれよルシアさん!」

 ジョーが珍しく突っ込みに回るも虚しく、カウンセラーさんは颯爽と部屋を出ていってしまった。



 ニクス達リリパット族の住む小さな森には、魔王城から東の方へ十分程馬車を走らせると着いた。

「この方角からまっすぐ進んで行けば、リリパット族の集落に着くでしょう」

 馬の上からきっぱりとそう告げるカウンセラーさん。魔界全土を記した地図にも集落の位置は森の中央よりこちら側にやや寄って描かれていたため正解なのだろう。

 ちなみに今回カウンセラーさんは護衛しないどころか森にも入らず、ただ馬をその場で落ち着かせているだけのようだ。

 魔界の馬はかなり気性が荒く、新しく踏む土地の土が合わないだけでブチ切れる個体もいるという。

 魔王城の厩にいる馬達はそこまで怒らないように飼育されているのだが、見慣れない景色には動揺するようで、それを沈静化するためにカウンセラーさんは動けないらしい。

 だったらもう一人誰か連れて来てくれても良かったんじゃないんですかね。


 そんなこんなで森の散策をする俺とジョー。

 地面は腐葉土で敷き詰められ、踏み歩いた際に返る感触が柔らかくて気持ちが悪い。

 はっきり言って俺はこういった湿っていたりぬかるんでいたりする柔らかい地面は嫌いだ。足下が不安定だと心まで不安定にさせられそうな気がする。

 一刻も早くニクスを勧誘して馬車に戻りたいと思っていると、森に入ってから一度も喋らなかったジョーが初めて口を開いた。

「……なあフォルト」

「何?」

「今更言うのも難だが、ルシアさんを連れてくることが出来なくても自前で武器を持ってくる位した方が良かったんじゃないか?」

「それは僕も思うよ。邪魔な木の枝を薙ぎ払うことも出来るしね」

 特に決められた道の無い森の中を適当に進んでいると、頭に枝が何度も掛かってきてとても鬱陶しいのだ。

 やんちゃな小学生達が雨上がりの下校中に傘でやっていた様に木の枝を斬ってしまいたいぐらいだ。その小学生は後で怒られていたらしいため余り真似したくないものだが。

「いやそうじゃなくて、単純に護身用としてだよ」

「大丈夫じゃない? 今の魔界でも人間はここまで来れないだろうし」

 魔力の量的には“境界クロス”の修復も容易い魔族の軍勢だが、唱えてから“境界クロス”が再び閉じられるまでには人界の魔導士達が行うよりも時間が掛かる。

 どうやら結界を覆う光の魔法が魔界からの魔法の威力を弱めており、逆に人界からの魔法の回復量の増加を促しているらしい。古の大賢者は魔族をかなり嫌っていたようだ。

 その為勇者が倒れた後も数日の間は人魔共に自由に世界を行き来出来るようになるのだが、大抵の人間は修復作業中の魔物に始末されるらしいので、魔王城に近いこの森まで来ることはないのだろう。

「いやだから、人間じゃなくてだな――」

 ピシュッ、ズドッ。

 ジョーの横を何かが通り過ぎる。

 高速で飛んできたそれに少し触れていたのか、ジョーの頬には一筋の傷が付き、そこからは彼の髪よりも紅い血が流れ始めた。

「え……?」

 何が起こったのか分からないまま、ジョーは頬を掠めた物が進んだであろう後ろを向く。

 丁度ジョーの斜め後ろにあった樹の幹に、先端に羽の付いた棒が刺さっていた。

「リリパット族の使う矢だな」

「それにしては妙に短くない? 親指の長さぐらいしか出てないけど」

「それ程深く刺さっているってことだよ。でもこんなことを出来る魔物は見たことないな」

 ジョーは感心するが、その表情はすぐに戦慄に染まる。

「……まずいな。こちらに矢が飛んできたってことは、俺達は敵として見られているってことじゃないか」

「ええっ、だってここはニクスの住む集落だよね? なんで友人の僕達が襲われる必要があるのさ?」

「ニクスとアイツのお姉さんはこの森に入ったばかりの新入りだ。その知り合いだからという理由で部外者を集落に入れるほど、リリパットは社交的な部族じゃないんだよ。前にニクス達が住んでた森だって、ニクスの紹介が無い限り入れてもらえなかったんだ」

「武器が必要だって言ってたのってまさか……」

「得物を何も持たずに森に入ったら、下手すりゃ死ぬからだよ」

 ピシュッ、ズドッ。

 重い音を立てて、どこからともなく飛んだ矢が再び樹に刺さる。

「これは警告だ……今すぐ森から立ち去れ……」

 若干声色が高いがドスの効いた声が森に響く。

 この声の主が俺達に弓を射って来た奴なのか?

「あのー! 僕達ニクス君の友人のフォルトとジョーです!」

「ニクスに急な用事があって来ましたー!」

 ジョーと共に大声で弁解する。まずは敵意が無いことを伝えなければ話にならない。

「では、貴様らがニクスの友人である証拠を見せてもらおうか」

「証拠?」

「我らリリパットは元々は闇に隠れ敵を討つ暗殺に長けた部族であり、本来ならばその存在を知られてはならない。しかしニクスはまだわっぱであり、外界との交流が必要だ。故にニクスには親しい者に限り、その存在の認知と共に黙秘してくれる事を証明する品を送るようにしているのだが……まさかそれを持ってはおらんのか?」

 いやちょっと言ってることが分からないです。何それ、パスポートみたいなのが必要ってことなのか?

「ねえジョー、その品って持ってる?」

「持ってるわけねーだろ。前の集落だとそんなの必要なかったし、ていうかそんな物があったこと自体初耳なんだが?」

「じゃあこの声が言ってることは嘘ってこと?」

「多分な。リリパット族が元々暗殺部族だったのは知ってたがそんな習慣があったとは聞いたことがないし、あったとしても今の時代には見合わないはずだろ」

「出さないということは、その証拠を持っていないということだな? ならば貴様らを集落に入れることは出来ん。お引き取り願おう」

 ジョーの反論があったにも関わらず、天の声はいつまで経っても証拠とやらを出さない俺達を集落に入れないと決定付ける。

「ちょ、ちょっと待って下さい! その証拠の品ってどんな物なんですか!」

「それを知っているのかも、我々の集落に入る資格となる。故に答えることは出来ない」

 「これは知ってた?」と言う感じの顔でジョーを見るが、すぐに首を横に振られる。これも嘘の可能性があるってことか……

 そんなところに、無慈悲な天の声が響き渡る。

「時間切れだ。貴様らに集落に入る資格は無いが、この森から出る権利もこの瞬間失った」

「はああ!?」

「おい! こっちが混乱してるのにそっちが勝手に決めるとかふざけるなよ!?」

 ジョーは頭上に向かって文句を叫んだ。

「問答無用。我が矢にその身体を貫かれて、この森の養分として朽ち果てるがいい」

 ビシュッ、ズドッ。

 俺達の後ろの樹に再び矢が生える。今までに撃たれた二本よりも根深く刺さったそれは、紫色に妖しく染まっていた。

「まずい、遂に毒を塗ってきやがった! 本気で俺達を殺す気なんだ!」

 ズドッ、ズドドッ。

 尚も飛んでくる無数の毒矢は俺達には紙一重で当たらず、後ろの樹を針山に変えてゆく。

 転生前の世界にあったRPGのリリパット族はバブルスライムの涎を使っていたが、この世界のリリパットが矢に塗るのは致死性がそれよりもかなり高い猛毒だ。

 そんな毒でも“解毒呪文”さえあればすぐに癒すことが出来るのだが、魔法を覚えて間もない俺にはどうしようもない。ノーコンなのかわざと外しているのかは分からないが、一発でも当たれば御陀仏なのだろう。

 矢の雨が降ってきた方向を向くと、直径が少なくとも二メートルはある巨木がそびえている。

 その下の方――と言っても大人の脳天よりも格段的に高い――の枝の上。フードを目深に被り、こちらの方へ木製の弓を向ける一人のリリパットの姿がそこにある。

 そのリリパットの構えた弓矢は、正確に俺の頭を狙っているように見えた。

(あっ……ヤベぇ……!)

 そう確信した時には遅かった。矢を引っ張る手は既に伸び切っており、俺を撃ち抜く準備は完了していた。

 一瞬その腕がブレる。それを俺の体は発射と勘違いし、脊髄反射で目を瞑ってしまった――

「――何してんだ馬鹿姉貴ィィィ!」

「へぶっ!?」

 ビシュッ、ズドッ。

 発射と刺突の音が聞こえたというのに俺に痛みは訪れない。

 何があったのかと目を開けると、俺の横にあった樹に矢が刺さっている。どうやらギリギリで脇に逸れてくれたようだ。

「おいフォルト、あれ見ろよ」

 同じく一度も矢が当たらなかったジョーが、先程何やら一悶着する声が聞こえた大木の方を指差した。

 地面に力強く張られた根の横で、俺達に弓を射っていたリリパットが倒れている。

 リリパットを一人の少年リリパットが指で突っつく。彼のもう片方の腕には二対の弓矢が抱えられていた。

 森が薄暗いのと少し遠くにいるのとで顔が分かりづらいが、俺とジョーには彼が誰なのか察しがついていた。

「ニクス!?」

「ん? おおっ、誰かと思ったらお前らだったのかよ!」

 俺達の声に反応して、ニクスがこちらに手を振った。

 他に誰もいないからこっちに来いと言うので、俺達は二人のリリパットに近付く。

 大木の前にまで行くと、枝から落ちて気を失っている人物が分かった。

「これって……セレネさんだよな」

 そこで倒れていたのはこの前魔王城に親父を殺しに来た愛人の一人であるセレネさんであった。

「そうだよね……なんでここにニクスのお姉さんが?」

「そりゃ姉貴と俺はこの森の集落に移住したからに決まってるじゃないか」

「アホ。俺達がなんで襲われなきゃいけないのかってことだっての」

 ニクスの見当違いな解釈に突っ込みを入れるジョー。

 セレネさんが俺を襲ったのは俺の親父への復讐と予想出来るが、ジョーを襲った理由はジョー本人にも分からないのだ。

「んなもん俺にも知らねーよ。でも理由は無いんじゃないか?」

「どういうこと?」

「姉貴の奴、頭がおかしくなっちまったみたいなんだよ」

「はあ?」

「魔王様の不倫とか集落の焼失とか、色んな不幸が重なった事でノミラーゼになったんだ」

「ノミラーゼ……?」

「もしかして、ノイローゼと言いたいの?」

「そこはどうでも良いだろ!? それのせいで姉貴は森から出ないし、集落への侵入者を片っ端から始末しようとするしで大変なんだよ」

「セレネさんって確か雑貨屋の従業員やってたよな? それはどうしたんだ?」

「当分休職だってよ。ここの集落には俺の叔父さんもいるから生活には困らないけど、稼ぎ手がいないと凄く気まずくて参ったもんだ」

 溜め息紛れにそう吐露するニクス。その時の顔は泣き止まない子供を宥める親の如く疲弊していた。

 人間界の俺の母校みたいな一部の高校の様に、魔界の学校は基本的に生徒のアルバイトを禁じている。

 ニクスは姉の代わりに働くことも出来ない自分の無力さを気にしているのだろう。冷たく当たっているが実はセレネさんを心配しているらしいし。

「……で、何しにここまで来たんだ?」

「ああそれなんだが、実は昨日の放課後の事なんだが――」

 俺に伝えたのと全く同じ旨を聞いて、ニクスは眉間に皺を寄せた。

「えええ……カルマの彼女は何考えてんだよ……」

「忙しいなら来なくても良いんだよ?」

「いや、俺はその時間帯は大丈夫なんだけどなあ……」

「何だよ、はっきり言えよ」

「俺が行っている最中、()()()はどうするのさ?」

 不安そうな顔と口調で聞きながら、足下の姉を親指で差すニクス。

「今の姉貴はいつ自害してもおかしくない精神状態で、俺が姉貴を監視してないと危ないんだ」

「じゃあさっき言ってたお前の叔父に頼めば良いじゃねーか」

「悪いことに叔父さんはその時間帯は出てるんだよ。他の家の人には頼めるような事じゃないし、悪いけど俺は――」

「私は構いませんよ、ニクス」

「あ、姉貴!?」

 気絶していたセレネさんが頭頂部を押さえながら起き上がった。

 土と落ち葉の付いたフードを取り、黄金色の髪を風に靡かせている。

「その用事で家を空けても、私は大丈夫です」

「何を根拠にそう言えるんだ!? 姉貴を一人きりにすると危険すぎるんだよ!」

「留守番すら今の私には出来ないと思っているのですか?」

「この前だって叔父さんが出ている時に首吊ろうとしてただろーが! 俺が部活サボって帰ってなかったら死んでただろ!?」

「あれは電灯の交換をしようとしてただけだと言ったじゃないですか」

「天井に頑丈な縄を掛けて蛍光灯を吊るすとか言い訳にしては苦しいだろ! そもそもあの縄じゃ電気通さねーよ!」

 ニクスの激昂を淡々と受け流すセレネさん。

 凪の海と荒れ狂う海の様に正反対な二人の口喧嘩に、ジョーはまたかと言いながら頭を掻く。前の集落に行った時にも同じ様な事があったのだろうか。

「あーもー分かったよ! 姉貴を信じてやるよ!」

「ありがとうニクス」

「これでもし死のうととしてたら簀巻きにして監視するからな! 叔父さんにも言っとくぞ!」

「……分かりました」

 ニクスとは違い表情が平たく分かりづらいが、声色からして渋々と条件を飲むセレネさん。

「ということでジョー、俺も明日行けるようになったぞ」

「分かった。待ち合わせはさっき言った時間と場所でだからな」

「おう。それじゃあ俺は家に戻るわ。あと姉貴、帰って来る前に二人に謝っとけよ!」

 ニクスは姉を置いて森の奥へと走って行く。

 残されたセレネさんはこちらを見ている。いやあの、真顔が少し怖いんですが。

「フォルト様にジョー君、姿も見ずに殺そうとしてしまい、どうもすいませんでした」

「あ、いや、別に怒っていませんよ? ねえジョー?」

「お、おう」

「なら良いのですが……」

 ジョーに無理矢理協力させつつ、なんとか事を終わらせることが出来た。

 こういう一方的に謝られた時って互いに悪かった時よりも返しにくいんだよな。幼少期の様にすぐに許せば良いってモンでもないし。

「じゃあ僕達はもう行きますね。あとセレネさん」

「なんでしょうか、フォルト様?」

「友達のお姉さんに様付けで呼ばれるのは気まずいので、今度からはフォルト様じゃなくてフォルト君って呼んでくれますか?」

「分かりました。今後ともニクスとよろしくお願いしますね、フォルト君にジョー君」

 再び頭を下げたセレネさんを背に、俺とジョーは元来た道を戻り始めた。 

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