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カウンセラーさんからの緊急通信

「よおフォルト……なんでそんなにグロッキーなんだ?」

「まあ色々あってね……先生が来るまで寝かせてよ」

「大丈夫か?」

「寝ればなんとかなると思うんだ」

「お、おう……」

 翌日の朝。結構しつこく話し掛けてくるので、机に突っ伏したフォルトはジョーを不機嫌そうな声色であしらう。

 昨夜は酷かった。魔王単独参加の逃走中IN魔王城は翌朝――つい二時間前まで続き、修羅と化した十数名の女性ハンターが再び魔王を石化させることにより事なきを得た。

 その超小規模な紛争に巻き込まれないように俺達は性欲をもてあます蛇の様に忍んだ夕食や入浴や就寝を強いられたため、疲れたフォルトはこの有り様なのである。夜型の俺はそこまで辛くなかったけど。

 見せしめの為か、親父は現在「傷だらけの女たらし」という名を付けられた石像として魔王城のエントランスに飾られている。

 マリア先生は無実となり、今日からまた授業を受け持つらしい。

 マリア先生に無罪の判決を下した奴ら曰く、「例え魔王様の命がかかっていても、この事件の発端は魔王様の行きすぎた不純異性交遊であるため無罪」らしい。魔王としての威厳を踏みにじるぶっ飛んだ結論だな。

 俺はこの世界の法律を知らない(そもそもこの世界に法律はあるのか?)が、流石にこれはおかしいと思った。

 もし親父が死んでいても、マリア先生は無罪となるのだろうか? 実質的な権力も実力も無いガキを魔王に繰り上げて、魔王軍は成り立つと思っているんだろうか?

 もしそれを目的としているのであれば、魔王軍は学級長の父親のように謀反を企てている奴らばっかになる。こええ。身内こええ。

 などと俺は安定した寝息を立てて眠るフォルトの中で、恐らく絶対に有り得ないであろう妄想を繰り広げていた。


「ん……」

 HRが終わり、フォルトは腕を伸ばして身体をほぐす。

 開始前から既に起きていたのだがずっと同じような体勢でいたため、ゴキゴキと音が鳴った。

『マリア先生、なんか上機嫌だったな。親父のことを好きじゃなかったんかね?』

 終始満面の笑みを浮かべていた担任を思いだし、フォルトにボヤく。

(浮気の制裁を父上にしただけだし、嫌いではないんじゃない? マリア先生って結構面食いらしいし)

『顔だけはダンディーだからな、あのダメ魔王』

 自分の父親でもある魔王を酷評する奴って、俺達以外にいるのだろうか。

 そう思ってしまうほど愚痴を交互に言いながら一限目の準備をしていると、後ろから声をかけられた。

「あらフォルト君、惰眠は済んだのですか」

「うわあ、なんだエリスさんか。おはよう」

「おはようございます。しかし背後からの声掛けにも迅速に動けるようにしないと、その内闇討ちに遭いますよ?」

 一言一言にトゲがある言葉を学級長は投げ掛けてくる。余計なお世話だっての。

「注意力が足りないことぐらい分かってるよ……何か用?」

「昨日の事について、私が帰宅した後どうなったのか説明してください」

「ああ、それはね――」

 フォルトは昨夜までの事を呆れながら話した。

 全て聞き終わると、エリス学級長はホッと息を吐く。

「そのようなことがあったのですか……」

「大変だったよ」

「ともかく、これでひとまず一件落着といったところでしょうか」

「そうだけど……」

「何か?」

「これから勇者達が来るってのに、父上の信頼が落ちるのはまずいんじゃないかなーって」

「それは大丈夫だと思いますよ」

「へ?」

 あっけらかんとしている学級長に、フォルトは間抜けな声を出す。

「魔王様の浮気性は随分前から知れ渡っていますから」

「え、そうなの?」

「自分の身内の事もまともに分からないのですか……疑うのなら、周りに聞いてみたら良いじゃないですか」

 学級長が内心腹が立つ――要は俺の頭に来る言い方をしてから教室を出る。早速フォルトは少し離れた席でニクスと話しているジョーに聞いてみた。

「ねえ、僕の父上って浮気っぽいかな?」

「そりゃまあそうだろうな」

「俺の姉貴も口説かれたしな」

 ジョーだけでなく、小柄なニクスもやや上方にあるフォルトの顔を見上げて同意する。

 そういえば、昨日親父を追いかけていた愛人達の中に、リリパット(被っていた頭巾の色が違ったのでどくやずきんとかアローインプとかかもしれない)もいたっけ。彼女はこいつの姉だったのか。

 とにかく、親父のキャラが知られていることは分かった。

 それを承知の上で、コイツらの親は仕えているのだろう。

「でもなんでこんなこと聞いたんだ?」

「ああ、それはエリスさんが聞いてこいって」

「またあの鬼嫁にどやされてんのか? なんというか、大変だな」

「いや鬼嫁って……まだ婚約しただけで、完全に夫婦というわけじゃないんだけど」

「アレだ、義父があれだから夫もその内浮気するんじゃないかと考えてんじゃね?」

「あー、言えてるな」

 ニクスの考えに、ジョーが納得して頷く。

 それをフォルトは激しく否定した。

「なんでそうなるの!? 僕は絶対浮気なんかしないよ!?」

「親父から聞いたんだが、魔王様も今の王妃様と付き合い始める前はそう言ってたんだとよ」

「うわ、同じルートを辿ってんじゃん。フォルトの人生は鮮血の結末に終わるのか……」

「そんな不吉なこと言わないでよニクス。ていうか鮮血の結末って、父上まだ生きてるからね?」

「また石にされてるけどな。まあともかくだ」

 ジョーが会話のまとめに入る。ふと時計を見れば一限目の始まりまで残り二分も無かった。

「学級長の期待に反する行為をしない限り、お前が色恋沙汰で命を落とすことは無いだろうな」

「期待に反する行為って……」

「そういうことだ」

 そう言ってジョーは自分の席に戻ったので、フォルトもニクスの席を後にした。


 特に変わったことが無いまま授業が全て終わり、俺達は家に帰った。

 玄関の中央に置かれた石像(親父)は、未だに滑稽な姿を見せている。

 魔王として仕事が山ほどあるのに親父に罰則を与え続けていて良いのかとカウンセラーさんに尋ねたところ、書類整理くらいは幹部でも出来るとのことなので、親父は後二、三日の間くらいはそのままなのだろう。

 我が父親ながら、なんだか惨めに見えてきた。情状酌量の余地は無いけど。


(秋人様、少々お時間をよろしいでしょうか?)

 自室にいると、突然カウンセラーさんがテレパシーを送ってきた。

 カウンセラーさんのテレパシーは聞ける相手も制限出来るらしく、フォルトは俺とカウンセラーさんの会話に気付かないまま六法全書みたいな分厚い本を読んでいる。

『なんですか?』

(まず、以前言っていたこの世界の真の創設者について、それをお伝えします)

 ああ、確かそんなことを、転生してすぐに言われたな。もしかして、解決のめどが立ったのだろうか?

(その創設者ですが、恐らくは秋人様の転生前の知人である、平森千香の可能性が高いです)

『平森が?』

(ええ。念のため転生のカルテを調べてみたところ、彼女は秋人様と同様にファンタジー小説の世界に転生することを所望しておりました)

 へー、アイツもファンタジー小説の世界を選んでいたんだ。あまり小説とか読むイメージじゃ、なかったんだがな。

 ……って、いやいや、感慨に耽っている場合じゃない。

『あれ? でもカウンセラーさん』

(はい)

『確か転生先の世界って、創作的なやつだったら無限に出来るんですよね? なんで俺の世界に平森が、いや、平森の世界に俺がいるんですか?』

(それは恐らく、秋人様が魔王を志望したのに対し、千香様は勇者陣営を志望したからだと考えられます。敵対するのであれば、一つの世界に複数の転生者が入ることは可能ですから)

『じゃ、じゃあなんで俺より後に死んだ平森の方が先に転生先を作っているんですか?』

(それは、転生する際の扉をくぐった後から転生するまで、一人一人によってその期間が異なるからです。秋人様が覚醒するまでに一ヶ月かかったのに対して、千香様はわずか三日で覚醒を終えたらしいのですよ)

『は、はあ……』

 まあとどのつまり、俺はその内平森と敵対するって訳か。

 知り合いが宿命の敵って、なんか殺りにくそうだな。

(それでもう一つ、話さなければならないことがあります)

『まだあるんですか?』

(もう一つは、秋人様の存在が何者かに知られた可能性があるということです)

『…………え?』

 いやいやいやいや、そんなはずねーよ。

 基本フォルトとの会話は人がいる時は必ず心中でしてたし、それがバレるような言動もしていなかったんだぞ?

(先日フォルト様の着用なされた衣類から、機械の様な虫が発見されました)

『そんなのがいたんですか!? ていうか、機械の様な虫って、そんなのも魔界ここにいるんですか!?』

(分布について詳しくは分かりませんが、恐らくいるのでしょう。問題なのはこの虫の生態です)

 カウンセラーさんが続ける。姿は見えないが、なんだか緊迫しているような気がした。

(この虫は体内に音を記録することができ、録音したその音声を用いることによって仲間と会話するのです)

『……それが何か、問題なんですか?』

(この虫は音声をそのまま残して交信するので、応用すれば盗聴器として活用することが出来ます。それがフォルト様の衣服から発見されたということは、秋人様とフォルト様の会話が洩れていることもあり得るのです)

 カウンセラーさんの説明に、ゾワリとなんとも言えない悪寒が走る。

(転生ハローワークについての情報は、関係者と利用者のみが知ってよいものです)

『もしバレたら?』

(生死という秩序にそれを崩す混沌が混ざり込み、その世界に弊害が生じてしまいます)

 何故か頭が痛くなってきた俺にカウンセラーさんは続けた。

(秋人様の周囲で、今まで変わったことはありませんでしたか?)

『変わったこと?』

 寧ろこの世界に来てから変わったことばっかですよ。

(例えば突然、後の仲間になりえる人が敵になったとか)

 いや全く分からねーよ。敵というか、こっちに被害を作ったのはこの前親父を(生命的な意味で)襲ったマリア先生くらいしか………………それってつまり――

『マリア先生は、元々と違う行動をしている……?』

(そうです)

『え、ちょっと待って下さい! 要はアレですか、情報が流れると、敵が増えるってことですか!?』

(要約すれば、そういうことです。一度の漏洩で、現魔王のヴィンセント様とその妻サリバン様、そして愛人のマリアやその他大勢の“設定キャラ”に“書き替え(バグ)”が起こったのですから)

 ――沈黙。何も聞こえないフォルトがページを捲る音だけが部屋中に響く。

『……この事は内密にしておきませんか、カウンセラーさん』

(何故ですか?)

『こんなことフォルトに教えたら、自分のせいで親父達に被害が生まれたんだと言って、下手すりゃ発狂しかねませんよ!』

(そうですか……ならこの件については、私と秋人様の、二人だけの秘密ということにしましょう)

 そのニュアンスは違いませんかと思ったが、つっこみを入れることは出来なかった。

 それよりも、今度からは周りに注意することを考えないといけない。当分フォルトとの会話はテレパシーだけになるんだろうな。

(では秋人様、通常業務に移るので、通信を切ります)

 俺の有無を言わせる前に、カウンセラーさんの声が届くことは無くなった。

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