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賢しき者の物語

今回は色々と展開がブッ飛んでいます。

 エリス学級長はいない以外は変わらないノームヤードの夕食を済ませ、少しの休憩の後、修練場に入る。

 今日の修練は約一週間振りの剣術指導で、講師のレオン親衛隊長はまだ二日酔いが治ってないらしく、時折こめかみを押さえながら模造刀を振っている。

「レオンさん、そんなに酷いなら今日は止めませんか?」

「何を言いますかフォルト様、これくらいの頭痛、戦いでの傷に比べたら屁でもありませんぞ! ほらそこっ、腰が甘い!」

 体調が悪いのに普段よりも厳しく指導する親衛隊長。久し振りの剣術指導に張り切っているのだろう。

 レオン親衛隊長は親衛隊に入隊した当時から剣の鍛練は欠かさなかったらしく、親衛隊内での今までの戦歴は五百三十六勝七十八敗(しかもこの負けは全て入隊二年以内のものらしい)とその腕は確かな物なのだとか。

 今日の様な頭痛に襲われることは無くても、様々なシチュエーションを見越した戦い方も考えてはいるのだろう。

 が、そんな百戦錬磨の竜騎士レオンにも、やはり限界はあったようだ。

「うっ……」

 親衛隊長は突然剣を止め、口を押さえる。青くなったその顔には、何かを堪える様な苦悶の表情が浮かんでいた。

「だ、大丈夫ですかレオンさん!?」

「フォルト様……すまないですが、今日の修練はここまでにしておきましょう……」

「わ、分かりましたから、早くトイレに行ってきて下さい!」

「ありがとうございます……それではお先に……」

 ゆっくりとした歩調で修練場を出る親衛隊長。扉の電撃トラップは既に解除していたようだ。

 「ゥオウエェェー!」という咆哮に似た声と、それに続いた吐瀉音だけは聞きたくなかったけど。

 それからカウンセラーさんが迎えに来るまでの十分間、ある意味電撃トラップよりも凶悪な障壁に阻まれて、俺は修練場から出ることが出来なかった。



 “境界”の完成から十年が経ち、賢者は八人の弟子を作った。

 魔界からの攻撃により常に崩れてゆく“境界”の修繕作業に、六十五歳と年老いた賢者は自分の限界を感じたのだ。

 十八年に及ぶ彼の指導の下、弟子達は世界でも有力な魔術師になることが出来た。

 しかしそんな彼らの中には“境界”の修繕に用いる魔法、“魔法陣修復呪文零式”を使えるようになった者はおらず、弟子の力不足を悔やんだ賢者は無念の内にこの世を去った。


 それから更に二十の年が流れた。

 未だに“零式”を覚えられる様になる者は現れない。

 賢者の八人の弟子の中でも、最も力の強い魔術師が定期的に“魔法陣修復呪文壱式”――それなりの実力さえあれば誰でも発動出来る、“零式”の改悪版――を唱えることにより“境界”に刻まれた傷を抑えることは出来るが、その力では完全な修復は出来ないため、二界の均衡がその内崩壊するのは明白だった。

 それでも人類の「最後の砦」である彼らは、圧倒的な絶望の中でも“境界”の修繕を止めなかった。

 魔術師達は賢者の教えを護り、更なる自身の強化を求めて修行を続けた。

 また、自分達の後継者となるべき者を育てるため、賢者には寿命故に少人数しか出来なかった弟子の育成を、“帝国”及びその隷属国を中心に大規模で始めた。

 誰か一人でも、新たに“零式”を唱えられる人物が現れれば世界は救われる。

 そしてその、人間にとってはほとんど奇跡に近い力を持つ者が誕生したのは、更に五年後のことであった。


 その日は五番目に力の強い魔術師が、修復を兼ねて新たな弟子達を“境界”に連れていた。

 亀裂の入った魔法陣に向かい“壱式”を唱え、その威力の低さと比較して“零式”の存在を教え、新たな弟子となる少年達に魔法への関心を深めさせる。

 毎年、年の始めに行うこの説明は、新たな魔術師の誕生を願う荘厳なものであった。

 が、そんな行事の流れは、例年とは打って変わって異常なものと変貌してしまった。

「“零式”も使えない未熟な魔術師が今の世界の魔術師達を指導しているとか、世も末だね」

 魔術師が“壱式”の力で“境界”の亀裂の一部を埋め、“零式”の説明をしていると、その侮蔑が弟子達の中から発せられた。

 魔術師はそれが飛んできた方を向く。あどけなさの残る少年少女に混ざり、どこか挑戦的な眼でこちらを見つめている少年がいた。

 魔術師は特に気にもせずに解説を続ける。こういった年相応の――悪く言い換えれば生意気な――子供達からの野次は必ずあり、それに対してはただ無視すれば良いだけだからだ。

「あれ? 何か言い返せないの?」

 尚も少年は悦に入った表情で悪態を吐き続ける。

「こんなのばっかだから、昔から魔王軍にビクビク怯えているんだよ」

「…………」

 説明を中断させ、魔術師は少年に黙るよう睨んで伝えた。

 彼は他の魔術師よりも少しばかし短気らしく、既に怒りは溜まりに溜まっていた。

「魔術師様達が崇めている賢者っていうのも、本当は大した事無いんじゃないの?」

 その言葉に、ついに魔術師の堪忍袋の緒は切れた。

 掌を少年に向け、口を動かす。

「◎※♂#×∞@☆&%――」

 魔術師が唱えると掌に火の玉が現れ、そこで膨張し始める。

 怒る師匠が何をするのか察して他の弟子達は横に逃げるが、標的である少年は動こうとせず不敵に笑っていた。

「――燃え尽きろ(リーフェ)

 火の玉は水平に放たれ、尾を引きながら少年に迫る。

 余裕に構える顔に当たると同時に火柱が上がり、少年の身体を焼き尽くした。

「今私が唱えたのが火炎の初級魔法“ファイア”であり、君達が最初に覚える魔法の一つだ。この様に簡単な魔法でも相手に危害を与えることは出来てしまうので、呪文詠唱は安全を確保してから行うように」

 後ろで震える弟子達に淡々と伝え、魔術師は燃え上がる火柱に向けて声をかけた。

「君が言いたい、私達が未熟だということは分かっている。しかし、賢者様を貶す様な言動だけは頂けないな」

 火柱は徐々に勢いを失い、やがて鎮火する。

 そこにあの、生意気な少年の姿は無かった。

「おお怖い怖い、魔術師見習いに突然魔法を放つなんて、野蛮な魔術師もいたもんだね」

 少年の呆れた物言いが一帯に鳴り響く。

 弟子達が騒然とする中、魔術師は迷わずに真上を見上げる。

 腕を組んでしてやったりといった顔をした少年が、まるで見えない地面に立っているかの様に宙に浮いていた。

「魔術師って名乗るなら、最低でもこれぐらいは出来ないと。@∞×☆&%♀△#――」

「その呪文は……!」

 咄嗟に少年が唱え始めた呪文に、魔術師は驚愕した。

再生せよ(ノイタレネーゲル)……!」

 刹那、魔術師と弟子の背後にある“境界”の魔法陣に、乳白色の一条の光が空から放たれる。

 その光は魔法陣を包み込む様に膨張し、方陣の外郭程にまで成長すると放射状に爆発した。

 眩い閃光に地上にいた全員は目を押さえる。弟子達は何が起こったのかも分からないまま、ただ視界が戻るのを待っていた。

「んん……」

「い、今のは……?」

 ようやく光が収まり、魔術師達は目を開け、そして愕然した。

 目の前にあった魔法陣の傷が消え、設立した当初と同じ滑らかな岩肌が整備されていたのだ。

「どうだい? 魔術師様達が長年悩んでいた“境界問題”も、“零式”の力さえあれば一分もしない内に解決出来るんだよ」

「ど、どういう事だ……? “境界”の亀裂が……消えている……?」

「魔術師様、これは……」

 魔術師は目の前の光景に、言葉を失っていた。

 少年が“境界”に放った魔法は正しく“零式”であり、魔法陣の亀裂が埋まったことも、“境界”の完全なる修復という事実を知らしめていた。

 しかし、不審な点もある。年端もいかない少年が何故“零式”使いこなせたのか。

 魔法に関連性を持つ値の内、より強い魔法を唱えられるようになるものが“魔力”であり、それは魔法を用いた期間に比例する。

 ヒトが先天的に持つ魔力は魔物に比べて非常に少なく、上級の魔物と対等に戦う為には少なくとも二十年の修行が必要となる。若い魔術師達が人類の最大戦力となっているのは、魔法に関心を持った者がほとんどおらず、彼らよりも魔力を積んだ者が存在しないからである。

 外見では二十歳に満たない少年である彼が持つ魔力の量に、魔術師の疑いは募るばかりであった。

「あれー? 魔術師様、もしかして余りの威力に言葉も出ないの? 昔賢者様に見せてもらったんでしょ?」

「お前さん……何者だ?」

 虚空に浮かぶ少年に尋ねる魔術師の声色が僅かに震えていたのは、挑発に対する怒りからか。あるいは――異形の者に対する畏怖からか。

「アハハハハハ、魔術師様怯え過ぎだよ。僕はれっきとした人間さ」

 少年はせせら笑いながら、ゆっくりと降下した。

「強いて言うなら、ちょっと特殊な生まれの人間だけどね」

「特殊な生まれ?」

「輪廻転生って言葉、知ってる?」

「死んだ人間の魂は黄泉の世界を通り、再びこの世に舞い戻ってくる……ここから遠く離れた集落に、太古から言い伝えられた言葉だな」

「あったりー! 流石魔術師様、これくらいは常識だよね」

「馬鹿にするな。これくらい屁でもないわ」

「ふーん……で、その輪廻転生なんだけど、魔法の中にはその因果律を狂わせて、転生の周期を変えたり、生前の能力や記憶を継承させたり出来るものがあるのは知ってる?」

「……知ってはいるが、それは倫理を崩壊させる代物であり、禁忌とされている魔法の一つのはずだ」

「そうそう。まあこれくらい分からないと魔術師なんて務まらないしね」

「…………」

 少年の物言いに、今度は背後の弟子達を巻き込むことを承知の上で“バーニング”を唱えようかと思うほど、魔術師は苛ついていた。

 しかしそれほど不安定になっていた状態でも、少年の正体の推理は着々と進んでいた。

「ある人物が禁断の“転生魔法”を唱え、その実力や記憶を複写して転生したのがお前さんだと、そう言いたいのかね?」

「合っているけど、出来ればそのある人物も答えて欲しかったかなあ。まあ良いや、正解したご褒美に教えてあげるよ」

 つまらなそうにしてから一呼吸置き、少年は答えた。

「――その人の名前は、大魔導師ミネルブ」

「……!」

「長い間風化していた魔法という力を人界中に広め、魔界の進軍からこの“境界”によって人界を救った英雄。あなた達魔術師が師匠として崇めてやまない、賢者その人さ」

 少年の正体に辺りは騒然とする。魔術師と少年の会話を余り理解出来なかった者も、先程よりも強く張り詰めた空気に直感で動揺していた。

「そ、そんな馬鹿な……」

「ホントだよ。僕の存在自体がその証拠さ」

「あのお方は戒律に人一倍拘る人だ。故に禁断魔法を唱えた事など一度も無かったはずだ」

「魔術師様達の見てないところで唱えるくらいは出来るでしょ」

 信じようとしない魔術師に、少年は続けた。

「それにさ、魔術師様が言っている禁断魔法って、魔力の低い人間が唱えると暴発したり制御しきれなかったりして危険だから禁じられているんであって、ミネルブ並みの魔力さえあれば誰でも唱えられるんだよ?」

「それは誠か?」

「まあ、魔術師様達の魔力じゃまだ“零式”を唱えられないけどね。これで納得してくれた?」

「賢者様が禁断魔法を使った事は分かった。しかし……」

「何? まだ文句があるの?」

 未だに信用しない魔術師に、少年の語気には不満が内包されていた。

「我々にも“零式”を唱えられるようになり、“境界”の完全な修復が可能となるのならば、その必要は無いのだろう?」

「うん、そうだね」

「ならば何故賢者様は転生する事を決めたのだ? 聡明な賢者様が何の心算も無しに転生などするはずがない」

「それは簡単な話だよ。ミネルブには魔界への進軍という、大きな野望があったからさ」

 再び辺りは騒然とする――かと思いきや、弟子達は全員が白目を剥いて倒れていた。

 少年が回答するのと同時に、瞬間的に彼らの意識を飛ばしたのだ。

「魔界への進軍……何の為に?」

「それは勿論、人界の平和の為にさ」

「お前さんのお陰もあって“境界”は再び回復した。最早魔王軍が人界に攻め入ることは無いと思うのだが」

「魔物の魔力を甘く見てはいけないよ。熟練した上級の魔物ならば、“境界”なんてバーニング一撃で壊せるからね。人類最大の防御は実は気休め程度と思っても良い」

「それならば既に“境界”は突破されているのではないのか?」

「“境界”は物理攻撃にはある程度丈夫だし、傷を付ける魔物は力しかない低俗な奴だけだから。それに今はまだ()の最中だしね」

「仕込み?」

 うんと頷くと、少年は咄嗟に魔法陣の中心へ足を運んだ。

「魔物の平均的な寿命はおよそ八十年。彼らがさっき言ったくらいの魔力を持つとしたら少なくとも百十年は鍛えなくてはならないんだ」

「む、それではそこまで強化される前に死ぬのではないか」

「魔物にも禁断魔法は使えるからね。転生さえ出来ればそこまで成長させることは可能だよ」

「ではまだ仕込みの途中ということは、そこまで魔物が強化されていないという事か」

「ある程度育てられた魔物は人魔大戦の時にほとんど死んじゃったからね。一からの育成と言っても過言ではないよ」

 少年は頷き、潰れかけた革のサンダルを履き直す。

「でも、またいずれ魔王軍はやって来る。その度に幾千幾万の人々を犠牲にするのは、何としても食い止めなければならないんだ」

「攻撃は最大の防御……故に進軍する計画を立てるということか。しかしどうするつもりだ?」

「魔王軍に対抗するための方法は、魔王軍が教えてくれているよ。重要なのは、次の世代にどこまで力を受け継げるかなんだ」

 力と知略を秘めた少年は、次の様に説明した。

 その主な方法は、魔王軍と同じく“転生魔法”を使い、各々の魔力を強化するというものであるが、全く同じ方法というわけではない。

 魔法を扱うようになってからの期間がまだ短いため、現代の人間には魔力を多く蓄える力が備わっておらず、ある一定量の魔力が蓄積されるとそれ以上は溜まらなくなる。

 では、それ以降に得た魔力はどうなるのか。その答えは至って単純で、その魔力の一部が子孫の先天的な魔力に追加されるのである。

 転生した者が子を成し、今度はその子が転生しつつ子を成す。

 その強化を数世代か行い、魔王軍とも十分に戦える魔力を持った成人で形成した少数精鋭の軍隊を魔界へ送り込む。

 時間こそは膨大にかかるが、人類全体の遺伝的な魔力の強化には効率が良く、魔界への侵攻にも最適だと少年は考えたのだ。

「でもこれを行うためには、まだ準備が終わってないんだ」

「準備とな?」

「このまま成長させても、昔から同じ育成法を続けている魔王軍の方が先に成熟してしまうんだ。だからちょっと、間引いて来ないとね――£&◎♀……」

 突然少年が詠唱を始め、何故彼が魔法陣の上に立っているのか、魔術師はようやく気付いた。

「待ちなさい。お前さん、今から魔界に行くつもりかね」

「え、そうだけど?」

「お前さんが言う計画を知っているのは私だけじゃないのか?」

「そうだね。じゃあ魔術師様には“皇帝”にその計画を伝えることをお願いしても良いかな?」

「いやだから、お前さんが賢者様の生まれ変わりである事から説明しなければ、その計画も夢物語としか見られない――」

「ああもううるさいな、少し黙っててよ」

 少年が短く唱えると、魔術師の口は開いたまま文句を中断した。

「魔術師様は怒りやすい癖に生真面目すぎるよ。そんな性格だから一番弟子の座を他の弟子達に次々と奪われるんじゃないか」

「……っ、…………っ!?」

 突如顔を襲った痺れに、魔術師は滑稽な姿で狼狽える。

「じゃあ行ってくるよ。たった二、三日くらいで終わると思うから安心して報告してね」

 少年は満面の笑みを見せ、先程の呪文を再び唱え始める。

 呪文詠唱が進むにつれて魔法陣の紋様は色鮮やかに輝く。

 そして詠唱が終わるのと同時に溜め込まれていた光は天上へ打ち上げられ、少年の姿は消えてなくなっていた。



 広辞苑の半分くらいの厚さの“賢しき者の物語”という本を閉じる。

 重い本を持って読んでいたためか、肩が軽く凝っていた。

 レオン親衛隊長の体調不良で修練が中止になり、自由に過ごす時間が増えた今日。

 俺はカウンセラーさんのせいで途中までしか聞けなかった賢者の物語の続きが知るために、親父に許可を貰って書斎を漁ることにした。

 ニクスが学校で借りていた本は魔界と人界が陸続きになっていた頃に人界で発行されていた物のレプリカで、魔界の様々な蔵書を格納する役目も担っている図書館でしか借りることが出来ないらしい。

 なので同じ本は書斎には当然あらず、代わりに読んでいたのはその賢者の人生を綴った歴史小説であった。

 本の内容に対する感想は特に無い。

 ただ純粋に、ニクスの口からは聞けなかった部分を把握して、「ああ面白かったな」と満足するので終わりであった。

 それ以外に思うことと言えば、ただ一つ。

 今のニクスには次の魔術師を倒すことは不可能だろうな。

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