◆10◇
久しぶりに主人公以外のキャラがお話に出てきます。
ついでに戦闘シーンは少なめかもしれません。
誤字脱字、その他意見がありましたらご報告よろしくお願いします。
あの後キャンプに戻った俺は、強烈な吐き気に襲われていた。
「うっ……ぷ……誰もいないんだから……見栄なんか張らなくて良かった……」
《暗黒瘴》を撃った後は我慢して走っていたが、キャンプに着いてからはその我慢が解かれたかのように気分が悪くなる。
あの魔法はかなりの精神力を消費する。俺はプレイヤースキルの《総技の始祖》のおかげで、魔法やスキルの習得が普通の人より早いのだが、それを使うためのLvステータスが伴わないのだ。
俺の精神力で《暗黒瘴》を放つには、それなりのデメリットが発生すると考えていいだろう。
「きょ、今日はとりあえず寝よう……」
腹も減っているがそれ以上に今は疲労が激しい。今すぐにでも寝てしまいたいところだ。
まだ辺りは真っ暗ではないが、夜は特にすることがない。
起きていてもエネルギーを消費するだけだし、今回は早く寝ておいて、探索は明日に持ち越した方がいいだろう。
「そういえば、謙哉……クラウンは、大丈夫かな?」
ふとクラスメイトの顔が浮かんでくる。
俺は今こんな目に遭っているのだが、クラウンはそんなこと知る由もないだろう。アイツ……元気にしてるかなぁ?
そんな風に考えていると、急に人恋しくなってくる。
なにせ一ヶ月は確実に他人とコミュニケーションを取っていないからな。本来なら発狂もんだ。
「ディスプレイ出して確認してみるか……」
俺はディスプレイを出現させ、フレンドの画面を開いた。
フレンドになっておくと、友好度に応じて様々なアイテムがもらえるそうだ。友好度を上げるためにはその人と長い間一緒に行動しなくちゃいけないんだけどね。
ふとディスプレイの隅を見ると、連絡のボタンを発見した。
「…………」
一瞬ボタンに手が伸びるが、思考を巡らせ、それをやめる。
連絡も取ったりできるみたいだが、俺からそんなことはしようとは思わない。
アイツは正義感が強くて、色々と助けてくれる良いヤツだ。俺がこんな所にいると知ったらすぐにでも飛んできてくれるだろう。しかしまだ始めて一ヶ月も経っていないのだ。クラウンが俺のLvよりも高いとは限らない。
「そんな危険な目には遭わせられないしな……」
ディスプレイを閉じ、連絡という救助手段を断ち切る。そして本来の目的だった睡眠へと心を切り替えて、ベッドに寝転がった。
「明日も探索だな……」
ボソリと呟き、目を閉じる。
俺はそのまま意識を闇に沈めていった。
★☆★☆★
「――――順調に進んでいるようだな、直弥……」
沢山あるディスプレイの中の一つを見ながら男は呟く。
そう。この男こそがこの『PVS』、『WIO』を開発した張本人であり、直弥の父親でもある朝井 健一郎だ。
彼の周りには様々な用途の機械があり、一般人がそれを理解するには数年、いや数十年ほどかかるだろう。健一郎はその機械に、緻密なプログラムを打ち込んでいる。
「主任。そちらの情報処理は終わりましたか?」
比較的整った顔立ちの女性が、直弥の父親に話しかける。まだ若いのにもかかわらずこの会社の管理職についている有能な人材だ。そんな彼女の言葉に彼はニッコリと笑い返し、最後の文字の羅列を打ちきった。
「ああ、大丈夫だ。すぐそっちの機器に転送するよ」
ここは当初直弥が訪れた研究所に酷似しているが、性質そのものが全く違う。そこには宙に浮いたディスプレイが大量にあり、様々なプレイヤーの行動ログが全て記録されている。
「……それにしても、“この中”でイベントの準備をするとは思ってもみませんでした」
「そうだな。私も最初は動揺したよ」
“この中”というのは、『PVS』のことである。
プレイヤーたちは現実の一日を、ゲームの中で何十年もの単位で過ごしている。その間、開発者側はイベントを行わなければいけないのだが、現実世界でイベントのデータを作ろうとするとゲームの中では何年もの月日が経ってしまう。
それを避け、作業効率を上げるために考案されたのがこの『タイムジェネレート方式』だ。
『PVS』内では時間の流れが普通より長いところに着目し、この中でデータのやり取りをすることができれば実際の時間の何百倍も早く作業を終了させることができる。
「それに『WIO』のログアウト不能の状態……幾らなんでもやりすぎですよね? それとゲームオーバーになったら本当に死んでしまうとか……」
女性は少し呆れたように呟いた。
「そうだな。うちも息子がプレイしているんだが……」
「そうなんですか!? なら、すぐに助けてあげないと!」
女性は驚いたようで、あたふたしている。それを見ながらまた健一郎はふっ、と笑った。
「大丈夫だよ。うちの息子はああ見えて頑丈なんだ。ちょっとやそっとじゃやられたりはしないよ」
「そ、そうですか……あ、先ほどから見ていたのも息子さんですか?」
女性はディスプレイに視線を移す。そこには先ほど寝入ったばかりの直弥の姿があった。
「まぁ、そんな所かな? 現状確認してみたけど、あの調子なら大丈夫だよ」
「……そこまで信頼されているなら、余計な詮索はやめにしておきます」
健一郎の言葉や笑顔で少しは安心したのか、女性はそれ以上の事は聞いてこなかった。その後も少しだけこの会社の話をし、女性は話を締めくくるためにこう言った。
「上は一体、何を考えているのでしょうね……」
「そうだな……」
口だけの返事に女性は少し不満を覚えたが、自分の仕事もまだ残っているので元の位置に戻ることにした。それを見てか見ずしてか、健一郎は、
「……本当に、なんてくだらないことを考えているんだろうな……」
ボソリと、意味深な発言を残した。
そして健一郎は再び大量のディスプレイの中の一つへと視線を戻す。
「頼んだぞ、直弥……」
☆★☆★☆
次の日、俺は珍しく朝早く目覚めた。昨日は比較的早く寝たからかな……
疲労も大分取れているし、回復薬にも抜かりはない。このペースでLvが上がっていくなら、来週くらいにはあの虎ですら倒せるLvになるはずだ。
「っと、その前に腹ごしらえだ」
俺はディスプレイを出し、消費アイテムのページを開く。
昨日は疲れていたから何も食べずに寝てしまった。だから今、メチャクチャ腹が減っている。幸いにも昨日手に入れた《大猪の肉》があるので、これで腹ごしらえをしようと思う。
俺は少しばかり大ぶりな《大猪の肉》にかぶりついた。
「……! うめぇっ!」
数週間ぶりだからだろう。
噛み応えのある《大猪の肉》は俺の胃袋にあっという間に納まっていく。結構量があったはずなのだが、すぐに無くなってしまった。
もっと食べたかったがあまり食べ過ぎるといざというときに使えなくて困るかもしれない。ここは温存しておくのがいいだろう。
「さて、今日も探索だ」
まだ少しだけ薄暗い森の中に、足を踏み入れる。朝早いと、少し森のイメージも変わってくるな。なんだか昼間より幻想的な気すらしてくる。
「昨日の川を越えてみるか……」
昨日、虎に襲われた現場であった川を目指す。アイツの所為で奥までいけなかったからな。今日こそは先まで行って見せるぞ……!
今では恒例の《察知》を使い、奥まで進んでいく。昨日みたいに虎とばったり、とかは絶対に嫌だからな。細心の注意を払いながら昨日の所まで進んでいく。すると、向こうの方から川のせせらぎが聞こえてきた。
「着いたみたいだな……っと」
川に到着し、一息つく。
また休んでいて襲われたら困るし、今回はそのまま行こうかな。
川の中に足を入れる。あ、水の中にもモンスターとかいるのかな……? 少しだけ不安になる。
でも《察知》には反応していないし、ここにはいないだろう。安心して足を進める。
向こう岸についたあたりで、俺はあることに気が付く。
「ボス……もしかして、この奥か?」
川の向こうは少し異様な空気に包まれている。こっち側と向こう岸で空気が違う感じ。スキルではなく、俺の本能がそう言っている。こちらには行くな、と。
「でもここまで来たら行ってみたいよな……」
思わず先の森に足が進む。
怖いもの見たさというヤツだろうか。ボスには絶対に勝てないとわかっているのに、そちら側に行きたくなる。何か、惹きつけられるような何かが働いている。
「…………」
俺はフラフラと森の中に入っていく。何も考えずにただ、ただ、歩く。
きっとこの先にボスがいる。ボスが……
「…………?」
ちょっと待て。おかしい。
俺は、一つの疑問にぶち当たった。
ボスはもっと奥深くの、ほとんど最深部になるようなあたりで戦うんじゃなかったっけ? 父さんが『WIO』の発売前にそう言っていた気がする。
ここはまだキャンプから歩いて三十分も経っていない場所だ。そんな所にボスがいたら、Lvが足りなくて勝てない人が続出してしまうだろう。よってこれは――――
「……罠か!?」
プギャァァァア!! プギョアアアッッ! プギャルアァァァアアッッ!!
俺が気が付くとほぼ同時に、茂みから群れのイノシシが出現する。ちっ! やっぱりそうか。道理で何かおかしいと……!
よく見るといるのはイノシシだけではなく、蝶のようなモンスターもいる。大きさは馬鹿でかいが、見た感じはアゲハ蝶だ。
「アイツか……?」
俺はアゲハ蝶(仮)に視線を移す。
きっと《魅惑》系のスキルを持っているのだろう。ヘルプで読んだが、そういったスキルは相手の感覚を鈍らせる効果があるらしい。現在の俺みたい、フラフラ森の中に入ってしまうのがいい例だ。
ざっと辺りを見渡し、数を数える。
「10はいるな……」
この数では逃げ出すことは不可能だ。背後を追撃されて大ダメージなんて洒落にならない。《復活の種》だって数は限りないし、本当なら使わないでおきたいが今回は場合が場合だ。使うことも覚悟して戦わなくちゃいけない。
「だったらまずは……あのふざけたアゲハ蝶からだな」
《魅惑》系のスキルを持っていると思われる上、まだ戦ったことがない相手だ。実力がわからない相手は、先に倒してしまうのが定石だろう。俺は太刀を腰から抜き取り、攻撃態勢に入った。
「さぁ……来いよ、豚野郎ども!!」
俺はイノシシたちに罵声を浴びせた。
プギャァァァア!! プギョアアアッッ! プギャルアァァァアアッッ!!
声を張り上げると、一斉にイノシシたちが飛び込んでくる。イノシシが沢山いる所為でチャンスはあまりないが、蝶だけは先に倒しておこう。アイツは攻撃してくる素振りもないし、簡単に倒せるはずだ。
「……はっ!」
迫り来るイノシシを《三段ジャンプ》でかわし、少し奥の方にいる蝶めがけて剣術スキルを繰り出す。
「……《双牙》!!」
ジャンプの着地後、スキル名を叫ぶ。
すると、蝶の頭上に牙を模した二つの真っ赤な光が集まる。蝶はそれに気が付いているのかいないのか知らないが、俺は腕を振り上げ、ゆっくりと蝶を指差しこう言った。
「……食らえ」
その瞬間、赤き牙は猛スピードで落とされ、そのまま蝶の両羽ごと地面に突き刺さった。
双牙は中・近距離の剣術には珍しいスキルで頭上から牙を模した二つの光が対象を貫く攻撃だ。
身動きが取れなくなった蝶は牙を羽から抜こうもがいている。脱出をしようとしているのだろう。それだけはさせないけどな。
「《クイックエッジ》!!」
スキルを発動させ一瞬で蝶に肉薄し、やたらとデカイ胴体を切り裂く。
切り裂いた瞬間は緑色の体液が飛び散ったが、それも束の間。蝶は急所に当たったのか力なくもがき、そのまま動かなくなった。
ピン!
時が止まってLvアップ音が響く。
どうやらLvアップしたようだ。Lvアップは32の段階で止まったが、今からイノシシ10体と戦うので、このタイミングでのLvアップは嬉しい。
しかもイノシシにとっては最悪の、俺にとっては最高の朗報が届いた。
『風魔法を習得しました』
「……マジか……!」
ここで風魔法が使えるようになった。闇以外での初めての魔法だ。
丁度いい。Lvアップもしたし、風魔法の試し撃ちをしようじゃないか。
『戦闘を開始します』
ナレーションの声が入る。さて、一時はどうなることかと思ったけど、スキルや魔法を駆使していけば多分いけるかな……
戦闘が開始され、再びイノシシたちに動きが入る。数で圧倒しているからか、その姿には少し余裕があるように取れる。
「この数だと、やられるかもしれないって思ってたけどな……」
所詮、イノシシは人間に狩られる側の動物なんだ。そんなヤツ相手に負けるかと思った自分に反吐が出る。
プギョルルル……
イノシシが挑発するかのように声を発する。この上ない屈辱のように俺は感じた。狩られる側の癖に……!
俺は何を思ったのか、そこまで抑えていた怒りの鎖が解かれた。
「余裕だと思うのも、今のうちだけどな……!」
両手に太刀を構え、イノシシに向ける。
本気だ。本気でコイツらをぶっ倒してやる……!
俺は太刀を握る手に力を込め、数で圧倒するイノシシたちに切り込みをかけたのだった。
ぼっちって、嫌だよね。なったことないけど。
ちなみに主人公がこの森から出る所までは考えてあるんですけど、
出た後どうしようかで今悩んでいます。
やっぱり、仲間とか作ってあげた方がいいのかな……
それでは、次回もお楽しみに。




