おんなの しゅらばって こえー!
「秋人様、フォルト様、お疲れ様でした。修練場を解錠します」
扉のビリビリトラップが作動してから七時間が経過し、カウンセラーさんが戻ってきた。
この空間内では入った時の腹の状態が継続するらしく、精神的な疲労は蓄積したが、早朝から正午前まで何も無い空間の狭間のような場所に監禁されていたにもかかわらずそこまで腹が減らなかった。
それで今は、食堂で静かなブランチを楽しんでいる。
お袋は親父がいないと人が変わったかのように黙々と料理を食べるので、不謹慎だがこれも魔王が戦闘不能になった時のメリットの一つとも言えるだろう。
ていうか、これが普通の食事だと思うんだよ俺は。ある程度会話があるのが最も良いんだけど。
まあ静かなのは外見上であって、その内側では現在カウンセラーさんが俺達に報告をしている。
(――そしてそれらの手掛かりから、この騒動の犯人がマリアの物だと発覚しました)
(やっぱりマリア先生が犯人だったんだ……)
(やっぱり、と言いますと?)
『エリス学級長が疑ってたんですよ。彼女はマリア先生から親父の不倫に相談について相談されたらしくて』
(そうですか)
『この会話、テレパシーで聞いてなかったんですか?』
(一応聞いていましたが、決定的な証拠が見つからない限り信じようとは思っていませんでしたから)
旧知の仲だもんな。設定上とは言えど実際には俺が覚醒する前からそんな感じで付き合っていたんだろうし、簡単には信じられないって。
(現在マリアの元に使者が向かっております。恐らくあと数分もすれば魔王城に戻って来るでしょう)
(これからマリア先生はどうなるんですか?)
(私は詳しいことは知りませんが、恐らくまずは拷問を受け、罪が重ければ死刑、軽くても魔界の最前線、境界送りは免れないでしょう)
私情はともかく、マリア先生のしでかしたことは国家転覆罪と何ら変わらない。
魔王に敵対するということの重さが良く分かったような気がした。
それからいつもとは一味も二味も違う食事を終えた頃、食堂を後にしようとする俺達にカウンセラーさんが再びテレパシーを送ってきた。
(秋人様、フォルト様、どうやらマリアが城に着いたようです)
取り敢えず様子を見に行こうと義務的な何かを感じて、フォルトがエントランスに向かうと、本当にマリア先生がいた。
身体中を鎖でグルグル巻きにされ、全てを諦めたかのように目をつぶっており、マリア先生はそのまま、今まで見たこともなかった地下牢へ続く階段に消えていった。
それから通学を挟んで二日経った木曜日、マリア先生の口から全てが話された。
何故わざわざ二日置いたのかというと、親父にかけられた石化呪文を解くのに一日半もかかったからであり、本当は即尋問だったらしい。
お陰で昨日はマリア先生の突然の欠席によりクラスが大騒ぎ。エリス学級長は頭を抱えて落ち込んでいた。
で、肝心の発言なんだが、それのせいで城内が修羅場となっている。
学級長の言った通り、マリア先生は数ヶ月前に親父からナンパされて交際を始めている。
国民なのに魔王の素顔も分からないのかとツッコミを入れたくなるが、魔王はその地位故に公に顔を出すことがあまり無く、祭事には仮面を被って参加するらしい。
フォルト曰く授業参観などの学校行事にも出ないらしく、その代理で来るカウンセラーさんがフォルトの親だと勘違いしている奴もいるとか。
話がずれた。そしてそこから後のマリア先生の供述で、とんでもない事実が判明した。
「私は魔王様から、毎週月曜日の深夜二時にだけ会う約束をしていました。何故他の時間帯は無理なのと聞いたら、仕事が忙しくてその時間しか暇が無いと言われました」
お袋は淫魔なのに寝るのは早く、俺は転生してから夜更かしすることも無くなったので、二人して遅くても零時には毎日寝ていたのだが、どうやらそれよりも二時間も後に出かけていたらしい。
親父は妻との情事に陥る時以外は大抵書斎にいるため何をしているのか分かったもんではないが、かなり計画的に浮気をしていたようだ。
ここまで聞いてお袋は笑っていた。浮気性のある夫に慣れているための、余裕の笑みといったところか。
マリア先生は続ける。
「それから一ヶ月はそのような関係が続いてましたが、どうも不審に思って調べてみたところ、他の日には別の女性とも会っていることが分かりました。更にそこから彼が妻帯者であることも知りました。私を含む大勢の女性の心を惑わせた償いをさせるため、私はこの度の犯行に陥りました」
マジかと俺がカウンセラーさんに調べてもらったところ、この女たらしは同時に十人以上もの女性と関係を持っていやがった。
しかも従者とも関係を作ったらしい。なんというか、手の早い男だな、悪い意味で。
これについてお袋は顔に淫靡な微笑と青筋を浮かべながら、ダンディな外見に似合わない抜き足差し足で部屋から逃げようとする親父に詰め寄った。
あの時見た親父の怯えた顔を表現する術を、俺達は全く知らない。
その一時間後、俺達は自室に避難していた。
何故自分家でビクビク震えてなきゃいけないのかというと、親父のせいで城内が修羅場へと変貌してしまったからである。
マリア先生の衝撃の暴露大会が終わると同時に、親父は地下牢から一目散に逃げ出した。
お袋の濁った眼から死を予期したのだろう。ひとまず城を出ようと玄関に走ったのだ。
「逃がさないわよあなた!」
しかしそこは魔王の妃。お袋はすぐに各出口をメイド達に塞がせて、夫を城の中に閉じ込めた。
ぶちギレた時のお袋は親父よりも権力が上になるらしく、親父が幾ら言っても部下達は退かなかった。
なので狭い空間(十分広いが、外に出られないので)の中を、お袋の手から放たれる雷撃呪文に身を焼かれながら親父は逃げ回っている。
……サキュバスのはずのお袋が段々虎柄ビキニの鬼娘に見えてきたのは、フォルトの視力が悪いことにしておきたい。
しかもそこにいつの間にか釈放されたマリア先生や手駒めにされたメイド、同様の扱いを受けた女性達が加勢し、てんやわんやになってしまった。
これに巻き込まれるのはまずい。だから俺とフォルトは自室に入ることを、親父の断末魔の叫びをBGMに決断したのである。
『ホント何やってんの? あの馬鹿親父』
「さあ……今回のは流石に擁護出来ないよ……」
『親父にとって妻って、結局は愛人Aみたいなもんなんかね?』
「魔王の特権として側室を作れるのに母上しか妻にしてないから、ちゃんと愛しているとは思うよ? ……浮気を沢山するけど」
『ある意味歪んだ愛情表現だな』
天蓋付きベッドに腰掛けながら、俺とフォルトは親父に呆れていた。
それにしても文明がなんとも言えない具合に発展しているとはいえ、もう一人の自分と話すぐらいしか暇を潰すことが出来ないのはどうなのだろうか。
一応読書という手段もあるのだが、訳の分からない文&広辞苑並みの分厚さの本は持つのすら面倒臭く、ゲームや漫画、インターネットに生前を浸していた現代っ子の俺にはそろそろ刺激が欲しいところである。
あ、とは言っても、ラノベみたいな展開を希望しているわけじゃないからな? ラノベ主人公っぽくなるが、俺は出来るだけ静かに暮らしたいのである。
魔王という役職だから、最終決戦とか名付けられるデカすぎるイベントがあるのだけれども。
『ていうか、お袋もお袋だよな』
「え、なんで?」
『あんな浮気しまくる相手と結婚しちまったんだぜ? 素性を知らなかったとか、どうせ親父の容姿や魔王としての財力とかだけに惚れたんだろ?』
人間界でも年収ウン千万は欲しいとか公務員が良いとか言う奴は結構いる。
精力の強い男に惹かれるという淫魔に対する偏見から、お袋も似たようなものではないのかと俺は疑った。そういえば魔王って公務員なのか?
しかし、その質問を俺の半身は否定した。
「う~ん…………それは無いんじゃない?」
『そうなのか?』
「そんな性格だったら母上は今頃、マリア先生達と一緒に父上を追いかけてるよ」
『今も追っかけてる……よな?』
「立場が妻じゃなくて、それこそ愛人Aになってるってこと。結婚も何も考えずに出来ちゃった子供をすぐに堕ろそうと考えるだろうね」
何か意外だな。色ボケしている中にも、しっかりしている部分があるってことか。子供が出来ても堕ろすことなく産むことを決意して………………って、うん?
『まさかお前の両親ってさ、妊娠確定してから結婚決めたの?』
「そうだけど……何か?」
『えっ……ええええええええええええ!?』
マジかよ、魔王が出来婚!? そんな過去回想のあるRPG見たことねーぞ!?
いや、確かに両親ならしそうだよ? だって魔王とその妃っていうか、見た目が良いDQN夫婦だもん! 流石にしてたら完全に幻滅しそうだったもん!
何これヤバい、頭ん中で色んなことが渦巻いてる。どうすりゃ良いの? 助けてカウンセラーさぁぁぁぁん!
――ガチャリ。
「お呼びでしょうか?」
うおう、本当に来たよ。
「あれルシアさん、別に僕は呼んでないですよ」
「秋人様がテレパシーで呼びました。何かご用でも?」
『いやなんというか、フォルトの出生について詳しく知りたいなと思って』
「承知しました」
そう納得するとカウンセラーさんはどこからともなく一冊の本を取り出し、そのページをパラパラ捲る。
ていうかなんだあの本。捲っても捲っても一向に終わりが見えない。名前を書くだけでその名前の奴を心臓発作で殺せるノートみたいな力が加わっているのだろうか。
『なんですかその本?』
「これは“全知全能の書”という転生ハローワークの道具で、これにはこの世界の過去の全ての情報が書き記されています。女中仲間に聞けば大抵のことは分かりますが、尾鰭の付いていない情報を知るのであればやはりこちらの方が便利かと」
「凄い本だ……そんな代物、魔界中探しても見つからないよ」
「全ては転生者に充実した人生を与えるための物です」
俺やフォルトに受け答えながら、カウンセラーさんは検索を続ける。
五分程捲り続け、ようやくカウンセラーさんの手が止まった。
「ありました。読んでいきたいと思います」
カウンセラーさんが説明を開始する。
「まだ高林秋人としての人格が覚醒していなかったフォルト様が産まれる一年程前、魔王を襲名してすぐのヴィンセント様には、サリバン様を含めて十五人の彼女がおられました」
安定の浮気性だな、親父。お袋はまだ愛人Aだったのか。
「ヴィンセント様を人一倍想っておりましたサリバン様は、その後紆余曲折あってヴィンセント様の正妻へと勝ち上がりました」
……え?
「終わりですか?」
「終わりです」
『いやちょっと、紆余曲折を説明しましょうよ!?』
「かなり複雑な愛憎劇の連続ですので、未成年の秋人様とフォルト様にはどうかと」
ぐぬぬ、なんか地味に馬鹿にされたような気がするぞ。
「未成年って……じゃあ不適切な部分は切り取って、要約して言ってください」
「簡略的に言いますと、サリバン様は他の十四名の彼女達を惨殺して、その後ヴィンセント様に夜這いを掛けて、既成事実を作って結婚を持ちかけます」
ありがとうございますカウンセラーさん。お陰で良く分かりました。
フォルトの言っていたことは確かだった。しかしその全貌は女の嫉妬の恐ろしさを酷く表したものだった。
とにかく、言えることはただ一つ。
『もうやだあの親…………』
俺はフォルトの中で倒れこんだ。




