転生してまだ数日なんですが 後編
親父――魔王ヴィンセントの部屋には駆け足で十秒程で着く。
間取りは俺の部屋より二畳ばかし広い程で、フォルトの記憶が確かであれば中の大半が本棚(エロ本とそれを隠す為の難しそうな本専用)であったはずだ。
ちなみにこの部屋は彼のプライベートルームであり、この城の最深部に、ちゃんとした魔王の間はある。
エロ本だらけの部屋で最終決戦するとか、色んな意味であり得ないシチュエーションだしな。
で、その親父の部屋の前に着いた俺達なのだが、ドアには内側から鍵が掛かっていた。
「ルシアさん、魔王様の部屋の鍵は?」
「この部屋の鍵はヴィンセント様が持っております。が、それを使う必要はありません」
「へ?」
「はあああああっ!」
気合いを込めるのと同時に、カウンセラーさんの強烈なキックが炸裂。木製のドアを木っ端微塵にしながら前方に吹き飛ばした。
「魔王様!?」
「父上!」
学級長とフォルトはカウンセラーさんの力に呆気に取られる前に、魔王の部屋の惨状を見て驚愕していた。
まず部屋に入って、目の前に見える窓ガラスに大きな穴が開いている。そのガラスの破片は部屋の中に入っていて、誰かが外側から窓を割ったのだろう。
続いて左側の壁にある本棚。天井まで続く棚の下に、何冊かの難解な内容の本が落ちている。ある程度の汚れが付いているあたり、猥褻物隠しの本もちゃんと読んでいたことが分かった。
本題に移ろう。部屋の右側、ダブルベッドの上。
読みかけのエロ本を周りに散らばせた、何かに怯えた表情の、魔王ヴィンセントの石像が横たわっていた。
それからはもう、大騒ぎだった。
まず、フォルトがサスペンスドラマの発見者の如く叫び、それに反応して数人のメイドが部屋の前に来て騒いでの連鎖反応を起こす。
あれよあれよと言う間に魔王の書斎前は使用人でごった返し、さらにそこへ、学級長に代わって風呂に入っていたお袋が突然の騒動に何事かと来ては変わり果てた姿の夫を見て卒倒したので、上へ下への大パニックとなった。
第一発見者であるカウンセラーさんが使用人達を指揮している中、フォルトと学級長はフォルトの部屋に戻された。
魔王が石化して魔王妃が失神している中、さらに息子やその婚約者まで被害を出すのを押さえるためらしい。
フォルトの部屋の結界は魔王の部屋の物よりも強いらしいからな。万が一の時もここが避難エリアとなるとか。
(秋人君、一体何が起こってるの……?)
『俺に分かるわけないだろ……』
ていうかそもそも、一体何が起こっているの俺の方が聞きたい。
転生して高林秋人の意識がフォルト・ハイグローヴの中に生まれてからまだ数日しか経ってないのに、いきなり親がピンチになるというイベントがあるのはおかしいと思う。
無論生まれてすぐに親が死ぬとかいうストーリーは、古今東西色んな物語にあるのは分かっている。分かっているんだけどよ、不条理過ぎやしないか?
「……魔王様があのようになったのは、私にも責任があります」
ベッドに腰掛けていた学級長が、突然口を開いた。
「……エリスさん?」
「魔王様を石化したのは、間違いなくマリア先生です」
「えっ……ええええええ!?」
フォルトがテンプレートな驚きようを見せた。
「先程言えなかったことを話します。フォルト君がルシアさんから託された、マリア先生宛の手紙には、魔王様の個人情報が書かれているんですよね?」
「う、うん」
「恐らくマリア先生はその情報から、魔王様に危害を加える最良の時間を割り出したのです」
「今日の朝に出した手紙だよ? 短時間でそんなことが出来るの?」
「既に予測はしておいて、手紙の情報で最後の微調整をする……そういったところでしょう」
確かにそういった考え方は可能だ。マリア先生はメデューサだから石化は得意だろうしな。
でもこれだけじゃ、根幹的なあることが分からない。
『……フォルト、学級長にこう聞いてくれ』
自分の半身を通じて、俺は学級長にその質問を投げ掛ける。
「じゃあマリア先生は、どうして父上を石化したの?」
「それは簡単で、かつ複雑な事です。マリア先生は、魔王様と愛人の関係にあったのですよ」
……………………はあ?
「数ヶ月前、マリア先生は私に、ある相談を持ち掛けました」
「相談?」
「先生は数ヶ月前にある男性に告白されて付き合い始めたのですが、その男性には実は妻がいるのを知って、その妻と自分を天秤にかけた罪をどう処すれば良いかと」
「随分とストレートな質問だね……」
全くだ。なんでそんなドロドロした悩みを教え子に言ってるんだあの聖職者は。ネタが思い切り昼メロドラマのそれじゃないか。
「そ、それでエリスさんは、なんて答えたの?」
「まず情報を集めるだけ集めてから、その男性に奇襲をかければと答えました。それ以外は特に言っておりません。しかし……」
「まさかその男性が、僕の父上――魔王だとは分からなかったってこと?」
学級長は黙って頷いた。心なしか目が潤んでいるように見える。
「どうしましょう、私の発言のせいで魔王様が元に戻らなかったら……」
「そ、それは無いと思うよ!? メデューサであるマリア先生がかけた石化呪文でも、解除する方法はいくらでもあると思うから!」
「でも、万が一ということもあります。そうなったら……うっ……」
「エリスさん!?」
突然顔を押さえ、学級長は崩れる。真夜中の猫の様な眼からは遂に大粒の涙が零れ落ち、赤いカーペットを濡らした。
「だ、大丈夫?」
「……すいません、取り乱してしまいました」
「疲れてるだろうし、もう今日は寝ようよ。後の事はルシアさん達が何とかしてくれるよ」
「そうですね……分かりました」
「じゃあ僕は用を足してくるから、先に寝てて」
「はい……」
そう言ってフォルトは、一度部屋から抜け出した。
使用人達が別の部屋で右往左往していて、逆に誰もいない廊下。
トイレを済ませて部屋に戻ろうとしていた時、俺はフォルトに声をかけた。
『……なあフォルト』
「…………」
『……フォルト?』
「…………」
『おーい』
(ん? ああ、ゴメンゴメン。ちょっと心の整理が出来てなくて聞こえてなかったよ)
どうやらフォルトも相当ショックだったらしい。まあいきなり親が石化してたら驚くわな。
(で、どうしたの秋人君?)
『いやなんていうか、俺も急すぎる展開について行けなくてな。良かった、フォルトも一緒だったのか』
(稀にしか起こらないことなんだ。王位継承の前に魔王がヤバいことになるのは)
『そうなのか? 必ず万全の体制で出来るとは限らないだろ?』
(まあ先祖の中には、生まれつきの病弱故に数日前に危篤状態になって継承が遅れた魔王や、偽の情報に騙されて部下に闇討ちされた魔王もいるんだけどさ)
『自身の浮気によって出現した、思わぬ伏兵に殺られそうになる魔王なんて二度と現れないだろうな。ていうか現れないで良いと思う』
(そう考えると、父上ってある意味異彩を放っているんだよね……)
『自分の息子の担任と不倫する父親とかそうそういないからな』
人間界でもし総理大臣や大統領がやってたら、即不信任決議案が提出されて解散か総辞職を命ぜられる程の事をしてるんだ。
こういった不祥事の際、絶対王政のはずの魔界ではどうなるかは知らんが、回復した後の親父がどうなるかは分かったもんじゃない。
『だいたい石化が解けるまでの間、一体誰が国政をやるんだよ?』
(それは魔界軍の幹部達が代わりにやると思うよ)
『あ、ちゃんと幹部もいるんだな、この世界』
(魔界も結構広いからね。少なくとも四、五人の幹部を持たないと統合は出来ないから)
四、五人で良いって、魔界そこまで広いわけじゃなくね? まあある程度は遠くにあるらしい人界との“境界”が馬車で一時間半で着くぐらいなんだから、それでも大丈夫なのか。
そう雑談を交わしている間に、フォルトの部屋の前に着いた。
『とにかくもう寝ようぜ。お前の言った通り、俺達にはどうしようもないんだしさ』
(そうだよね。もう寝よっか)
こうしてその日は、混沌の中で幕を閉じていった……。




