14 帰還の刻 2
「……二度と何処にも行かせないわ!私の傍から、一歩も離れないで!」
着替える暇も与えられず、レティシアは獣のように爪を立てて叫び、ユージンに縋りついていた。彼女の瞳には、愛とも執着ともつかぬ強烈な色が宿っている。
しかし、ユージンはその罵倒にも似た叫びを聞いても、ただ穏やかに、そしてどこか遠くを見つめるような慈愛を込めて微笑むだけだった。
「……はい。お望みとあらば」
ユージンが返したのは、何の重みもない同意だった。彼の心は既に、レティシアが壊れないように檻の秩序を維持するだけが精一杯だ。感情はない。__その機械的な優しさが、かえってレティシアの心を麻痺させる。
やがて叫びも収まり、レティシアも落ち着きを取り戻し、二人は無言で庭を歩く。
その光景を影から見ていたクラリスは、胸を刺すような痛みに耐えながら、静かにその場を去ろうとしていた。
彼女の瞳に浮かぶのは涙ではなく、未来への小さな灯火だ。彼女は祈っていた。
(……また、下町の……あのアルベール邸で、ユージン様と会えますように)
クラリスは二人に気づかれないように、その場をそっと離れた。小さな希望を胸に抱きながら。
一方、モランはオーギュスト王を引きずり起こすようにして自室へと向かわせる。
「……陛下、どうぞお戻りください。『役割』を果たさねばなりません」
モランは、レティシアの暴力的な暴れぶりに狼狽し怯えきった使用人たちを冷たい視線で制して完璧な指示を飛ばした。
「王の部屋を片付けなさい。この王がかつての威厳を思い出し、再び玉座に座れる姿に整えて……これは命令です」
モランの冷徹な手際の良さが、混沌とした王の部屋に秩序を引き戻していく。
この指示を出しながら、モランは全く別のことを考えていた。
(ユージン……この先いずれ玉座には誰かが座らねばならない……お前ほど、この国の民と、この狂った姫を『守り切れる』器を持つ人間は、他にはいない)
それは、ユージンが何よりも忌避する『永遠の檻』への招待状でもあり、かつ彼が引き受けなければならない『呪い』の正体でもあった。
「……さて。地獄の蓋が開く前に、もう少し掃除をしておくことにいたしましょうか」
回廊の明かりがまた一つ、また一つと消えていく。
王宮の門の外では、遠くから「異物」の足音が確かにこちらへと近づいていた。
第三章終わりです。 有難うございました。




