転生しました
「フ……ト君、この……を……さい」
「ううん……」
「フォルト・ハイグローヴ君! この問いに答えなさい!」
「は、はいい!」
ガバッ、と席から立ち上がる。すると周囲から好奇の視線を浴びた。
ここは……学校か……? 目の前には長方形型の深緑色の黒板(なんか矛盾しているような……)が壁に取り付けられており、そこに白いチョークで読解不能な文字が乱立している。
その前ではダイナマイトボディーで金髪美人な女性が、こちらをじっと見てくる。気分は蛇に睨まれた蛙だ。
「……ぷっ、また居眠りかよフォルト~」
「あーあ、どうすんの。マリア先生怒ってるよ?」
周囲を見てみるが……誰だこいつら? 見たところ人間だが、見たことのない面々だ。
肌の色は白で、ここは欧米諸国か?と思わせるが、それにしては何か違和感がある。自惚れになりそうだが、一人一人が、例え今のようにからかっていたとしても、その深淵の精神レベルで、俺を怖れているように見える。
ていうか、フォルト・ハイグローヴって誰だ? 俺は……誰だっけ?
そんな痛々しいあだ名みたいなのが本名なのか――
「あでっ!」
辺りを見ながら考えていると、何やら前から飛んできて、俺の額に当たる。
床に落ちて、ポキッと鳴りながら真っ二つに折れたそれは、誰がどう見てもチョークであった。
「フォルト君……どうやら話を聞いてなかったようですね……今すぐ洗面所で顔を洗ってきなさい」
「あの……あなたは……」
「いいから! 早く行きなさい!」
「は、はい!」
人呼んでマリア先生の怒号を浴び、俺は一目散にドアに向けて走り出した。
「まったく……どうなってんだ……?」
俺は誰もいない廊下を歩きながら、首をかしげる。
教室らしき空間から出た時、「1―B」と書かれていた。ちらっと見えた教科書の内容からして、俺は中学一年生ということになる。
……なんで俺はこんな今更な考察をしているんだ? 自分の年齢くらい一瞬で分かるだろ。間違いなく俺は十六歳だ。
というかそもそも、記憶がおぼろ気になってるんだ? この年齢でアルツハイマー症候群でも発症したなんてことはないよな。……アルツハイマー症候群って何?
「まだ寝惚けてんだな、とっとと顔洗って戻ろう」
とは言っても、ここのどこに洗面所があるんだろうか。ここの浩三が全く分からないので、さっきから適当に歩いていた。
「んん?」
ふと窓の外を見て、俺は驚いた。
まず、空が緑色だ。なんてこともないいつもと同じ空なのに、どういう訳か違和感を感じた。
外の空気に晒された土地は風に優しく撫でられ、木々のざわめきが聞こえる。
しかしどうも木が多い気がする。視界にくっきりと見えるものだけで、優に100本は越えている。
この学校に連日来ているのなら普通のはずの光景が、今の俺には新鮮に見える。
てか、この近辺は少し文明が遅れているのか? この学校もだが、木造建築物しかない。
もっと固い物質、例えばコンクリートで建てられたビルとかが1つも無いのだ。
「コンクリート……? ビル……?」
駄目だ駄目だ、訳の分からんことを口に出してしまっている。
考えるのは後にして、まず今は洗面所を目指そう……。
それから一分経つ前に、洗面所についた。
あれから直進して、すぐに見つかった。
蛇口から迸る水を手ですくい、顔にぶつける。これで目は覚めただろう。多分。
「ん?」
不意に、目の前の鏡に目がいく。
黒い髪に、やや黄色みがかった肌。見つめる目は大きいにも関わらず、目を細めているからか少し小さく感じる。
鼻と口は特にこれといったこともない。問題は、顔の真横でその存在を見せつける耳であった。
なんと言うか、少し耳朶の上が外側に向かって尖っている。
エルフ耳、にまで及ぶかどうかは分からないが、今まで見たことのない形に驚く。
それにしてもこの顔どこかで見たような……あっ!
「お、思い出したぞ! 転生に成功したんだ!」
今思い出した、俺の名前は高林秋人。耳以外の顔のパーツはこの頃からのものだ。
さっき言われた「フォルト・ハイグローヴ」っていうのは多分転生後の、この世界での名前なのだろう。
多分由来は高→ハイ、林→グローブ、秋→フォール、人→トということだろう。なんかそのまんまな気がする。
ていうか「フォルト」って、英語で欠点や短所を意味するはずだろ。どうしてそんな名前つけるんだよ。
「ということは……ここはファンタジー小説の世界なのか?」
転生先は正しいんだろうが、ファンタジーっぽさは今のところ全く皆無。
転生の自覚をするまでに、目が覚めてからまだ5分も経っていないから、そう思っているのだろうか。
「ひとまず教室に戻るか……あれ?」
鏡を覗いて髪を弄くり倒していると、指に当たる肌の感触に少し違和感が生じた。
柔らかめの黒髪の中に、固い何かが入っている。先端は尖っていて、三角錘型になっているらしい。
力強くつねると、頭に電気が走ったように痛む。コブだろうか。
頭頂部の右側にあるだけならそれで済ませることができた。が、ちょうど頭の逆側にも同じようなコブがあることに気付き、ややあっと俺は驚く。
急いで鏡に顔を近付け、髪をずらして頭皮を見る。
その瞬間、俺は度肝を抜いた。
「なんだこれ……角……?」
生えた二本の角に驚いているところで、空間をチャイムが響き渡った。