キレちゃいました
「――やはり遅刻しましたか。ワープホールの使用には自信があると自負しておりましたが、そのような様では見る目も向けられませんね。自分の発言にも責任を取れないのに、魔王になれるとはとても思えません」
二限の終了後、ビリビリトラップの解除された教室に飛び込んだフォルトに、絶対零度の視線と共に飛んできたのがこの台詞だった。
剣の様に研ぎ澄まされた言葉はフォルトの豆腐メンタルにクリティカルヒット。軽く肩を落としながら三限目――選択科目の準備をすることになった。
フォルトが既に言っていたが、この選択科目の授業は他と違い一限に最低二時間は使用する。それを少なくとも一人で三、四教科、一日で二時限やるので、ここからがこの世界での学校生活の醍醐味と言えよう。
剣術と呪文詠唱と筆記術の3つをフォルトは選択しており、三限は剣術らしいので今俺は格技場らしき所にいる。
剣術と聞くと俺的には日本の剣術を想像するのだが、やはりそこはヘンテコなファンタジーの世界と言うべきか、その辺は人間界とは全く違っていた。
まず格技場と言ったが、この世界ならば何の変哲も無い大広間を使用している。
床から柱から全て大理石で構築されており、もしこの場で背負い投げでもしたら相手は死ぬな。受け身が失敗した場合。
道着は甲冑が出るのかと思いきや、実際は膝当てと肘当て、脛当てと胸当てとヘッドギアだけで、見た目はなんか聖衣っぽい。小宇宙は感じないけど。
武器は彷徨う鎧のロングソード――のレプリカを使うらしい。まあ授業で本物は使えないだろうな。
まあ、そんな感じの装備を着け終えた後、ついに授業が始まった。
「ではこれより、今日の鍛練を開始するっ!」
「はっ!」
いかにも体育系のガチムチな教師が、床を竹刀で叩きながら熱弁する。竹刀は一応あるんだなこの世界。
でまあ最初にウォーミングアップをするんだが、これがかなりキツい。
一周四百メートルはある格技場を何周か回り、それと同じ距離を、今度は後ろ向き走りやサイドステップ、馬跳びなどで走る。
呼吸がある程度戻ったところで普通の準備運動をして、その次に模造刀の三倍の重さの木の棒、ていうか丸太を振ることになるのだが、これがツラい。
そもそも普通の模造刀ですら二キロはあるのに、その三倍だから丸太は六キロもある。
重さ的にはそれぐらい簡単だろと俺も最初は思った。しかし六キロの丸太の中心ではなく、下部を持って上下に振る。重心が手の位置とズレていて、振るのにも力が必要になる。
フォルトは転入当初から同じメニューをこなしていたから慣れている(とは言えかなりの疲れはある)が、一振りだけ“チェンジ”してやってみたところ、非力な俺にはかなりの重労働となる内容だった。
ちなみにこのトレーニング、剣術とかの武術を専攻した女子の振る丸太は一、二キロ程度しかない。まあ中にはギガンテスとかボストロールの女子もいて、そいつらは片手で丸太を振り回していたけど。
あ、本人達の為に断っておくが、見た目は全くそれっぽくないからな? 肌の色とか目の数とかだけしか共通点が無くて、結構可愛く見えるっていうか普通に可愛いからな?
話が逸れた。その素振りを二十回、それも三セットやって、模造刀に持ち替えて練習に入る。
練習にはまずペアを作り、その二人で剣の打ち合いを始める。武器は西洋なのに、やり方凄く和風だ。西洋の剣道を俺が知らんだけなんだけど。
で、このペア作りなんだが、この間担当教師は基本用事で格技室を出ているため、身長順や出席番号順ではなく、本当に自由に作っている。
そういう場合どんなに異性と仲が良くても力が近くなりやすい同性と組むのがセオリーなのだが、この剣術を専攻したオスの魔物の人数は奇数である。
ペア組に奇数。後はもう……分かるよな?
(あー、今日も出遅れたから一人か……)
『おい、今日もってなんだ今日もって』
はいそうです、この通りフォルトはハブられました。
二限終了後にも一限の件を言う者はいたが、それに笑って返せるくらいにはフォルトのコミュニケーション能力はあるはずだ。なのに、何故取り残される?
(周りのみんなは授業前から組を作っているんだよ。僕は誰か休んだ時ぐらいしか指名されなくてね)
『じゃあお前もそうすれば良いじゃねえか。自称親友のジョーも、お前以外の奴と組んでるし……』
(ジョーは僕よりも交遊関係は広いから。それに親の事情で強くならなきゃいけないらしいし、色んな人と練習を組むんだ)
そういえばフォルトの記憶の中にジョーについての情報があったが、なんでも彼の父親は俺達の親父直属の親衛隊に配属しているらしく、ジョーはそのうち同じ親衛隊に入らなくてはいけないらしい。
アイツの家系ってサラマンダーと言うより、竜兵士の方が正しいんじゃないか?
(と言うか、僕の同級生、それだけじゃない、先輩や後輩の親は、ほとんどが父上の親衛隊などの兵士が多いんだ)
『親と同じ職に就くのか?』
(選択権はあるけど、大半はそうかもね。こういった魔界中の学校は、言わば未来の魔王の家臣を作る為の施設でもあるんだ)
あのズボラ夫婦に命を捧げてるのが、この周りの奴らの親なのか……裏で催眠術でもかけているんじゃないか?
恐らくは俺の祖父までの家臣の教えが遺伝したんだろうな……
『ん? じゃあフォルト、もしかしてだが、あの小うるさい学級長の親も、親父達の家臣なのか?』
(いや、彼女の家はちょっと違うらしいんだ)
『違う? 一体どう違うって言うんだよ?』
(驚いたことにエリスさんの親はね――)
「フォルト君、もしかしなくても、今回も溢れたんですか?」
フォルトが言おうとした時、話題の元であった学級長さんが話し掛けて来た。
「あっ……そ、そうなんだ。みんなに先を越されちゃってね」
「次期魔王がそんなに消極的でどうするんですか」
「は、ははは……」
いやフォルト笑い事ではないと思うぞ? 学級長も呆れ果ててるじゃねーか。
「全く……仕方ありませんね、今回も相手をしてあげますよ」
『はい?』
「い、いや良いよ! 他のところに入れてもらうから!」
「フォルト君、あなたの記憶力はニワトリ並みですか? 女子の専攻者数も奇数なので、そうすると一人余ってしまうのですよ」
「それくらい覚えているよ! 僕が言いたいのはエリスさんの手を煩わせたくないって事だよ!」
余りにもペアを組みたくないので、必死に弁明するフォルト。周りの奴らの視線が痛い。
エリスはというと、そんなフォルトに呆れて目を細めている。
「良いですかフォルト君? 二時間しかない授業の中、二人一組で練習しても時間がギリギリになるのです。そこにあなたが入ったら、他二人の練習時間がもっと短くなってしまうじゃないですか」
「そ、それは……そうだけど……」
「あなたは王位継承と共に学校を離れるから分からないでしょうが、普通の生徒は選択科目の一つでも単位を落とすと落第になるんです。その事も分かってるのですか?」
「…………」
そうだそうだ、エリスさんの言う通りよ、フォルトわがまま言うな、などというを声が聞こえる。気分は苛めに遭っている感じだ。
なんでペア組み断っただけで、フォルトがこんな四面楚歌の状況に陥っているんだ? それほど次期魔王であるフォルトの支持率が低いのか?
あるいは学級長の方がこの学校ではカリスマ性があるのだろうか? ともかくこの女、調子に乗っている感じが見えてなんだか胸糞悪い。
『――フォルト』
(な、何?)
『すまないが、一度替わってくれ』
(えっ、なんで?)
『ちょっとばかし身体を動かしたくなった。良いだろ少しぐらい』
(わ、分かったけど……変なことはしないでね……“チェンジ”』
「全く……今は少し抜けた所のある現魔王様も、学生の頃には一人前の社交性と協調性を身に付けていたと聞かされております。そこまで言わなくても、寧ろ誰でも出来る事であるはずなのに、それが出来ないフォルト君に魔王という役職は荷が重いのではありませんか?」
「…………」
「もう若くもないですし、魔王様も身を引かれて新しい魔王が誕生するまで間もないでしょう。勇者が来る来ない関係無しに、それがこの世界の終わりなのでしょうが――」
「……オイ」
「はい、なんですかフォルトく……っ!?」
皮肉を込めてずらずらと言うエリスの首筋に、贋物の刃が襲い掛かる。
真一文字に薙いだ剣は、すんでの所でエリスの剣に阻まれた。
「さっきから黙っていれば、人を中傷すること何個も何個もほざきやがって……」
「フォルト……君……?」
「テメーの言いたいことは分かったよ。要はつべこべ言わずにさっさとテメーとペアを組めってことだろ?」
剣でエリスを押し、半ば唾競り合いと化していた状態を打ち消す。そしてその刃先を、目を見開いて驚いている顔に向ける。
「上等じゃねーか! 地方校の見栄っ張りな芋女吸血鬼が、テメーの気取った人生終了にしてやらあ!」
その時俺の中で、ピシリと何かが割れたような気がした。




