国を無くした日 ─ 冒険者になった瞬間、国籍を失うと知った少年の話
─憧れは、だいたい現実に殴られる
それでも、人は前に進むしかない
これは、その最初の一歩の話─
王都ザエッダ、人口約十二万人。北部諸国では最大規模を誇るザエッダ王国の首都。
「……南門大路、官庁通り三十五番」
北門の衛視から渡された地図で確かめるまでもない、俺の目的地。大陸共通語で〈冒険者協会〉と畫かれた簡素な銘板。
「……なんかイメージと違う」
昔一度だけ両親に連れられて行った町の役場みたいな外観だ。重い扉を開けて中に入る。
(出納、登録、更新、文書受付……)
やっぱり役場みたいだ。
小説に出てくる冒険者ギルドはいつも大勢の冒険者で賑わっている。でもここは、〈更新〉と書かれた窓口前の長椅子に冒険者らしき装いの二人連れが座っているだけだった。
冒険者登録に来たのだから〈登録〉窓口でいいはずだ。そう思いつつカウンターに近づく。
村に来た行商人から買った簡素な具足と、背中には使い込んだ中型弓。
成人したてのひよっこが一丁前にと思われるのが嫌で、街で装備を揃えたりはしなかったけど、もっとそれらしい格好をしてくるべきだったろうか。緊張する。
「すみません、冒険者登録をお願いしたいんですが」
俺はあらかじめ用意していた紙をカウンターに置く。
「ジュード・ヘリウララスさん。男性、十六歳。初めての登録ですか?」
「そうです」
「初回登録は時間がかかりますので別室でお伺いしますね。ベウツ係長、今空いてます?」
役職付き! 登録ってちゃっちゃと終わるもんじゃないの?
俺は応接室に通された。
「まず最初にお尋ねしますが、冒険者を職業だと思っていませんか?」
「違うんですか」
「違います。冒険者は〈身分〉です」
「はあ」
「しかし冒険者には他の身分と決定的に違うところがあります。冒険者登録をした瞬間から、あなたは特定の国に属さない “無国籍” 扱いになります」
ごくりと喉が鳴った。
「自分の国を失うってことですか」
「そこまで深刻な話じゃありません」
堅苦しく考えないで下さい、とベウツ係長はカップを口に運んだ。
「いくら稼いでも税金が引かれない、作ったり獲ったりした物の一部を国に納めなくていい。領地の境で通行税を要求されない、国境の出入りも簡単。自由なものです。そうでしょう?」
「それは…そうかもしれませんが」
この国の民でなくなるということは、国に保護も援助も求められなくなるということだ、自由と引き換えに。
俺はローテーブルに置かれた〈冒険者登録申請書〉に目を落とした。
ベウツ係長の声が優しげに変わる。
「今すぐサインする必要はありません。後日出直すなり、誰かに相談してもいい。どうしますか」
十日かけて王都まで来た。この街に相談する人なんていない。
俺が意を決して申請書にサインすると、ベウツ係長は確認し、手元のベルで誰かしらを呼ぶと書類を渡した。
「初申請です。ドルトマンに登録証作成をお願いして下さい。どれくらいかかります?」
「半刻もあれば」
書類を受け取った部下らしき人が下がると、ベウツ係長は俺に向き直り、俺の横に置いてある中型弓に目を留めた。
「それは何方かから譲られたものですか?」
「いえ、自分のです。幼い頃から仕込まれました」
「それは良いことですね。失礼ですが、他のご家族は何かお仕事をされていますか」
「母が薬草師です。小さな村なので医者の真似事もしています」
「なるほど」
その後二、三の質問をして、彼は少し考えてからこう言った。
「弓手、杜守、それに斥候の適正もありそうです。薬草の知識があるのも良いですね」
「それくらいは田舎で生活していれば誰だって……」
何故だろう、村を出た時の自信が失せかけているのを感じる。
「王都は大きな街ですから今挙げた職種の需要はあまり期待できませんが、地方ならいくらでも仕事はあるでしょう。どれでも好きな職業を名乗るといいです」
「えっ?」
「職業選択は自由ですからね」
俺は少し混乱した。
「その……、技能の熟練度とかの試験は受けなくていいんですか」
「そんなものが必要ですか?」
「依頼を受けるときの基準とかが……」
「どの依頼を受けるか受けないかの判断はあなた自身でして下さい。それが “自由” というものでしょう。あぁ、敢えて冒険者を職業に当てはめるなら “自由業” と言えるかもしれませんね」
聞いてない。冒険者ってこんなテキトーでいいかげんな職業、じゃない身分だったのか?
「失礼します」
軽いノックの後、先程の人が入って来て、小さなトレイを卓の上に置いた。
「早かったですね」
「他の仕事が入ってなかった様です」
濃紺のビロードが敷かれたトレイには、シルバーグレーの暗い輝きを放つ小さな金属のプレートが二枚並べられていた。
同じ形で片方には同色のチェーンが通されている。
「超硬合金を特殊技術で加工したプレートです。 チェーンがない物は原本、こちらは協会で厳重に保管されます。チェーン付きが高位魔法で複製した身分証です。 希少な物なので無くしたり盗まれたりしないよう注意して下さい。もちろん譲渡、貸借、質入れは厳禁です」
「そんな高価な物を……」
「ご安心を。ドラゴンブレスを食らっても融解しません」
違う、そうじゃなくて。こんな代物を初登録の若僧に渡してくるってことは。
「それじゃあの、アダマンタイト級とか、オリハルコン級とかでプレートが変わることは」
「有りません」
絶望だ。
「考えてもみて下さい。冒険者協会の目の届く範囲は限られています。辺境でごく稀に出現する魔物を討伐したとして、その詳細と個々の貢献度、報告の真偽の証明をして正当な評価をするなんて無理な話です」
「それじゃ仕事のモチベーションはどうやって……」
「地位や名誉、名声は弛まぬ努力で獲得するものです。地道に頑張るしかないでしょう」
「ああ、それから」
まだあるのか。
「身分証は定期更新を忘れると失効します。最寄りの出張所で手続きできますので、忘れないよう気をつけて下さい」
「……定期更新ってどれくらいの頻度ですか?」
自然、疑り深くもなるだろう。色々と予想外だ。
「通常は三年ごとです。ですが、失効してもすぐ無効にはなりません。数ヶ月の猶予がありますので、その間に更新を」
こうして面談は終わり、俺は冒険者協会を後にした。
自由業。自営業ですらなく、自由業。限りなく無職に近い響き。
冒険者の序列は存在しない、職業は自己申告、熟練度は主観で判断。
絵本や児童文学、巷の小説で活躍する冒険者像は幻想だった。
キラキラした憧れ、夢見ていた未来、そんなものは消え失せかけていた。
(これからどうしよう)
俺の職種は都会では需要がないらしいし、地方で仕事を探すしか……。
──どう歩いたのかも分からないうちに、気がつけば宿屋の前に立っていた。
北門のはずれ、城壁が間近に迫る三等地に立つ小さな宿屋。俺が借りた一番安い部屋は昼間でも陽が差さない。
(あそこに帰るのか)
あんな所に戻ったら、枕に顔を埋めて泣いてしまいそうだった。
「おい、そこの弓手」
邪魔だ。そう言われる気がして俺は反射的に扉の前から飛び退いた。
「す、すみませんっ」
「いや、そうじゃなくて」
振り返ると、腰に剣を佩き、背中に大盾を背負った柔和そうな顔をした大男が、困った様に頬を掻きながら俺を見ている。連れらしい仲間が四人。
大男が口を開く。
「もし、ひとりなら俺たちのパーティに入らないか」
「まーた勝手にスカウトしてる」
「後衛が二人とも魔法職だから助かるね」
「ちっ、ガキが何の役に立つんだよ」
「魔力切れでぶっ倒れるの少しは減るかな」
扉が開き、宿の主人が顔を出す。
「お前ら、邪魔な場所でくっちゃべってないで、とっとと中に入れ!」
それが仲間たちとの出会いだった。
── End ──
【次回予告】
新しい仲間と訪れた冒険者の宿で、ジュードは初めての宴に加わる。
賑やかなやり取りに戸惑いながらも、少しずつ打ち解けていく。
だが誕生日の祝いは、なぜか娼館へと続いていき──。
※次回は、『ザエッダの弓手 02:誕生日は娼館で』の予定です。




