5 国境の小競り合い
「……ユージン殿。ガルディアの斥候が第3防衛線を超えました。小規模ですが、略奪そして、『偵察』を装った侵入です」
モランが、部屋の影から現れ、声を潜めて報告する。
地図上にひかれた境界線。ユージンはそこにあるべきではない「敵の駒を」指先で弾くように見つめた。
「偵察か……連中も学習しないな。俺がこの配置を維持している以上、ここを突破するのは不可能だと、なぜ気づかないんだ?」
ユージンは、淡々とした手つきで、地図上に部隊配置の指示を書き込んでいく。その姿はまるでゼノス……かつてのあの冷徹さと軍師としての合理性が同居している。
見ているモランは震えた。かつての主君を彷彿させるその姿……。
「第4中隊を此処へ移動させる。反撃は不要だ……敵が防衛線を超えた瞬間に『包囲』ではなく『威嚇射撃による後退』を徹底する。決して深追いはしない。……敵の狙いはこちら側が、戦争の火種を大きくするかどうかの確認だ。……ここで、煽られ釣りあげられる必要はない」
「……では、あえて反撃の機会を潰して完封するのですか?」
「そうだ……そしてここ__補給路の分岐点に手勢を30人ほど潜ませる。奴らが補給を求める隙に、一気に兵糧を焼くんだ」
どう考えてもその戦術は、若い騎士が簡単に思いつくような代物ではない。冷徹で、残酷で、そして何より効率的すぎる。
「……ユージン殿、それは敵を全滅させるという事ではなく、兵站を断つことで『戦う意思を削ぐ』やり方ですか……うむ、まるで……まるで、あの方が用いた戦術そのものだ」
モランはユージンを見つめた。ユージンの瞳の奥に、時折、彼が知るはずのない『何か』__ゼノスの影が見え隠れするのを感じているからだ。
「……知らないよ……俺がこの作戦を選んだのは、これが最も効率的で、仕事が早く終わりそうだからだ。相手がさっさと逃げ出してくれれば、こちらからは、さらに動かずに済むだろ?」
ユージンは心底うんざりした顔で、地図をモランに預けた。
(……おかしい。なんでこんな作戦が、自分の過去の記憶みたいに出てくるんだ⁈まるで自分が何度も何度も同じ戦場を搔い潜ってきたような……。くそ、頭が痛い。……そして、こんな小競り合いの為に、俺の自由時間がどんどん削られていくんだ……)
「……モラン、おかしいか?……俺はただ、自分の平穏を守るためだけにガルディアの連中を一番手っ取り早く黙らせたいだけだ……これが、この作戦がどうしてこうも奇麗にハマるのか、俺が聞きたいぐらいだ」
モランは、主人の愚痴を噛み殺すように微笑んだ。
「……全くですな。ユージン殿……その貴方の『天賦の才』には、驚かされますよ……さ、伝令を出しましょう。貴方が仰る通りに進めれば、今回の件は数時間で収まるに違いありません」




