憂鬱なクリスマス・イブ
白い吐息から浮かび上がった幻想のようなクリスマスツリーは、紛れも無く現実のものだった。俺は今年で19歳。来年は大人。サンタクロースからのプレゼントはもらえなくなる。つまりは、これがラストチャンス。もう随分と前にサンタクロースは来なくなってしまったが、ツリーに向かって礼拝でもすれば変わるだろうか。
道の両脇に並ぶ商店街のショーウィンドウ。クリスマスカラーがまぶされて、未来や希望なんかよりもずっと輝きを放っている。この儀式は来年も再来年も訪れて、街を赤と緑に染めることになっている。同じクリスマスは戻ってこないと教えないままに。その眩しさはマフラーと手袋で覆ったはずの皮膚の下を突き刺し、俺がここにいる理由を尋ねてきた。そうだ、男ばかりの忘年会で馬鹿騒ぎするためか。
これだからセンチメンタルというやつは嫌いだ。目の前でランドセルを背負いながら下校する子供たちが羨ましい。真実を知っていたとしても彼らはまだ夢の中にいるのだから、四捨五入して幸せだ。会話に耳を傾ければ、話題はサンタさんからのプレゼント。理解はしていても、やはりそんなものだ。
「今夜は遅くまで寝たフリをして起きてるつもりだよ。それでサンタさんにお礼を言うんだ」
「やめとけって。夢が壊れるよ」
「みんな嘘だって言うけどさ、じゃあ何で嘘だって決めつけられるのさ? みんなして子供を騙すなんて、そこまで大人は悪くないと思うけど」
俺も小さい頃はこんな会話をしていたのかもしれないな。そんなどうでもいいことはすっかり忘れてしまったが。もしそんな話をしていたとしたら、きっと俺は真っ向から否定していただろうな。
「絶対にサンタなんて来ないさ」
そんなモノクロの言葉が俺の口から零れた。気がした。でもそれは錯覚だった。はっとして頭の中で反芻してみれば、どうやら言ったのはこの汚れた舌ではなく、前の集団にいる灰色のジャンパーの少年だった。
「そんな事言っちゃって。でもお願いはしたんだろ? 何にしたんだ? ゲーム? それともカード?」
「ううん。お願いなんかしない」
ホワイトノイズのような感情の無い声だった。
「何で?」
「僕ん家は貧乏だからサンタさん来ないって」
親の顔が見てみたい。いや、会った瞬間に殴ってやろう。汚れ役なら任せてくれ。それともサンタクロースに”お願い”するのも手だろうか。
だがすぐに思いとどまった。多分そんな願いは未来が無いからだろう。もっと未来ある答えは、未来ある心から湧いてくるものだ。
「じゃあその日はお泊り会しようよ! 俺ん家なら来るはずだもん!」
俺ならすぐに否定するような提案だった。そんなことをしたら、お泊り会の翌日に親が謝りに行くことになってしまう。もう少し悪役らしく台詞を吐くなら、その後に「親の面汚しめ!」と叱られることになるから、という理由も付け足しておこう。
そんなことを少年も考えていたかもしれない。いや、最近の子供はませているから、もう少し先まで黒い空想を描いているだろう。それでも灰色のジャンパーの少年は、青い鳥を見つけたような目で答えた。
「本当に……っ!?」
そこで彼らは角を曲がっていってしまったから、会話の続きは分からない。追っていこうか迷いはしたが、それと同時に俺は忘年会の男連中に手を振っていたのだ。仕方がない。
とりあえずは、どうか少年にハッピーエンドを届けてくれよ、とサンタに願っておくことにしよう。これでも俺はまだ子供だから、きっと無下にはされないだろう。
さて、忘年会だ。どうせ今年を忘れてしまうなら、こんな話を切り出すのも悪くはないか。
「今日、初めて知ったよ。サンタクロースは確かにいるんだな」