屋上にて
「ハア……ハア……」
雲一つ無い晴天(空の色は緑なのだが)の下、俺とフォルトは荒くなった呼吸を整えている。
どうやら体力も共通らしく、二人分の体力が合わさって二倍になることは無いようだ。
「な、なんとか……逃げ切ったね……」
『そうだな……でもまさか、この学校にあんな仕掛けがあるなんてな……』
この学校、一見普通の校舎に見えて、実際は某魔法学校並みに入り組んでいる。
動く階段は無いが、学校の至る所にワープホールがあり、それは学校中別々の場所に繋がっている。
学校なのに、ダンジョンの様な仕掛け造るなよ。
フォルトは様々な用事でこのワープホールを使用しており、そのためどれがどこに繋がるかを熟知している。それを駆使して、教室とは別の棟の屋上にまで辿り着いたのだ。
『でもこれで、お前のメンツを守る方法も分かったな』
「あんな簡単なことで良いんだね……」
申し訳ないがフォルト、お前は簡単な計算すら出来てないんだぞ? それが出来ないから、馬鹿にされているんだぞ?
「……でも」
『ん?』
「エリスさんは、別に気にしてなかったなあ……」
フォルトはただ溜め息を吐く。
『エリス?』
「ほら、さっきの授業で五問目に答えた人だよ」
ああ、一番左側の列の、前から二番目の女子か。
確か……あのクラスの学級長を勤めているんだっけ?
「まるで僕が答えられても気にしてなかったでしょ?」
『そういえばお前の周りに群がる連中にはいなかったな』
「少しくらい気にしてくれてもなあ……」
「気にしてますよ?」
「うわあ!?」
『うおっ!』
突然の背後からの声に驚く。ちょっと待て、フォルトは柵にもたれかかっているのに、背後から何故声が聞こえるんだ?
怪談的な恐怖を感じつつ、『いやまさかな……』と言いながら咄嗟に振り返る。木造の校舎の外、話題の少女が腕組みをして、真っ黒な翼を羽ばたかせていた。
「エ、エ、エリスさんっ!?」
「全く……皆さんがどこにもいないと言うので直々に探してみたら、こんな所にいたんですか」
冷ややかな視線をこちらに向けるエリス。あ、これは明らかに見下してる顔ですわ。
「あと五分で二限が始まります。ここから教室に戻れるんですか?」
「だ、大丈夫だよ! ワープについては自信があるから!」
「フン……どうだか……」
どんだけ嫌われてるんだよフォルト。信用性皆無って悲しすぎだろ。
「私はもう戻ります。くれぐれも遅れないようにしてくださいね」
「は、はいっ!」
フォルトは学級長に向けて綺麗な敬礼をする。威厳どこいった。
そう聞いてエリスは教室へと空から移動したが、途中で何故か急ブレーキを掛け、こちらに戻って来た。
「そういえばフォルト君、先程誰かと会話をしていたようですが……そこに他にいるのですか?」
「えっ!?」
まさか、さっきの会話が聞こえていた!? 誰もいないからフォルトは安心して声に出していたけど、それがまずかったのか!?
「い、いないよ?」
「そうですか。ならフォルト君は、誰もいない屋上で独り言をボソボソと呟いていたんですね?」
「なんでそんな極端な解釈するの!?」
「気持ち悪いので、今度からは出来るだけ控えてくださいね」
「えっ、ちょっ……」
止めようとするフォルトを無視して、エリス学級長は今度こそ教室に向かって飛んで行った。
その姿を後ろから眺めて、フォルトはまた溜め息を吐く。
「ハア……エリスさん、いつも通りだったなあ……」
『あまり関わらない方が良くないか? お前絶対目の敵にされてるだろ』
「それは無いと信じたいけどね……そろそろ教室に戻ろうか」
フォルトは諦めた様な声を出しながら、屋上の端にあるワープホールの上に立つ。
見た目は転生ハローワークにあった物に酷似しているが、これの場合は自動的に飛ばしてくれるらしい。まどうかがくのちからってすげー!
「……あれ?」
『どうしたんだ?』
「おかしいな、さっきは飛べたのに……」
かれこれ十秒程、円の内側に突っ立っているのにも関わらず、フォルトの身体はどこにも飛ばされない。
『故障か?』
「そんなことあるはず無いよ、機械仕掛けじゃないんだから」
『じゃあ……この装置を使わずに教室に戻るのか?』
「そうなるね……」
『授業まで後何分くらいだよ?』
俺がそう聞いた瞬間、あの独特のチャイムが鳴った。
「あーあ……ついに僕も初欠席か……」
『欠席? 遅刻じゃないのか?』
「教室のドアにはある仕掛けがあってね、設定された時刻になると、城の兵士修練場みたいな電気トラップが作動するんだ。遅れて入ることが出来ないから、欠席扱いにされるんだって」
フォルトの記憶の一部が映像として俺の頭の中に転送されたらしく、眼前で教室の風景が映る。
時間帯は授業開始直後らしく、既にトラップが作動したドアに外側からリリパットのニクスが触れては感電し、触れては感電しを繰り返していた。
あの痛みがすごいのはよく分かっている。俺も一発自宅で受けてるし。
『なるほどな……』
映像のニクスに十字を切りながら、フォルトに相槌を打つ。
「また馬鹿にされるんだろうなあ……」
『大袈裟だな。一度授業に出なかっただけでそんなに嫌われる訳ないだろ』
「そうなの?」
『お前は不安になりすぎだ。そんな簡単に嫌われねーよ』
魔物に通ずるかは知らないが、些細なことで好感度が変動する程周りは見ているものでもないんだよ。
『まあ良いんじゃねーの? 一度くらい欠席してもよ』
「良いのかな……」
『俺憧れてたんだよなー。こうやって授業サボって、屋上でゆっくりと時間過ごすのに』
「どうして?」
『色々と高校生活には夢を持ってたんだよ。結局一つも叶わなかったけどな』
なんせ人間の時に合格したのは国有数の進学校だったからな。そんなことした暁には即退学だっただろう。
「へぇ、そうなんだ」
『そうだよ。――そうだフォルト、ちょっと仰向けになってくれ』
「え? 良いけど……どうして?」
『良いから良いから』
渋々と木の床に寝そべるフォルト。視界いっぱいに、薄緑色の空が広がる。
身体の下の床は檜でも使っているのだろうか。涼しい風に乗って木の香りが鼻を通る。
『あー、風がすげー気持ち良い……』
「秋人君、今意識体しかないよね?」
『だから、お前とは全ての感覚がシンクロしてんだって。お前はどうだよ?』
「僕も気持ち良いよ」
『だろ? ――あー、死ぬ前に一度やりたかったなー』
「秋人君今生きてるよね?」
『ハハ、それもそうだな』
「全く……フフフ」
俺とフォルト、二人して笑う。思えば心から笑えたのはいつ頃だっただろうな。
『取り合えず休むか。どうせ今の授業も十五分で終わるんだろ?』
「そうだけど、その次の授業は少なくとも二時間あるんだ」
『選択科目だっけ? そういやフォルト、お前何を選んだんだ?』
帝王学は学んでないとは言ってたけど、他に何か習っているとは言ってないからな。
「えーっと、呪文詠唱と筆記術、あとは剣道だね」
『筆記術?』
「書類とかを書くときの基本を学ぶんだ。家柄で役職に務めなきゃいけない魔物は必ずと言って良いほど専攻するんだって」
なんかお前らが、試験に追われる高校生じゃなくて面接に追われる大学生に見えてきたよ。
『剣道って、あの剣道だよな』
「魔王だったら勇者と闘う時は剣を使うかなと思って」
『確かに魔王は剣を使いそうだな』
ていうか、俺は今のところ剣以外の武器を使う魔王を知らないし。これもテンプレートに嵌まった俺のファンタジーに対するイメージなんだろうな。
「でも、問題があってね……」
『なんだよ?』
「剣道を、エリスさんも専攻しているんだ――それも、毎回僕を打ちのめすんだよ」




