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勇者襲来

 人界への扉となるため強大な闇の結界が張られた、魔界の辺境の地、“境界クロス”。

 その日その結界が打ち破られ、異界からの訪問者が現れた。

「ようやく……辿り着いたな……」

 剣を斜めに背中に掛けた、逆立った茶髪の男がそう呟いた。

「ここが魔界か、なんて気味が悪いんだ……」

 斧を肩に担いだ、赤い鎧の巨漢の男は、緑に染まる空を見上げて眉をひそめる。

「こ、ここからが、ほ、本当の戦いの始まりなんですね……」

 両手で鉄製の棍を固く握り締める、十字の印の刻まれた衣を身に纏った女は、どもりながらも決意を固めた。

「後は…………魔王を倒すだけ…………」

 円錐形の帽子を深く被った黒衣の少女は、淡々と呟いた。

 それぞれの思いが一つになったことを感じ、その一行は歩を進めた。

「さあ……行こう」



「おはようございます。フォルト様」

「ん、う~ん……おはようルシアさん」

 窓から入る朝の日の光とカウンセラーさんの声に俺達は目覚めた。

 しかし、やけに今日は起きるのが早い様な気がする。魔界の朝日は吸血鬼など日光に弱い魔物でも悠々と動ける程に弱いのだが、今日のはそれよりも暗い。

『なんか暗いですね? 今何時ですか?』

「現在五時十二分です」

「あれ、いつもより一時間以上早いですね。確かに今日は登校日ですけど」

「本日は休校日と、先程学校から連絡がありました」

「えっ……?」

 なんか今日はあるのか?

「数時間前に、“境界クロス”の位置する方角から、強大な聖なる呪文が使用された事が魔王城に報せられました」

『聖なる呪文?』

「正確には“暗黒障壁解除呪文”と言います」

「ええっ!? じ、じゃあそれって、“境界クロス”が開かれたってことですよね!? つまり……」

『おいでなすったってことだろ? 勇者一行が』

「その通りでございます」

 まあそのうち必ず来るとは分かってたから、あまりビックリしないな。いくらなんでも展開が早すぎるとは思うけど。

 週刊誌的に考えたら打ち切り漫画並みのペースだろ。勇者が最初に戦う幹部は十回刺されないと死なないと思ってたら一回刺されただけで死ぬのだろうか。

「勇者達がこの城に来るのはいつ頃になるんですか?」

「少なくとも、明日の深夜までは大丈夫でしょう」

『あれっ、確かここから“境界クロス”まで、馬車で二時間もかからないんじゃ……』

「現在魔王城には侵入者を阻む結界が張っております。それを破るには、魔界の各地に配置された幹部達全員を倒さなければなりません」

 ただでさえ人界から魔界へ入るための扉の結界を破ったばかりなのに、今度は魔王の根城の結界を破るために魔界中を回るとか、ダレる展開が続く世界だな。

 この世界を舞台にゲームを作ったら、この辺でコントローラーをぶん投げる奴がわんさか出るだろう。

 俺も投げるわ。それはもう、壁に向けて思いっきり。

『少なくとも明日の深夜って……そんな早くに来れる場合なんてあるんすか?』

「勇者達のレベルが極端に高ければ、の話です。まあ感じた魔力の強さから、そこまで強いとは見えませんが」

『ああそうですか。じゃあなんでこんな朝早くに起こしたんですか?』

「これからフォルト様には、サリバン様達と共に避難してもらうからです」

 では付いて来て下さいとだけ言って、カウンセラーさんは部屋から出ていった。

 フォルトが慌てて追いかけ、しばらく彼女の後ろに付いて行くと、カウンセラーさんはある部屋の前で立ち止まった。

 普段俺達が食堂や自室、兵士修練場の行き来に利用しているのは玄関から左手、四方位で言うと南側の廊下なのだが、今はそれとは逆の北側の廊下、そこの突き当たりの部屋の前にいる。南棟の兵士修練場と同じ位置だと考えてくれれば解りやすいだろう。

『フォルト、ここはなんなんだ?』

(ここが避難する際に使う秘密の部屋だよ。非常時にしか開けてはいけない決まりだから、僕も入ったことは一度もないんだ)

 フォルトが解説すると同時に、カウンセラーさんが見かけ以上に重い扉を開く。

 その先は闇で染まっていた。完全に真っ白な空間である兵士修練場とは正反対の、真っ黒な空間。

 ここで少なくとも数日は過ごすとか、正直言って無理だろ。

「ではフォルト様、以前説明した通りここから先は一度入ると、ヴィンセント様の戦いが終わるまで開くことは出来ません。それでもよろしいですか?」

「構わないよ」

 冒険の書を記録したくなりそうな忠告に即「はい」を選択したフォルト。

 起きて勇者が来ると知ってここに入るまでにかかった時間は少なくとも十分強とか、齢十六にしては中々肝が座っているな俺の別人格は。

 しかしカウンセラーさんはフォルトの決意を聞いても、念の為か俺にも確認してきた。

(秋人様は?)

『俺も構いませんよ。めっちゃ怖いけど』

「分かりました。それではフォルト様、扉の奥へ」

「うん」

 俺のちょっとした抵抗も無視し、フォルトは闇の中に身体を浸した。

  まるで転生の扉をくぐった時の様に、俺の意識は薄れてゆく――



「起きなさいっ、フォルト君っ!」

 ペチーン。

「いってえええ!?」

 頬に痛恨の一撃を喰らい、俺起床。

 マリア先生もこんな起こし方しないだろと文句を言おうか考えながら目を開けると、冷ややかな眼を俺に向けるエリス学級長がそこにいた。

「全く、非常事態の時に二時間も寝ているとは、まだ次期魔王としての自覚が無いのですか?」

「うるっせーな……こっちは夜型なんだよ。朝っぱら早くに無理矢理起こされて、あんな真っ暗な空間に入れられたら眠くなるっつーの」

 眼を擦りながらそう言い切るのと同時に、声が外に出ていることに気付く。

「あっ……いや、それでも父上が戦っている時に寝てるのは駄目だよね……」

「…………そうですか。罪悪感があるのならば良いのです」

 慌てて言い換えると、学級長は訝しげながらに納得してくれた。

 どうやらフォルトはまだ起きてないのか、自動的に俺がこの身体の主導権を握ることになっているようだ。

 居場所の確認のため、俺は辺りを見渡す。どうやら兵士修練場と同じ様に広大な空間が広がっているらしい。

 入口はあんなに真っ黒だったのに、エリス学級長を肉眼で見れる程度には明るい。どこから光が入っているかは分からないがな。

 ブーン。

「なんだ? 今の音?」

 振り向く。俺達の二メートル程前の空中に、巨大なスクリーンが浮かんでいた。

「な、なんですかこれ」

「そんなこと聞かれても知らね……知らないよ」

 テレビ的な物は無い世界においては絶対見たこと無い物体にエリス学級長は戸惑う。

 まあこういうのはファンタジーと言うより、どちらかと言えばSFな世界の代物だからな。ファンタジーで何かを映すのなら水晶玉の方がお似合いだろ。

 そう世界観を重んじる方法について軽く考えていると、再びブーンという起動音と共に、スクリーンに電源が入った。

 液晶画面の真ん中に、カウンセラーさんが映る。

「ど、どういうことですかフォルト君! あ、あの四角い何かに、突然ルシアさんの絵が!?」

「だから知らないって!」

「しかもこの絵、良く見ると動いてます! どんな魔法を使ったのですか!?」

「わ、分からないよ」

 未知の技術の塊を前に、学級長はキャラが崩壊してるのではないかと思う程驚いている。

 ……なんか可愛いな。これが俗に言うギャップ萌えという奴か?

『お目覚めでしょうか? フォルト様、エリス様』

「絵が喋った!?」

 俺は懐かしいと感じたことで、案の定驚く学級長。

 もう貴女あなたのイメージは完全に変わっていますよ。

(おや、フォルト様はまだ目覚めておらっしゃらないのですか?)

(どうやらそうみたいなんですよ。入る前はあんなに威勢が良かったのに)

「ルシアさん、この四角いのはなんですか?」

『ああ、それは別の空間の映像情報を映すための魔具、スクリーンという物です。そちらの避難所へ、現在の魔王軍の戦況を送ることが出来ます』

「凄い、この様な魔具があるなんて、全く知りませんでした」

(いや科学力の粋の結晶ですよね)

(野暮な突っ込みはお控えください、秋人様)

 俺とカウンセラーさんが精神面で会話する中も、エリス学級長は目を輝かせて感動している。

 未開拓の地の先住民に電化製品を贈ると、こんな感じの反応が起きるのだろうか。

「それでルシアさん、魔王様は?」

『魔王様は既に石化を解かれ、魔王軍全体の指揮を執っております』

 画面の向こうでは、真剣な表情かおの親父が幹部達に命令していた。

 普段はあんなに残念な魔王も、仕事となればこうも変わるもんなのか。

 それにしても、現在親父、いや魔王ヴィンセントがいるのはどこなんだ?

「ルシアさん、父上がいるのはどこなんですか?」

『ここはこの城の最下層に位置する、通称“決戦の間”という場所で、魔王様はここで勇者を迎え撃ちます』

「初めて見ましたよこんなところ」

『無理も無いでしょう。この“決戦の間”は勇者が魔界に侵入すると同時に魔王城が変形し、最下層に現れるのですから』

「ま、魔王城が変形?」

 これをご覧下さいとカウンセラーさんが言うと、半透明な骨組みだけの城が映される。

『これが普段の魔王城の姿ですが、“境界クロス”の結界が破られると――』

 カウンセラーさんがそこまで言うと、その城がぐにゃりと歪み、巨大な化け物の様に蠢き始めた。

 非生物には有り得ないような動きを繰り返す魔王城。

 蠢きが収まる頃には、その姿は最初の城と同一のものだとは分からないほど禍々しい、ラストダンジョンに相応しい姿に変貌していた。

『――と、この様な形態に城が変形し、内部の間取りも変わるため、城内にも基本的に結界が張られます。勇者が訪れる際に好んで城に入ろうとする者はいませんが』

「こ、これは……」

「なんというか……無駄に凝ってるなあ……」

(って、城にこんな機能付ける必要があるんですか)

(日常生活をする場合の間取りで勇者に挑まれると、すぐに最終決戦を始めてしまうからです)

 案外普通の理由だった。そしてカウンセラーさんが別の話題に切り換える。

『さて、フォルト様にエリス様』

「ん?」

「なんですかルシアさん?」

『おふた方には特別な修練として、少しばかり観察をしてもらいます』

「観察って……何を?」

『魔王様の指揮の仕方や魔王軍の特徴など、様々なことをです』

 社会科見学みたいな内容だな。レポートでも書くのだろうか。

『学業とは全く別物なので、提出物はございません』

「は、はあ」

『ただし、真剣に取り組むことだけは約束してください。これは次期魔王として、覚えておかなければいけないことでございますので』

「あのルシアさん、私も一緒に観察するのですか?」

『勿論です。歴代の魔王妃もこの場を用いて魔王の何たるかを学んでおりますので』

「そ、そうですか……」

 頬を若干赤く染めながらエリス学級長は合点した。

『――それでは私はこれより給仕の部隊に加わり、魔王城を警護する仕事に移るので』

 そう言ってルシアさんは画面の外に行ってしまった。

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