転生ハローワーク 後編
スタッ、と俺はどこかの地面に降り立った。
足元には行きと同じ円が浮かびあがっており、どうやらあちらからこちらへ一方通行らしく、もう一度踏んでも何も起こらなかった。
「どうぞ、こちらにお掛けになって下さい」
前を向くと、椅子が2つとその間に机が1つあり、片方の椅子には先程の受付嬢によく似た、というか同一人物にしか見えない女性が座っている。
一体ここは何なのか、まだ転生してないのかと延々と考えていても無駄なので、俺はもう1つの椅子に腰掛けた。
「えーと、受付番号13689番の高林秋人さんですね?」
「そうですけど……ここは?」
「ここは転生ハローワーク人間界支部の、転生カウンセリングです」
まだ俺はこの転生施設の中にいたのか。でもまあ、確かにあの手続きだけで新たな人生を選択されちゃ、責任問題に問われそうだ。
それに、あそこの大人数がいるところよりも、1対1の方が話しやすいだろう。
「まず、秋人さんはどのような世界に行きたいか、こちらのパンフレットをご覧になりながら、2、3個ほどこの用紙にお書き下さい」
「こ、これが……パンフレットですか?」
辞書並みの厚さを誇る、1冊のパンフレットをカウンセラーの女性はどこからともなく取り出して、机の上に置いた。
それを少しばかりパラパラと捲ると、花畑が広がる楽園から、文字通り地獄絵図な地獄など、様々な世界が写っていた。
「転生先って、こんなにあるんですか?」
「はい、別の個体の転生先はこれよりも少ないのですが、人間の転生先の場合、かなり多く存在します」
なんでも、多くの人間が、その世界があると信仰することで、その空想上の世界は実在することになるらしい。
古来から人間は、死後に極楽浄土に行けるとか、仏にすがれば救われるとか信じてきた。その想像力の発展から、このような数の世界が出来たのだ。
それにしても、この量は多すぎる。
仏教の考える転生先だけでも、六道輪廻と言って、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の6つあることは知っていたが、宗教別でもキリスト教やイスラム教、ヒンドゥーにユダヤ、ゾロアスターとかなりある。
それだけではない。人間界のパラレルワールドということで、多くの有名なライトノベルや漫画の世界まである。人間の想像力(いや、どちらかと言えば妄想力に近いだろう)が凄いことが分かった。
幾多もの転生先の中から、これかな、というものを2つ書き出し、カウンセラーさんに渡した。
パンフレットを読むだけで、この部屋には少なくとも2時間はいる。
それだけでこの時間だ。大勢の死者を裁くためにも複数の個室が必要なのだろう。閻魔大王ってこれ――別の宗教の亡者はおらず転生先が極楽か地獄な分、これよりは格段的に楽だろうが――を一人でやっていたことになるだろうから、結構偉大なんだな。
「秋人さんの第一希望は、生前と同じ仏教の人界ですね」
「はい、やっぱここかなと無難に決めました」
パンフレットに書いてあるところ、生前罪人だった人の場合はその罪を浄める為に、半ば強制的に地獄系列の転生先に飛ばされるらしい。
勿論犯罪なんて犯したことのない普通の一般人である俺は普通に選ぶことが出来た。平凡で良かった良かった。
「ちなみに、これから人界に転生するとなると、秋人さんの死亡した時期から少し後の時代にいます」
「それくらい大丈夫ですよ、どれくらい先のことですか?」
「えーと、だいたい5000年後にはりますね」
「ご、5000年!?」
お、俺が死んだのは201×年だぞ!? それから5000年っ後て、どんな世界になってんだよ!?
「5000年後の人界では、地球の生態系のトップは巨大化した虫です」
「虫ィ!?」
「人間が積み重ねた科学実験で大気が汚染され、なんらかの物質の効果で知能と体型が向上したそうです。ちなみに人間はその食料、あるいは奴隷となっています」
何をやってくれちゃってんだ未来の人類は。先人代表として一喝してやりたい。
「俺が死んであまり経ってない間に、転生は出来ませんか?」
「一応出来ますが、確率はかなり低いです。10万人に1人くらいですね。その可能性に賭けるか、もしくは虫に服従したいならどうぞ」
「いや、やめておきます」
もう自分のいた世界の未来が悲しすぎて見てらんないので、人界は切り捨てることにした。あばよ人類。
「第二志望は小説またはRPGにおけるファンタジー世界ですね」
「一番志望する人が多いって書いてあったんですが」
「はい、皆さん勇者やその仲間になりたい人が多いらしくて」
人の想像で世界が構築されるのならば、生前興味本意で読んだ異世界転生ものの小説のような世界がその数だけ存在するらしい。
「でも、必ず勇者側の人間になりたいって言う人ばかりで、ちょっと困っているんですよね……」
「そうなんですか?」
「はい、勇者になりたい人の転生先の世界が多すぎて、魔王を始めとする悪側の生物になりたい人が少なくて……」
敵対する人間や魔物は、必要かどうかを決められる。
すると別に魔王を倒すとか、そういう試練が何も無い人生を送ることになり、最終的に自分で決めた人生に嫌気がさして再びここを訪れる人が多いらしい。
ちなみにそうなるとこういった世界の場合は特別で、そのパラレルワールドは消滅するとか。
「最近では、異世界を転生先から除外するかで論議がなされています」
「うーん……でも俺は、正義でも悪でも、人間でも魔族でも良いですよ?」
「そうですか。ではご希望の転生先の世界はファンタジーの世界でよろしいのですね?」
「はい、よろしくお願いします」
俺は深々と頭を下げた。
「――ではそう申請しますが、ここで少しオプションがあります」
「オプション、ですか?」
「オプションは2つ、1つは今の意識を、転生後の世界でも持つか。もう1つは、転生前の世界の住民にメッセージを贈るか」
俺の今の意識を受け継ぎ、いわゆる前世の記憶として現在までに記憶も供給することと、遺言などを言えなかった人に、生前お世話になった人にメッセージを送るチャンスを与えるものらしい。
「転生後に同じ記憶を持つと、どんなことがありますか?」
「二度目の人生内で似たような出来事が起きたとき既視感として思いだすことが出来ます」
「へぇ……じゃあ両方ともお願いします」
経験あることがあれば、多少は人生に余裕ができるだろうしな。
「ではご遺言を送る方と、その用件をここに書いてください」
またもや女性は別の空間から用紙を取りだし、俺の目の前に置いた。
さて、遺言と言っても、別に遺産があるわけでもないので、お別れの言葉に近いだろう。
宛先は……うん、やはり両親だろう。
俺はサラサラと書き進め、カウンセラーの女性に渡した。
「では、これは人間界に送っておきますね。他にご用件が無いのであれば、カウンセリングは終了となります。こちらの扉をくぐった先は転生後の世界となっておりますので、未練が無いかを確認してお進み下さい」
そう言うと女性は床を足で軽く鳴らす。するとそこから俺の身長の1.5倍はある、巨大な扉が出現した。
未練? そんなもの無いね。
結構今までの人間としての人生は楽しかったし。
この先で何が有るかは、神のみぞしるだ。別にどうってことは無い。
「……よしっ、じゃあカウンセラーさん、ありがとうございました。行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
俺はカウンセラーさんに礼をして、扉を開いた。
目映い光が俺を包む。
眼が眩みそうになりながらも、俺はゆっくりと前に進んで行く。
そして扉が閉まった途端、俺の意識は薄れていった。