秀才首無しの奇行
結局悩みすぎでその日は全く寝られず、カウンセラーさんが起こしに来る頃には俺は意識が朦朧として白目を剥いていた。
身体がすごく重く感じる。食事も喉を通らず、修練にも力が入らない。
挙げ句の果てには廊下でぶっ倒れ、目が覚めると従者達が囲んで覗いているベッドの中にいた。
「どうやら貧血のようですな」
何事かと聞く俺に、衛生兵らしき人がそう答える。
どうやら昨夜にかなりの量の血を吸われたのが、この体調不良の原因らしい。
一夜休めば治る程度だったことは幸いだったのだろう。学級長の吸血量が生死に関わるとかたまったもんじゃない。
しかし従者達はそんな軽度の貧血であっても、俺がアリシア家の屋敷に行って、智将アルベルトに何かされたのかと疑い始めた。
あながち間違いではないのだが、そう答えれば色々と面倒なことになるだろう。
一番有り得るのは婚約破棄だろうが、その場合ネックとなるのが学級長のお父さんの反応だ。
フォルトにある程度の好感を持っているエリス学級長はともかく、その彼女の保護者であり、彼女の操の守護者でもある彼はその事態にどう出るのだろうか。
快く薦めていた縁談をなかった事にされ、娘の純情を踏みにじったと憤怒して第二次クーデターを起こすのも有り得なくはない。
自前の製薬技術を駆使して、生き物をゾンビ化させる凶悪な薬品を散布して回るのもありそうだ。ゾンビが普通に魔界に生息しているのにバイオハザードみたいにする意味があるのか分からんけど。
そんな感じで電波な妄想を巡らせていると、どういう訳か瞼が重くなり始めた。
昨夜は考えていて眠れなくなっていたというのにこうも効果が違うのは、考察の命題が阿呆らしいからなのだろうか。
そう思っている内に、意識は既に飛んでいた。
そして次の日。
起きてすぐに体の調子を診られたため、いつもより少し遅れて一限の後の休憩時間に登校した。
教室に入るやいなや、ジョーとニクスが俺の周りに集まる。
「な、なあおいフォルト」
「お前……マジなのか!?」
「なっ、何が?」
切羽詰まった口調で詰め寄ってくる二人。その両眼では負の感情を糧とした炎が燃えている様に見えるのは気のせいだろうか?
「決まってるだろ、一昨日の学級長のお見舞いだよ」
「学校中で噂になってるぞ。学級長の家で童貞を捨てたんだろ?」
「………………………………はあ?」
一瞬の思考停止から時間差で反応する。なんで次から次に何か起こるのだろうか。
この世界の理を司る何かは根っからのドSなのか。肉体的に疲れさせた後は精神的に疲れさせるつもりですか。そーですか。
「あのさあ……なんでお見舞いがそこに繋がるの?」
「だってそりゃあ、なあ?」
「年若き男女、それも将来を誓った二人が一緒にいれば、行われる事は一つしかないだろ?」
「いや、その理屈はおかしいよね」
小声で理由の裏付けをする親友二人。こいつらが馬鹿なのは承知だったことだが、ここまでとは思わなかった。
ていうかなんで俺が学級長と体を合わさなきゃならんのだ。本当に訳が分からない。超意味不なんですけど?
そりゃ俺だって童貞という蛙の一匹。女という大海を知らない故の妄想の一つや二つしたこともある。
婚約者という間柄上その内そういった事に及ぶことになるのは分かっているが、流石にまだ早すぎやしないか?
ここは戦国時代じゃない。どちらかといえば平成の日本っぽい魔界だ。元服する訳じゃないんだし、もう少し後でも良いんじゃないのか?
「(吸血以外は)ただのお見舞いだよ? 体調不良なエリスさんにそんなことしたら、一体どうなると思ってるの?」
「どうなるって……婚約破棄とかか?」
「そうなったらフォルト、死ぬかもな」
「でしょ? そんなことする度胸なんて持ち合わせてないから、その噂は嘘だよ」
根も葉もない噂をそう否定し席につく。
どこの誰がやったのかは知らないが、そういったゴシップは流さないで欲しかったものだ。
人間界でだって王家で何かある毎に報道されていたけど、それだってどこを訪問しただの皇太子がどこに入学しただのといったレベルまでだ。ガセネタとはいえ、恥ずかしい噂を流されてはたまったもんじゃない。
「そういやフォルト、三限の剣術はどうするんだ?」
「どうするって……ジョーは誰とするの?」
「ホームルーム前にカルマに指名されたな」
そう言い指差す席には、物静かに読書をする眼鏡の男子がいた。
ジョーは剣術が強いだけではなく、相手の苦手な所を指摘し教えるのも上手い。
そのためジョーは相手に指名されることが多く、フォルトも戦ったのは一度や二度ほどしかないのだ。
「エリスさんが休みだし、ジョーも無理。ニクスは弓術で元々専攻してないってことは……あれ、今日の相手いないんじゃない?」
「三限まで時間はたっぷりあるし何とかなるんじゃないか?」
「う~ん……じゃあちょっと回ってくるよ」
何も自分のクラスだけから相手を探さなくても、他のクラスにも専攻者は沢山いる。
いつもの相手が休みで困っている奴もいるかもしれないし、動かずにいるのは損なだけだろう。
そう考え俺は教室を後にした。
「次、ジョー・サラマンドラとカルマ・ネックレス!」
談笑していたジョーとカルマが決闘の場となる直径十メートル程のサークルの中に入った。
ぎこちなく模造刀を握りブルブル震えている眼鏡を外したカルマに、ジョーは一旦剣をしまってリラックスしろと落ち着かせる。
言われるがままにカルマは剣を鞘に仕舞い、指で手に何やら書き(恐らくおまじないの類いなのだろう)、深呼吸をしてから再び剣を構えた。
「始めっ!」
「やああっ!」
先生の合図と共にカルマが駆け、ジョーの頭に向けて剣を振る。
「甘いっ!」
落ち着いた様子のジョーはそれを弾き返し、その反動でカルマがよろめくとすかさず横に斬る。
ジョー本人からすればまだ遅い手加減した剣撃。しかしそれを受け止めるにはかなりの反射神経が必要であった。
「うわあっ!?」
驚くカルマは即座に大理石の床を強く踏み込んで後ろに跳ぶ。
サークルの縁から三歩程の位置で着地して、続く二撃目三撃目の剣筋に垂直に剣を置き防いでゆく。
徐々に後ろに押されるカルマ。サークルの外に出ればその瞬間勝敗が決まる。
万事休す。今回もジョーの勝利かと傍観する生徒達はそう思っていた。
しかし最早逆転は不可能だと皆が悟っていたカルマの顔には、まだ諦めた表情は浮かんでいなかった。
カルマは剣を片手に持ち替えると、もう片方の手で自身の青い髪を掴む。
「ん?」
何をするのかと気になったジョーの動きが、ほんのわずかな時間だけ止まる。
それを狙っていたと言わんばかりにカルマは髪を上に力強く引っ張る。
瞬間、カルマの首は宙を舞っていた。
「は……?」
高く上がった生気を失った頭に吸い寄せられる、ジョーとサークル外の生徒達の視線。
ジョーはまだ剣を薙いでいない。そもそも、模造刀で首を撥ねることは彼にも不可能なはずだった。
呆気に取られるジョーの横を、一陣の風が流れる。
我に返り視線を前に戻すと、目の前にカルマの身体は存在しなかった。
「しまっ――」
咄嗟に剣を縦に構え、腹の横で構える。
剣を置いたその位置で、ギンッと金属同士が打ち合う音が鳴った。
ジョーが振り向くと、カルマの身体が陽気に飛び跳ねている
軽快に片足飛びをしながら、カルマの身体は回転しながら落ちてきた首を片手でキャッチする。その姿はまるでバスケでシュートを決めるようであった。
カルマは着地すると首をあるべき位置に収めた。死んでいたカルマの眼に、再び光が宿る。
「あれっ……?」
カルマが見渡すと辺りの空気が冷たく重いものになっていることに気付いた。
ジョー、剣術の先生、他の生徒の全員が、自分を見つめて呆然としているのだ。
「あっ……ああああ!?」
事態をようやく理解して青ざめるカルマ。
上半身を九十度曲げて、周りに謝罪する。
「すっ、すみませんっ! 僕棄権します!」
教師の抑制もないままに、カルマは一目散に格技場を出て行ってしまった。
「お疲れジョー、どうだった?」
歯切れの悪い終わり方をした決闘から戻ってきたジョーに労いの言葉を掛ける。
しかしジョーは納得がいかないといった反応を返した。
「むう……」
「どうしたの?」
「いや、カルマの戦闘方法に違和感を感じてな」
「自分の首を放り投げて相手の注意を引き付け、その間に後ろに回り込み隙を突く。見かけの割りには随分とトリッキーだったね」
「そりゃまあデュラハンだからな。首は着脱可能だろ」
だからファーストネームが“首無し”だったのか。
「元々の生態を活かした戦闘方法なんだし、違和感を感じる必要はないんじゃない?」
「まあそうなんだが……」
「だから何なのさ?」
「ホームルーム前に俺に決闘相手を頼んだとき、カルマは『正々堂々と戦おうね』って言ったんだ。あの技を使うのはそう戦っていることになるか?」
「うーん……」
首で相手を欺くという発想は素晴らしいが、悪く言ってしまえば派手な猫騙しそのものだ。
少なくとも正々堂々と戦おうと誘う本人が用いる姑息な小技ではないだろう。
「それにカルマの首が身体から離れてたとき、身体はサークル内で飛び跳ねていたよな?」
「うん」
「少し根暗だが思慮深く目立つ事をしたがらないカルマがあんな感じで動くなんて、今回の対戦相手ながら俺には想像出来ねえよ」
確かにそうだ。確実に周りからの注目を浴びる決闘場のサークル内で首が無い胴体が突然謎の動きをしたら、目立ちたいからこっちを見てと言っているようなもんだ。
カルマの性格についてはよく知らんが、ジョーの言った性格が正しければあの動きはそれと矛盾している。
まるでカルマの人格が豹変してしまったかのような挙動だ。
そう考えてみると、あの首投げフェイントもカルマの性格と合わないものだな。
人型の生物の頭には脳だけでなく目、鼻、耳、口と感覚を司る器官が四つある。
デュラハンは自分の首を小脇に抱えて立つ姿がファンタジーで描かれていることが多く、その時見える景色は首が身体の最上部にある時のものよりやや下にあるはずだ。
カルマは首を回転を掛けつつ上に投げていたが、それでは視界がグルグル回り、キャッチする頃には吐き気を催して隙を生み出すことになる。
それが起こらないとしても生物共通の弱点である頭を無造作に投げたら、その頭を叩き潰されるなり残された身体を貫かれるなりして止めを刺されてしまうはずだ。
最早思慮深いとかそういう問題ではない。カルマのやってたことは、自殺行為と何ら変わらないのだ。
「前の授業の時は普通に戦っていたんだけどなあ……」
「えっ、ジョーは前回はカルマとじゃなかったよね?」
「ここにいる全員の戦い方は把握しているからな。と言ってもオリジナルの戦法を持つ奴は少ないんだけど」
つまりこの授業の専攻者全員の癖や苦手も分かるってことか。なるほど、道理で指導も上手いわけだ。
「そういえばフォルト、お前今回の対戦相手はどうしたんだ?」
「ええっと、それがね……」
「おいフォルト、最後はお前だぞ!」
俺が言うのを躊躇っていると決闘場から先生が声を掛けてきた。
「ああはい、今行きます」
「おいっ、お前まさか……」
「うん、駄目だったよ」
剣術の専攻者には健康な奴が多いのか誰一人欠席者はおらず、一限と二限の後の休み時間で対戦相手は見つからなかった。
その一連の話を先生にすると、全部の試合の最後に学級長の代わりに相手になってやると提案されたのだ。
「あとジョー、お前に審判を頼む」
「えええ、マジですか!?」
「マジだから早くしろ」
完全に休憩ムードになっていたジョーが項垂れる。人間界だったら慰めとして缶ジュースくらいなら奢ってやれるのだが、この世界に自販機はあるのだろうか。
「よし、じゃあ始めるとするか」
「はい」
「始めっ!」
こうして俺は先生と戦うのだが俺はまだ弱く、一般の生徒と同じく頭や胴体を数回ずつ斬る練習と逆にそれを防ぐ練習をするだけなので、この描写は省略させてもらう。
……俺ってこの魔界の王子なんだよな? それにしては描写が曖昧な様な気がするんだけど。
「お帰りなさいませ、フォルト様」
全ての授業が終わり校舎を出た俺に、定型化した挨拶をカウンセラーさんがする。
俺は軽く礼をしてから幌馬車に乗り込み、カウンセラーさんが馬を走らせてからしばらくして、ある質問を投げ掛けた。
「そういえばルシアさん、デュラハンって首を外すと人格が変わるの?」
「そのような事はございません。例えデュラハンであっても普通人格は一つだけでしょう」
そう答えられて俺はああやっぱりかと納得した。
しかし同時に、何故カルマがあの奇行に走ったのかという疑問が強くなる。
「やけに風変わりな質問ですが、今日の学業にて何かございましたか?」
「え? ……ああそうそう、実は今日の授業でさ――」
カウンセラーさんから助け船に意気揚々と乗り込み、俺は剣術の授業の際に起こった一連の騒動を説明した。
「……確かにそれは不思議ですね。“超越生”の一人に数えられている程の学才の持ち主であるカルマ様がその様に動くとは」
「なんですかその“超越生”って?」
「フォルト様にはまだ説明しておりませんでしたね。生徒達に付けられた一種の格付けのことですよ」
手綱を器用に操りながら、カウンセラーさんは説明を開始した。
何百何千という生徒がいる魔界の学校の中で優劣を付けると、生徒達には全体的に評価が振り分けられた“均衡型”と、一部の科目に評価が偏った“偏向型”と呼ばれる二つの傾向が見られる。
この二つの内で評価が高いのは前者である。一つのテストで満点を取っても、他のテストで赤点を取りすぎれば評価が落ちるように、全体的な実力が高い者を選ぶのは当たり前だ。
しかし高評価の者が全て“均衡型”では、この上位者達が集まる次世代の魔界軍は弱くなってしまう。
例えば全体的にかなりの評価が貰えた“均衡型”と、これに比べて他はやや劣るが武術の評価だけはこの二、三倍はあった“偏向型”の二人が魔界軍の一般兵になったとしよう。
この二人を二国あいまみえる戦場に投げ込んだとして、より長く戦え、良い戦績を残すのはどちらであろうか。
この検証には多くのパターンが見られるだろうが、相手を力で捩じ伏せ、雑兵相手に一騎当千するのは後者であり、この結果は彼らが幹部と仮定しても変わらない。後者にもある程度の学識はあるからだ。
つまり良い軍を作るのであれば、バランスの取れた者だけでなく個性的な人材も集めなければならず、その為に作られたランクが“超越生”なのである。
これは“均衡型”のトップの生徒――“基準者”を上回る評価が一つでもある“偏向型”の生徒を指す名称であり、これに選ばれた生徒は“均衡型”の上位組と共に魔界軍のエリート部隊に配属される権利を得ることが出来るのだ。
「ルシアさん、その“基準者”って誰ですか?」
「今年度のはエリス様が担当しています」
「ああ……やっぱりね」
まあそうだろうなと確認する。ていうか他に思い浮かばなかった。
学級長よりも高い評価を持つ者には、剣術ではジョー、弓術ではニクスがいる。まあ学級長は弓術は専攻していないため、ニクスはただ単純に弓の腕がトップなので評価されているんだとか。
カウンセラーさんが言ったように、カルマも数学と魔導科学で学級長に勝っている。他の教科はそこそこらしく、彼は根っからの理系なのだろう。
「そんなカルマ様がその大胆かつ無謀な技を駆使するとは思えませんね」
「でもデュラハンは人格が変わらないんでしょ? それってカルマが自分で考えてやったってことになりますよね?」
「だから不思議なのですよ。ちなみにフォルト様、カルマ様は格技場を出た後どうなさったのですか?」
「教室には戻って来ませんでしたよ」
剣術授業が終わり教室で休み時間を過ごしていると、突然マリア先生が入ってきて「カルマ君は早退です」と言った。
他の科目に出ていた奴らは何事かと騒いでいたけど、俺やジョー達はさっきの授業が原因だなと気付いていた。
「……色々と疑問が残る話ですね。魔王城に帰還したらすぐに調べます」
「いや、ルシアさんが関与する事では無いんじゃない? 生徒の間ではカルマは疲れて混乱してたからって結論付けてましたし」
「いえ、それで万が一にも魔王様に何か関係してしまうと魔王様やフォルト様も危険になってしまうので、ここは私にお任せ下さい」
「は、はあ」
なんというか、カウンセラーさんも地味に頑固者なんだなとしか言い様がない。
俺の溜め息を承諾とみて、カウンセラーさんは調査に心躍ったのか馬車を速めた。




