ニクスの決意と魔術師の秘密
「きりーつ、気を付けー、礼」
「さようなら」
あっという間に時間が過ぎて午後。
居住地の変更申請は職員室までや異性との交流は程度を考えるなどといった連絡をマリア先生が、特に色恋沙汰に関して熱心に伝え、忌引で休んだ日直の代理が号令を掛けて本日のホームルーム及び全日程は終了した。
「あーシンドッ……」
魔物達が教室から次々に出て行く中、俺は帰ろうともせず机に突っ伏していた。
なんとも言えない倦怠感が身体を包み、指を一センチ動かす気にもなれない。
それほど今の俺は疲れているのだ。フォルトの振りをして、普通の生活をすることに。
学校が始まるまでの一週間、つまり城内での生活はそこまで辛いものでもなかった。
フォルトは頭が悪い割には妙に真面目な所があるので、そんな感じで振る舞っていれば誤魔化すことが出来る。今までのフォルトでは解けなかった数学の問題(一次関数の基礎問題)をスラスラ解いた時は流石に不審がられたが。
しかし、学校となるとそうはいかない。ただ愚直なまでに真面目を演じているだけでは、完全にフォルトになりきっていることにはならないのだ。
人という生き物は、全ての相手に平等に接することはまず出来ない。
仲の良い人となら素で話すことも出来るが、その反対に嫌いな、視界に入れることすら苦痛に感じる相手とは話す気にもなれない様に、その相手その相手によって、話し方や接し方も変わるからだ。
人間と同等の知能を持つ魔物であるフォルトもその例には漏れず、ジョーやニクスとは朗らかに話したり、エリス学級長とはやや上気気味に覚束無い口調で話したりしている様に、相手によって話し方が変わっている。
フォルトが誰とだとどの様な口調で、どの様な話題を話すのかを推敲するのが、あまり国語は得意で無かった俺には苦行にしかならなかった。
しかしフォルトが消えたとなると、この推敲は続けていかなければならないのだろう。
そう思うと、余計に憂鬱になってきた。
「あーダルい……」
「何をおっしゃっているのですか、フォルト様?」
一人言に突然言葉を返され、振り向くとカウンセラーさんが真後ろに立っていた。
「うわあ、いつからいたんですかルシアさん!? ていうかなんでここに!?」
「終礼が終了して一時間経過して来られなかったので、迎えに来ました」
「あ、ありがとうございます……」
いつの間にかそんなに経っていたのか……。
「随分とお疲れの様ですが、どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないですよ!? ちょっと疲れただけです」
「そうですか。ではそろそろ帰りましょう」
カウンセラーさんがそう提案すると、下校完了時刻を知らせるチャイムが鳴った。
城に帰ると、エントランスに使用人とは違う人物、要は客がいた。
「よおフォルト、一週間振りだな」
茶色のフード付きパーカーを着て、弓矢を背負った小柄な少年は、今日の学校を休んだ、ニクス・ブレイブアローその人であった。
「久しぶりだねニクス。……でもなんでうちの城にいるの?」
「居住地変更の申請書を、姉貴の代わりに直接ここに預けに行くことになったんだよ」
親指で外の方を示しながら、ニクスが説明する。
ホームルームでも言われていた居住地変更の申請は、学生の場合普通は学校から城にまとめて申請書が送られる。
それ以外の魔物は直接城に届けるか、“伝書龍”という、いわゆる郵便局を利用して申請し、ニクス曰く本当は彼の姉、セレネ・ブレイブアローが今日この城に行く予定だったらしい。
しかし思い出してみよう。彼女は十日程前に女心を弄んだ魔王に、私情故に反旗を翻したレジスタンスの一人である。
勇者の来魔界(来日風に)を挟んでも、そのほとぼりはまだ完全には冷めきっていない。今も元愛人達の一部はまだ親父の命を虎視眈々と狙っているのだとか。
セレネさんの場合はむしろその逆で、魔王城近辺に位置する森に移住することは出来ても、ある程度の範囲には近付けないほど気まずく思っていた。
そこで申請書を送る代理人として白羽の矢が立ったのが、彼女の実弟であるニクスだったのだ。
「全く姉貴の奴、何かあるとすぐ俺を使いやがって……」
「まあまあ。それで、申請は終わったの?」
「一応終えたよ。これから帰るところだ」
するとニクスは、話題を変えた。
「あのさフォルト」
「ん、何?」
「俺、決めたわ」
「いやだから、何を?」
「敵討ち。一族を焼き殺した魔術師へのな」
ニクスは先程までのテンションの落ちた声は何だったのかと思わせる程、真剣な口調で決意を述べた。
「え、でも魔術師は勇者共々トラッブに掛かって死んだんだよ?」
「分かってるよ。リリパット族が殺されたのも、あの魔術師が罠に掛かったのも、俺だって避難所で見ていたんだから。それでも、俺は自分の手で魔術師を倒したい。雑魚扱いされた一族の代わりに、人間共に文字通り一矢を報いってみせるんだ」
ニクスの両の目の奥には、燃え盛る炎が浮かんでいた。
それほどあの魔術師に憎しみを持ち、自らの使命に燃えているのだろう。しかし……
「でもどうやって敵を討つの? もう死んでいる相手を蘇生するつもり?」
「そんなことはしねーし、俺の魔力じゃ出来ねーよ」
「じゃあどうするのさ?」
「次にやって来る魔術師を狙うんだ」
「……は?」
ニクスの作戦に俺が呆然している間に、ニクスは一冊の本を出していた。
茶色い表紙のそれは表紙の字が読めなくなっているほど古ぼけており、鼻を近付けてなくてもカビの臭いが強烈なまでに香ってきた。
「何これ?」
鼻を摘まみながら俺は聞いた。
「この前学校の図書館の奥の方で見つけたんだ。古代文字で書かれていたから読むのに苦労したぜ」
「ニクスって古代文字が読めたっけ?」
「選択科目で古文書解読を専攻してるから多少はな。まだスラスラとはいかねーけど」
「へえ……で、これの内容と魔術師に何か関係があるの?」
「ああ。この本には人界から来る勇者達の特徴について記されているんだ」
冊子を開き、挿し絵付きのページを見せる。
そこに記録されていた勇者、剣士、僧侶、魔術師の姿は、先日魔界に現れた四人と瓜二つだった。
ニクスは続けた。
「それで、この四人の中で一番注意しなければならないのが、勇者ではなく魔術師なんだよ」
「なんで?」
「魔術師には、“大賢者の転生体”という役割があるんだとよ」
「て、転生体?」
転生という単語がニクスの口から出たことに驚いていると、ニクスは次の様に説明した。
ニクスが図書館で見つけた本の書かれた時代背景というのは初代魔王――フォルトの家系の始祖が魔界を治めていた時代であり、当時の魔王は勢力拡大、つまりは人界征服に意欲的だったらしい。
八歳とまだ幼い息子に王位を継承させ、初代魔王は人界に進軍した。この頃“境界”は設けてなかったので、多くの魔物が人界に住みかを移した。だから魔物は今日の人界にもいるんだとか。
人界は魔界よりも広大だったが、一番魔界に近い地域を制圧するまでに一ヶ月も掛からず、その勢力が世界の秩序を乱すものだと、人界で最も勢力のあった“帝国”の耳に入るまでに三ヶ月も掛からなかった。
その魔物の軍団の進撃を止めるため、“帝国”は人界中から人を掻き集め、大規模な軍隊を作り上げて、魔王軍を迎え撃つ。
そしてその血を血で洗い流す戦いは始まって一年五ヶ月と十六日の後、魔王軍の本陣にたどり着いた騎士団の一人の剣が魔王の心臓を貫くことによって幕を閉じる。
そしてその騎士は後に勇者と呼ばれ、人々は敵に立ち向かうその勇敢な姿を称えた。
「まあこれくらい常識だよな」
ニクスは説明を止めてそう述べた。
“人魔大戦”と呼ばれるこの戦争は人間界でいう世界大戦並みに有名で、普通に学校で習うらしい。俺は初耳だったけど。
「まだ魔術師のまの字も出てこないけど、その話本当に魔術師と関係があるの?」
「ここから関係してくんだよ。黙って聞いてろって」
「はあ……」
帰宅してからそろそろ三十分が経つ。結構饒舌なニクスにこれぐらいの長話くらい余裕だろうが、話を聞くのは余り好きではない俺としては結末をとっとと言ってほしいところだ。
ニクスは話を再開した。
初代魔王の死から四年が経ち、“帝国”の王宮にある情報が流れた。
それは“人魔大戦”に敗れた魔王の息子、二代目魔王が父の死を逆恨みし、新たに作り上げた新魔王軍を率いて再び人界を侵略しようとしているというものであり、人々は平和な世界がまた戦渦に巻き込まれるのかと恐れおののいた。
人界も魔界も――人界を見たことも行ったこともないけど――まだ高度な文明を築き上げておらず、石造りの住居に暮らしていた時代。
戦争によって男手を減らしてしまった世界の四年間では、復興の進行具合もとても遅かった。
そんな時に再び戦争が始まれば、良くて残った男達が、悪くて女や次の時代を生きるはずの子供まで戦場に向かってしまう。
大博打に近い戦争に負ければ、今度こそ人類が滅びるのは火を見るよりも明らかであろう。
その情報が真っ赤な大嘘であることも知らず、人々は絶望に打ちひしがれていた。
そんな中、“帝国”の軍師を務めていた賢者が一つ策を講じた。
「闇の軍勢には使えない聖なる魔法でのみ開ける、人界と魔界の間に結界を張ろう」
彼は独学で魔法を嗜んでおり、その為になら魔物に姿を変えて魔界に入ることも惜しまない人間であった。
彼はその方法で、魔界に関する多くの情報を得ている。
なので現在の魔王がまだ政治のいろはも分からない十二歳の少年であることは勿論、嘘の情報を流したのは周辺国に高い年貢を納めさせる“帝国”へのクーデターであることも分かっていた。
だが、彼はそれらの事実を一切公表しなかった。
例え今は幼き子供でも、数年もすれば魔物を束ねる王となって人界に進軍することもあり得ないとは言い切れない。
下手に安堵感を民衆に持たせるよりも適度の緊張感を常に持たせた方が、不意に魔王軍が攻めてきた時に対処しやすいと賢者は考えたのだ。
それから一週間後、賢者の指導の下、結界を造る作業が始まった。
それの全容は、大雑把に説明するとこんな感じだ。
まず人界と魔界の境界線を決める。大陸繋ぎにはなっているが、二つの世界の間では特に協定を結んでいない(そもそも“皇帝”と魔王は直接会ったことすら無い)ので、魔界に最初に崩された国の跡を境界線とした。
次に、魔界と人界の双方に魔法陣を刻む。この魔方陣は言わば非常出入口の様なものであり、これから魔界に入る場合にはこれを利用する。
“帝国”には世界の中心として魔法の研究をする使命があり、必要な物資の中には魔界でしか採取出来ない物もある。
例え魔界と隔絶したとしても研究は終了しないので、その研究の為に魔法陣を設けたのだ。
そして最後に定めた境界線に沿って世界を切り取り、魔界の領域を異次元空間に封じ込める。
こうして世界は“境界”を唯一の扉として、二つの領域に分けられたのである。
「……で、賢者はその後八人の弟子達に、師から教わった全ての呪文を教えるんだけど――」
「あの~、ニクス?」
「なんだよフォルト、後少しで終わるんだってのに」
「いやそうなんだけどさ、その……後ろ」
「後ろ……?」
マンツーマン歴史雑学講座に夢中になっていたニクスは、俺に言われて振り向く。
「…………」
小さなリリパットの頭の三十センチ程上から、冷ややかな目で睨むカウンセラーさんがそこに立っていた。
「ひいっ、ルシアさん!?」
「ニクス様、お喋りもよろしいですが、フォルト様が帰城なさってから既に五十分が経っており、本日のスケジュールに大変支障をきたしております」
「はっ、はいい……」
「これ以上の時間消費は、私達の手を煩わせる事となりますので、ご注意下さい」
その時俺は見た。カウンセラーさんが何故か背中に隠している右手に、ギラリと光る三本のナイフを。
手を煩わせるって……殺る気か!?
「す、すまないフォルトッ! 続きはまた明日はなふっ!」
どうやらニクスもその凶器に気付いたらしく、逃げるように城を出た。
「ではフォルト様、夕食に致しましょう」
ニクスが出ていくとカウンセラーさんが言った。
「あの~ルシアさん、さっきナイフ持ってませんでしたか?」
「何のことでしょうか」
「え、いや……何でも無いです」
恐らく追及しても無駄なんだろうな。
「そうですか。それでは食堂に向かいましょう。それとフォルト様」
「はい?」
「今日はエリス様は都合により来られないそうです」
あ、そうか。今日は確かノームヤード。学級長が花嫁修行の為城に来る日だっけ。
学校も休んでたし、何か用事でもあるんだな。
「分かったよ、ルシアさん」
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