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公爵家の養女  作者: 透明
第三章 おとぎ話のような
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温室



 辺り一面は炎に覆われ、人々の逃げ回る声が聞こえる。


 足元を見てみれば、剣に矢、そして動かなくなってしまった甲冑を身につけた人たちが、血を流し横たわっている。



 何とも悲惨な光景から、思わず目を逸らしてしまう。


 そんな中、悲鳴とは違う唸り声のようなものが聞こえて来る。



 何事かとそちらに目を向けてみれば、甲冑を着用した人。


 にしては、動きが人間離れしており、到底人とは呼べない()()が剣を構え、向かって来る者たちを素手で投げ飛ばして行く。



 その光景は、あまりにも現実味がなく、恐怖よりも困惑が勝つ。


 そんな光景を見ていた背後で、悲鳴が上がり、後ろを振り返ると何とも恐ろしい顔をした人間が、直ぐそこまで来ていた。




 「――はっ……!」




 心臓が激しく脈を打ち、息が上がっている。

 まだ夜も明けきらず、部屋の中は暗い。


 夢だと分かり、胸を撫で下ろすも、あまりにも生々しい光景に体を震わす。




 さっきの……夢にしてはあまりにも……。

 それに、あれは人だったの?




 そう考えるも、リーナは首を横に振り、あれは夢だと言い聞かせる。


 あまりにも怖い夢だから、感覚が残っているんだわ。




 気にしないでおこうと、リーナは再び布団に潜ると、無理やり目をつむり、眠りに入るのだった。







 「ここは許可がないと普段は入れない所なんだよ」




 翌日、リーナはフレイヤに誘われ皇宮へと遊びに来ていたのだが、何故かエーヴィッヒと許可がないと入ることができない温室へとやって来ていた。



 嬉しそうに話すエーヴィッヒに「そうなんですね」と笑みを浮かべながら、どうして私は今、殿下と一緒に温室なんかにいるの……と考える。




 リーナはフレイヤに会いに来たはずなのだが、フレイヤは急用ができたとかで、直ぐに戻るからと談話室から出て行った。


 そんなフレイヤと入れ替わるようにエーヴィッヒがやってきて、暇になったリーナを温室に行こうと誘ったのだった。




 もちろん、リーナはエーヴィッヒの誘いを断ったのだが、半ば強引に連れてこられてしまい、断っても行くまで誘って来そうなので、少しお邪魔をして帰る事にした。




 「ずっと、リーナのことをここに招待したかったんだ。きっとリーナなら気に入ってくれると思ってね」




 生えている花を見ながらそう話すエーヴィッヒ。


 そんな彼の後ろ姿を見ながら、リーナはどうしたものかと考えていた。



 薄々気づいてはいたけど、ここまであからさまに態度に出して来るなんて……。




 そう一つため息をつくリーナは、エーヴィッヒが自分に向けている感情がただの友人に対しての感情とは違う、特別なものだということに気づいていた。


 だが、はっきりとエーヴィッヒがそれを明言したわけではないため、断ろうにも断れない。




 殿下にはブリューテがいるけど、回帰前の時から二人の仲は良好と言えるものじゃなかった。


 まぁ、互いの両親が決めた相手だから、うまくいかないのは仕方ないけれど。



 でも、ブリューテには殿下に対して気があるように見えるけど……。




 エーヴィッヒについて、どう対応すればいいのかと頭の中でぐるぐると考えるリーナに、エーヴィッヒが「リーナ!」と名前を呼ぶ。


 その声にハッとし「は、はい!」と慌てて返事をしては、少し先にいるエーヴィッヒに駆け寄る。




 「これを見て」




 そうエーヴィッヒが指差す先には、美しい紫色の花が咲いていた。


 その花を見て「わぁ……綺麗……!」と呟くリーナ。



 エーヴィッヒは笑みを浮かべると「これをリーナに見せたかったんだ」と言う。




 「この花はここでしか育てられていない花なんだ。初めて君の瞳を見た時に、この花に似ているなって思ったんだ」


 「いつかリーナに見せたいと思っていたから、見せられてよかった」




 そう、眩しい皇子様スマイルを浮かべるエーヴィッヒに、圧倒されながらも「あ、ありがとうございます。見せていただけて嬉しいです」と礼を言う。




 「気に入ったのならいつでも見に来ていいよ。来た時に許可なく見られるように話しておくから」




 そう言うエーヴィッヒに、リーナは「え……?」と呟くと「そんな……! そこまでして頂くわけにはいきません……!」と首を横に振る。


 だがエーヴィッヒは「遠慮しないで。僕たち友人でしょ?」と笑みを浮かべる。



 そう言われてしまえば、リーナは何も言い返せず「あ、りがとうございます……」と礼を言う。




 殿下は友人と言っているけど、普通、友人に許可が要り皇室の人しか入れない温室に、自由に入れるようになんてしないよね……。


 でも、殿下が友人と言っている以上、変に何かを言うのも違うし……。




 どうしたものかと考えながらエーヴィッヒを見るリーナに、エーヴィッヒは「どうしたの?」と首を傾げる。


 そんなエーヴィッヒを見て、本当に気づいてないのか、気づいていないふりをしているのか……。




 リーナは「いえ……」と笑みを浮かべては、話を変えようと、違う花に視線を移す。


 たまたま視線の先にあった花。


 その花もリーナは見たことがなく「この花……」と呟くと、エーヴィッヒが近くまでやってきて「あぁ、この花はね」と話す。




 「例の病の治療薬に用いられている花だよ」




 エーヴィッヒの話に「例の病……」と花を見るリーナ。


 最近、アサーナトスで流行っている病がある。


 それは突如、激しい全身の痛みと、耳鳴りが襲ってくるというもの。



 突如発症し始めたその病自体に効く薬はなく、痛みと耳鳴りを和らげる薬が用いられており、その薬が今、リーナたちが見ている花だった。


 治療法も分かってはおらず、治ることはなく、段々と症状が酷くなっていき、その日に日に激しくなって行く痛みと耳鳴りに我慢できず、自らその身を断つ者が絶えない。



 その病は、貴族院会議でも問題にはなっているのだが、原因も分かっておらず、まさに打つ手なしな状態だった。




 「まだ、治療薬ができないんですよね?」と問うリーナに、エーヴィッヒは眉を顰め頷くと「手は尽くしているんだけどね。何せ、原因がわからない上に、発症した人たちのこれといった共通点もないから」と話す。


 発症した者たちは、健康な若者から、持病を持つお年寄り、幼い子まで様々で共通点が見当たらないことも、治療薬の開発を遅らせる原因だった。



 せめて、何か一つでも発症者の共通点が見つかればいいのだが……。




 それからしばらく、滅多に入ることが出来ない温室を楽しんでいた時だった。


 突如、どこからか唸り声のような小さな声が聞こえて来た気がし、リーナはそちらに顔を向ける。



 そんなリーナにエーヴィッヒは「どうかした?」と問う。




 「今、何か声が聞こえませんでした?」




 リーナの言葉に「声?」と首を傾げては、耳を澄まし、声が聞こえるかどうか確かめる。


 だが、声は聞こえなかったらしく首を横に振り「聞こえないけど」と言う。



 そんなエーヴィッヒに「そう、ですか……?」と言うも、確かに聞こえた気がするんだけどと考えるリーナを見て、エーヴィッヒは「もしかしたら……」と話す。




 「近くにシャッテンヴェヒターの練武場があるから、そこからの声かもしれない」




 エーヴィッヒの話にリーナは「シャッテンヴェヒター……」と呟く。


 そんなリーナに「よかったら覗いてみる?」とエーヴィッヒは訊くので、リーナは頷き、シャッテンヴェヒターの練武場を見に行くことになった。




 「ここがシャッテンヴェヒターの練武場だよ」




 エーヴィッヒがそう話し、顔を向ける先にはとても広い練武場があった。


 エーヴィッヒ曰く、皇室騎士団の練武場の中で最も広く、設備もしっかりしているとか。



 練武場を見ては、ここでリヒトは毎日稽古しているんだな……と思うリーナ。


 その時「殿下?」という声が聞こえてきたかと思えば、稽古中だったと思われるシャッテンヴェヒターの団員たちが集まって来た。



 その中には、リーナが一番会いたかったリヒトの姿もある。


 リヒトは驚いたような表情を浮かべては「久しぶり」と口をパクパクとさせる。



 リーナにしか気づかないその行動に、リーナは嬉しくなり笑みを浮かべ頷く。


 そんな二人のやり取りを、そばで見ていたエーヴィッヒ。




 「珍しいですね、殿下がここにいらっしゃるなんて。」




 そう声をかけてくる団員たちに、エーヴィッヒは「彼女と温室に行って来たついでに顔を出そうと思ってね」とリーナを見る。


 突然話を振られ驚くリーナを、団員たちは「ヴァンディリアの……!」と一斉にリーナに視線を送る。



 リーナは、エーヴィッヒの話を聞いておらず、とりあえず「こ、こんにちは。お邪魔します」と笑みを浮かべる。


 そんなリーナとエーヴィッヒを見て「もしかしてお邪魔してしまいましたか?」と団員たちは言う。



 「え?」と驚くリーナとは違い、エーヴィッヒは「まぁね」と笑みを浮かべる。


 そんなエーヴィッヒにすかさずリヒトが「殿下、冗談はその辺にしておいてくださいよ」と言う。




 「殿下にはエズワルド令嬢がいます。誤解を生むような発言は避けた方がよろしいかと」




 リヒトの言葉に、団員たちは「そういえば……」「エズワルド令嬢がいたな」と頷く。


 冷静に話してはいるが、どこかピリついた空気を纏うリヒトを、エーヴィッヒは数秒見つめると「そうだね。おふざけが過ぎたよ」と笑みを浮かべる。




 「リーナもごめんね」


 「いえ……」




 リーナはそう頷きながら、リヒトの方を見る。


 リヒトは団員の人と話しており、いつも通りに見えるが、さっきのように怒ったような姿をあまり見たことがないため、リーナは内心ヒヤヒヤしていた。



 リヒトは冷静だから、殿下にいきなり喧嘩を売ったりはしないだろうけど……やっぱり、来ない方が良かったな。




 リーナはそう考え、エーヴィッヒに帰ると伝えようとした時「おや? 騒がしいと思えば殿下とリーナが来ていたのですね」と言う声が聞こえてくる。


 そちらに目を向けてみれば、リーナの叔父であり、シャッテンヴェヒター副団長のマティアスと、シャッテンヴェヒターの団長が歩いて来ていた。




 リーナは「叔父様」と声をかけると、マティアスは「お久しぶりですね、リーナ。元気にしていましたか?」と笑みを浮かべる。


 そのやり取りを聞いていた団長が「叔父様?」と眉を顰めると「ヴァンディリア家の……?」とリーナに問う。



 やけに驚いている団長を不思議に思いながらも「リーナです」と挨拶する。


 すると団長は「リヒト」と突如リヒトの名前を呼んだかと思えば「頑張れよ」と言うのだ。



 その言葉に、リヒトも何のことかよく分かっていないのか、首を傾げており、もちろん、リーナもわかっていないので首を傾げる。


 どうやら、マティアスだけは意味がわかったらしく「声が大きいです」と笑みを浮かべている。




 「それより、殿下がここにいらっしゃるとは珍しいですね。何かありましたか?」




 しばらく、団員たちと話していた時、マティアスがエーヴィッヒにそう問いかけると、エーヴィッヒは「温室にいたんだけど、リーナが声が聞こえたって言ってね。近くに練武場があるからそこからの声じゃない? って話になって来たんだよ」と説明する。




 「声ですか。確かに、ずっと私たちはここにいましたが」


 「どんな声だったの?」




 リヒトの問いに、リーナは「唸るような声だった気がするんだけど……」と答える。


 その言葉にリヒトは「唸る声?」と不思議そうに首を傾げる横で、マティアスは「……気のせいではないでしょうか? 我々の騒ぐ声がそう聞こえたのでは?」と言う。




 「俺たちのはしゃぐ声って唸り声に聞こえるんですか……?」


 「綺麗な声ではないことは確かですよ」




 そう話すマティアスに、地味に傷ついついる団員たち。


 そんなやり取りをするマティアスをリーナは、どこか不思議そうに見つめるのだった。

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