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学校再開

 勇者一行が魔界から消えたため、生活用の構造に戻った魔王城。

 そんなのありかよと叫びたくなるような勝利を親父が収めてから暫くして、中での生活はある一点を除けば、全て元に戻っていた。



 ある日の早朝。勇者の襲来故に学校は一週間程休校になり、その日が学校を再開する日であった。

「よし、これで全部か」

 久し振りに触れる教科書と羊皮紙を麻袋に詰め込む。

 麻袋はいつもよりも多い量の荷物でパンパンに張り詰め、肩で担ぐとより重みを感じた。

 基本授業が一限十五分だからって、授業の遅れを取り戻すために一日九時限にするのはどうかと思うぞ先生達よ。そんなにせかして魔界のどこに行くつもりだ。

 そんな愚痴を脳内で消耗させながら、登校の準備を終える。

 そして部屋を出る前に、ここ一週間の習慣となってしまった呪文を俺は発動させた。

「――“チェンジ”」

 唱えた後に聞こえて来るのは、壁に掛けられたアンティークの時計が規則的に時を刻む音のみ。

 ある程度の予想が出来たことに溜め息を吐く。やはり今日も、駄目だったようだ。

 フォルトは未だに目覚めない。朝昼夜と毎日三回ずつ、一週間続けて交代呪文を唱えているが、一度として身体の所有権は動かなかった。

 コンコン。ドアを叩く音が鳴る。どうやらカウンセラーさんが来たようだ。

「準備は済みましたでしょうか、フォルト様」

「ああ、うん。もう大丈夫だよ」

「久し振りの登校ですね」

「そうだね。一週間も経つと、城が退屈で退屈で仕方無くなっちゃうよ」

 フォルトの、俺の半身の消失は、俺の人生を少しばかりハードなものにした。

 まず、呪文詠唱が難しい。もともと呪文の翻訳は全てフォルトに任せていたため、新しく呪文を覚えるには一から文字を覚えなければいけなくなった。

 教科書や古文書などの文書を読むのにも手間がかかるようになる。それはマズいとカウンセラーさんが言ったため、ここ数日の修練は全て語学の勉強であった。

 また、今までの少し乱暴な口調も、フォルトの使っていたある程度は丁寧なものに変えざるを得なかった。そしてもう一つは――

「どうなさいましたか、フォルト様?」

「あ……いや何でも無いよカウ……ルシアさん」

「そうですか。ではそろそろ参りましょう」

 カウンセラーさんと俺との間に、“絶対に互いを秋人様、カウンセラーさんと呼び合わない”という暗黙の了解が出来たのである。

 俺の別人格が消え、転生という神秘の力を知っているのは、俺とカウンセラーさんの二人、それと転生について知った誰かだけとなった。

 これ以上の漏洩を防ぐため、この世界の住人としては不必要な情報は出来るだけ交換しないようにするためにはこの方法が適していたのだ。

 それ故にカウンセラーさんとのテレパシーも、あの日から一度も行われていない。

 俺は“高林秋人”の名を拭い捨て、完全な“フォルト・ハイグローヴ”として生きることを余儀無くされたのだった。



「おはようフォルト」

 教室に入るのとほぼ同時に、ジョーが声を掛けてきた。

 なので俺も、机の横に麻袋を置くのと同時に挨拶を返す。もちろんフォルトの言い方でだ。

「おはようジョー。一週間ぶりだね」

「そうだよな。しっかしまさか勇者が、魔王城のトラップに引っ掛かって死ぬとかなあー」

「父上が昨日、『解除呪文の一つも使わずに部屋に飛び入るのは、あの勇者がまだ未熟だった証拠だ』って言ってたよ」

「へー、魔王様はもう元に戻られたのか。やっぱ親父とは違うぜ」

「レオン親衛隊長さんは?」

「飲み過ぎが祟って、今も家で頭が痛いって訴えてる」

「ドラゴン系って酒に強いんじゃないの?」

「うちの親父は珍しい下戸のドラゴンなんだよ。なのに魔王様と張り合おうとして……はあ……」

 ジョーは呆れて溜め息をついた。

 この一週間の初め、魔王城では勇者を倒した記念に宴会が、有名な海賊漫画の「宴だーっ!」のノリで行われ、親父と親衛隊長はその最中で飲み比べをしていた。

 ここ数日剣術の修練が無かったのは、これも理由に入るらしい。

 しかし一週間も二日酔い状態が続くって、幾らなんでも弱すぎる。

 酔っ払っている間に殺られた八岐やまた大蛇おろちだってもう少し呑めるだろ。あれは蛇だけど。

「そういやフォルト、今日はニクスは来ないって」

 これ以上自分の父親の失態を話の種にするのもどうかと思ったのか、ジョーは話題を変えた。

「なんで?」

「両親が戦死したんだとよ。ほら、リリパットも戦場に駆り出されてたから」

「あー、忌引ね」

 ふと周りを見回してみると、普段よりも登校して来ている生徒の姿が少ないことが分かる。

 すなわち、それほど今回の戦いでの被害が大きいということだ。

「ニクスの奴、家族を亡くして大変だろうな」

「親戚の家は?」

「一緒に避難してた姉、それと叔父以外全滅だ。リリパットが生活していた森が、勇者達の侵攻によって焼かれたから」

「あっ……そうだったね……」

 その惨状は、俺もモニターから見ていた。あれは忘れたくても、忘れられない。

 幹部の一人、火焔児フレイムボーイラクサスと勇者達が対峙したのがその森の近くで、その終局においては森の中で戦いが繰り広げられていた。

 全身が炎その物であるフレイムのラクサスは、出来るだけ炎が森に燃え移らないように配慮しつつ、勇者達を森の中でも開けた所に追い込む。

 そんな彼と、その森の環境に詳しいリリパット族の連携によって勇者達は周りを炎と矢に囲まれ、魔王軍に勝機が生まれた。

 ……しかしその勝機は、ものの十数秒で失われてしまう。

 特に深い傷を負っており、瀕死にまで陥っていた魔術師が、突然眩まばゆい光に包まれたのだ。

 その光が収まると魔術師の傷は完全に癒え、表情に陰気こそは残るものの、先程までとは格の全く違う覇気を纏っていた。

 どうやら彼女は世代を渡り幾度と魔王に立ち向かって来た“大賢者”の末裔らしく、その血が覚醒したらしい。魔族こちら的にタイミング悪すぎだろ。

 で、真の力に目覚めた魔術師は瞬間移動を使って他の三人を森の外へ避難させ、自分は森の真上に浮かぶ。

 そこから覚醒前とは比べ物にならない威力の“フレイム”を唱え、ラクサスをリリパットとその住み処ごと葬り去ったのであった。めでたくなしめでたくなし。

「あれは酷かったよね……ご都合主義にご都合主義を重ねた結果というか」

「ご都合主義?」

「なんでもないよ、こっちの話。じゃあニクスは今どこに住んでるの?」

「別の森にある、さっき言った叔父の家がある森へ移住するって伝書に書いてあったな。それも今までよりも遠いとこにある」

「た、大変だね……」

「だよなー」

 口を揃えてニクスに同情していると、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。

「じゃあ席に戻るわ」

「あーうん、また後で」

 俺の元を離れるジョーを見ながら、俺も自分の席に着く。

 そういえば先程クラス内を見た時、エリス学級長の姿が見当たらなかった。

 彼女も今日は休みなのだろうか?

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