夜が明けて
翌日の午前5時。まだ意識が半分すら目覚めてない俺は幌馬車に揺られていた。
昨日のフォルトの会話の後の、風呂やら歯磨きやらは割愛させてもらう。むさい16歳男子(昔から俺は童顔と言われて来たが)のそんな姿を見たいとは思わないだろ?
今日はサートヤード、つまり人間界でいう土曜日で、人間界同様に学校が無い。
だから昨夜の内に、フォルトと朝に弱い者二人で二度寝三度寝をしようと思っていたのに、突然カウンセラーさんに無理矢理起こされ、結局今に至るのだ。
「ふわあ……どこに行くんですか、カウンセラーさん?」
大きな欠伸をもらしながら、目の前で手綱を握るカウンセラーさんに聞く。
「早朝から申し訳ございませんが、これから秋人様には見ていただきたい物がございます」
今の俺の表に出ているのが秋人かフォルトなのか確認せずに答えるカウンセラーさん。瓜二つな双子を見分ける母親みたいだな。
そういえば昨日の試練からずっと現れなかったけど、それと何か関係しているのだろうか?
『ルシアさん、この方角は、“人界”との境界がありますよね? もしかして、それに関係があるんですか?』
「ええ、その通りですフォルト様」
フォルトが俺の中で聞いたことに、カウンセラーさんは頷く。
ちなみにこの“ルシア”というのは、彼女が親父達や従者仲間に呼ばせている、言わば彼女の偽名だ。
まあ確かにそういった名前はあって損は無いだろうな。チート仕様な力と“カウンセラー13689号”なんて名前じゃ、精巧なキラーマシンとも思われそうだし。
――いや、実は裏ではそう言われているかもしれないぞ。余りにも万能過ぎて、陰で他の従者達に妬まれることもしょっちゅうあるのだろう。
そして偶然その場に立ち会ったカウンセラーさんは、表情をまつ毛一本動かすことなく彼女達に巨大な凶器を振りかぶり――
「失礼な妄想は不要ですよ、秋人様」
顔を動かし、こちらに少しだけ見せたカウンセラーさんの眼光は、見るもの全てを凍てつかせてしまいそうな鋭いものだった。
「は、はい……」
ブーストで加速せずにマイペースに進んでいた幌馬車を降りたのは、それから一時間半も後のことであり、降りた目の前には見たこともない光景が広がっていた。
円を描くように8本、ひび割れた大理石の柱が焼け野原の上に建てられ、その中心にはどこぞのエロイムエッサイムに使いそうな六芒星の魔方陣が淡い光で描かれている。どうやらここは何かの祭壇らしい。
目前の緑の空には既に太陽が出ており、辺りを和らげに照らしていた。
しかし何だか空気が重い。ていうかなんだここ?
「カウンセラーさん、ここは……?」
「ここは“境界”と言われる地――魔界と人界を繋ぐ架け橋といった所です」
「それってつまり……」
「ええ、ここが魔界の最前線ということです」
俺が思ったことを、カウンセラーさんが先に言ってしまった。
にしても、目の前の魔方陣に勇者達は魔界へと召喚されるんだったら、この魔方陣を、凍てつく波動とかで無効化してしまえば良いんじゃ……。
『残念だけど、それは出来ないんだ』
「なんでだ、フォルト?」
『この地には、魔物達にとっては強大な呪いでもある、最強の光呪文がかかっているんだ』
「それは解除出来ないのか?」
「これまでに何百人もの魔導士が解除に挑戦しましたが、結局返り討ちにあっています」
「そんなに強力なのか……」
まあそうだろうな。RPGならこの魔界に向かう為の門が壊れていても、門を復活させるイベントを起こして魔界に突入されるだけだし。
「私の力でなら容易く破壊出来るでしょうが、あまり世界に関与しないようにするのが転生ハローワークの決まりでありますし……」
『秋人君、ルシアさんは何を言ってるの?』
「いや、俺にも分からん」
フォルトはカウンセラーさんの正体を完全に知っているわけではないのか? いやむしろ、俺が別の世界からやって来た転生者だと知っている、自分の城に仕えるメイドの一人だと思っているのかもしれん。
ていうかカウンセラーさん、アンタそんなヤバい力持ってたのかよ。
「で、なんで俺は朝早くからここに来ることになったんですか?」
「それは、ここを通って来る者が、あなたの転生する世界の均衡を崩した張本人だからです」
「え……つまりそれって……」
「秋人様が思っている通りでしょう。その犯人は、勇者、またはそのパーティの一員です」
『――フォルト君、どういうこと? 僕はただ普通に、ここに転生したんだと思っていたんだけど』
フォルトは彼女の発した言葉の一つ一つに混乱している。ていうか転生って普通の域に入るのか?
「それについては後で話す。とにかく俺が何か変な事に巻き込まれていることは確かだ」
一応フォルトに応対しておき、再びカウンセラーさんに向き合う。
それにしても、衝撃の事実を知ってよくこんな平常心でいられるな俺。驚きすぎて、一周回って何とも感じなかったのか。
「カウンセラーさん、それは本当なんですか?」
「はい。昨日秋人様に呪文の修練を与えて間もなく、転生ハローワーク人間界支部の本部から連絡がありました」
支部の本部って、紛らわしいなオイ。
「私は即座に本部へと戻り、その情報を仕入れて来ました」
「あー、だから昨日の夜はあれからずっといなかったんですね?」
「ええ。別の次元どうしの往復には、少し時間がかかりますから」
「それじゃ、その犯人の人相とかも分かったんですか!?」
口調がつい大きくなる俺。そりゃそこまで特定出来てたら、ラスボス退治も容易くなるのと一緒だからな。
しかしカウンセラーさん、これを聞いて首を横に振る。
「いえ。残念ながら、犯人の所在が大まかに特定出来ただけなので、どの人物がは全く……」
それは“特定”と言えるのだろうか?
「もう1つ、秋人様にはお伝えしたいことが」
「なんですか?」
「生前の、いえ、人間界にいた秋人様の周囲には、平森千香という方がおられましたよね?」
……ちょっと待て、なんで今、アイツの名前が出てくるんだ?
「残念ですが、秋人様がお亡くなりになられた一週間後、後を追うようにお亡くなりになっております」
平森千香。10人に聞けば少なくとも8人は可愛いと答えるだろう容姿を持つ、底抜けに明るい少女。
そんな彼女と転生前の秋人は保育園の頃からの付き合いがあり、世間で言うところの幼馴染みという関係であった。
まあ俺の幼馴染みという関係の線引きは文字通り幼い頃からの馴染みがあるというものなので、他にもそれくらいの仲の奴は山ほどいた。だからまあ、彼女のことはただ単に明るい友達としか思っていなかった。
しかし、あんなに明るい性格で、良好な友好関係には定評があったアイツが、なんで自殺なんで愚行に及んだんだ?
「随分と困惑していらっしゃいますね」
「え、ええ……」
カウンセラーさんが俺を呼び、それによって俺は我に帰った。
転生前の友人の死は、凄まじく俺にショックを与えたようだ。
「……カウンセラーさん」
「はい」
「平森が死んだのって……まさか俺が関係しているんですかね?」
「今のところは判明しておりません。が、その可能性は十分あるでしょう」
やっぱり……俺の死と時期が重なってるとは思ったが、関係する可能性はあるんだな……。
だが、俺ってそんなにアイツと異常なまでに親しかったっけ?
「でも、もう平森が死んでから二週間は経っているんでしょ? なら、ある程度は分かると思うんですが」
「転生ハローワークには、1日におよそ千五百万人の“シボウ”者がお越しになられます。そのデータは全て、1枚の“紙”として保管されておりますが、その中から一個人の情報を抽出するとなりますと、かなり難しいことになります」
カウンセラーさんが申し訳無さそうに顔を反らす。
まあ年間で何億人分とデータが(それも固体で)増えるんだ。そりゃ膨大な時間がかかるって。
「ちなみにカウンセラーさん、転生ハローワークが出来てから、もう何年が経つんですか?」
「私は最初期からのカウンセラーではないので良くは分からないのですが、少なくと一万年は経っていると思われます」
紀元前か……一年で五億人もの志望者(多分死亡者とかかっているのだろう)が訪れるとしても、余裕で兆京は越えるな。
原始人とかもウホウホ言いながら転生先を決めていたのだろうか。
「では秋人様にフォルト様、そろそろ城に戻りましょう」
『うわあ!』
不意に呼ばれて、突拍子に起き上がった(様な声を出した)フォルト。ってお前全く反応しないと思ったら、途中から寝てたんかい!
「戻るって、ここにきてまだ10分も経っていませんよ?」
「普段から我々がここに来るのは、この結界の力が弱まってないかを調査する時のみですから。では秋人様、馬車にお乗りになって下さい」




