眠れぬ夜の追想
前回で疲れたのか、今回は結構短めです。
「お疲れ様でした。明日の修練は今日の休んだ分を繰り越して行うらしいので、ゆっくりとお休みください」
部屋の明かりを消しながら去るカウンセラーさん。濁っていた目には光が戻っていることに今更気付いた。
なぜ今更なのか。それはお見舞い帰りの馬車に揺られてからここに戻るまでの記憶がうろ覚えになっていたから。
もう少し詳しく言えば、学級長のお父さんが転生前の俺の名前を言い当てた事に驚き、放心して思考が停止してしまっていたのだ。
何故彼が秋人という名を知っているのか。それを知ってどうするつもりなのか。
お義父さんの目的を知るよしはないが、少なくとも碌な事はないはずだ。
転生者に関わる情報は、俺やカウンセラーさん以外の部外者に漏洩してしまうと世界に歪みを作る。
マリア先生を始めとする親父の愛人達が暴走したのもその歪みが原因で、その時カウンセラーさんから情報が漏れているかもしれないと言われた。
その相手がお義父さんであるとするなら、これからも誰かが歪んで敵と化してしまうのだろうか。
(……秋人様?)
「うえっ!?」
突然話し掛けられ跳ね起きる。既に姿は見えないのでテレパシーだと分かるが、出来れば今はその名前で呼ばないで欲しかった。
(随分と物思いに耽っておられますが、どうなさいました?)
(えっ、あれっ、ルシアさん? テレパシーは駄目なんじゃ……)
(以前情報が漏洩した際の事象を検証してみたところ、外に言葉を発しない限り漏洩は無いと分かりましたので)
それを調べるために今までテレパシーは使わなかったのか。
(また気軽にカウンセラーさんと呼んでも構いませんよ)
(えーと……なんか「ルシアさん」の方が親近感が湧くんで、そっちでも良いですか?)
ぶっちゃけ口に出して言うと、「カウンセラーさん」は長くて語呂が悪い。いちいちテレパシーの時だけ名前を変えるのも面倒だし、変えない方が良いのだろう。
(そうですか)
俺の提案に少し残念そうに頷くカウンセラーさん。
(もしかして怒ってます?)
(いえ全く。むしろ秋人様の記憶が完全にフォルト・ハイグローヴに融合されたことに安心しています)
(完全な融合って、今までは不完全だったんですか?)
(秋人様が転生なされてからしばらくの間、二つの人格が一つの体に収められていたのはその為です)
二つの人格――「秋人」と「フォルト」の人格のことか。
(転生前の記憶を受け継ぎ転生する場合、記憶の移動には順序がございます)
(順序?)
(まず転生前の記憶や人格などが、転生ハローワークの“転生の扉”をくぐる際に肉体から抜け出て、意識だけの姿、言わば霊魂となります)
(抜け殻になった体はどうなるんですか?)
(肉体は浄化され、その形を残しません。人間界の生物であるのであれば、人間界で新たに生まれる命達の一部としてばらまかれます。目には見えませんが)
そこでようやく転生前の人物は死んだことになるらしい。まあ不可視な霊魂のみとなっちゃ当たり前か。
(転生者の霊魂にはその人の姿の特徴も含まれております。なのでその特徴を転生する生物の範囲で反映させることで、転生後の肉体の原形が作り上げられます)
(虫とか動物とかに転生する時もですか?)
(そうですね。ある程度の補整は掛かるようですが)
豚になろうがカマキリになろうが、どの世界でも顔面格差社会での地位は同じってことか。
…………反映する必要なくね? イケメンに転生させてくれても良いだろ。
(新たに作られた肉体には元々一つの魂が宿っており、転生前の霊魂はそれに寄生する形で肉体に移ります。そうして転生者は多重人格者となり、二つの人格は徐々に一つに合わさっていきます)
(じゃあ「フォルト」は消えたんじゃなくて、俺と同化したってことですか?)
(そうなりますね)
ていうかカウンセラーさん、知ってるなら最初から教えてくれれば良かったのに。なんで言ってくれなかったんだろ?
(フォルト様の人格の同化が丁度勇者の襲来と被ってしまい、私は給仕としての役目を果たさなくてはいけなかったのです。あれから一週間が経ち、ほとぼりも収まってきたので、今日ようやく伝える事が出来ました)
(そうだったんですか……)
カウンセラーさんの弁明に妙に納得出来た俺。
慣れってものは恐ろしいもので、カウンセラーさんに久し振りに心を読まれても、そこまで驚かなくなっていた。
(ちなみにその慣れも、秋人様の転生による賜物です)
(うわあっ、そっ、そうなんですか?)
(読心術はこの世界では当たり前のものですから、驚く事でもなくなったということです)
(へ、へえ……)
二連続での読心には不意を突かれて驚いたけどな。
(で、本題に戻りますが、お休みになられないのですか?)
(え? えーっと……少し気になる事があって……)
(アルベルト様の件でしょうか?)
(帰り際に俺の名前を呼んだ事がすごく……もしかして、学級長のお父さんが情報を知った人物じゃないんですか?)
(なるほど……)
俺が抱いている不安感に納得し、熟考し始めたのかカウンセラーさんは黙り込む。
再び口を開き最初に彼女が発したのは、やや疑問の残る言葉だった。
(……おかしいですね)
(何か分かったんですか?)
(その逆です。全く持って訳が分からないのです)
(ええっ?)
カウンセラーさんにも分からないものがあるのかと唖然しているのを無視して、カウンセラーさんは説明を続けた。
(確かに彼の魔力や科学力ならば、大抵の盗聴は可能でしょう。フォルト様が「秋人」のフレーズを一度でも声に出しているのを聞ければ良いのですし)
(は、はあ)
(しかし重要なのは方法ではなく動機――何故事に及んだのかであり、それが同時に不明でもあるのです)
(盗聴から弱味を握って、魔王への復讐で俺を嵌めようとしたとか……)
(それならば今日、屋敷を訪れた際に手を掛ければ良かった話です。それに今の彼は、ヴィンセント様に憎悪の念を持っている様には見えませんでしたが?)
(え、えっと……すいません……)
カウンセラーさんの否定に返す言葉もなく、俺には謝ることしか出来なかった。
(これは私の憶測ですが、アルベルト様はその情報を誰か別の人物から受け取ったのではないのでしょうか?)
(学級長のお父さんじゃなくて、他の人が盗聴したってことですか? いやいや、まさかそんな……)
(確かに確証はありません。しかし、こう考えれば動機が一つ見つかるのです。この世界のものとは違う概念の転生をフォルト・ハイグローヴが行っているという、極めて信憑性の低い噂への好奇心から名前を呼んだと)
(そ、そんな単純な理由で良いんですか!?)
(彼は魔界ではほとんど必要とされていなかった製薬技術に没頭した奇特な人物ですからね。底知れぬ未知への探究心は、この魔界では勿体無い程ですよ)
智将と言うよりは科学者に近い彼の人格を評価するカウンセラーさん。
確かにあの人が人間界にいたらノーベル賞級の発明を大量にしてしまいそうだ。ドラキニウムが人体に含まれているのか知らないけど。
しかしそう仮定してみると、今度は問題が一つ増えてしまった。
(でもその場合、他にも情報が漏れていることになりますよね?)
(ええ。ヴィンセント様の愛人達以外にも書き換えが発生しているでしょう)
(……ルシアさん、あくまであなたの憶測なんですよね?)
(はい)
(まさか本当になるなんてこと、ないですよね?)
(有り得ないことはないですが、可能性は低いでしょう)
(そ、そうだよね)
(気に病んでいた事もなくなり、眠れそうですか?)
(う、うん! 大丈夫ですよ!?)
(そうですか。ではお休みなさいませ)
テレパシーが終わった様で、カウンセラーさんの声は届かなくなった。
一人部屋に残った俺は、頭上の黒い天蓋を眺めてぼやいた。
「眠れねえ…………」




